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5、朽ちた要塞
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さて、出掛ける準備が整ったカイとアル、リコの三人が応接室に声をかける。不釣り合いにも見える重厚で大きな机で書類仕事をしていたミコが顔を上げた。
「いかがです?社長」
とカイの変装の出来栄えに自信たっぷりのリコが尋ねた。上品な装いで、すっかりお嬢様に仕上がったカイが、無表情で仁王立ちしている。ミコはその姿をじっと見ると、少し不服そうな顔になり、
「んー、やっぱり男のコの姿の方が良いなぁ」
と言った。リコは、ミコに褒められるつもりでいた為、残念そうに苦笑した。その場にはキュニも居て、ソファに座って本を読んでいたが、美しく変身したカイの姿に、昨夜、男装した時よりも興奮気味に喜んで、きれい!すてき!と褒めちぎる。カイとアルは、リコにシイラの屋敷へと二人を送って行く車が外で待っていると、早々に促され、その三人に行ってらっしゃいと笑顔で言われる。キュニには、早く帰って来てね、とまで言われると、カイは少し困り顔になって、返事をする代わりに軽く手を上げた。
アルとカイが『あなたの庭』特別客専用庭園の屋敷玄関から出ると、大型の美しい白い高級車が目の前に止まっていた。アルは、
「何だ?」
と真新しい見慣れない車に驚く。アルとカイが車に近付くと、運転席から背の高い、隙のない程に身なりの整った、若い男が降りて来た。濃紺の上質なスーツを着こなし、髪を整髪料でキッチリと分けて、整った顔に銀縁の眼鏡をかけている。身なりの割に、朗らかな親しみ易い笑顔をカイに向けて来た。カイは、運転手が若い男性で無駄に顔が良かったので、物珍し気に見る。運転手になる男達は、大抵が重労働が出来なくなった者や高齢者が仕方なく請け負う仕事だったからだ。
「おはようございます。リコさんからシイラ会長のお屋敷に、お二方をお連れする様に言われています。さあ、お嬢様どうぞこちらへ。お乗り下さい」
と完全に良家の女性の扮装になっていたカイに微笑み、後方のドアを開けて待つ。カイとアルは、後部座席に乗りみ、運転手はカイの側のドアを閉めた。運転手が車に乗ると、すかさずアルが、
「おい、お前、この車・・・」
運転手に車の事を尋ねる。
「はい。社長からアルさんに大切なお役目があるとの事で、先方へ失礼のない様に、本日は新車を使う事にしました」
と運転手が言う。
「これ今期の?もう買ったのか」
「リコさんが快諾して下さって、必要経費だそうです」アルに新車について尋ねられ、運転手は車を発進させると、楽し気に続ける。「今期の新車、と言うよりも、どの様な取引先様に向かうにも、この地域特有の急勾配を物ともしない馬力があり、かつ美しく快適で高級感が無ければなりませんから。我が社の為にも、前々から私なりに注文させて頂いてました。もちろんこれから行くお屋敷など、特に坂がキツイそうですし、当然運搬車などで乗り付けられませんので。丁度、納車された所で良かったです」
「え、嘘だろ?特注なの?それも必要経費って、運転手が好きに車を変え過ぎ」
とアルが不平を言う。
「大抵の事は聞き入れて下さいますね」
と運転手がすまして言うと、
「社長もリコも、お前には甘いな」
アルが呆れた様に言うと、
「有り難い事です」
と運転手は嬉しそうに言った。
「こんな車初めて乗った…フカフカだ、寝そう」
とカイが、あーと声を出して、手触りを楽しむ様に座席を撫で回す。
「ん?どう言う事?いつもシイラから迎えが来るんじゃないの?」
アルがカイに尋ねると、
「俺が暇な時に顔出すのに、いちいち呼びつけ難い。待ち構えられるのも苦手だ」
とカイが言った。アルは不思議に思って、
