純愛

seisuke

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趣味

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ただいま

聞き慣れた金属音、もう何回くぐり抜けただろうか、五歩目でたどり着くリビングのドア、右手で押して中に入ると、彼女はいつも通りテレビを見ていた。今日も幸せそうだ、そんな彼女を見てると仕事の疲れなんて吹き飛んでしまう。

ご飯食べた?今日はどうだった?そうか、お疲れ様

僕の問い掛けにはいつも答えない
真っ直ぐに映像を見ている、首を向こちらに向ける様子もないし何かをする仕草もない

だって、彼女は人形だから

僕は僕自身を理解しているつもりだ、客観的に判断できてるつもりだ、趣味が人形だなんて公に出来るような事ではない、だからこうやって一人で部屋の中だけで誰にも内緒で楽しんでる、かといって本物の人間と区別がつかなくなるような狂気に染まってもいない、あくまでも趣味、人は人、人形は人形

いつからだっけなこの趣味にハマってしまったのは、明瞭に思い出す事はできないけど、熱中出来てる趣味ってそういうものかも

ふふんと鼻で自身の事を笑いながら締め付け続けるスーツをネクタイから解いていく。

一か月ほど前に彼女にフラれた、直後の僕は抜け殻だった、生きる希望をなくした、人間って何のために生きているのだろう、僕はこれからどうしたらいいんだろうあんなに幸せだったのに、人は一人では生きていけない、目的を持って生きるってとても大切な事なんだ、気づかない間に僕は彼女を幸せにする事を目標にしてたのかな、、、1週間くらいたった頃、僕は人形を買っていた、平均的な成人女性の等身大だ少し高かったけど、当時はあまり気にならなかった、高かったっけ?…………よく思い出せないや…………ああそうだこの頃だった、新しい趣味を見つけられたのは、結構最近だね 

突然一人で笑ったって誰にも変な目で見られない一人暮らしすると独り言や変な行動とっちゃうよなあ、、皆んなそうじゃないの?あはは
何も考えてない瞬間なんてないんだ、人間常に何かしら考えている、些細な事、訳のわからない事昔の記憶、幼少期の体験、そして未来のこと1秒先のこと、こんな自分になれたらなぁって妄想、今の僕には無機質なこの子の事で頭がいっぱいだ、そうだよ、何で人は人と結婚しなくてはいけないんだ人形だって良いじゃないか、僕みたいな人は星の数ほど存在しているはずだ、こうでなくちゃいけないと、社会が僕らの個性を潰すんだ、同性愛だって何がいけないんだ僕は賛成だね、否定派の人達は真剣に彼らの事を考えたことがないんだろう?自分の身に起きたらって考えてみてよ、心は女の子なのにあってはならないものがある恐怖、鏡に映る自分は一体誰なんだ、心が全く身体に反映されてない恐怖、どれほど大きな悩みかわかるかい?人の趣味、嗜好を否定してはいけないよ、それが人に迷惑をかけていなければいいじゃないか……僕は今、人形が大好きだ。

一度調べた事があるんだ僕みたいな人達の事を、一緒に旅行してる人だっている、二人で仲良さげに映った写真をインターネットに載せてる人だっている、恋愛に形はないし枠組みだってない、自由なんだ、無限だよ、、人と恋をしていた時もすごく楽しく過ごせたよ、振られたからって否定したりしない、僕を構成する要素の1つ、つまり、それを否定してしまったら自分自身を否定する事と同義だよね……ね?…………

彼女とは大学四年の時に付き合い始めたんだ、お互い就職活動忙しかったそんな時期に出会って励ましあって意見交換し合って、恋に落ちた、内定も無事にもらう事ができ、順風満帆、穏やかな風が僕らを押した、僕は一人暮らしを始めたけど、お互い都内から出る必要もなく障害もなく、二人で結婚後の事だって話し合ってたんだ…………それから3年…………げほっ…………

好きな人ができたって……職場の先輩だって……そんな素振りなかったじゃないか……結婚だって考えてたんだよ……優しすぎるってなんだよ……優しくある事に限度はあるのか?……刺激がないってなんだよ……叱って欲しかったのか?だって君悪いことなんて特にしてないじゃないか、怒れるわけないじゃないか、何よりも、誰よりも大好きだったんだ……君の存在こそが……僕の……

