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第一部

第四二章 トリップ系女子

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「よーしよーし、キョウスケ、こっちに来なさい」

 首根っこを掴まれて通路に引きずり戻される。
 分かっていましたよ。

「まずはそこに座りなさい」

 俺は小さく「はい」と答えながら、言われるままに正座した。

 状況がよく分かっていないらしいアイシャは、何が起こったのかと目を丸くしている。
 他方、シエラはとくに動じている様子がないので、ひょっとしたら彼女はすでにこれから何が起ころうとしているのかを理解しているのかもしれない。

「今回は、特別にあんたの言い訳を聞いてあげるわ。あの女は誰?」

 断罪か? これは断罪なのか?

「いや、知らない。俺はあそこにいる二人とは面識がないと思う」

 俺はうつむいたまま、正直に答えた。
 すると、ラシェルが俺の目の前にしゃがみこみ、やはりというか、両手で胸ぐらをつかんでくる。
 その口は何故か不気味な笑みを浮かべていたが、目は明らかに血走っていた。

「じゃあ何? 何であの女はあんたの名前を知ってるわけ? あんた、ついに会ったこともない女の好感度も上げられるようになったの? それに、いい加減こっちも言い飽きてきたけど、何で毎度毎度若くて美人なわけ? そういうルール? 何かそういう不文律みたいなものがあるの? つーか今度はいよいよ美少女? 上から下まで攻略対象ってこと?」
「ワタシは一歳だから、下は一歳からだな!」
「あんたは黙ってなさい!」

 どうやら、シエラがいると余計に話がややこしくなるらしい。
 しかも、シエラはラシェルに怒られてもまったく動じていない。
 これは今後、ますます俺の立場が危うくなる。

 そのまま俺がラシェルにああだこうだ言われながら胸ぐらを締め上げられていると、さすがに見かねたのか、困惑した顔でアイシャが声をかけてきた。

「あ、あの、あっちのヒトたち、ずっと待ってるけど……」

 言われてラシェルとともに部屋のほうを見やると、先ほどの少女たちがポカンとした表情で立ち尽くしていた。
 まあ、それはそうなる。きっと俺が逆の立場でもそうなる。

「おほん……」

 ラシェルがわざとらしく咳払いをし、ゆっくりと立ち上がって居住まいを正す。
 そして、俺のことなど最初からなかったように部屋の中で立ち尽くす二人の少女の前へと歩み出て行った。

「あたしたちはこのダンジョンを攻略にきた冒険者よ。そこに転がっている連中とは無関係だから、もし話を聞いてもらえるなら武器を下ろしてもらえないかしら」

 ラシェルの言葉で気づいたが、部屋の隅にヒトの亡骸らしきものが転がっていた。
 先ほどラシェルとシエラが『気配が消えた』と言っていた者たちのなれの果てだろう。
 転がっているというよりは、もともとの所持品であろう武具とともにわりと綺麗な状態で横たえられているといったほうが正しいかもしれない。
 荷袋を漁った形跡もないし。

 何だろう。倒した相手に対する処置の仕方に、俺たちと違った育ちの良さを感じる。

 ともあれ、少女はまっすぐにラシェルの顔を見つめると、緊張を解くようにふーっと長く息を吐き、構えを解いて言った。

「あなたは《精霊の射手》ラシェルさんですね」
「……あんたもあたしのことを知ってるわけ? 何か、思ったより有名ね、あたし」

 ラシェルが驚きに目を丸くしている。

 確かに、ここ最近で相対した相手は概ねラシェルのことを認知しているような気がする。
 まあ、実際に大陸有数の冒険者には違いないから、有名であること自体に何ら不思議はないのだが。

「キョウスケさんと一緒にいるということは、おそらくそうだろうなと」

 しかし、今回の少女は少しこれまでと趣が違うようだ。

「……どういうこと?」

 ラシェルも何か違和感を覚えたらしい。眉をひそめながら訊く。

「勇者パーティのアリオス隊を脱退されて、その後はキョウスケさんと一緒に行動していると聞いていました。わたしたち、つい先日までノースワーパウスにいたんです」
「ノースワーパウス……じゃあ、アリオスたちと会ったってこと?」
「はい」

 なんと。ここでアリオスの名を聞くことになるとは。

 冒険者ギルドで読んだ壁新聞によればアリオスはノースワーパウスでクラン結成のための仲間を募っているという話だから、そのタイミングで何かしら交流があったのだろうか。

「あたしたちのこと、なんか言ってた?」

 何か思うところでもあるのか、ラシェルが訊いた。

 優先度の問題とはいえ、これからという大事なタイミングでパーティを脱退したこと自体は事実であるし、彼女なりに責任を感じる部分があるのかもしれない。

「ラシェルさんを失ったことはやはり大きいと言っていました。あれほどの弓の使い手はいなかったと」
「ふん。ざまあないわね。キョウスケを追放するような真似するからよ」

 ああ、そっちのほうでしたか。

 まあ、やはり優先度の問題なのだろう。
 俺にそれほどの価値があるとも思えないが、誰が何にどう価値を見出すかなんてそれこそヒトそれぞれだ。
 俺にできることといえば、せめて、見出された以上は彼女の期待に応えられるよう努めるだけである。

「でも、その口ぶりだと、キョウスケに気づいたからあたしにも気づいたって感じよね?」

 ラシェルの問いに、何故か少女はやや遠くを見るように視線をそらした。

「はい。実はわたし、キョウスケさんの顔を一度だけ拝見したことがあるんです。もう半年以上前、まだわたしが冒険者になる前のことです」

 その目は何処か懐かしいものを見るようで、口許も少し緩んでいるように見える。

 おや? 何やら雲行きがおかしい気がしてきたな?

