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マーメイド

   意気揚々

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 梓さんに力強く腕を捕まれながら、会場に向かって走る。
 少しだけ腕が痛かったけれど、一人で走るよりも倍早い気がした。

「わたしの居場所、どうして分かったんですか」
 闇雲に走ってたから自分でも自分がどこにいるのか把握できていなかったというのに。
 もしかいして、梓さんはメイク以外の魔法も使えるのだろうか。
 少しだけファンタジックな答えを期待して待つと、そっけなく「勘」とだけ返ってきた。

「……勘でしたか」

 残念です。わたしは梓さんが後ろを振り向かないことをいいことに、思い切り項垂れた。

「でも、何か引き寄せられるものがあったというか。お前の行動パターンが手に取るように分かった。
 多分、隣の席のお前のこと観察しすぎたんだと思う」
「え!梓さんそんなにわたしのこと見てたんですか!?」
「~~!! 見てねえよ!!」

 梓さんが声を荒げる。最後の方なんて若干裏返っていたし、なんだかぶつくさ言っているし、余裕がなくて何かを隠しているように思えた。
 
「なんだか、久しぶりにこうして梓さんとお話しますね。
 やっぱり梓さんとお話するのは楽しいです」

 数秒経ってから、梓さんは少し低い曇ったような声で「そうかよ」と言った。
 そして続けて、「侑李と話すときとどっちが楽しい?」と聞いてきた。
 なんだか予想外の質問だったがわたしの頭の中には、あらかじめ答えが用意されていて、「梓さんと話すときに方が楽しいです。侑李くんと話すときはドキドキします」とまるで、ただ吸った空気を吐いただけかのようになめらかに出てきた。
 
「……俺もお前と話すのは楽しいよ。
 まぁ、俺の場合、それだけじゃないけどな」

 振り向いた梓さんは少し不服そうな顔をしていた。そして、わたしに向かって溜息を吐いて、そう言った。
 それだけじゃないってどういう意味だろうか。
 なんとなく聞きづらくて、考えながらずっと並木道を走る梓さんの背中を見つめていた。
 同世代に比べると彼の体は成熟していて肩幅が広い。決して太いわけではないけど、筋肉があるということが制服の上からでもわかる。そして、それとは真逆に顔は小さい。
 ――素直に格好いいなと思う。

 道を進むに連れて通行人の数は多くなっていった。
 やがて、飛び出した会場が遠くに見えてきた。もう少しで到着するという嬉しさから消耗したはずの体力がまたメラメラと湧き上がってきた。
 それを感じたかのように梓さんも走るスピードを上げてくれて、すぐ会場に到着した。
 入ってすぐ左にある関係者入り口の戸を勢いよく開けて入る。
 転ばないように足場を確認しながら暗い道をしばらく進むと舞台裏が見えてきた。舞台裏にもまばやいばかりの電気の灯りが漏れている。
 何人もの話し声も聞こえてきて雑音さながらだった。そしてその雑音よりも大きな声で「あと30分です」というアナウンスが聞こえた。

「え、もしかして始まってます?」
「……お前、時計見てみろよ」

 梓さんは、三日間放置した使用済みの食器を見る目でわたしを見た。
 会場を飛び出してから一度も時計を見ていないことに気がついたわたしは、慌ててブレザーの裾をまくり、腕時計を見た。このコンテストは10時に開始される。そしてそこからメイクや着替えもろもろをして、11時からモデルによるランウェイが始まる。
 つまり只今の時刻が10時前なら、わたしは間に合ったということになるが、短い針は10と11の間。長い針は丸い時計の一番下、つまり6のところを指していた。
 全力で走ってきて体が火照っているというのに、一気に体の体温が下がるのを感じた。
 「ごめんなさい」という言葉が喉まで出かかったが、そんな有り触れた言葉じゃ許されない気がして、わたしは地面に正座をして両手をついた。

「おい、なに土下座してんだ。
 俺がいじめてるみたいだからやめろ」
「だって、わたしは人間として許されないことをしました。
 失恋したからといって、コンテストのために頑張ってきた皆さんの努力を不戦勝で終わらせてしまうなんて……」

 部活で練習したときは、メイク、ヘアメイク、着替えで制限時間である60分ギリギリだった。
 だから、残り30分の段階で参加したって間に合わないのだ。

 舞台裏に設置されている舞台を移すモニターで見る限り、どの学校の生徒たちもポイントメイクに突入している。ヘアメイクに限っては完成しているところもある。

「勝手に負けんなよ。俺たちは30分で終わらせるんだよ」
「でも、30分で終わらせるなんて無理です……」
「いくらでも手の打ちようはある。
 早く行くぞ。侑李と陽翔が舞台の上で待ってる」

 不安だらけのわたしをよそに梓さんは堂々とローファーで地面を蹴り、舞台上へ進む。
 こんなに危機迫る状況なのに焦りもせず意気揚々としている梓さんが理解できなかった。でも、なぜかそんな彼を見ていたら、切羽詰まる気持ちが少しずつ落ち着いてきた。
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