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3、月光
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そうして夜の深い時間になり、立っているだけの仕事が終わる。二度入れ替わった客がアルと共に部屋を出て行くと、カイは男達の一人に声を掛けられ、調理場に一緒に行き軽食を食べた。長いテーブルがあり、従業員らしい男達が並んで黙々と食事をし、食べ終えると席を立つ。入れ替わりに席が空くのを待っていた男がその席に座る。特に、談笑する事も無く食事をしている男達の様子に、カイは巡察補専用の宿舎と似た雰囲気の食事風景で、少しホッとしていた。キュニが調理場で手伝いをすると言っていたが既に姿は無い。食事を終える頃に、男が一人やって来て、カイに応接室でリコが待ってると伝えた。アル達に一番最初に連れて行かれたその部屋が応接室で、再びその部屋に行く。カイが応接室のドアをノックし、開ける。
「失礼します。あれ、、」
ソファでキュニが寝ている。当然帰ったと思っていた。
「起きて!キュニくん」
キュニの側にいたリコが声を掛けて、キュニの体を揺らす。キュニは何かモゴモゴ言いながら動くが、まだ起きない。
「キュニ、まだ居たのか」
カイが言うと、
「そうなの。あなたの事を待つから帰らないって、言って聞かなくて」とリコが困り顔で言い、「今夜はありがとう。社長の急なお願いに付き合ってくれて」
と言った。
「いえ、別に。金になるんですから」
カイが言う。
「あなたが居てくれて良かった。ユキくんと連絡つかなくて、キュニくんを迎えに来て貰えないの。アルもまだ終わらないし、社長もまだお嬢様と呑んでるみたいだけど、私は帰るから。さっきから運転手を待たせてるのよね。時間が時間だし。キュニくんとあなたは、上に泊まって」
とリコが言った。
「上?」
カイが聞き返す。見た所、廊下には階段は無かった。
「上の階はね、一応泊まれるの。一階はお嬢様方専用になってて、従業員の子達には別棟があるんだけど、あなたに男の子達の所に泊まってもらう訳にもいかないでしょ。これ上の扉の鍵。明日返してね」とリコはカイに鍵を渡し、「隣の部屋の階段から上がれるから、先に行ってて。キュニくんを起こしてから行くわね」
と言った。
カイは、鍵と預けていた自分の荷物を受け取り、隣へ続くドアを開ける。ミコに頼まれて、正装に着替えをさせられた衣装部屋に行く手前に広い空間があって、そこに階段があったが、防犯上なのか上の階へは、この部屋からしか行き来が出来ないらしい。カイが階段を上がりかけると、
「そこから上は私専用。私が日常使用している」
カイが応接室から出て来た扉が開いて、声が聞こえ、振り向くとアルがいる。多くの女性客の対応した後の割に、疲れた様子もないが、少しだけ襟元を緩めていた。
「リコさんが、キュニと上に泊まれって。お前、上に住んでるのか?」
カイがアルに尋ねると、
「まあね。仕事場の上なら、すぐに寝られて楽だ」
とアルが無表情で言う。カイが気にせずそのまま階段を一段上がると、
「却下で」
と即座にアルが言った。その言葉にカイがまた足を止める。
「え?却下?」
「そう。ここから上は、男は全員出入り禁止だ」
とアルが、カイに近づいて来て「私が無理と言ったら無理。君らを入れない」
と言う。そんな事を急に言われてカイは納得出来ず、
「え?キュニも?」
と聞く。
「当然」
「子供だろ」
「男だよ」
「社長命令」
後ろからミコの声が聞こえると、
「横暴だ」
振り返ってアルが文句を言う。リコの代わりにミコが、眠そうにヨロヨロ歩くキュニの手を引いて来た。
「何言ってるの。最上階だけでしょ、あなた専用は。ここは会社所有って忘れないでよね。部屋だっていくつもあるのにケチな事言わないの。それとも子供達を野宿させる気?」
そうミコに言われ、
「いや、それは・・・」
とアルが口籠る。
「俺は外でも別に構わないけど」
と野宿に慣れてるカイは、自分がどこで寝る事になろうと全く気にしない様子で、面倒臭そうに言う。
