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ヒメゴト
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ドアを隔てた向こうの部屋から、テクノ音楽のような重低音が聞こえてくる。そして複数の女性の叫び声。
叫び声というより、正確に言えば、絞り出されたような、悩ましげな声 ―― 喘ぎ声だった。
それを聞いて私たちはお互い目配せをしたが、すぐに目を逸らした。同じようにドアの目の前でたじろいでいる隣の友人が裸だったのを忘れていた。そんな私も裸だ。何一つとして衣類という衣類は身に着けておらず乳房や陰毛も薄い照明の下で露わだが、片手に酒の入ったグラスだけを持っている。意識するまでもなくお互いが恥ずかしい状態だった。
これを開けたその先には、いつも私たちが生活している世界とは全く別の世界が待っていることは明らかだった。それでも私はそれを望んできここに来たのだ。息の詰まるような代り映えのない日常から抜け出すためだ。
脚がすくんでいた。身体(からだ)のどこかが汗をかいていた。お腹の下がキュッとなっていた。
それでも私は重いドアを押し開いた。すぐに私の身体は上から下まで、むせ返るほど充満している音楽にかき乱された。
私が今夜のイベントについて聞かされていたことと言えば、「芸能人たちが集まる秘密のパーティが開かれる」ということだけだった。あとはそれが行われる場所と時間が極秘裏に伝えられた。
女優を目指して上京してから一年間、ほとんどアルバイトかエキストラのような仕事ばかりで、全然自分の目指している女優像に近づけているような気がしなかった。そこでコネのようなものを探していた時に、事務所の人の知り合いから誘われたのが、今回のパーティだった。もちろん、直接的にどんな集まりなのか聞かされたわけではないが、その説明は遠回しなものだった。すぐ私の頭に浮かんだのはとても他人には話せない卑猥な映像だった。けれど私の興味は止めようがないほど素早く動いた。二つ返事で行くと約束した。その場にいた友人も同じだった。
普段、テレビで見ている芸能人のイメージと言えば、女性も男性もすごく洗練されてて、ほとんど完璧なルックスをしてて、近づけばいい匂いすらしそうな華やかなイメージだ。私の好きな女優やモデル、それから歌手といった有名人たちは私の手の届きそうもないほど高いところにいて、日常の生活や世俗的なものから壁を隔てたところで生きていると勝手に思っていた。
けれど今、私が見ているのは「ただの人間」だった。それもひたすら動物みたいに欲望のまま動いているありのままの人間。
テレビドラマや映画に引っ張りだこで、おそらくほとんどの国民が知っているであろう有名女優は、ソファで一人の男と貪りつくようなキスを交わしている。まるでお互いを食い合おうとするかのように、お互いの顔を掴んで必死にキスをしていた。今まで彼女に抱いていたイメージは、まだ少し子供っぽくて、子猫のように可愛くて、「そういうこと」をすることにそんなに興味がないタイプだと思っていたので衝撃だった。
二十歳を最近超えたばかりその若い女優には、四歳差の姉がおり、その姉もまたよく知られた女優で、妹に負けないほどドラマやバラエティにもよく出るほど売れっ子だが、彼女もその近くにいた。筋肉質の男に身体を舐めまわされていた。その男は彼女の乳房に吸い付いたと思うと、今度は下の秘部をかき分けるようにして口に含んでいた。彼女の顔は、テレビではまず見ることがないであろう苦しみとも喜びともつかないような表情を顔全体に表していた。特徴的なよく動く眉毛がそれを生き生きと見せていた。
私たちはただ立ったままそれを見ていることしかできなかった。クラブのように赤や青や緑といったライトが、重く刻むビートの音楽に乗せて部屋中に乱れていた。大勢の男女が何一つとして衣服をまとっていない姿で交わり絡み合っている身体の上で点滅したり通り過ぎたりしていた。
しばらく私と友人はそうしていたが、「それ」に参加せず部屋の隅で眺めている二人の間にやっと交わされた会話は少なかった。しかも、その言葉は鳴り響く音楽と喘ぎ声にかき消えそうになっていた。
