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第5話 緊急不況対策
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そして、秋。
ついに「唾棄すべき日々」のスタートを告げる緊急不況対策が突然会社から発表された。
内容は大きく分けて二つ、営業力の強化と経費削減だ。
社内では大きな仕事がいくつも並行して進んでいて、いずれも納期を目前に控え忙しさのピークを迎えていた。
終われば第二次開発が始まる予定で、その他にも新規案件の引き合いがいくつもあり、不況どころか人手不足感しか感じていなかった。
しかし会社があてにしていたこれらの仕事がことごとく中止になり、1ヶ月も経てば多くの社員が仕事のない手空き状態になることが判明し、会社は急に危機感を感じたらしい。
営業力強化だが、現場の課長と係長が1人ずつ営業に異動となった。
技術者が営業に配置転換とは、おそらく過去に例がないはずだ。
これまで営業に欠員が出たときは、営業経験者を中途採用して補充していた。
それをする時間的余裕がないのか人件費を増やしたくないのか、どっちにしろ切羽詰まっている感じは伝わってきた。
しかし技術屋から営業に移動とは、正直2人に同情した。
しかし同情している場合ではなく、我々も無傷では済まなかった。
経費削減の影響は小さくなかったのだ。
まず数フロア借りていたオフィスを縮小するために、派遣で客先に常駐している社員の机はなくなった。
それから残業を減らすために水曜日は定時退社日となり、残業は一切不可となった。
また社員旅行の中止も発表された。
昨年は福利厚生の充実とリクルート対策のために創業以来初の海外旅行という大盤振る舞いだったのに、この格差やいかに。
一番ショックだったのが、社内にあった開発用大型コンピュータの台数削減だった。
ウチの会社は大型汎用コンピュータのソフトウエア開発がメインだ。
ソフトの開発にはコンピュータが必要だが、ほとんどのソフト会社は開発用のコンピュータなど持っておらず、客先のコンピュータを借りて開発していた。
しかし客先のコンピュータは本番業務が稼働していることが多いなど、色々と制約がある。
本番優先で後回しにされるのは仕方がないが、多くの下請けが数少ない開発用端末を奪い合いながら仕事をしていたので端末の空き待ちという無駄な時間が発生するのが常だった。
昼間は仕事にならないほど酷くなることも珍しくなく、そうなれば徹夜作業で補うしかない。
その点、社内に開発用の大型コンピュータがあれば使い放題だ。
もちろん複数の仕事で共有するのだから独り占めはできないが、そこは同じ会社なので納期間近の仕事を優先してあげたりとなにかと融通が効く。
ウチには2台の開発用大型コンピュータがあった。
俺が入社して数年経ったときに会社が思い切って導入したのだ。
導入は会社にとっては大きな決断だったが大きな武器になったし、俺たちも鼻が高かった。
単に便利になったというだけでなく、もっと大きな意味があった。
それは派遣体質からの脱却だ。
ソフトウエアハウスの多くは技術者を派遣することで成り立っていた。
社内で開発するのはリスクが高い。
だから派遣というイージーなやり方に頼るのがこの業界の常識だったが、おれはその体質が大嫌いだった。
開発用コンピュータを導入するということは、派遣中心から社内開発をメインにするという会社の意思表示でもあるのだ。
また、いい人材を取るという意味でも大きな効果があった。
しかし大型コンピュータは相当な経費がかかる。
リース代も相当な額だが、本体や大型プリンターが置いてある10畳ほどのマシン室は空調完備で冬でも冷房フル回転なので専用空調を設置しないといけないし、電気代も凄い。
プログラムリストを印刷するページプリンタは終日動きっぱなしなので、紙の使用量も相当なものだ。
色々と金食い虫ではあったが、それを上回るだけのメリットはあった。
しかい社内開発の仕事が減ってしまえばお荷物でしかないから、経費削減となったら真っ先に台数削減となるのは当然だろう。
しかし、わかっていても台数が減るのはショックだった。
これで社内開発割合が大幅に減り派遣比率が高まることは間違いない。
俺が大嫌いな単なる派遣屋に逆戻りすることになるのではないか、それが心配だった
もう一つショックだった経費削減が来年度の採用ゼロ、内定していた新入社員は全員取り消しになった。
取り消された人たちが一番の被害者だろうが、採用ゼロは痛い。
人材は人財と言われるソフトウエアハウスにとって、先々ボディブローのように効いてくる悪手のはずだ。
ひと世代空いてしまうのは、すぐに影響はないにしろ先々必ずダメージになる。
会社もそれは知っているはずだが、それでも目先の経費削減を優先せざるを得ないほど事態は深刻なのだろう。
俺は緊急不況対策が書かれた紙を見ながら呆然としていた。
心のどこかで、これは弛んだ社員を引き締めるための会社の作戦であって欲しいと願っていたが、しかしどう考えてもそんな理由で大型コンピュータを減らすはずがない。