「駄目よ!駄目に決まってる!シイラのお嬢様なのに!」ミコは驚いて、ため息をつくカイに、「野宿なんてさせられない。ほら、明日はお嬢様らしく美しく着飾って、シイラの会長に会いに行く訳だしね?今夜はここで休んで。お願い」
ミコにお願いされると、カイはどうしても断れなくなってしまい、渋々「はい」と答えた。
「それじゃ、私は帰るわね。お疲れ~。アル、あとよろしくね~」
ミコは、今にも座り込みそうに寝ぼけているキュニの手をアルに預け、足早に出て行った。
「・・・よろしくって言われてもね」
とアルは、眠そうに欠伸をするキュニとカイの二人を見てため息つく。カイがその様子を見て事情を話す。
「ユキって、ここに来る前お前らと居たヒゲ面?」
「ああ」
とアルが答える。
「リコさんが、そのヒゲと連絡つかなくて、キュニの迎えを頼めないから上で泊まらせるって言っていた。俺なら、別に野宿でも構わない」
「あーそうか、そうだった。あいつ今居ないんだよ。いや、ごめんね。それについ、君が男に見えてしまって」
アルは、カイに穏やかに微笑み、ユキが自分の休暇明けには不在になる事を思い出し、つい男と間違えてしまったカイに謝った。
「別に女扱いしなくていい」
カイは急に態度を変え自分に向けられたアルのその笑顔に、心が落ち着かず口走る。
「いや、悪かったよ」とアルが穏やかな優しい口調でカイにもう一度謝り、「キュニも今日は特別な」
と言った。
「は、、い、師匠」
眠気まなこでキュニが返事をした。階段を上がると、一階と同じような広い空間があり、大きな扉がある。アルが自分の持ってた鍵を開け、中に入ると灯りを点けた。壁付けの小さな灯りが数個、部屋を照らすと、客専用の一階とは違い、高級な宿泊施設の様な、三部屋を繋げた程の広い客間になっていた。贅沢で高級感はあるが、色使いの少な目の落ち着いた、品の良い設えになっていた。左手一面に庭を見下ろせる大きい窓が、右手にバーカウンターや簡単な調理台。さらに上に続く階段と、その奥に続く廊下もある。
「おー!なんだよここ!じいさんの所と同じくらいに豪華だ。お前専用って特別待遇が過ぎるだろ」
とカイが少し興奮して言った。
「まさか。シイラの屋敷と同じなんて事は無いんじゃない?でも、そう見えるなら嬉しいな、私の趣味だから」
アルは正面奥に二つある扉の一つを指して、
「左の部屋を使って。浴室もあるよ。キュニはこっちで寝かせてくる。私はこの上の階。それじゃ、おやすみ。ゆっくり休んで」
アルは静かで穏やかな口調で微笑むと、キュニの手を引いて、調理台の奥にある扉に入って行った。
カイは、アルに言われた扉を開ける。窓から差し込む月光の明るさが部屋の中を照らし、部屋の様子がよく見える。カイは、月明かりが照らす窓辺に近い、大きな寝台の寝具をそっと撫でた。あまり縁のない高級な寝具が整えられている。
(こんな所は久しぶりだ)
部屋の明かりは点けず荷物を置くと、窓へ近づき夜空を見上げる。雲一つない深夜の空に、満月が優しく光っている。そしてこの世界を静かに支配する。
カイは窓を開けた。雨上がりの土の匂いと共に、夏の始まりを感じさせる草木の匂い、少しだけ暖かくなった風が、ふわっと体を通り抜ける。草木がそよぐ音、水の音も聞こえてくる。
カイは、月光を浴びる様に顔を上げ、目を閉じ、一度深呼吸をすると、目を開き、大きく美しい庭を見下ろした。満月に照らされた庭を改めて見回すと、整えられた小道が不規則に続き、遠目には小さな東屋が二つある。そして暗がりの中にも存在感がある大きな噴水の水飛沫が、月光に照らされて不規則に光り、夕方の雨に濡れた草木たちも微かに輝いている。その美しさに吸い込まれるように庭をただ見つめていた。
アルは、微睡んでいた。軽く入浴を済ませた後、いつもの様に自分専用として使っている三階の、広い寝室の窓辺にある一人掛けソファで寛ぐ。
