歩くには、月夜

スイヨウ

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4、それはそれとして

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「・・・なあ、キュニ。って信じるか?」
 アルは、唐突に食事中のキュニを見ながら話しかける。
 アルは目覚めるとすぐに身支度を整えて、三階から二階へ降りて行き、すでに起きて小部屋から応接間に出ていたキュニに、応接間の小さな調理台で簡単な朝食を作り、食べさせていた。
「何??女の人に…言う褒め言葉だっけ?」
 キュニは口をもぐもぐさせながら、アルの突拍子も無い問いに答える。
「んー、そうじゃなくて。昨日の夜、庭で見たんだ。女神を」
「疲れて夢でも見たんじゃないの?どうして、ここの庭に女神が来るの?女の神様が何しに来るの?」
 キュニが不思議そうに言う。
「それもそうだ。でも夢にしてはなんか・・・」
 とアルは思い出しながら話そうとするが、ハッキリとは思い出せない。
「わかった!それ幽霊だね!師匠を恨んだ女の人が化けて出たんだ」
 キュニが解決したとばかりに得意気に言う。
「まさか~」
「師匠はね、いつも大勢の女の人に囲まれてるから相当恨まれてるって、誰かが言ってた」
 とキュニが言う。
「それは単に、野郎共の嫉妬だ。信じるなよ。野郎に恨まれても、お嬢様達に恨まれる覚えは無い」
 アルは、昨夜の朧げな記憶を辿るのを諦めた。キュニが食事を終えると、
「カイさんは?もう居なくなった?」
 とアルに聞く。
「いや、まだいるだろう。ミコが手配して、これからシイラの屋敷に送って行くはず」
 そうアルに言われ、キュニはパッと表情が明るくなったが、すぐに
「それならまた戻って来る?」
「それは分からない。本人に聞けよ」
 とキュニが心配そうに聞く為、アルは奥の扉を指差した。
「そうだね」
 キュニは食事の片付けをして、小走りにカイが使ってる部屋に行き、扉を強めに叩いた。
「カイさん!おはよう。いる?起きてる?」
 キュニが扉に耳を当てて部屋の中の様子を伺うと、何か少し物音がした。もう一度、声を掛けながらドンドンと叩くと、扉がゆっくりと開いた。
「…なんだ?もう朝か?」
 と言いながら扉を開けた途端、応接間の明るさに、カイが眩しそうに目を細める。
「そうだよ、起こしてごめんね」
  カイは昨日の仕事着のままの姿である。カイの居た部屋は雨戸が閉まったままで、かなり暗かった。応接間の日の光が部屋へと差し込むと、寝台も寝具が綺麗に整ったままで、寝ていた様子が無い。
「あれ?ここで寝なかったの?」
 キュニが驚いて聞くと、
「あー、つい習慣で。床に座って寝てたな」
 とカイが、頭をかきながら言った。アルがキュニの後ろにやって来ていて、仕事着のままで寝入っていたらしいカイの、そのだらしない姿を見るや、
「お前、とりあえず風呂に入れ!」
 と言って、部屋の扉をバタンと閉めた。


 珍しく早い時間から出勤して来たミコは、車から降りても玄関には向かわず、朝日に輝く美しい庭をのんびり歩いている。
「ねえ見て見て!一斉に花が咲いてる!昨日ののおかげねえ。夏が近づいて来たって感じ。の予約でも良かったのかも!すご~い!」
 一階の応接室にいたキュニとアルを見つけると、ミコは嬉しそうに声を掛ける。応接室の窓を開けて庭へ出て来たアルは、ミコの方へ歩いて行き、
「是非そうして欲しかったよ。そんな気無いだろうけど」
 と言った。アルも昨夜少しの間、庭を客と一緒に歩いて周ってはいたが、今、花々が咲き誇った花壇を見ると、一晩で様変わりした様子に少し驚く。それらの花の香りを感じた途端、昨夜の夢に見た光景が一瞬頭をよぎった。
 (どうしてあんな夢…)
 アルは、手を出して近くに咲く花びらに触れてみる。少し朝露が付いて指先が濡れる。
 ミコは楽し気に、
「それもお嬢様方のご要望。今日も、もちろん予約はいっぱい!有り難いわねえ。全部昼過ぎ以降に時間を変更して頂けたし。さあ、すぐにシイラのお屋敷に行ってらっしゃい」
 とアルにニッコリと微笑む。それを聞いてアルは、ミコに微笑み返した。
(朝から予約入れてたな?)
それから、何しろとにかく、男に時間を割いて会いたくないアルは、さっさとシイラの会長に会って帰るべく、出掛けて行く支度するのである。

