唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第19話 8割引のボーナス

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12月、例年より2週間遅れのボーナス支給日になった。
前年比8割カットではとてもボーナスという実感はないのだが、それでも特別な日だ。

派遣に出て会社にはめったに寄り付かない人も、ボーナス支給日だけは戻って来ることが多い。
銀行振り込みだから明細をもらうだけではあるが、それでもサラリーマンにとっては特別な日だ。
たとえ8割カットであっても、だ。

珍しく人が多くなった社内は、ちょっとだけ活気を感じることができた。
俺は終業のチャイムが鳴るまでの時間、一人でボーっとしながら、その活気を味わっていた。
一時的にせよ活気が戻った会社が、ちょっとだけ嬉しかった。

この日はEさんの送別会の日だ。
Eさんは俺の課の先輩だった人で、早々と会社に見切りをつけての退職だ。
なにかとお世話になった人が辞めるのは寂しいけど、こんな状態じゃしょうがない。

送別会は会社近くの居酒屋で始まった。
乾杯の後、さっそく皆と情報交換が始まった。
まずポンちゃんが口火を切った。

「ウチの課長連中って、管理職面するだけが多かったでしょ?。
さすがに会社もそのことに気付いたらしくて、課長クラスの派遣が本格化されたみたい。
課長全員の技術経歴書があるのを見たんだ。
たぶんあれを持ってあちこちに売り込んでくるんだと思うよ」

俺が続けた。
「前からそんな噂は聞いてたけど、でも現場で通用する課長なんて一握りだよね。
無能な課長と一緒に派遣に出されたら辛いぞ。
俺は浜口課長だったからよかったけど、黒井みたいに口先だけで全然仕事ができないのと一緒だったら地獄だよ」

課長クラスはほぼ全員が技術者上がりなのだが、今でも技術者として通用するとは限らない。
口先だけで世渡りしてきたボンクラや、現場を離れて久しい人もいた。
そういった人は口先では偉そうなことを言うが、自分では何もできない。

ボンクラの筆頭が黒井課長、こいつは誰に聞いても評判が悪かった。
部下が相談しても精神論でしか返事ができない人で、とりあえずやってみろとかしか言えない男だ。
業田課長も技術屋というより営業よりの人で、現場で通用するとは思えない。
まあ、こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないが。

やがて話題は自宅待機組のことになった。
経験3年以下の若手は仕事がなく、ほとんどが自宅待機になっていた。
自宅待機組のボーナスは一律2万円だったらしいが、こうなるともはやボーナスではなく寸志そのものだ。

本日の主役のEさんが話しはじめた。

「俺のボーナスは3万円だった、辞めていく人間には冷たいよ。
それと黒井だけどさあ、俺アッタマきたよ」

ヒートアップ気味にEさんが話を続けた。
それによると、最後の日だから交通費の精算をしたそうだ。
数ヶ月前の交通費が未精算だったことに気がついて、黒井に課長印をもらいに行ったところ、黒井は「こんな古いのは出ないんじゃない?、経理が認めないんじゃないの」と嫌味を言ってなかなかハンコを押さなかったそうだ。

「最後ぐらい気持ち良く送りだしてあげればいいのに、10年以上勤めた人の最後の日なんだから」

優香ちゃんが女性らしい意見を言った。

「それで、お金は貰えたんですか?」

ポンちゃんが心配して聞いた。

「貰えたよ、経理の弘美さんに『古いのが出てきちゃって、これって出ますか』って聞いたら、古くても全然大丈夫だから全部持ってらっしゃいって言ってくれたんだ」

出し忘れたEさんが悪いとはいえ、今日を最後に退職する人になんでそんな嫌味を言うんだろう。
俺だけではなくみんなも同じことを感じていたらしく、これをきっかけに黒井の大糾弾大会がはじまった。
俺はもちろんのこと、他の人たちも黒井を嫌っているのが分かって愉快だった。
だれかが吐き捨てるようにいった「どーしようもねーよ、あのオヤジ!」の一言が全員の気持ちを代弁していた。
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