仕事が明け方近くになった夜には、普段からあまり酒は呑まない。特にまとまった休暇の後は、社長もリコもアルへの指名予約を全部受けるのは分かり切っていて、これからしばらくは休みは無い。それでも珍しく酒を飲んでいると、少し暑くなり、風に当たりたくなって窓を開ける。冷たく感じなくなった夜風が心地良い。満月が西へ傾いているのが見えた。夜の終わりが近付いているが、東の空が白むにはまだ間がある。
アルは、急に視界の端に何かが見えた様に感じ、窓を大きく開け、庭を見下ろしてみる。月光に照らされた美しい庭に、人がいるのが見えた。
(一体誰だろう?どこかで見た様な・・・)
アルは見覚えのある女性かどうか、思い出そうと目を凝らす。月光を浴びている人物とその周辺が不思議と青白く光っていて、満月の月明かりに照らされているだけではないと気付いた。その人物から青白い光が漏れ出ている。長い髪が風ではなく全身から発する、青白い光の動きに流されては揺れる。
アルは、さらに身を乗り出そうとするが、近付きたい衝動とは裏腹に動けない。その人物は庭をゆっくり歩く。アルは、そのまま不思議な光景に目を奪われ、じっと見ていると、その人物は大きな花壇の前で立ち止まった。そして、目の前の膨らんだ蕾に手をかざした。花壇の植物には、今にも花が開きそうな大きく膨らんだ蕾が多くある。傾きかけた満月の月明かりが、その人物の顔を照らすと、美しい女性で、微笑む表情が見えた。と同時に、彼女の全身がワッと輝き青白い光が周囲に放たれて、手をかざした蕾が一斉に開いた。光の勢いが落ち着いても、全身に光を纏ったまま、次々と蕾に手をかざし、開花させて行く。アルはあまりの美しさに息をのんだ。彼女の周りに存在する植物達の、喜びに満ちた様な生命力の溢れた温かい光が、花壇から少しずつ消えて行き、咲きこぼれた花々の良い香りが、風に乗ってアルの鼻をくすぐる。
(・・・ああ、なんて綺麗なんだ)
アルの心の声が聞こえたかの様に、その女性は一瞬動きが止まり、まっすぐにアルの方へ顔を上げた。二人の視線がぴたりと合う。大きな美しい瞳がアルをじっと見る。アルは、その女性に声をかけようとするが、声が出せない。
鳥のさえずりが聞こえている。すでに日が登っていた。窓辺に置いてあった酒の入ったグラスに、日が当たっている。アルは、朝日の眩しさに瞬きを繰り返した。
「ん、、ん?寒い・・・」
体起こすと、体を丸めて腕をさする。時計を見るとまだ早朝で、いつの間にか寝台に横たわっていて、寝ていた事に気が付く。少しフラつきながら何とか立ち上がって、開いていた雨戸と窓を閉めた。途端に部屋が暗くなる。
(・・・なんだ?夢か?頭がボーッとする・・・)
アルは寝具に包まると、すぐに寝息を立て始めた。
「失礼します。あれ、、」
ソファでキュニが寝ている。当然帰ったと思っていた。
「起きて!キュニくん」
キュニの側にいたリコが声を掛けて、キュニの体を揺らす。キュニは何かモゴモゴ言いながら動くが、まだ起きない。
「キュニ、まだ居たのか」
カイが言うと、
「そうなの。あなたの事を待つから帰らないって、言って聞かなくて」とリコが困り顔で言い、「今夜はありがとう。社長の急なお願いに付き合ってくれて」
と言った。
「いえ、別に。金になるんですから」
カイが言う。
「あなたが居てくれて良かった。ユキくんと連絡つかなくて、キュニくんを迎えに来て貰えないの。アルもまだ終わらないし、社長もまだお嬢様と呑んでるみたいだけど、私は帰るから。さっきから運転手を待たせてるのよね。時間が時間だし。キュニくんとあなたは、上に泊まって」
とリコが言った。
「上?」
カイが聞き返す。見た所、廊下には階段は無かった。
「上の階はね、一応泊まれるの。一階はお嬢様方専用になってて、従業員の子達には別棟があるんだけど、あなたに男の子達の所に泊まってもらう訳にもいかないでしょ。これ上の扉の鍵。明日返してね」とリコはカイに鍵を渡し、「隣の部屋の階段から上がれるから、先に行ってて。キュニくんを起こしてから行くわね」
と言った。
カイは、鍵と預けていた自分の荷物を受け取り、隣へ続くドアを開ける。ミコに頼まれて、正装に着替えをさせられた衣装部屋に行く手前に広い空間があって、そこに階段があったが、防犯上なのか上の階へは、この部屋からしか行き来が出来ないらしい。カイが階段を上がりかけると、