 一方、カイは何故アルが不機嫌だったのか不思議に思いつつ、言われた通りに入浴を済ませ、部屋に置いてあった寝間着に仕方なく着替えると、リコが待ち構えて居た。そして、すぐに昨日とは違う衣装部屋に連れて行かれる。そこには、色別に並んだ綺麗なドレスが壁一面にあり、カイはその量を見て驚いた。
「男の仕事場に、女の服がこんなにあるのかー」
 リコは得意気に、
「そう。凄いでしょう?この屋敷は特別なお嬢様専用の特別な場所だから。もしお召し物が汚れる様な事があった時、いつでも着替えられる様に、常に最新の服をご用意してるの。そう簡単には手に入らないお店の代物で、お嬢様達の気分を上げて帰って頂く。もちろん汚してしまった衣装は、より綺麗にして後日返却するの」
 と言った。
「徹底してるな」
 とカイは関心する。
「だからね、あなたに好きなだけあげるとか。社長も凄い事言うなあって」
 とリコは少し大袈裟に笑った。
「確かに」
「あなたが持ってたに似た感じだと、この辺りよねえ…」
 リコは呟きながら、カイの体型とドレスを見比べて選んでいき、「これで良し」とカイが持っていたドレスと同じ緑色系の数着を選び出した。
「そうだ。俺が着てた服がなかったんだよ。どこだよ?」
 カイは服を準備しているリコに尋ねる。
「え?捨てるでしょ?あんな血まみれのシャツ。あれで外なんか歩いてみなさいよ、大騒ぎになる。そんな事も分からないかな~、本当に巡察補なの?」
 とリコはカイを見て呆れ顔で言った。
「じゃあ、上着は?」
 とカイが焦って尋ねると、
「さすがにあの上下は捨てて無いから。何かの制服よね?ここの従業員にも洗濯のがいるから頼んで洗濯してる。破れてるから裁縫のコにも頼んだし。もし誰かにの服を着てる人間を、ここに出入させてるなんて思われたら、我が社の信用に関わるじゃない」
とリコに容赦なく言われたが、カイは上着を捨てられていなくてホッとした。
「洗濯は助かるけど。一言、言ってくれよ」
 カイの上着には、小刀を隠せる袖以外にも細工をしていて、捨てられては困るのだ。それにさすがに小刀や回転式拳銃等の武器は見せない様に荷物の中にしまってあった。
「でも代わりに一級品の服を着てる。気分良いでしょう?」
 とリコに言われ、カイは頷く。
「そう言われればそうだな。違う。肌当たりが良いかも」
「そうでしょうねえ。そうそう、あと、昨日見せて貰った、あのカツラとドレスも、あんまりダサくて驚いて
 リコがの様に言う。
「おい嘘だろ。またそんな…勝手に捨てるなよ。あれは会長秘書のおっさんから貰ったやつで」
 カイはドレスを雑に扱っていた割に、捨てられたと聞いて惜しむ様に言うが、
「あー、そうなんだ。でもの扱うドレスの方が高級だし、格が上」
 とリコに言われ、
「そう言う問題じゃないだろ」
 カイは呆れて言った。
「さあ、今朝は一流を呼んだからね、!」
 とリコが嫌味っぽくカイに言うと、部屋の外で待って居た女性達を招き入れる。次々と入って来る女性達が、持参して来た装飾品や鞄をドレスに合わせて、リコとああでもないこうでもないと話しながら選ぶ。それからカイを何度か着替えさせ、カツラを被せ化粧をし、身支度を整えた。カイを取り囲んでいた女性達が皆、一歩下がる。
「化けるわね!ここまでとは思わなかった。私って良い仕事する~」
 リコがカイの完成した姿を自画自賛した。女性達も互いに頷き合い拍手し合った。
 帽子や旅行鞄と、上から下まで一式、身に付けたカイは、鏡に向かうと開口一番、
「嫌だなぁ」
とボソッと愚痴った。「全部貰うとか、実際有り難いけど。こんな格好・・・秘書のおっさんの服の方が、布が厚くて頑丈そうで、まだマシだった」
 そんな事をブツブツ言いながら、新品の旅行鞄に自分の荷物を袋のまま突っ込んでいる。と、そこへ出掛ける支度を終えて、暇を持て余していたアルがやって来て、
「へえ!見違えるね。凄く綺麗だ。少し笑顔が見えると、より素敵見えるよ、
 とニコニコとして褒める。リコや周り女性達、アルに褒められた所で無表情なままなカイは、
「お嬢様お嬢様って。はぁ~あ、カツラつけてこんな薄いヒラヒラした服着て。居心地悪すぎて疲れるんだって」
 と機嫌が悪くなっている。その様子を見て、
「お屋敷ではいつも着ているんじゃないの?どうしてそんなに嫌そうな、な感じになるのかしらね」
 とリコが不思議がる。
「いつもは着てない。会長と会う時間だけで、それ以外はいつも通りだ」
 とカイ。
「・・・あんな、汚いをそのまま普段通りに着てるの?よく許されるね」
 アルも少し驚く。
「だから、いつもは洗濯には出してるって」
 とカイが言うが、アルは呆れて言った。
「そう言う事じゃないよね?」

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