今どこにいるんだい?僕もゆっくりと進み始めたよ、淀みを振り払って懸命に、今なら心からありがとうって言える、僕を成長させてくれたお礼を全力で生きて表現したい、これからもっと成長してみせるよ、いつか何処かであった時に、言葉は交わせなくても構わないから、視線を合わせてお互いに、成長したんだねってすれ違いたい……

ああ、ごめん、お風呂は入ったのか?まだなら一緒に入ろうか、お湯入れてくるよ君のお気に入りのスーパーボール浮かべとくよ、はは

さあ、さっぱりしたねシャンプー新しいのどう?僕はすごく気に入っているよ、ドライヤーかけるとほら、うん、あはは、いい香りだろ?今日はさ、いい事あったんだ、朝から雨だったろ?憂鬱だなぁなんて思って黒い傘さして、足元濡らしてさっ天候って大事だよなー、でもね、駅前に公園あるだろ?ほら入口のとこにアジサイの花が咲いてる、そこにさカタツムリが居たんだよ、なんだかクスってしちゃってさ、嬉しそうに雨浴びてるんだよ踊ってるみたいでさ、あははなんだよ小ちゃな事って、こんな事だって俺凄く幸せだったんだぞ!そしたら憂鬱な気分なんて吹っ飛んじゃって、仕事も滞りなくこなせちゃったよ、定時で帰る、かっこいいだろ?もっと沢山大事な案件こなして出世してみせるよ

そろそろお家デートは飽きたかい?公にできないなんて、世間体を気にしている僕の我儘だよね、君に救われたんだ、僕の傷を紡いでくれた、新しい光でみたしてくれた、大動脈から全身へ、左心室が僕に語りかけた、光だって送ってやるよと言わんばかりに大きく収縮した

車イスを買ってきたよ、君は自分の意思で歩くことが出来ないからいい方法だろ?明日は土曜日、仕事がないからどこかに行ってみようか、ちゃんとオシャレして、お化粧して、そうだな、最初だから帽子を深くかぶろうか、そうすればそんなに変な目で見られる事もない、初日から遠出なんて言わないから近くの喫茶店でコーヒーでも飲んで、ゆっくり慣れていこう

少し、笑ってくれたような、気がした

何を飲みたい?僕はいつもここのホットコーヒーを頼むんだ、ミルクが良質なんだよ、まあ僕はいつもブラックなんだけどね、あはは

「すみません、少しお時間よろしいでしょうか、〇〇さん、ですね?」

「ええ、そうですが、どうしました?」

警察「私こういうものですが……☆☆さんについお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「?……ええ……どうぞ」

警察「☆☆さんが、あなたと交際中というのを伺いまして、」

「ええ、交際はしていましたが、一か月ほど前に別れてしまい……それから会ってませんが」

警察「☆☆さんが現在行方不明になっているという事はご存知で?」

「え……? なにかあったのでしょうか?」

警察「ですからあなたに何か手ががりがあればとお尋ねしているのです。あなたは一か月ほど前に別れたと仰っていますが一昨日彼女と一緒にレストランで食事をされていますよね?」

「一昨日?…………ああ…………一昨日だっけ…………そうだっけ…………一か月経ってないか?…………そういえばあまり日付けの事は考えてなかった…………行きました…………その後ですよ、彼女が僕に別れを告げたのは、好きな人ができたと言ってそそくさと帰って行きましたよ」

警察「でもあなた彼女が家に着く前に、先回りしていますよね?コンビニでカッターを買ってタクシーに乗り込むところまで防犯カメラが捉えています。」

「え…………コンビニ?…………ああ、そうだ、そうだった……ええそうですよ、優しすぎるなんて、理解できない事言うもんですから、コンビニでカッター買って先回りしてお腹切り裂いてやりましたよ、刺激が欲しいって言うから、つまりこういう事でしょ?でもやっぱり僕は鬼にはなれなかった、彼女の顔だけはやっぱり切れなかった、こういうところが優しすぎるのかな……でも、大丈夫ですよ、ちゃんとガムテープで止めてありますから色だって肌に近い色を選んだんですよ、自分の部屋に連れ帰って元気にテレビだって見れてますよ、今だってほら、コーヒーを一緒に…………ああそっか…………君だったのか」
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