「そこから上は私専用。私が日常使用している」
カイが応接室から出て来た扉が開いて、声が聞こえ、振り向くとアルがいる。多くの女性客の対応した後の割に、疲れた様子もないが、少しだけ襟元を緩めていた。
「リコさんが、キュニと上に泊まれって。お前、上に住んでるのか?」
カイがアルに尋ねると、
「まあね。仕事場の上なら、すぐに寝られて楽だ」
とアルが無表情で言う。カイが気にせずそのまま階段を一段上がると、
「却下で」
と即座にアルが言った。その言葉にカイがまた足を止める。
「え?却下?」
「そう。ここから上は、男は全員出入り禁止だ」
とアルが、カイに近づいて来て「私が無理と言ったら無理。君らを入れない」
と言う。そんな事を急に言われてカイは納得出来ず、
「え?キュニも?」
と聞く。
「当然」
「子供だろ」
「男だよ」
「社長命令」
後ろからミコの声が聞こえると、
「横暴だ」
振り返ってアルが文句を言う。リコの代わりにミコが、眠そうにヨロヨロ歩くキュニの手を引いて来た。
「何言ってるの。最上階だけでしょ、あなた専用は。ここは会社所有って忘れないでよね。部屋だっていくつもあるのにケチな事言わないの。それとも子供達を野宿させる気?」
そうミコに言われ、
「いや、それは・・・」
とアルが口籠る。
「俺は外でも別に構わないけど」
と野宿に慣れてるカイは、自分がどこで寝る事になろうと全く気にしない様子で、面倒臭そうに言う。
「駄目よ!駄目に決まってる!シイラのお嬢様なのに!」ミコは驚いて、ため息をつくカイに、「野宿なんてさせられない。ほら、明日はお嬢様らしく美しく着飾って、シイラの会長に会いに行く訳だしね?今夜はここで休んで。お願い」
ミコにお願いされると、カイはどうしても断れなくなってしまい、渋々「はい」と答えた。
「それじゃ、私は帰るわね。お疲れ~。アル、あとよろしくね~」
ミコは、今にも座り込みそうに寝ぼけているキュニの手をアルに預け、足早に出て行った。
「・・・よろしくって言われてもね」
とアルは、眠そうに欠伸をするキュニとカイの二人を見てため息つく。カイがその様子を見て事情を話す。
「ユキって、ここに来る前お前らと居たヒゲ面?」
「ああ」
とアルが答える。
「リコさんが、そのヒゲと連絡つかなくて、キュニの迎えを頼めないから上で泊まらせるって言っていた。俺なら、別に野宿でも構わない」
「あーそうか、そうだった。あいつ今居ないんだよ。いや、ごめんね。それについ、君が男に見えてしまって」
アルは、カイに穏やかに微笑み、ユキが自分の休暇明けには不在になる事を思い出し、つい男と間違えてしまったカイに謝った。
「別に女扱いしなくていい」
カイは急に態度を変え自分に向けられたアルのその笑顔に、心が落ち着かず口走る。
「いや、悪かったよ」とアルが穏やかな優しい口調でカイにもう一度謝り、「キュニも今日は特別な」
と言った。
「は、、い、師匠」
眠気まなこでキュニが返事をした。階段を上がると、一階と同じような広い空間があり、大きな扉がある。アルが自分の持ってた鍵を開け、中に入ると灯りを点けた。壁付けの小さな灯りが数個、部屋を照らすと、客専用の一階とは違い、高級な宿泊施設の様な、三部屋を繋げた程の広い客間になっていた。贅沢で高級感はあるが、色使いの少な目の落ち着いた、品の良い設えになっていた。左手一面に庭を見下ろせる大きい窓が、右手にバーカウンターや簡単な調理台。さらに上に続く階段と、その奥に続く廊下もある。
「おー!なんだよここ!じいさんの所と同じくらいに豪華だ。お前専用って特別待遇が過ぎるだろ」
とカイが少し興奮して言った。
「まさか。シイラの屋敷と同じなんて事は無いんじゃない?でも、そう見えるなら嬉しいな、私の趣味だから」
アルは正面奥に二つある扉の一つを指して、
「左の部屋を使って。浴室もあるよ。キュニはこっちで寝かせてくる。私はこの上の階。それじゃ、おやすみ。ゆっくり休んで」
アルは静かで穏やかな口調で微笑むと、キュニの手を引いて、調理台の奥にある扉に入って行った。