「けど、そんな事だから向かう途中で襲われたんじゃない?」
と尋ねる。運転手が、ミラーで後部座席をチラッと見た。
「既に君の動向が、知られてたって事だよね」
とアルが続けると、カイは気にも留めないと言った感じで言う。
「まあ、それも込みで世話になる感じ?」
そんなカイをまじまじと見て、アルが言う。
「んー・・・身なりと口調が合ってなくて、どうも混乱するよね」
「知るか。リコさん達が楽しそうに着せ替えするから、我慢してやっただけだ。お前こそ、最初と今とで態度を変え過ぎだろ」
とカイは冷たい視線で言う。アルの、運転手への態度と着飾った自分への優しい眼差しや話し方が、違い過ぎて呆れている。
アルは、ハハッと笑って、
「言われちゃったな」
と指摘された割に、楽しそうである。
車は一旦、港に出てから引き返し、別の坂を登って行く。シイラ財団会長が住んでいる別荘は、華やかで活気のある港や坂の上の観光地、別荘地とは別にある、海に突き出した崖の上で、昔からの岬にあったが、私有地の為、どの様な地形なのか詳しく知る者はいない。途中、小さな街を通り抜けていくと、次第に人気のない風景に変わって来る。すると、急に広い一本道が森へと繋がり、一気に建物が見えなくなった。途中小規模な街があったが、そこからさらに、坂道を登って行く。
「なかなかの坂が続くね。迎えの車もなしって、これを港から徒歩で向かうの?」
とアルが尋ねる。
「当然だろ。いつもそうだ。俺が連絡入れたら、門番の人が最初の門の前に車で待ってくれて、時間が合えば乗せてくれる。屋敷までは、まあまあ距離があるんだ」
とカイが答えた。
「へえ」
そうこう話す内に、大きく古い石造りの門柱と不釣り合いな簡素な板張りの古い門扉が見えて来た。既に、門扉は開いていて、門扉のすぐ先に、小さな運搬車が止まっていた。
「お嬢様、あの車がそのお迎えでしょうか」
と運転手がカイに尋ねると、
「そう」
とカイが言う。
三人が乗った高級車が近づくと、小柄で痩せ細った初老の男が一人、車から降りて軽く頭を下げて、また乗り込む。そして、先導する様に徐行し始めた。カイ達の高級車が後に続く。曲がりくねった広い坂道を二台の車が進んで行く。山を登る様な勾配、所々に全く木の生えない荒地がある。しばらく車が進んで行くと、また門が現れた。古いが鉄の頑丈な門であった。今度は門扉は閉ざされていて、運搬車の門番の老人が、車を降りて鍵を開け、門扉を開けてから、車に乗り込み、発進した。カイ達の車は、徐行しながら、さらに運搬車の後について坂を登って行く。カイがまあまあな距離と言ったが、なかなか屋敷は見えて来ない。それからは、どんどん森や道沿いの木が無くなって、木々の生えている場所が管理された様に一定になってきた。視界が開けて来たところで、遠くに三つ目の門が見える。
「さすがシイラだけあって相当広い敷地ですね。ここまでとは驚きました。この街で一番の大豪邸と言われているだけの事はありますね」
と運転手が、思わず感想を漏らす。
「山ひとつ分がまるまる別荘って事か」
とアル。
「それに確か、昔の内戦の時は要塞だったと言う噂も聞いた事がありますよ」
運転手は、地域の道に詳しいだけに聞き齧った話をすると、アルも聞いた事があるらしく、
「ああ。シイラは、内戦後に軍事産業を政府から取り上げられても生き残ってるくらいだ。内戦で相当儲けたんだろう。噂通り、本当に要塞だったりしてね」
と言う。それを聞いてカイが、
「要塞だったってよ。家族が過ごせる様に作り直したらしい」
と教えた。
「え?軍事施設だった場所をわざわざ修繕してまで別荘にしたのか。常軌を逸してる金持ちだな。君さ、自覚してないよね?」
とアルは、カイを見た。
「ん?そりゃあ凄い金持ちだろうけど、ここはあまり狙われない屋敷だと思う。警備体制とか逃走経路になりそうな所は頭に入ってるけど、問題は無いし」
「いや・・・」
