王子からマーメイドになれと命令された♂♀

いろは るり

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小悪魔に囁かれ

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 1時間目の授業が終わり、梓さんが眠そうに頬杖をついて話かけてきた。

「お前、モデルやりたかったんだろ。昨日、そういう顔してた」
「あ、あなたは昨日、わたしにやって欲しくなさそうでした」

 昨日、わたしはこの人に圧力をかけられて、モデルをやりたいって侑李くんに言えなかったんだ。

「気まぐれだよ」

 き、気まぐれ!?そのせいで、侑李くんのためになれないかもしれないって家で悩んでいたのに!時間を返してほしい!

「で、やる? やらない? はっきりしろ」

 わたしには視線を少しも向けずに、ぼーっと前らへんを見ている。

「や、やりたいです」
「なんでやりたいわけ?」

 さっきまでわたしのことなんて全く見てこなかったくせに、答えにくい質問をしてきたときだけわたしのことを見てくる。鋭い目だ。ここで嘘を言ったらバレてしまいそう。

「……侑李くんに気に入られたいの」

 恥ずかしい。顔から火が出そう。こいつはこんなにもわたし辱めて楽しいのだろうか。
 しばらく沈黙が続いても、梓さんは軽蔑の言葉すらかけてくれない。わたしは彼を見ていられなくて目を力強く瞑った。

「――いいんじゃねぇの」

 予想外のわたしを受け入れる言葉。まぶたを開くと、梓さんがニッと笑った。いつも怖くて近寄りがたいのに、今は少年のようだ。

「どの女もお前みたいに恋して、綺麗になりたいって思うようになるんだぜ」

 恋。わたしは侑李くんに恋してる。
 可愛くもないし、面白くもないし、特技もない。人に好かれる価値のないわたしが、恋をしてしまうなんて思っても見なかった。釣り合わないとかそんなことわかってる。でも理性は恋に通用しない。

「晴れてお前は今日から美容部の部員だ。入部届提出して、今日の放課後から部活来いよ」
 
 “入部届”
 リア充の響きだ!!! 高校2年生にしてやっと高校生になれた気がする。

「部活は火曜と金曜。土日はみんな学外で勉強してるから部活なし。
 お前の場合は、一回でも休んだらやる気ないと見なしてクビだからな」
「は、はい!」

 わたしはどうしようもない顔面底辺だから、きっと着飾っても限界があるだろう。それでも、入部するのが楽しみだ。人生で初めて他の誰でもないわたしを誰かに必要とされたんだ。期待してくれる人が一人でもいるのなら精一杯できる限りやってみたい。



   ***


 放課後、入部届を出したわたしは美容部の部室へと向かう。高鳴る鼓動を感じながら長い廊下を突き当たりまで進むと現れる“美容部”の文字。手を伸ばし、ゆっくりと扉を開ける。

「芽衣ちゃん! 入部おめでとー!」

 部室に足を踏み入れた途端に、朝陽くんがわたしの両手を握って、ジャンプする。陽翔先輩もニコリと微笑んで「おめでとう」と言ってくれた。

「ありがとうごさいます。
 ――あの、侑李くんと梓さんは?」
「二人でホワイトボードを取りに行った。すぐに戻ってくるはずだ」

 ヘアブラシを片手に持っている陽翔先輩がそう言った。先輩の髪は、暗闇を連想するくらいの黒。とても艶があるのでその暗闇の中に天使の輪のような光が入っている。動くたびにサラサラ揺れて、ついつい見てしまう。

「先輩はヘアメイクさんなのに、ご自身の髪はアレンジしないんですか?」

 素人目だからよくわからないけど、多分先輩はヘアアレンジをしていない。きっと朝寝癖を直してそのまま登校している。

「するときはするさ。学校ではしないんだ。普段は髪を休ませたい」
「そうなんですね! すっごくサラサラしてて絹のような髪ですもんね! そのままでも十分おいしいです!」
(おいしい? 食べのも?)

