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前期

 高校生美容師

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 火曜日の放課後。今日は部活がある日。わたしは美容部の部室へと向かう。今日が2回目の部活だ。

「お、遅くなりました」

 扉を開けると、4人のイケメンがわたしを待っていた。朝陽くんはわたしの顔を見ると、ぱっと表情を明るくしてギュッと抱きついてきた。相変わらず、香水の匂いがする。今日の香りはピーチかな?甘い感じ。

「芽衣ちゃん、眼鏡やめてコンタクトにしたんだねー。すっごく似合ってるよ!それになんだか痩せた?」
「あ、はい。梓さんに食生活のお叱りを受けてから、お菓子食べてないんです。登下校も自転車から徒歩に変えました……」
「すごーい!努力家さんなんだねぇ!ね、お兄ちゃん?」
「あぁ、偉いな」
「え、う、あ、ありがとうございます」

 昨日、梓さんにコテンパに言われたせいか西園寺兄弟からのお褒めの言葉が身にしみる……。イケメンに褒められるなんて、コンタクトにした甲斐があるし、お菓子我慢した甲斐があった。

「5人揃ったし、早速全開の続きを始めますよー。まずは寝癖問題、次にスキンケア」

 侑李くんが部活開始の声をかけると、みんなUの字に並べられた椅子に腰をかける。前回と同じく正面に座った梓さんと目が合うと、昨日のことが頭に浮かんで、気まずさから目をそらした。

「結構傷んでいるな」

 陽翔さんがわたしの髪をすくう。すると束となった髪がバサバサと指の間をすり抜けていく。CMのようにサラサラと一本一本がすり抜けるのとは程遠い。きっとこれが傷んでいる証拠だ。

「傷んでいる髪ほど、寝癖は立ちやすい。普段手入れはどういうことをしているんだ?」
「手入れ……。陽翔先輩から頂いたオイルをつけてます。あとは、乾かすくらいですかね~」
「オイルは、どの量をどうやってつけている?」
「1プッシュをこうやって、ささっとつけています」

 手に1プッシュ取り、髪に撫でるようにつける真似をする。先輩を初め美容部の方々、というか侑李くんに、まるで審査員かのように注視されると恥ずかしい。羞恥を超えてなんだか天に召されそう。

「だめだ。このオイルの適量は2プッシュ。ここに書いてある」
「なんだか勿体無いし、効果もそんなに変わらない気がして」
「効果は変わる。芽依は風邪薬を飲むときもそうやってケチるのか」
「ケチりません……」
「それと、つけ方はもっと塗り込むよに」

 近くにあったヘアオイルを先輩は手にとり、丁寧に付けていってくれる。なるほど。5秒で終わるわたしの付け方とは大違いだ。

「結構、髪を軽くしているな。厚くする必要もないが、ここまで軽くするとハネやすくなる」

 どこから取り出したのやら陽翔先輩はハサミを取り出した。どんどんハサミは近づいてくる。チョキチョキ動かしているが余計に怖い。わたしは目を瞑った。

 ザクッ

 確実に何かを切る音がした。しかもわたしの頭の腰らへんで。切られた。確実になんの予告もなく髪を切られた。恐る恐る瞼を開けると、やはり地面には黒い毛がパラパラと落ちている。

「陽翔はこうと決めたら強行突破だよね。梓なんて比にならないくらい」
「俺は意外と許可を取ってチームプレイする質だ」
「えー、そうかなぁ。梓くんも十分自分勝手だよ」
朝陽ガキはまだまだ俺を理解してないな。……ていうか、これ誰が掃除するんだ?」

 外野のコソコソ話なんて耳に入っていないご様子で陽翔さんは切り進める。床が髪の毛の絨毯みたいになってきた。陽翔さんは、これがわたしの髪の毛ってこと分かっているのだろうか。なんだかマネキンの髪を切るみたいに遠慮なく切られている気がする。

「完成だ」

 先輩がわたしに髪型が見えるように大きい鏡を用意してくれた。腰まであったただひたすらに長い髪が、胸上くらいの長さにカットされている。そして陽翔マジックだろうか。わたしの失われていたはずの天使の輪が降臨している。……これを見たのは小学生ぶりだ。

「すごいねぇ! さすが陽翔お兄ちゃんだよ!」
「やっぱ髪の毛が整うだけで印象って変わるんだな。前より清潔そうに見えるぜ」
「かわいいよ、芽衣ちゃん」

 それぞれの感想が聞こえる。みんな口角が上がっていてわたしの変貌に驚いているみたい。朝陽くんに至っては目がキラキラと輝いている。ただし、わたしにじゃなくて、お兄ちゃんに向かってだけど。

「スカスカの髪をリセットするために髪を短くした。でも、短くしすぎると肩にあたって跳ねるから胸上くらいにしておいた。そしてなぜか前髪だけはやけに厚かったから、そこは軽くした。あと、こだわったのはレイヤーカットだ。これで芽衣の丸顔をカバーした」

 この人は本当に高校生なのだろうか。わたしの髪を死者蘇生できるあたり、実はプロなんじゃないかと思う。オーレもあるし、イケメン美容師として表参道あたりに居ても違和感がない。わたしのような特技も長所もない人間と違って、すぐにでも社会で戦える人間さんだ。

 先輩に関心していると、窓から5月の暖かい風が部室を通った。髪がサラサラと揺れて、目を瞑り、優越感に浸る。

「おい!だれか窓閉めろ! 髪の毛が舞ってる! 俺の耳に入って聞こえなくなったらどうしてくれんだ!」
「ぼ、僕閉める」

 梓さんの怒り声が聞こえ目を開くと、部室がわたしの髪の毛まみれになっていた。地面が一番ひどくて、全体に広がってしまっている。これは、シャーペンの芯をぶちまけたとき以上の事件だ。

「安心しろ。これがある」
「おお!ルンバ!」
「こいつは優秀だ。スイッチひとつで掃除をしてくれるから、俺らは何もしなくていい。落下防止機能がついているから転ばない。それに吸引力も意外とあるから絨毯の上だってピカピカだ」

 先輩はルンバを地面に置き、スイッチを入れる。ルンバは地面に散らばった髪を吸い始める。
 ……部室にルンバって。金持ちなの? ゴミがたくさんでそうな手芸部にも、きっと置いてないよ。

「おい、陽翔。床の掃除はルンバがやるとして、テーブルやソファの上に舞った髪はどの機械に掃除やらせるつもりだ?」
「……俺がやる」

 先輩はコロコロはハタキを取り出して、ソファや壺、額縁など隅々まで掃除し始めた。背中が哀愁漂う。そもそもわたしのためにしてくれたんだし、放おっておけないわたしは朝陽くんと一緒に掃除を手伝うことになった。


(陽翔先輩は周りが見えなくなるときが時々あるらしい)
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