とアルは言い掛けてやめた。
(昨日襲われてたのも、身一つでふらりとやって来る孫への嫌がらせ?・・・)
アルはふと思った。
「面白いモノが見れるぞ。もう少しすると」
と言ってカイはニッと笑う。
三番目の門が近付いて来た。先を走っていた門番の車が、門の手前にある少し開けた広い空き地で折り返して停まっていた。今度は先ほどの二つの門よりも、重厚な鉄板の門扉になっていて、門番の老人が重そうな門扉の鍵を開け、少しずつ門扉を押し開ける。カイ達が乗った車が通れる分だけ開けると、手招きして合図した。車が門を抜けると、他の門とは違い、門番がすぐに門を閉め始める。カイ達の車が門を通り抜けると、そこからは景色がガラリと変わり、運転手は戸惑って減速して車を止めた。そしてカイに恐る恐る、
「あの・・・お嬢様、お屋敷はどちらに?」
とカイに尋ねた。無理もない。門を抜けると目の前には一面、古くヒビが入った、朽ちた敷石が広がるばかりの平坦な空き地だった。風化して砕けた敷石の隙間から所々に雑草が生えてるばかりで、遠くに低い境界石が一直線に連なる。一切の障害物が全く無く、建物どころか隠れる場所さえ無い。
「そのまま真っ直ぐ、あの先に見える石段まで行ってくれれば良い」
とカイは澄まして運転手に指示する。車が石段と言われた一直線に連なる石積みの手前で停車し、運転手が降りてカイの方の後部ドアを開ける前には、カイは車を降りていた。
「ほら、面白いだろ?」
と目線を下に向けて言う。車を降りて来たアルと運転手が、カイに言われて下を覗くと驚いて、
「うわ・・・」
「・・・凄い」
と思わず声を漏らず。アルは風の強さに帽子を抑える。
巨大な屋敷は眼下にあった。海からの強い潮風が吹き上がって来る。上からはあまり見えないが、かつて、海に面した崖の突き出た突端の岬に造られた要塞。内戦時に徹底的に破壊されていた断崖絶壁に建てられた要塞の名残りは、異様な建築物になっていた。崖を抉り取られた様に不自然に崩れた崖の内部が露わになっていて、地下深くに作られていたであろう古い要塞の建物だった構造物の分厚い壁が存在していた痕と、その内側に不釣り合いな新しい建物が埋め込まれる様に、二重構造の様に建っていた。その断崖の目線の先には水平線。海が広がっている。絶景である。
「あと、鉄線に不規則に電流を流してるから、うろつくと焦げるぞ」
とあまりの景色に周りを見渡して、少し歩き回ろうとする運転手に、カイが声をかける。
「・・・厳重な警備の様ですね」
運転手がピタリと歩くのをやめた。よくよく足元を見ると、車が通って来た道筋から外れると鉄線が張られている。そして、カイはアルに、
「お前らに強盗するのかなんて言われたけど、ここに盗みに入る奴らは命知らずの馬鹿だろう?」
と鼻で笑った。
どこからか犬の甘える様な鳴き声が聞こえて来る。石積みの先に、立っている地面から下へ下る階段があり、建物の中へ通じる大きな扉があった。風の強さに帽子を脱いでいたカイは、スカートが風に翻ってしまい、ああクソ!と文句を言いながら、慣れない靴でどしどしと、帽子と鞄を抱えて階段を降りて行く。アルも帽子を脱いで後に着いて行く。
崖の削り取られた部分を利用しながらも、さらに美しい化粧石で頑丈に作られた階段になっている。階段を降りると前庭付きの大きな玄関になっていて、門の様な扉があった。扉の横には鉄格子の柵があり、黒い大型犬が何匹も何匹も、入れ替わり柵の前にぶつかって来ては尻尾をブンブンと振っていた。車を降りた時に、聞こえて来た鳴き声の主達だ。カイに甘える様に、立ち上がり前足を出したりしている。
「待て待て。お前達、良い子にしてたか?あとで遊ぼうな」
カイはニコニコと大きい犬達を撫でる。後に付いてアルが階段を降りてくると、犬達は警戒してワンワンと吠え出した。
「大丈夫だ。敵じゃない」