「す、すごいね」
「うん……」
叫び声というより、正確に言えば、絞り出されたような、悩ましげな声 ―― 喘ぎ声だった。
それを聞いて私たちはお互い目配せをしたが、すぐに目を逸らした。同じようにドアの目の前でたじろいでいる隣の友人が裸だったのを忘れていた。そんな私も裸だ。何一つとして衣類という衣類は身に着けておらず乳房や陰毛も薄い照明の下で露わだが、片手に酒の入ったグラスだけを持っている。意識するまでもなくお互いが恥ずかしい状態だった。
これを開けたその先には、いつも私たちが生活している世界とは全く別の世界が待っていることは明らかだった。それでも私はそれを望んできここに来たのだ。息の詰まるような代り映えのない日常から抜け出すためだ。
脚がすくんでいた。身体(からだ)のどこかが汗をかいていた。お腹の下がキュッとなっていた。
それでも私は重いドアを押し開いた。すぐに私の身体は上から下まで、むせ返るほど充満している音楽にかき乱された。
私が今夜のイベントについて聞かされていたことと言えば、「芸能人たちが集まる秘密のパーティが開かれる」ということだけだった。あとはそれが行われる場所と時間が極秘裏に伝えられた。
女優を目指して上京してから一年間、ほとんどアルバイトかエキストラのような仕事ばかりで、全然自分の目指している女優像に近づけているような気がしなかった。そこでコネのようなものを探していた時に、事務所の人の知り合いから誘われたのが、今回のパーティだった。もちろん、直接的にどんな集まりなのか聞かされたわけではないが、その説明は遠回しなものだった。すぐ私の頭に浮かんだのはとても他人には話せない卑猥な映像だった。けれど私の興味は止めようがないほど素早く動いた。二つ返事で行くと約束した。その場にいた友人も同じだった。
普段、テレビで見ている芸能人のイメージと言えば、女性も男性もすごく洗練されてて、ほとんど完璧なルックスをしてて、近づけばいい匂いすらしそうな華やかなイメージだ。私の好きな女優やモデル、それから歌手といった有名人たちは私の手の届きそうもないほど高いところにいて、日常の生活や世俗的なものから壁を隔てたところで生きていると勝手に思っていた。
けれど今、私が見ているのは「ただの人間」だった。それもひたすら動物みたいに欲望のまま動いているありのままの人間。
テレビドラマや映画に引っ張りだこで、おそらくほとんどの国民が知っているであろう有名女優は、ソファで一人の男と貪りつくようなキスを交わしている。まるでお互いを食い合おうとするかのように、お互いの顔を掴んで必死にキスをしていた。今まで彼女に抱いていたイメージは、まだ少し子供っぽくて、子猫のように可愛くて、「そういうこと」をすることにそんなに興味がないタイプだと思っていたので衝撃だった。
二十歳を最近超えたばかりその若い女優には、四歳差の姉がおり、その姉もまたよく知られた女優で、妹に負けないほどドラマやバラエティにもよく出るほど売れっ子だが、彼女もその近くにいた。筋肉質の男に身体を舐めまわされていた。その男は彼女の乳房に吸い付いたと思うと、今度は下の秘部をかき分けるようにして口に含んでいた。彼女の顔は、テレビではまず見ることがないであろう苦しみとも喜びともつかないような表情を顔全体に表していた。特徴的なよく動く眉毛がそれを生き生きと見せていた。
私たちはただ立ったままそれを見ていることしかできなかった。クラブのように赤や青や緑といったライトが、重く刻むビートの音楽に乗せて部屋中に乱れていた。大勢の男女が何一つとして衣服をまとっていない姿で交わり絡み合っている身体の上で点滅したり通り過ぎたりしていた。
しばらく私と友人はそうしていたが、「それ」に参加せず部屋の隅で眺めている二人の間にやっと交わされた会話は少なかった。しかも、その言葉は鳴り響く音楽と喘ぎ声にかき消えそうになっていた。
「す、すごいね」
「うん……」
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