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第12話 元上司からの情報
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11月に入ったある日、俺は勤務報告書を提出するために会社に出社した。
今ならそんなことをしなくても勤怠管理ソフトに入力するだけで済むだろうし、それが無理でもPDFでメールすれば済む話だ。
しかしまだインターネットなど存在しない、いやインターネットどころか個人でパソコンを持っている人すら少数派という時代だった。
原始的だが、手書きの勤務報告書を会社に直接提出するのが普通だった。
派遣に出ている人が会社に持って行くのは大変なので、以前は営業か所属課長が取りに来ていた。
しかし不況で派遣比率が高まり、1人だけの派遣先も増え、営業も仕事探しで忙しくなったことで、原則として各自が会社に持って行くようになった。
最悪は郵送という手もなくはないが、届くのが遅くなるので総務が嫌がるし、郵便事故でもあったら困る。
面倒だけど会社まで出しに行くのが確実だ。
この月は忙しくて仕事を抜けられず、勤務時間内に会社に戻ることができなかった。
仕方なく一番会社に近いところに住んでいる俺が、土曜日に持って行くことになった。
当然その時間は残業をつけるように言ってくれるのが、浜口課長の優しいところだ。
土曜日に会社に戻ったところ、ほとんどの人が派遣か自宅待機なこともあってガランとしていた。
報告書を業田課長の机の上に置いて少し調べ物をしていたら、山地課長が入ってきた。
山地さんは半年ほど前まで俺の上司だった人だ。
山地さんは俺の憧れの人、いや、憧れながらも反発する対象でもあった。
技術力があって頭が切れて、こんな技術者になりたいという憧れのような気持ちがあるのと同時に、自分のやり方にこだわる俺は山地課長の方針に反発することも多かった。
山地さんも俺のことを認めてくれつつも、扱いづらい部下だと思ってるはずだ。
ウチの会社は課単位で動いており、課長は一国一城の主になる。
課をまたがった仕事もなくはなかったが、原則として仕事は課単位でこなすようになっていた。
お得意さんも課ごとに異なっており、自然と課ごとに雰囲気も仕事の仕方も微妙に異なっていた。
人事異動で別の課へ移動するとカルチャーショックを受けるとまで言われていたので、同じ分野の仕事といっても課長の個性によってだいぶ違いが出ていた。
現場のトップは橋本部長で、俺は入社してからずっと橋本さんの部下だった。
やがて橋本さんが部長に昇進して現場全体を見るようになり、山地さんが後任課長になってからずっと山地課長の部下だった。
しかし半年ほど前の人事異動で課長が業田課長に交代、山地課長は部下のいない担当課長になった。
今思えばこの時の人事異動は妙だった。
山地さんや浜口さんなど技術者として働きながらも管理職としても働いていた課長は部下なしの担当課長になり、業田課長や黒井課長など技術者としては消費期限が切れたヤツが管理専任課長のような形になった。
おそらく会社は技術者として通用する人は身軽な担当課長にして、いつでも現場の仕事に専任できるような体制にしたのだろう。
すでに不況の波を感じていたのかもしれない。
山地課長は俺の顔を見るなり冬のボーナスのことを話しかけてきた。
「お前、知ってるか?。
今度のボーナス、昨年の半分らしいぞ」
ボーナスが前年の半分なんて、常識で考えたらとんでもない話だ。
しかし、俺は会社も相当厳しいという噂をあちこちから聞いていたこともあって、俺の口から反射的に出た言葉は「ずいぶん会社も頑張ったんですね」であった。
俺のような係長クラスが入手できる情報ですら、とにかく厳しいという噂しか入ってこなかった。
だから今度のボーナスも半分出れば御の字、たった半分ではなく半分も出るのならいいニュースじゃないか、本気でそう感じていた。
月曜、このニュースを教えたら浜口課長も畑田君も喜んでくれるだろう。
週明けに派遣先に出勤した俺は、さっそくそのニュースを2人に伝えた。
きっと喜んでくれると思ったのだが、意外な反応が返ってきた。
畑田君は「たった半分か…」と絶句していた。
多少は減る覚悟はしていたようだが、まさか半減とは予想もしていなかったようだ。
予想以上の酷い数字に叩きのめされたようだ。
浜口課長の反応も意外だった。
厳しい表情で俺達にこう言ったのだ。
「山地君の情報は古いかもしれないよ、今度のボーナスは本当に期待しない方がいい」
多くを語らなかったが、どうも会社があてにしていた金が営業のミスだか現場のチョンボだかで回収できないらしく、相当厳しい状態らしい。
ひょっとしたら、半分すら出せないという情報を掴んでいるのかもしれない。
浜口課長はこう続けた。
「今度の給料袋にボーナスのことが書いた紙が入るはずだ。
もし昨年比50%ダウンで支給と書いてあったら半分出るだろうけど、それを見るまでは本当に期待しない方がいい」
浜口課長も山地課長も毎月の課長会議で会社の情報を入手しているはずなので、その点では情報量は同じはずだ。
しかし仕事の関係で会社に顔を出す頻度は山地さんの方が多いので、情報の鮮度は山地さんの方が上かもしれない。
しかし社歴の古い浜口課長の情報網もあなどれない。