とカイが言って、じっと犬達の中の1匹を見つめると、犬達は大人しくなった。
「よし、良い子だ」
すると玄関扉が開いて、背筋のスラっとした上品な白髪の、年老いた割に姿勢良く、品のある男が笑顔で出迎えた。
「よう!秘書のおじさん」
カイが言うと、
「よく来てくださいました。港で連絡頂いた後、どうなさったかと心配しておりました」
と秘書と言われた高齢の人物は、カイから荷物受け取りながら言う。
「ああ、昨日ちょっと色々あって、すぐに来られなかった。この人達に世話になったんだよ」
とカイが言う。
「今日はまた素敵なお召し物ですね。それに、珍しくお連れ様まで」
秘書が、カイがいつもと違う様子なのか、嬉しそうに服装を褒める。
「この服とかも貰ってさ。今日も連れて来てくれたし、追い返さなくて良いよね?」
カイが、アルへ振り返った。
「もちろんです。よく来てくださいました。『あなたの庭』のミコ社長からもご連絡頂いております」と秘書は言い、アルへ、
「あなたがアルさんですね?」
と言う。
「はい。『あなたの庭』から会長にご挨拶に参りました、アルと申します。面会をお願いしたのですが」
アルは、ミコが短時間でどの程度シイラ側へ交渉したのか聞いてなかったが、今まで全くシイラ関連会社にも相手にされていなかった自分達が、急に歓迎され少し不思議に思った。
「はい、存じております」と会長秘書は、アルとは初対面にも関わらず言い、「会長秘書のトクです。会長には面会の了解を得ていますが、何分、ご病気で体調いかんでは、お引き取り願う事になるかもしれません。ご了承を」
と前置きした。
「承知しました」
アルは返事をした。もちろん、富裕層の女達には名が売れているアルの、噂程度なら耳に入っていても不思議は無いが、それでも男である会長には無関係のはずだ。
会長秘書は、扉を開け、建物の中へ二人を先に通した。
「で、じいちゃんはいつもの部屋?」
カイが会長秘書に尋ねると、
「いえ、それが・・・」と会長秘書は言葉に詰り、「容態が悪くなる一方で、すぐにでもお会いになっていただけないかと気を揉んでおりました。会長は、お嬢様にお会いすると目に見えて回復されますから。来てくださって安堵しました」
と言う。
「そんなに悪いの?」
とカイが尋ねる。三人は、少し湿度のある洞窟の様な廊下を歩きながら奥へ進む。
「はい。ここ最近は、明るい所にいたいとおっしゃって、寝台を大広間に移しました。ほとんど寝たきりになってしまわれて・・・」
と会長秘書は少し涙目になって言った。
「そう」
カイの顔が曇る。アルは、そんな会話を黙って聞きながら、要塞だったとされる場所が別荘に変貌したと言うのも手伝って、興味深く屋敷内を眺めつつ、二人の後に付いて、階段をさらに一階程降りた。階下に降りた途端に、豪華な内装に一変する。階段から廊下へ進むと、開けた場所にソファやテーブルが置いてある待合室の様な所に連れて来られた。
「アルさんは、少しこちらでお待ちを」
と会長秘書に言われる。アルをその場に残し、秘書とカイは、そこより少し先の扉の中へ入って行った。屋敷には、まるで活気がなく、眠っている様に静かな時間が流れていた。
「いかがです?社長」
とカイの変装の出来栄えに自信たっぷりのリコが尋ねた。上品な装いで、すっかりお嬢様に仕上がったカイが、無表情で仁王立ちしている。ミコはその姿をじっと見ると、少し不服そうな顔になり、
「んー、やっぱり男のコの姿の方が良いなぁ」
と言った。リコは、ミコに褒められるつもりでいた為、残念そうに苦笑した。その場にはキュニも居て、ソファに座って本を読んでいたが、美しく変身したカイの姿に、昨夜、男装した時よりも興奮気味に喜んで、きれい!すてき!と褒めちぎる。カイとアルは、リコにシイラの屋敷へと二人を送って行く車が外で待っていると、早々に促され、その三人に行ってらっしゃいと笑顔で言われる。キュニには、早く帰って来てね、とまで言われると、カイは少し困り顔になって、返事をする代わりに軽く手を上げた。