それでも簡単にこの現実は受け入れられなかった。
ついに「唾棄すべき日々」のスタートを告げる緊急不況対策が突然会社から発表された。
内容は大きく分けて二つ、営業力の強化と経費削減だ。
社内では大きな仕事がいくつも並行して進んでいて、いずれも納期を目前に控え忙しさのピークを迎えていた。
終われば第二次開発が始まる予定で、その他にも新規案件の引き合いがいくつもあり、不況どころか人手不足感しか感じていなかった。
しかし会社があてにしていたこれらの仕事がことごとく中止になり、1ヶ月も経てば多くの社員が仕事のない手空き状態になることが判明し、会社は急に危機感を感じたらしい。
営業力強化だが、現場の課長と係長が1人ずつ営業に異動となった。
技術者が営業に配置転換とは、おそらく過去に例がないはずだ。
これまで営業に欠員が出たときは、営業経験者を中途採用して補充していた。
それをする時間的余裕がないのか人件費を増やしたくないのか、どっちにしろ切羽詰まっている感じは伝わってきた。
しかし技術屋から営業に移動とは、正直2人に同情した。
しかし同情している場合ではなく、我々も無傷では済まなかった。
経費削減の影響は小さくなかったのだ。
まず数フロア借りていたオフィスを縮小するために、派遣で客先に常駐している社員の机はなくなった。
それから残業を減らすために水曜日は定時退社日となり、残業は一切不可となった。
また社員旅行の中止も発表された。
昨年は福利厚生の充実とリクルート対策のために創業以来初の海外旅行という大盤振る舞いだったのに、この格差やいかに。
一番ショックだったのが、社内にあった開発用大型コンピュータの台数削減だった。
ウチの会社は大型汎用コンピュータのソフトウエア開発がメインだ。
ソフトの開発にはコンピュータが必要だが、ほとんどのソフト会社は開発用のコンピュータなど持っておらず、客先のコンピュータを借りて開発していた。
しかし客先のコンピュータは本番業務が稼働していることが多いなど、色々と制約がある。
本番優先で後回しにされるのは仕方がないが、多くの下請けが数少ない開発用端末を奪い合いながら仕事をしていたので端末の空き待ちという無駄な時間が発生するのが常だった。
昼間は仕事にならないほど酷くなることも珍しくなく、そうなれば徹夜作業で補うしかない。
その点、社内に開発用の大型コンピュータがあれば使い放題だ。
もちろん複数の仕事で共有するのだから独り占めはできないが、そこは同じ会社なので納期間近の仕事を優先してあげたりとなにかと融通が効く。
ウチには2台の開発用大型コンピュータがあった。
俺が入社して数年経ったときに会社が思い切って導入したのだ。
導入は会社にとっては大きな決断だったが大きな武器になったし、俺たちも鼻が高かった。
単に便利になったというだけでなく、もっと大きな意味があった。
それは派遣体質からの脱却だ。
ソフトウエアハウスの多くは技術者を派遣することで成り立っていた。
社内で開発するのはリスクが高い。
だから派遣というイージーなやり方に頼るのがこの業界の常識だったが、おれはその体質が大嫌いだった。
開発用コンピュータを導入するということは、派遣中心から社内開発をメインにするという会社の意思表示でもあるのだ。
また、いい人材を取るという意味でも大きな効果があった。
しかし大型コンピュータは相当な経費がかかる。
リース代も相当な額だが、本体や大型プリンターが置いてある10畳ほどのマシン室は空調完備で冬でも冷房フル回転なので専用空調を設置しないといけないし、電気代も凄い。
プログラムリストを印刷するページプリンタは終日動きっぱなしなので、紙の使用量も相当なものだ。
色々と金食い虫ではあったが、それを上回るだけのメリットはあった。
しかい社内開発の仕事が減ってしまえばお荷物でしかないから、経費削減となったら真っ先に台数削減となるのは当然だろう。
しかし、わかっていても台数が減るのはショックだった。
これで社内開発割合が大幅に減り派遣比率が高まることは間違いない。
俺が大嫌いな単なる派遣屋に逆戻りすることになるのではないか、それが心配だった
もう一つショックだった経費削減が来年度の採用ゼロ、内定していた新入社員は全員取り消しになった。
取り消された人たちが一番の被害者だろうが、採用ゼロは痛い。
人材は人財と言われるソフトウエアハウスにとって、先々ボディブローのように効いてくる悪手のはずだ。
ひと世代空いてしまうのは、すぐに影響はないにしろ先々必ずダメージになる。
会社もそれは知っているはずだが、それでも目先の経費削減を優先せざるを得ないほど事態は深刻なのだろう。
俺は緊急不況対策が書かれた紙を見ながら呆然としていた。
心のどこかで、これは弛んだ社員を引き締めるための会社の作戦であって欲しいと願っていたが、しかしどう考えてもそんな理由で大型コンピュータを減らすはずがない。
それでも簡単にこの現実は受け入れられなかった。
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