唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房

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第7話 派遣と社内開発

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ウチの会社の業務形態は客先に常駐する派遣と、社内で作業する社内開発に大別される。

この業界は派遣が主流になっているが、派遣は固定収入が得られるし残業分も支払われるから赤字になる心配はない。
大儲けこそできないが、進捗管理なども派遣先が行うので、会社としては手がかからずリスクも少ない。

ソフト屋なんて机と電話があれば開業できる商売だと揶揄されることも多かったが、実際にマンションの一室で営業している会社なんて山のようにある。
たいしたノウハウもなく設備投資もいらないのでから開業のハードルは低く、成長を続ける業界はいつも人手不足感に溢れていたので、独立して開業したという話もよく聞いたものだ。

しかし派遣にはデメリットも多い。
派遣先から貰える金額は派遣する人の学歴や経験年数で決まってしまうので、生産性向上やスキルアップが収入増に結びつきにくいからモチベーションは上がりにくい。
また会社が単なる派遣先紹介屋になってしまうので社員の帰属意識は高まらず、離職率が高くなりがちだ。
技術の蓄積も個人レベルで止まってしまうから、組織としてのノウハウの積み上げや伝承が難しい。
また勤務時間は派遣先に合わせるので、いくらフレックスタイムを導入しても派遣先がそれを受け入れてくれなければ意味がない。

ウチの会社は派遣体質だったが、俺が入社したころには派遣体質から脱して社内開発を主力にする方向を目指していた。
俺が入社して数年後、会社は本格的に社内開発を中心にする方向に舵を切り、開発用大型コンピュータを2台導入するという思い切った設備投資をした。
このおかげでこれまでよりもいい人材が入社するようになったし、単に人材派遣をするだけの同業他社より一歩先を進んだ会社になった。

会社は派遣をゼロにするつもりはなかった。
儲からないが安定している派遣を残すことでリスク分散する意味もあっただろうし、派遣の方が気が楽という人もいたので、その人を繋ぎ止めておく意味もあったのだろう。
またウチの派遣先は大手電気メーカーだったので、派遣先から色々な情報を入手できるのも魅力だった。
そういった事情もあって、ここ数年は全体の2割が派遣、残りは社内開発という比率になっていた。
しかし、この不況で社内開発の仕事が激減、派遣比率を高めざるを得なくなってきたようだ。

俺は派遣というイージーなやり方に頼ることには反対だったし、仕事のたびに通勤場所が変わるのはまっぴらだった。
派遣が嫌だからこの会社に転職してきたのだし、仮に派遣で働くのなら人材派遣専門会社の方が幅広い業種から派遣先を選べるし、社員のフォロー体制もウチよりはましだろう。

当時すでに派遣専門で業績を伸ばしている会社がいくつかあった。
ウチが自社開発中心に舵を切った理由の一つに、いまさら派遣に特化しようとしても派遣専門会社に大きく遅れをとっていて勝てないという判断もあったはずだ。
それなのに今になって派遣比率を高めるというのは苦肉の策という証拠だろうし、この策は一時しのぎでしかないことは会社も分かっているはずだ。
しかし、それしか選択肢はないのだろう。

俺がこの会社を選んだのは、社内開発に力を入れるという方向性を聞いたからだ。
もちろん面接では派遣は嫌だとはっきり伝えたうえで入社した。
でも入社して1年も経たずに派遣に出されるという笑えないオチが待っていたが、俺は事あるごとに派遣は嫌だと主張し続けていた。
それもあってか、入社早々に派遣に出された以外は社内開発ばかり担当していた。
運が良かったこともあるのかもしれないが、会社が俺の希望を汲んでくれたのだろう。
それは俺の技術力をそれなりに評価してくれたことの証拠だと思うし、また社内開発をメインにしていく会社とと俺の意向が一致していたことも大きいだろう。

しかし俺と会社の蜜月時代は、どうやら終わりを迎えたようだ。
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