唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第10話 緊急全社会議

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入社以来、人生2回目の派遣生活が始まった。

会社までの通勤時間は30分程度と近かったのだが派遣先まではたっぷり1時間半以上かかり、毎日寝不足だった。
苦手な早起きを強いられるのは嫌だったが、まあ仕方がない。

派遣先には浜口課長と畑田君が半年ほど前から派遣に来ていて、私も同じチームに合流した。
浜口課長は俺とは別部署の課長だが何度か仕事をしたことがある関係だし、畑田君は同じ課の後輩だ。
気心の知れた2人がいたのは気が楽だったし心強かった。
とはいえ彼ら以外は初見の人たちばかりなので、新たな環境はなんとも疲れるものだった。

派遣に出てから1ヶ月ほどが過ぎて雰囲気にも慣れてきたある日、俺の上司の業田課長から急ぎの連絡が入った。
電話の向こうの声はいつも以上に不機嫌そうで、
「緊急全社会議を明日開くので、3人とも必ず会社に来るように」
とだけ言って、会議の内容には一切触れずに電話を切った。

この状況だ、どう考えても明るい話題のはずがない。
急な話だったが行かないわけにはいかないので、翌日は3人揃って会社に行くことになった。


朝一番の緊急全社会議は、重苦しい雰囲気の中で始まった。
全社員を前に副社長が会社の窮状を説明し、それが終わってから社長が口を開いた。

「えー、といった状態で、今後さらにプログラマの仕事が減ることは避けられません。
会社としても営業力の強化を計るなど努力していますが、実に厳しい状態です。
えー、そこで、仕事がない人については、仕事が見つかるまでの間は自宅で待機していただくということに」

自宅待機か…。
そこまで会社が追い詰められているということが、はじめて公になった瞬間だった。


社長の辛そうな声が続く。
「自宅待機の期間は数ヶ月、メドとしては来年4月までにはなんとか会社に復帰できるように努力をしていますので…」


その後、総務部長からいくつか説明があった。
自宅待機の間は給料の6割を支給すること、アルバイトは自由にやっていいが会社から復帰の依頼があった場合にすみやかに戻れるようにしてほしいこと。
副社長から、来年4月ごろには上向いてくるだろうからそれまでの辛抱だという話があって会議は終わった。

俺たち3人は自宅待機という単語に大きなショックを受けながらも、とりあえず現時点では俺たちに影響がないことで少しだけホッとしていた。
春頃には上向くという説明を信じたかったし、まあなんとかなるんじゃないかとも思っていた。

今思えば、まだこの頃には希望が残っていた。
いや、残っていると考えたかったのだ、会社も俺たちも。


緊急全社会議から一週間もしないうちに、経験3年以下の若い技術者のほとんどが自宅待機になった。
今年4月に入社した新入社員も、たまたま仕事があった一部を除いてほぼ全員が自宅待機だ。
希望に燃えて入った会社で1年も経たないで自宅待機になるなんて、天国から地獄だ。
俺もあと10年遅く生まれていたら同じ目にあっていたのかと思うと、他人事とは思えない。

我々中堅の仕事はまだあるようだから、俺たちが自宅待機になる危険は今のところなさそうだ。
でも、これまで他の業界のことだとばかり思っていた自宅待機が自分の会社で実施されたのはショックだった。

それまで他人事だった「不況」の二文字が、急にリアルな現実として降りかかってきた。
俺だけではなく、社員全員に。
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