アルとカイが『あなたの庭』特別客専用庭園の屋敷玄関から出ると、大型の美しい白い高級車が目の前に止まっていた。アルは、
「何だ?」
と真新しい見慣れない車に驚く。アルとカイが車に近付くと、運転席から背の高い、隙のない程に身なりの整った、若い男が降りて来た。濃紺の上質なスーツを着こなし、髪を整髪料でキッチリと分けて、整った顔に銀縁の眼鏡をかけている。身なりの割に、朗らかな親しみ易い笑顔をカイに向けて来た。カイは、運転手が若い男性で無駄に顔が良かったので、物珍し気に見る。運転手になる男達は、大抵が重労働が出来なくなった者や高齢者が仕方なく請け負う仕事だったからだ。
「おはようございます。リコさんからシイラ会長のお屋敷に、お二方をお連れする様に言われています。さあ、お嬢様どうぞこちらへ。お乗り下さい」
と完全に良家の女性の扮装になっていたカイに微笑み、後方のドアを開けて待つ。カイとアルは、後部座席に乗りみ、運転手はカイの側のドアを閉めた。運転手が車に乗ると、すかさずアルが、
「おい、お前、この車・・・」
運転手に車の事を尋ねる。
「はい。社長からアルさんに大切なお役目があるとの事で、先方へ失礼のない様に、本日は新車を使う事にしました」
と運転手が言う。
「これ今期の?もう買ったのか」
「リコさんが快諾して下さって、必要経費だそうです」アルに新車について尋ねられ、運転手は車を発進させると、楽し気に続ける。「今期の新車、と言うよりも、どの様な取引先様に向かうにも、この地域特有の急勾配を物ともしない馬力があり、かつ美しく快適で高級感が無ければなりませんから。我が社の為にも、前々から私なりに注文させて頂いてました。もちろんこれから行くお屋敷など、特に坂がキツイそうですし、当然運搬車などで乗り付けられませんので。丁度、納車された所で良かったです」
「え、嘘だろ?特注なの?それも必要経費って、運転手が好きに車を変え過ぎ」
とアルが不平を言う。
「大抵の事は聞き入れて下さいますね」
と運転手がすまして言うと、
「社長もリコも、お前には甘いな」
アルが呆れた様に言うと、
「有り難い事です」
と運転手は嬉しそうに言った。
「こんな車初めて乗った…フカフカだ、寝そう」
とカイが、あーと声を出して、手触りを楽しむ様に座席を撫で回す。
「ん?どう言う事?いつもシイラから迎えが来るんじゃないの?」
アルがカイに尋ねると、
「俺が暇な時に顔出すのに、いちいち呼びつけ難い。待ち構えられるのも苦手だ」
とカイが言った。アルは不思議に思って、
「けど、そんな事だから向かう途中で襲われたんじゃない?」
と尋ねる。運転手が、ミラーで後部座席をチラッと見た。
「既に君の動向が、知られてたって事だよね」
とアルが続けると、カイは気にも留めないと言った感じで言う。
「まあ、それも込みで世話になる感じ?」
そんなカイをまじまじと見て、アルが言う。
「んー・・・身なりと口調が合ってなくて、どうも混乱するよね」
「知るか。リコさん達が楽しそうに着せ替えするから、我慢してやっただけだ。お前こそ、最初と今とで態度を変え過ぎだろ」
とカイは冷たい視線で言う。アルの、運転手への態度と着飾った自分への優しい眼差しや話し方が、違い過ぎて呆れている。
アルは、ハハッと笑って、
「言われちゃったな」
と指摘された割に、楽しそうである。
車は一旦、港に出てから引き返し、別の坂を登って行く。シイラ財団会長が住んでいる別荘は、華やかで活気のある港や坂の上の観光地、別荘地とは別にある、海に突き出した崖の上で、昔からの岬にあったが、私有地の為、どの様な地形なのか詳しく知る者はいない。途中、小さな街を通り抜けていくと、次第に人気のない風景に変わって来る。すると、急に広い一本道が森へと繋がり、一気に建物が見えなくなった。途中小規模な街があったが、そこからさらに、坂道を登って行く。