はたして山地課長が正しいのか、浜口課長が正しいのか。
そして、給料日になった。
今ならそんなことをしなくても勤怠管理ソフトに入力するだけで済むだろうし、それが無理でもPDFでメールすれば済む話だ。
しかしまだインターネットなど存在しない、いやインターネットどころか個人でパソコンを持っている人すら少数派という時代だった。
原始的だが、手書きの勤務報告書を会社に直接提出するのが普通だった。
派遣に出ている人が会社に持って行くのは大変なので、以前は営業か所属課長が取りに来ていた。
しかし不況で派遣比率が高まり、1人だけの派遣先も増え、営業も仕事探しで忙しくなったことで、原則として各自が会社に持って行くようになった。
最悪は郵送という手もなくはないが、届くのが遅くなるので総務が嫌がるし、郵便事故でもあったら困る。
面倒だけど会社まで出しに行くのが確実だ。
この月は忙しくて仕事を抜けられず、勤務時間内に会社に戻ることができなかった。
仕方なく一番会社に近いところに住んでいる俺が、土曜日に持って行くことになった。
当然その時間は残業をつけるように言ってくれるのが、浜口課長の優しいところだ。
土曜日に会社に戻ったところ、ほとんどの人が派遣か自宅待機なこともあってガランとしていた。
報告書を業田課長の机の上に置いて少し調べ物をしていたら、山地課長が入ってきた。
山地さんは半年ほど前まで俺の上司だった人だ。
山地さんは俺の憧れの人、いや、憧れながらも反発する対象でもあった。
技術力があって頭が切れて、こんな技術者になりたいという憧れのような気持ちがあるのと同時に、自分のやり方にこだわる俺は山地課長の方針に反発することも多かった。
山地さんも俺のことを認めてくれつつも、扱いづらい部下だと思ってるはずだ。
ウチの会社は課単位で動いており、課長は一国一城の主になる。
課をまたがった仕事もなくはなかったが、原則として仕事は課単位でこなすようになっていた。
お得意さんも課ごとに異なっており、自然と課ごとに雰囲気も仕事の仕方も微妙に異なっていた。
人事異動で別の課へ移動するとカルチャーショックを受けるとまで言われていたので、同じ分野の仕事といっても課長の個性によってだいぶ違いが出ていた。
現場のトップは橋本部長で、俺は入社してからずっと橋本さんの部下だった。
やがて橋本さんが部長に昇進して現場全体を見るようになり、山地さんが後任課長になってからずっと山地課長の部下だった。
しかし半年ほど前の人事異動で課長が業田課長に交代、山地課長は部下のいない担当課長になった。
今思えばこの時の人事異動は妙だった。
山地さんや浜口さんなど技術者として働きながらも管理職としても働いていた課長は部下なしの担当課長になり、業田課長や黒井課長など技術者としては消費期限が切れたヤツが管理専任課長のような形になった。
おそらく会社は技術者として通用する人は身軽な担当課長にして、いつでも現場の仕事に専任できるような体制にしたのだろう。
すでに不況の波を感じていたのかもしれない。
山地課長は俺の顔を見るなり冬のボーナスのことを話しかけてきた。
「お前、知ってるか?。
今度のボーナス、昨年の半分らしいぞ」
ボーナスが前年の半分なんて、常識で考えたらとんでもない話だ。
しかし、俺は会社も相当厳しいという噂をあちこちから聞いていたこともあって、俺の口から反射的に出た言葉は「ずいぶん会社も頑張ったんですね」であった。
俺のような係長クラスが入手できる情報ですら、とにかく厳しいという噂しか入ってこなかった。
だから今度のボーナスも半分出れば御の字、たった半分ではなく半分も出るのならいいニュースじゃないか、本気でそう感じていた。
月曜、このニュースを教えたら浜口課長も畑田君も喜んでくれるだろう。
週明けに派遣先に出勤した俺は、さっそくそのニュースを2人に伝えた。
きっと喜んでくれると思ったのだが、意外な反応が返ってきた。
畑田君は「たった半分か…」と絶句していた。
多少は減る覚悟はしていたようだが、まさか半減とは予想もしていなかったようだ。
予想以上の酷い数字に叩きのめされたようだ。
浜口課長の反応も意外だった。
厳しい表情で俺達にこう言ったのだ。
「山地君の情報は古いかもしれないよ、今度のボーナスは本当に期待しない方がいい」
多くを語らなかったが、どうも会社があてにしていた金が営業のミスだか現場のチョンボだかで回収できないらしく、相当厳しい状態らしい。
ひょっとしたら、半分すら出せないという情報を掴んでいるのかもしれない。
浜口課長はこう続けた。
「今度の給料袋にボーナスのことが書いた紙が入るはずだ。
もし昨年比50%ダウンで支給と書いてあったら半分出るだろうけど、それを見るまでは本当に期待しない方がいい」
浜口課長も山地課長も毎月の課長会議で会社の情報を入手しているはずなので、その点では情報量は同じはずだ。
しかし仕事の関係で会社に顔を出す頻度は山地さんの方が多いので、情報の鮮度は山地さんの方が上かもしれない。
しかし社歴の古い浜口課長の情報網もあなどれない。
はたして山地課長が正しいのか、浜口課長が正しいのか。
そして、給料日になった。
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