 わたしと先輩の会話を聞いていた朝陽くんが、思いついたとばかりに拳で掌を叩いた。なんだかやけに笑顔だ。

「芽衣ちゃん、陽兄はるにいに髪触らせてもらいなよー! サラサラしすぎて、触ったのか触ってないのか分からないんだよ! そこらへんのシルクより気持ちいいんだから!」
 
 そこまで絶賛されると触りたくなってしまう。朝陽くんは先輩をわたしの前まで押してくる。半歩ほど先に先輩がいる。突然の接近に心臓が高鳴る。

「ほら、しゃがんで、しゃがんで!」

 言い出したら朝陽くんは聞かないのだろう。末っ子パワーだ。先輩は諦めたように片膝を着いてしゃがんでくれた。

「わたしなんぞが先輩に触っていいんですか?」
「どうぞ」

 わたしは天使の輪めがけて、手をゆっくりと伸ばしていく。緊張しすぎて一瞬触っては、離れて、触ってを二度ほど繰り返してしまった。

「芽衣ちゃん緊張しすぎー」
「ご、ごめんなさい!」

 緊張しているのもしているので、意識してるみたいで、先輩を不快な気持ちにさせてしまいそうだ。(実際意識しているが)わたしは意を決して、先輩の髪に触れる。

「――くせになりそうです!!!」
「でしょ?」

 触れた瞬間につるんとどこかへ消えてしまう。指に絡めようとしても、サラサラしすぎて絡まない。
 そしてなんだか香りもいい。香水のようにしっかり香るんじゃなくて、触ってるときだけほのかにわたしの鼻を擽る。

「アイリスの花の香りですか?」

 わたしの質問に先輩は「正解だ」と言った。そしてゆっくりと立ち上がる。
 立ち上がる途中わたしとばっちり目が合って、今までこの人の髪をあんな大胆に触れていたのかと思うと、恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

「使いかけで悪いが、これをやる」

 先輩はわたしに瓶を握らせた。中に何かとろとろした液体が入っている。

「ヘアオイルだ。今、俺がつけてるやつ」
「そんな、悪いです! お返しします!」
「いい。これでコンテストに向けて手入れしてくれると俺も助かる。
 洗髪→タオルドライ→ヘアオイル→ドライヤーの順番がおすすめだ」

 先輩は小さく微笑んでわたしの頭を撫でる。――大きい手だ。

「ありがとうございます。先輩に扱われやすい髪になります!」
「頼んだぞ」
 
 やることがあるらしい先輩は、部室の奥にある大きな三面鏡のところへ行った。したがって、朝陽くんと二人になる。なぜか朝陽はさっきからずっととても楽しそう。というか愉快そう。

「梓が芽衣ちゃんを入部させるって言ったときはびっくりしたよ」
 
 朝陽くんは、先輩と違って、自信の存在を誇示するようにしっかりと香水の匂いがする。きっとバニラの香水だ。甘くて、甘くて、甘くて、どこまでも甘いのに、なぜがときどきスパイシーな匂いがする。
 白くてもちもちしそうな肌。男にしては低い身長。少しだけ高い声。可愛い顔。でも、しっかり男の子。この香水、すごくこの人にぴったりだ。西園寺朝陽という人間を証明するための香水みたい。

「どうやって認めさせたの?」
「……心当たりがないです」

 わたしだって驚いた。あんなにわたしのこと毛嫌いしてたのに180度意見が変わって、どっかで悪い物でも食べてきたのかと思ったほどだ。

「芽衣ちゃんの中身が綺麗だって言ってたよ」
「え?」
「卑屈でうじうじしてるけど、誰よりも優しい。きっとあいつは強くなるってさ」

 優しい?梓さんに優しくした覚えなんて無い。出会ってから今までを振り返ってみたけれど、わたしは彼に恐怖心しか抱いていないので、優しくする機会なんてやっぱり無い。
 だけど、一つ可能性として考えられるのは、

(もしかして谷本さんの件、見てたとか?)

 わたしを凝視していた沢山の目に彼もいたってことか。全く気づかなかった。それくらい興奮状態にあったのか。

「梓が人を褒めてるのなんて初めて見たよ」

 朝陽くんがわたしの肩を軽く叩く。それから、わたしの耳を彼の口元に引き寄せられた。
 ――吐息がかかる。鼓膜が支配される。

「もしかして、梓、芽衣ちゃんのこと好きになちゃったりしてね」

 いつもより少し低い朝陽くんの声が響いた――。
 ゆっくりわたしを開放すると、彼は小悪魔さながらに微笑んだ。梓さんには内緒とばかりに、人差し指を唇に当てている。 
 イケメンは何をしだすかも、何を言い出すかも、予測不可能だ。

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