「なかなかの坂が続くね。迎えの車もなしって、これを港から徒歩で向かうの?」
とアルが尋ねる。
「当然だろ。いつもそうだ。俺が連絡入れたら、門番の人が最初の門の前に車で待ってくれて、時間が合えば乗せてくれる。屋敷までは、まあまあ距離があるんだ」
とカイが答えた。
「へえ」
そうこう話す内に、大きく古い石造りの門柱と不釣り合いな簡素な板張りの古い門扉が見えて来た。既に、門扉は開いていて、門扉のすぐ先に、小さな運搬車が止まっていた。
「お嬢様、あの車がそのお迎えでしょうか」
と運転手がカイに尋ねると、
「そう」
とカイが言う。
三人が乗った高級車が近づくと、小柄で痩せ細った初老の男が一人、車から降りて軽く頭を下げて、また乗り込む。そして、先導する様に徐行し始めた。カイ達の高級車が後に続く。曲がりくねった広い坂道を二台の車が進んで行く。山を登る様な勾配、所々に全く木の生えない荒地がある。しばらく車が進んで行くと、また門が現れた。古いが鉄の頑丈な門であった。今度は門扉は閉ざされていて、運搬車の門番の老人が、車を降りて鍵を開け、門扉を開けてから、車に乗り込み、発進した。カイ達の車は、徐行しながら、さらに運搬車の後について坂を登って行く。カイがまあまあな距離と言ったが、なかなか屋敷は見えて来ない。それからは、どんどん森や道沿いの木が無くなって、木々の生えている場所が管理された様に一定になってきた。視界が開けて来たところで、遠くに三つ目の門が見える。
「さすがシイラだけあって相当広い敷地ですね。ここまでとは驚きました。この街で一番の大豪邸と言われているだけの事はありますね」
と運転手が、思わず感想を漏らす。
「山ひとつ分がまるまる別荘って事か」
とアル。
「それに確か、昔の内戦の時は要塞だったと言う噂も聞いた事がありますよ」
運転手は、地域の道に詳しいだけに聞き齧った話をすると、アルも聞いた事があるらしく、
「ああ。シイラは、内戦後に軍事産業を政府から取り上げられても生き残ってるくらいだ。内戦で相当儲けたんだろう。噂通り、本当に要塞だったりしてね」
と言う。それを聞いてカイが、
「要塞だったってよ。家族が過ごせる様に作り直したらしい」
と教えた。
「え?軍事施設だった場所をわざわざ修繕してまで別荘にしたのか。常軌を逸してる金持ちだな。君さ、自覚してないよね?」
とアルは、カイを見た。
「ん?そりゃあ凄い金持ちだろうけど、ここはあまり狙われない屋敷だと思う。警備体制とか逃走経路になりそうな所は頭に入ってるけど、問題は無いし」
「いや・・・」
とアルは言い掛けてやめた。
(昨日襲われてたのも、身一つでふらりとやって来る孫への嫌がらせ?・・・)
アルはふと思った。
「面白いモノが見れるぞ。もう少しすると」
と言ってカイはニッと笑う。
三番目の門が近付いて来た。先を走っていた門番の車が、門の手前にある少し開けた広い空き地で折り返して停まっていた。今度は先ほどの二つの門よりも、重厚な鉄板の門扉になっていて、門番の老人が重そうな門扉の鍵を開け、少しずつ門扉を押し開ける。カイ達が乗った車が通れる分だけ開けると、手招きして合図した。車が門を抜けると、他の門とは違い、門番がすぐに門を閉め始める。カイ達の車が門を通り抜けると、そこからは景色がガラリと変わり、運転手は戸惑って減速して車を止めた。そしてカイに恐る恐る、
「あの・・・お嬢様、お屋敷はどちらに?」
とカイに尋ねた。無理もない。門を抜けると目の前には一面、古くヒビが入った、朽ちた敷石が広がるばかりの平坦な空き地だった。風化して砕けた敷石の隙間から所々に雑草が生えてるばかりで、遠くに低い境界石が一直線に連なる。一切の障害物が全く無く、建物どころか隠れる場所さえ無い。
