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マーメイド

  グレーの瞳

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 自分をさらけ出すなんて、拒否される気がして今までやったことがない。だから恥ずかしかった。
 けれど、やってみたら意外とすっきりするんだなと発見した。

 舞台裏を出てる。美容部のみんなが待っている控室に向かうために、コンクリートの廊下を歩いていると、よく知った人影が見えた。わたしに手を振る姿はとても様になっている。
 窓から風が廊下に入りこんできて、彼のおひさまのような匂いを連れてわたしの鼻へと運んできた。

「芽衣ちゃん、何度も言うけど、今までで一番綺麗だったよ」

 まだ、彼に褒めれるとわたしの心は愛しさと悲しさで胸が締め付けられる。
 止まりそうな呼吸を必死に繰り返しながら「ありがとう」と返す。
 この濡れたように艷やかな睫毛も、線の深い二重も、少しだけ小さめな口も、本当は全てわたしのものにしたかった。

「もう分かっていると思うけど」
「……はい」
「君の妹である瑠華と僕は付き合っていたんだ。
 瑠華の死因が、車に轢かれそうだった子供を助けたからなんて、なんだかやりきれなくて、僕は瑠華がやり残したことをして生きていこうと決めたんだ。
 生前、旅行したいとか、映画を見たいとか、遊園地に行きたいとかいろいろ言っていたけれど、記念日とか誕生日のような大切な日に必ず言うのは『侑李がデザインした服を着たい』だった。
 僕、デザインはしていたけれど、恥ずかしくて瑠華には見せたことがなかったんだ」

 侑李くんは、悲しいような、やるせないような表情をしていた。
 こんなときにも、瑠華は侑李くんの服を見たことないんだ、と優越感に浸ってしまう自分が嫌だった。

「あと、瑠華がずっとずっと心配していたことがあった。
 ――君だった。
 引っ込み思案なお姉さんが心配だって口癖のように言っていた。
 お姉ちゃんは、人見知りなだけで、本当は誰よりも面白くて、優しくて、格好良いんだって。
 芽衣ちゃんとの思い出ばなしをするときは、いつも楽しそうで相当お姉さんのこと好きなんだなって思ってたよ」
「――瑠華がそんなことを?」

 胃のあたりがじわじわと熱くなった。
 たしかに瑠華は懐いてくれていたけれど、まさかここまでわたしのことを心配してくれていただなんて知らなかった。
 そんな彼女に学校では他人のふりしてだとか血も涙もないことを言っていたのかと思うと、自分が情けなくなった。

「だから、瑠華の代わりに僕が芽衣ちゃんを幸せにしようと思った。瑠華が好きな芽衣ちゃんに僕の服を着てもらいたいと思った。
 でも、二人はやっぱり姉妹でどこか似ているから、いつの間にか君を瑠華と重ねていた。君に死んだ人間なることを求めていた」

 やっぱりそうだったんだ。
 服も、化粧も、笑顔も全て瑠華を求めていた。

「……芽衣ちゃんが僕のこと好きだって、なんとなく気づいていたのにすごく酷いことをしたと思っている」
「し、知ってたんですか!?」

 侑李くんはクスッと笑いながら頷いた。
 心臓を直接手で叩かれたような衝撃だった。
 恥ずかしさのあまり、体全体が熱いし、こそばゆくなってきた。
 梓さんにはすぐバレたし、もしかしてわたしってわかりやすい!?

「僕は今でもずっと瑠華のことが好きなのに、瑠華にどこか似ている芽衣ちゃんを取られるのが嫌で、芽衣ちゃんにはかなり思わせぶりなことした。
 ほんとうに僕ってクズだよね」
「え、あ、いやいやいや!
 なんていうか、わたしにとってすごくいい思い出だったから結果オーライだし!
 それに、わたしのことを取る人なんていないから、そもそも侑李くんは何に焦っていたのですか!?」

 言葉にされると恥ずかしいことばかり言われているせいで、目がくるくると回ってきた。
 お風呂に入っていないのに、のぼせそうだ。

「梓だよ」
「はい!?」

 侑李くんは、さっきまでシリアスモード全開だったのに、急に冗談を言い始めた。
 わたしのことをブスと呼んでいた梓さんがわたしのことを好きだなんてあり得ない。仮に、好きだとしたら梓さんの愛情表現のレベルが小学校低学年すぎる!
 梓さんの名誉のためにも反抗しようと口を開いたとき、侑李くんが袖をまくり腕時計を見て「そろそろ結果発表の時間だ」と言った。
 結果発表は、さきほどのステージで行われる。わたしと侑李くん、梓さん、陽翔くんの今日参加した四人でステージに上がらなくてはいけない。

「梓と、陽翔は二人で行くだろうから、僕たちだけで行っちゃお」

 わたしを探して帰ってきたときよりも、少し血色が良くなってすっきりとした顔でそう言った。
 先に進み始める細い背中にわたしは「待ってください」と静止を求めた。

「侑李くんにどうしても言いたいことがあるんです。これを言わないとすっきりしないので、言います!
 ――大好きです。一目惚れでした!
 そして、妹のことまだ好きでいてくれてありがとうございます。きっと、きっと、天国で喜んでいます!」

 侑李くんはグレーの瞳をゆらゆらと揺らして、「ありがとう」と言った。
 やはり優しい瑠華と優しい侑李くんはお似合いな気がして、わたしは悔しい気持ちを押し殺して、姉としてお礼を言った。

 ランウェイを見た侑李くんに「一番綺麗だったよ」と認められて、わたしの中で彼への想いが少し昇華された。
 あのときの泡はきっと彼に届いたのだ。
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