カイは、アルに言われた扉を開ける。窓から差し込む月光の明るさが部屋の中を照らし、部屋の様子がよく見える。カイは、月明かりが照らす窓辺に近い、大きな寝台の寝具をそっと撫でた。あまり縁のない高級な寝具が整えられている。
(こんな所は久しぶりだ)
部屋の明かりは点けず荷物を置くと、窓へ近づき夜空を見上げる。雲一つない深夜の空に、満月が優しく光っている。そしてこの世界を静かに支配する。
カイは窓を開けた。雨上がりの土の匂いと共に、夏の始まりを感じさせる草木の匂い、少しだけ暖かくなった風が、ふわっと体を通り抜ける。草木がそよぐ音、水の音も聞こえてくる。
カイは、月光を浴びる様に顔を上げ、目を閉じ、一度深呼吸をすると、目を開き、大きく美しい庭を見下ろした。満月に照らされた庭を改めて見回すと、整えられた小道が不規則に続き、遠目には小さな東屋が二つある。そして暗がりの中にも存在感がある大きな噴水の水飛沫が、月光に照らされて不規則に光り、夕方の雨に濡れた草木たちも微かに輝いている。その美しさに吸い込まれるように庭をただ見つめていた。
アルは、微睡んでいた。軽く入浴を済ませた後、いつもの様に自分専用として使っている三階の、広い寝室の窓辺にある一人掛けソファで寛ぐ。
仕事が明け方近くになった夜には、普段からあまり酒は呑まない。特にまとまった休暇の後は、社長もリコもアルへの指名予約を全部受けるのは分かり切っていて、これからしばらくは休みは無い。それでも珍しく酒を飲んでいると、少し暑くなり、風に当たりたくなって窓を開ける。冷たく感じなくなった夜風が心地良い。満月が西へ傾いているのが見えた。夜の終わりが近付いているが、東の空が白むにはまだ間がある。
アルは、急に視界の端に何かが見えた様に感じ、窓を大きく開け、庭を見下ろしてみる。月光に照らされた美しい庭に、人がいるのが見えた。
(一体誰だろう?どこかで見た様な・・・)
アルは見覚えのある女性かどうか、思い出そうと目を凝らす。月光を浴びている人物とその周辺が不思議と青白く光っていて、満月の月明かりに照らされているだけではないと気付いた。その人物から青白い光が漏れ出ている。長い髪が風ではなく全身から発する、青白い光の動きに流されては揺れる。
アルは、さらに身を乗り出そうとするが、近付きたい衝動とは裏腹に動けない。その人物は庭をゆっくり歩く。アルは、そのまま不思議な光景に目を奪われ、じっと見ていると、その人物は大きな花壇の前で立ち止まった。そして、目の前の膨らんだ蕾に手をかざした。花壇の植物には、今にも花が開きそうな大きく膨らんだ蕾が多くある。傾きかけた満月の月明かりが、その人物の顔を照らすと、美しい女性で、微笑む表情が見えた。と同時に、彼女の全身がワッと輝き青白い光が周囲に放たれて、手をかざした蕾が一斉に開いた。光の勢いが落ち着いても、全身に光を纏ったまま、次々と蕾に手をかざし、開花させて行く。アルはあまりの美しさに息をのんだ。彼女の周りに存在する植物達の、喜びに満ちた様な生命力の溢れた温かい光が、花壇から少しずつ消えて行き、咲きこぼれた花々の良い香りが、風に乗ってアルの鼻をくすぐる。
(・・・ああ、なんて綺麗なんだ)
アルの心の声が聞こえたかの様に、その女性は一瞬動きが止まり、まっすぐにアルの方へ顔を上げた。二人の視線がぴたりと合う。大きな美しい瞳がアルをじっと見る。アルは、その女性に声をかけようとするが、声が出せない。
鳥のさえずりが聞こえている。すでに日が登っていた。窓辺に置いてあった酒の入ったグラスに、日が当たっている。アルは、朝日の眩しさに瞬きを繰り返した。
「ん、、ん?寒い・・・」
体起こすと、体を丸めて腕をさする。時計を見るとまだ早朝で、いつの間にか寝台に横たわっていて、寝ていた事に気が付く。少しフラつきながら何とか立ち上がって、開いていた雨戸と窓を閉めた。途端に部屋が暗くなる。
(・・・なんだ?夢か?頭がボーッとする・・・)
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