「そのまま真っ直ぐ、あの先に見える石段まで行ってくれれば良い」
とカイは澄まして運転手に指示する。車が石段と言われた一直線に連なる石積みの手前で停車し、運転手が降りてカイの方の後部ドアを開ける前には、カイは車を降りていた。
「ほら、面白いだろ?」
と目線を下に向けて言う。車を降りて来たアルと運転手が、カイに言われて下を覗くと驚いて、
「うわ・・・」
「・・・凄い」
と思わず声を漏らず。アルは風の強さに帽子を抑える。
巨大な屋敷は眼下にあった。海からの強い潮風が吹き上がって来る。上からはあまり見えないが、かつて、海に面した崖の突き出た突端の岬に造られた要塞。内戦時に徹底的に破壊されていた断崖絶壁に建てられた要塞の名残りは、異様な建築物になっていた。崖を抉り取られた様に不自然に崩れた崖の内部が露わになっていて、地下深くに作られていたであろう古い要塞の建物だった構造物の分厚い壁が存在していた痕と、その内側に不釣り合いな新しい建物が埋め込まれる様に、二重構造の様に建っていた。その断崖の目線の先には水平線。海が広がっている。絶景である。
「あと、鉄線に不規則に電流を流してるから、うろつくと焦げるぞ」
とあまりの景色に周りを見渡して、少し歩き回ろうとする運転手に、カイが声をかける。
「・・・厳重な警備の様ですね」
運転手がピタリと歩くのをやめた。よくよく足元を見ると、車が通って来た道筋から外れると鉄線が張られている。そして、カイはアルに、
「お前らに強盗するのかなんて言われたけど、ここに盗みに入る奴らは命知らずの馬鹿だろう?」
と鼻で笑った。
どこからか犬の甘える様な鳴き声が聞こえて来る。石積みの先に、立っている地面から下へ下る階段があり、建物の中へ通じる大きな扉があった。風の強さに帽子を脱いでいたカイは、スカートが風に翻ってしまい、ああクソ!と文句を言いながら、慣れない靴でどしどしと、帽子と鞄を抱えて階段を降りて行く。アルも帽子を脱いで後に着いて行く。
崖の削り取られた部分を利用しながらも、さらに美しい化粧石で頑丈に作られた階段になっている。階段を降りると前庭付きの大きな玄関になっていて、門の様な扉があった。扉の横には鉄格子の柵があり、黒い大型犬が何匹も何匹も、入れ替わり柵の前にぶつかって来ては尻尾をブンブンと振っていた。車を降りた時に、聞こえて来た鳴き声の主達だ。カイに甘える様に、立ち上がり前足を出したりしている。
「待て待て。お前達、良い子にしてたか?あとで遊ぼうな」
カイはニコニコと大きい犬達を撫でる。後に付いてアルが階段を降りてくると、犬達は警戒してワンワンと吠え出した。
「大丈夫だ。敵じゃない」
とカイが言って、じっと犬達の中の1匹を見つめると、犬達は大人しくなった。
「よし、良い子だ」
すると玄関扉が開いて、背筋のスラっとした上品な白髪の、年老いた割に姿勢良く、品のある男が笑顔で出迎えた。
「よう!秘書のおじさん」
カイが言うと、
「よく来てくださいました。港で連絡頂いた後、どうなさったかと心配しておりました」
と秘書と言われた高齢の人物は、カイから荷物受け取りながら言う。
「ああ、昨日ちょっと色々あって、すぐに来られなかった。この人達に世話になったんだよ」
とカイが言う。
「今日はまた素敵なお召し物ですね。それに、珍しくお連れ様まで」
秘書が、カイがいつもと違う様子なのか、嬉しそうに服装を褒める。
「この服とかも貰ってさ。今日も連れて来てくれたし、追い返さなくて良いよね?」
カイが、アルへ振り返った。
「もちろんです。よく来てくださいました。『あなたの庭』のミコ社長からもご連絡頂いております」と秘書は言い、アルへ、
「あなたがアルさんですね?」
と言う。
「はい。『あなたの庭』から会長にご挨拶に参りました、アルと申します。面会をお願いしたのですが」