「当時、わたしの住んでいた街に、一度だけキョウスケさんたちのパーティが立ち寄られたことがあるんです。わたしは屋敷の窓からキョウスケさんたちの姿を見ていることしかできなかったけど、そのときの印象がずっと記憶に残っていて……」
「……なんで?」

 そう訊くラシェルの目は半眼になっている。
 ひょっとしたら、ラシェルは次にこの少女が何を言うのか察しているのかもしれない。

 俺もそろそろこれまでの経験から学びを得ていた。
 こういうときは、彼女が何か言う前にラシェルから距離をとっておいたほうがいい。

「その……」

 少女が言葉を続けようと口を開く。
 集中しろ。
 どこから何がきてもいいように——!

「見た目がもう、本当にどストライクで……」

「シエラ!」
「あちょーっ!」
「ぐおっ!?」

 抜かった!
 完全に視覚の外からシエラにドロップキックをお見舞いされた。
 まさか、シエラを使ってくるとは……。

 しかし、そんな俺たちのやりとりを気にした様子もなく、少女は夢見心地といったように両手を頬に当ててうっとりとしている。
 トリップしやすい系の女子なのかもしれない。

「まさか、こんなところで、しかもこんな形でキョウスケさんとまたお会いできるなんて思ってもみませんでした。ひょっとしたら、神のお導きかもしれません」
「そんな神はあたしが殺すわ」

 ラシェルがウーツ鋼の短剣に手をかける。大いに誤解を与える素振りである。
 ほら、もう相手側のホビットの女性は明らかに警戒して武器を構えている。どうなっても知りませんよ。

「す、すいません、この子、ちょっと頭に血が上りやすい子なんです!」

 そこでアイシャが慌てたように間に入る。
 なんと素晴らしい立ち回りだろうか。
 俺たちにとって本当に必要だったのは、彼女のような常識人だったのだ。

「いや、関心してないで、キョウスケもとめに入ってよ!」

 アイシャが助けを求めるように俺を見た。

 馬鹿なことを言うな。
 俺が余計なことをすれば、今度は俺がラシェルに殺される。
 誰だって基本的には自分の身が一番可愛いのだ。

「……あの、つかぬ事をお聞きしますが……」

 ――と、武器の構えは解かず、しかし、いくらか剣呑な雰囲気は収めながらホビット族の女性が口を開いた。

「ひょっとして、そちらもお連れ様のクセが強すぎて苦労していらっしゃるのですか?」
「え……?」

 アイシャが目を丸くしている。そんなことを訊かれるとは夢に思わなかったのだろう。
 彼女は俺やラシェル、シエラの顔を順繰りに見回すと、しばらく言葉を選ぶように目を伏せたあと、意を決したように口を開いた。

「苦労してるかどうかは分からないけど……間違いなくクセは強いと思う」
「は? あたしほどの常識人が他にいるっての?」

 ラシェルがキッとアイシャを睨みつけた。
 いや、ほんとそういうところだぞ。

「うっ……ごめん、でも、別に貶してるわけじゃなくて、個性的……あ、そう! 個性があって魅力的だなって! そういうことを言いたかったんだよ!」

 アイシャが慌てて言い訳をしている。
 なかなか秀逸な言葉のチョイスである。

「個性的で魅力的……ふん、なかなかよく分かってるじゃない。そうよ、そういうことよ」

 ラシェルは満足したようだ。
 腕組みしながらしたり顔で頷いている。
 意外とチョロいな。

「……分かります!」

 ――と、何故か急にホビット族の女性が武器を腰の鞘に納め、あろうことかその場で咽び泣きはじめた。

「分かります! その苦労、とても分かります!」

 女性がアイシャのもとまで駆け寄り、何を思ったのかその手を取ってくる。
 そんな突然の彼女の行動に、俺もアイシャも思わず目を丸くしてしまう。
 人間族の少女とラシェルは何だか自分たちの世界に入ったままのようだが……。

「見てください、こちらのお嬢様を。すっかり自分の世界に入られて、今しがたまでが如何な状況であったかもすっかりお忘れになられています。いつもこうなのです!」

 ホビット族の女性が切々と語る。
 やはりこの少女はトリップ系女子だったのか。

「本来であれば、ノースワーパウスに向かうことも反対だったのです。ですが、一度お決めになられたことは決して曲げられぬかたゆえ、それならばせめて御身だけでもお守りいたしましょうとここまで同道して参りましたが……」

 こちらの女性も何かスイッチが入ってしまったのか、アイシャの手を握ったままその場に泣き崩れてしまった。
 そして、何故かこちらが訊いてもいないのに、自分たちがどうしてこのダンジョンの攻略をするに至ったかの経緯を訥々と語りはじめたのだった。
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