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マーメイド

パンツスタイル

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「芽衣、戻ってきてくれたのか」
 
 わたしたち学校のスペースに行くと陽翔先輩が真冬にココアを飲んだときのような安心したような表情でわたしを迎えてくれた。

「あの、ほんとうに」
  
 「申し訳ありませんでした」と、また地面に手をついて謝罪しようとしたら、梓さんに全力で止められた。
 全くわたしを責めない先輩に涙がでそうだった。

「おい、侑李はどうした?」
 
 辺りを見回したながら、梓さんが聞いた。
 たしかさっき侑李くんも舞台の上でわたしのことを待ってくれていると言っていた。
 それなのにここにいたのは陽翔先輩だけ。おかしい。

「なかなか梓と芽衣が戻ってこないから、少し前にお前たちを探しにいった」
「はぁ!? 絶対見つけるから俺と朝陽に任せて、侑李と陽翔は会場にいろって言っただろ!」
「侑李も責任を感じて居ても経っても居られなくなったんだろう。
 あまり責めないでやってくれ」

 あきらかに不機嫌な梓さんをなだめ、先輩はスマホで侑李くんに電話をかけた。しかし、みるみる先輩の顔色青白くなり、「侑李が電話に出ない」と言った。
 梓さんはこの世のおわりといったような長い溜息をついた。そして、しばらくの間、わたしたち三人の間に重い沈黙が流れた。
 原因をつくったのは明らかにわたしだ。
 震える手で、わたしも侑李くんに電話してみるも、やはり出ない。きっと着信に気づかないくらい無我夢中でわたしのことを探してくれているんだ。
 これはいよいよ土下座では事足りないから、切腹でもするしかない。そう思ったとき、梓さんは「いや、むしろこれは好都合だ」と呟いた。

「梓さん、失礼ながら仲間が一人欠けているというのに“好都合”とはどういうことでしょうか」
「そのままの意味だよ。
 頑固者がいなくなってやりやすくなったってことだ。
 ――陽翔、20分で髪型を仕上げてくれ」

 「わかった」と先輩は言いながら、コテをコンセントにつなぎ始めた。
 そして、なにやら梓さんは時間もないというのに自身の黒いキャリーケースを開いている。それを横目でじっと見ていると、やがてキャリーケースの中からビニールに包まれたドレスと足りだした。
 晴天の日の雲のような真っ白な生地で、ウエストから裾に向けてAラインに広がっている。
 綺麗なドレスだと思ったが、よーく見ると本当にこれはドレスと呼ぶのか不安になった。だって、Aラインのスカートは中央でセパレートされていて、スカートの下がパンツスタイルになっていたのだから。

「おい、陽翔、これをイメージして髪型を仕上げてくれ」
 
 わたしの髪を撫でて、コンデションを確認していた陽翔先輩が、梓さんの方に視線を移す。
 少年のような笑顔をする梓さんに、陽翔先輩は思わず低い声で「は?」と漏らす。

「もうドレスは決まっている」
「あの可愛いドレスに合わせた髪型じゃもう間に合わないだろ?」
「そうだが、やりようはいくらでも……」
「あのドレスと違って、このドレスならシンプルな髪型が最高にマッチする!
 時間がない今このドレスのように路線変更すべきだ!」

 写真撮影のとき着たドレスとは正反対のドレスだった。
 チューブトップになっているため袖はない。可愛くするための装飾品も一切ついていない。
 極めてシンプルなデザインだ。

「芽衣は優れたモデルだ。優勝だって狙える。
 今、芽衣は笑えない。だから、今のモデルの精神状態に、こっちが合わせていくべきだ」

 陽翔先輩は、眉間にシワを寄せて目を瞑りながら少し唸ると「わかった」と言った。
 きっと、心から納得いったわけではないが、時間のない今、梓さんの言った通り路線変更するのが得策だと思ったのだろう。
 「さんきゅ」と短くお礼を言った梓さんは、わたしにドレスを差し出した。

「早く着替えて来い」

 この会場で一番斬新なのにシンプルなデザインのドレスを受け取り、わたしは更衣室へと急いだ。
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