アルは、ミコが短時間でどの程度シイラ側へ交渉したのか聞いてなかったが、今まで全くシイラ関連会社にも相手にされていなかった自分達が、急に歓迎され少し不思議に思った。
「はい、存じております」と会長秘書は、アルとは初対面にも関わらず言い、「会長秘書のトクです。会長には面会の了解を得ていますが、何分、ご病気で体調いかんでは、お引き取り願う事になるかもしれません。ご了承を」
と前置きした。
「承知しました」
アルは返事をした。もちろん、富裕層の女達には名が売れているアルの、噂程度なら耳に入っていても不思議は無いが、それでも男である会長には無関係のはずだ。
会長秘書は、扉を開け、建物の中へ二人を先に通した。
「で、じいちゃんはいつもの部屋?」
カイが会長秘書に尋ねると、
「いえ、それが・・・」と会長秘書は言葉に詰り、「容態が悪くなる一方で、すぐにでもお会いになっていただけないかと気を揉んでおりました。会長は、お嬢様にお会いすると目に見えて回復されますから。来てくださって安堵しました」
と言う。
「そんなに悪いの?」
とカイが尋ねる。三人は、少し湿度のある洞窟の様な廊下を歩きながら奥へ進む。
「はい。ここ最近は、明るい所にいたいとおっしゃって、寝台を大広間に移しました。ほとんど寝たきりになってしまわれて・・・」
と会長秘書は少し涙目になって言った。
「そう」
カイの顔が曇る。アルは、そんな会話を黙って聞きながら、要塞だったとされる場所が別荘に変貌したと言うのも手伝って、興味深く屋敷内を眺めつつ、二人の後に付いて、階段をさらに一階程降りた。階下に降りた途端に、豪華な内装に一変する。階段から廊下へ進むと、開けた場所にソファやテーブルが置いてある待合室の様な所に連れて来られた。
「アルさんは、少しこちらでお待ちを」
と会長秘書に言われる。アルをその場に残し、秘書とカイは、そこより少し先の扉の中へ入って行った。屋敷には、まるで活気がなく、眠っている様に静かな時間が流れていた。
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彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

婚約破棄をされ、処刑された悪役令嬢が召喚獣として帰ってきた
朋 美緒(とも みお)
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中央から黒い煙が渦を巻くように上がるとその中からそれは美しい女性が現れた
ざわざわと周囲にざわめきが上がる
ストレートの黒髪に赤い目、耳の上には羊の角のようなまがった黒い角が生えていた、グラマラスな躯体は、それは色気が凄まじかった、背に大きな槍を担いでいた
「あー思い出した、悪役令嬢にそっくりなんだ」
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誤字修正しました
魔法少女になれたなら【完結済み】
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とある普通の女子小学生――“椎名結衣”はある日一冊の本と出会う。
そこから少女の生活は一変する。
なんとその本は魔法のステッキで?
魔法のステッキにより、強引に魔法少女にされてしまった結衣。
異能力の戦いに戸惑いながらも、何とか着実に勝利を重ねて行く。
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愉快痛快なステッキに振り回される憐れな少女の“願い”やいかに――
謎に包まれた魔法少女劇が今――始まる。
・表紙絵はTwitterのフォロワー様より。

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