王子からマーメイドになれと命令された♂♀

いろは るり

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マーメイド

 落ちるフリル

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 梓さんアドリブ事件以降、なぜか私たちの間に気まずい雰囲気が流れてしまった。
 朝登校したときや、授業中ノートに写すのが間に合わず困ったとき、梓さんのお腹が鳴ったとき。隣の席なので、本来、わたしたちは一日に何度も話していた。
 それなのに、あれ以来お互いに口数が減ってしまい、今話すときといえば、朝の挨拶をするときだけだ。

 部活中も、みんなで話しているとき、私が梓さんの話に、梓さんは私の話に、くすっと笑うことはあったけど一対一で会話することはめっきり無くなった。
 そんな気まずい思いをかかえたまま、今日わたしたちはマーメイドコンテストを迎えることとなった。


「芽衣ちゃん、緊張するね~」
「朝陽くんも緊張するんですね」
「するよ~。人間だもん」

 グラウンドも含めた学校4つ分くらいの大きさの白い箱がそびえ立っている。
 その箱の中央にある入口から、わたしたちと同じ高校生がキャリーケースを引きながら、箱の中へと吸い込まれていく。

「でも、朝陽は今日舞台に立たないよ?
 だから安心して客席から僕たちのこと応援してね~」

 少し嫌味っぽく言う侑李くんに、朝陽くんは涙を目尻にうっすら浮かべながら「僕も舞台立ちたいのに~!」と返す。

 朝陽くんは昨日のうちにネイリストとしての役割を終えていた。

 このコンテストは60分以内にモデルの化粧やヘアメイク、着替えを終わらせて、その仕上がりを競い合う。
 だから、梓さんと侑李くん、陽翔先輩はわたしと一舞台に上がることになるがネイル・香水担当の朝陽くんは客席でお留守番なのだ。

 わたしも朝陽くんもその決まりを昨日の部活まで知らなくて、舞台に上がる気満々だった朝陽くんはその場で声を上げて泣きだしてしまった。

 なんとか泣き止ませようと(高校男子相手に)くまの人形で彼の頬をつついてみたり、ジュースをチラつかせてみたりしたが、全然泣き止まなかった。
 為す術がなくなり、わたしがさじを投げかけたとき、朝陽くんの鳴き声だけが響く部室で、ゆっくりと陽翔先輩が口を開いた。「敵も多いだろう客席で、芽衣を応援するのがお前の役割だ」と。
 すかさず、わたしも「客席に朝陽くんがいると心強いです!」と続ける。すると、朝陽くんの表情は夜が明けかのようにぱっと明るくなり、「頑張るね!」と笑ってくれた。本当にお兄ちゃんって偉大だ。


「みんな、ちょっと待って」

 侑李くんの静止を求める声で、もう少しで建物の中に入りそうだった足を止める。
 梓さんも陽翔先輩も朝陽くんも、なぜ早く入らないのかと不思議そうな顔して足を止めている。

「みんなで円陣組もう!」

 まさかの提案に、梓さんは口を歪ませて思い切り顔をしかめる。
 梓さんの性格上、こんなにも人通りの多い場所で注目を浴びてしまいそうなことをするのが嫌なのだろう。しかし、乗り気の西園寺兄弟の力技によって、抵抗する梓さんも円陣を組まれてしまった。

 やっぱり梓さんはツンツンだなー、なんて思って見ていたら、侑李くんにがっしりと肩を組まれた。
 好きな人との距離の近さに緊張しつつも彼の顔に視線を移すと、朝9時とは思えないほどの爽快なスマイルだった。


「絶対優勝するぞー!」

 侑李くんの掛け声に梓さん以外が「おー!」と続く。
 掛け声を緊張を吹き飛ばしたわたしたちは、テンションが下がらないうちに、そのまま入り口へと入っていった。




***

 本番の準備をするために舞台へ上がる。
 今回のコンテストでは、写真審査を勝ち抜いた100校が参加するらしい。
 まだ本番開始1時間前だというのに、すでに70校ほどが各自決められた舞台上のスペースに化粧品を広げたり、ヘアアイロンを広げたりしていた。
 スキンケアは制限時間外にやることを許されているので、モデルにマッサージをしている生徒もいた。

「本番じゃ、舞台に上がれないんだから今のうちにこの高い位置満喫しとけよ」
「うるさいなあ~! ほんと梓っていじわる!」

 舌を出した梓さんが、朝陽くんをからかうと、美容部に笑いが起きた。
 自信を持って言える。この会場にいるどの高校よりも、わたしたちが一番リラックスしていて空気がいい。
 他の学校は自信の無さからピリピリしていたり、焦っていたりする。

 こんな状況なら有利だ。優勝だって夢じゃない。
 わたしが小さくガッツポーズをしたとき、破れや汚れはないかドレスの最終チェックをしている侑李くんのポケットから何かが落ちた。

「侑李くん、なにか落ちたよ」

 落としたのは生徒手帳だった。
 学校ではいつも生徒手帳を携帯することが義務付けられているので、そのままブレザーのポケットに入れておいたのだろう。
 本来、二つ折りになっている生徒手帳は、地面に落ちたことによって天井に向かって開かれていた。
 だから、侑李くんに代わって拾ったわたしが生徒手帳に挟んであった写真を目にしまうのは、至極当然のことだったのだ。
 

「――瑠華の写真?」

 いや、正しくは妹である瑠華と侑李くんが二人で写っている写真だ。
 視線をカメラに向けながら、肩と肩をくっつけ、二人とも見たこともないくらい気の抜けた笑顔だった。この一枚の写真だけで二人の親密だが、一瞬で分かってしまった。

 こんなこと聞いていない。

 心臓をぎゅっと掴まれる。鼓動が止まる。
 空気が吸えない。写真を受け入れることができなくて、視界がぼやける。
 何かの間違いであってくれ。

 0.1%の希望を込めて、侑李くんに目を向けると血の気を失っていて、力が入らない手からドレスが地面に落ちた。
 ふわふわのフリルが重力に抵抗していたが、確実にあっけなく落ちた。
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