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2、『あなたの庭』(1)
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「ここが仕事場って…」
目の前に広がる光景ににカイが思わず声が漏れた。アルとキュニ、カイの三人は、運転手付きの高級車で、港から離れた高台へと連れて来られていた。美しく仰々しい門を通り抜け、大きな屋敷の車寄せに停車した車から降りた三人だが、カイは、贅を尽くした豪華な屋敷を眺めて立ち止まる。建物の隙間から垣間見える美しい庭園。奥の方には噴水もあり、雨上がりに濡れた草木が夕日で輝く様子に、目を奪われてしまう。
「こっちだよ」
とキュニに言われてカイが我に帰ると、仕事場と言っていたアルは当然の事ながら、キュニまでも慣れた様子で、突っ立ってるカイに手招きした。
三人は屋敷に入る。天井が高く絨毯敷きの廊下を少し行くと、アルが一つの扉をノックする。「どうぞ」と声が聞こえ、ドアを開けた。
部屋に入ると、長身で大柄の髪の長い、華やかなワンピース姿の女性と、対照的に小柄で華奢な肩先までの髪で、豪華なドレスを着た女性が窓辺に立っていた。窓から庭を見ながら話をしている。その部屋は広く、右奥には大きな袖机等で書斎の様に整えられ、正面は客間の様にソファやテーブルが並ぶ。高級で目を奪われる様な調度品は無く、豪華な建物の様子とは少し違った、重厚で落ち着いた雰囲気の家具と内装でまとめられていた。
「アル、お帰りなさい。あら、今日は可愛いお客さんまで」
と言いながら、長身の方の女性が、満面の笑みで近付いて来た。
「リコさん、こんにちは」
キュニが真っ先に部屋に入ると、長身の女性に近づき挨拶する。キュ二とアル、二人の後に付いて部屋に入ったカイは、アルに背後から小さな声で尋ねた。
「この人がさっき言ってた社長?」
「いや、あっち」
アルはそう言って、窓辺から振り返り、こちらに近付く小柄な方の女性を指した。
「へえ・・・」
とカイは、ドアの近くの壁に寄りかかった。
「只今、帰りました」
とアルが言い、上着を脱ぐとソファにドサっと腰掛けた。
「お姉様、こんにちは」
とキュニが、社長である小柄な女性にも挨拶する。
「キュニくん!会いに来てくれて嬉しい!さあ、いらっしゃい!私の仔猫ちゃん」
少しわざとらしく言う社長に手を引かれて、キュニは一緒に、アルとは別のソファに座る。
「これ、お姉様の好きなお酒、兄貴からだよ」
とキュニは持って来ていた木箱を、社長に渡した。
「ありがとう。贈り物まで。ユキくんからね。いつもなかなか手に入らないから嬉しいわ」
社長は木箱を受け取ると、嬉しそうに言った。
「今日は私塾の事教えて。もっと違う勉強を始めたいなら指導者も探すから」
明らかにアルの存在を無視して、キュ二と話し出す社長に、アルが口を挟む。
「子供の将来に口出すの?」
「そうじゃないの。美少年は、もう見てるだけで幸せ。将来の居場所をを作ってあげてるだけよ」
フフっとキュニを見て微笑む社長。すると一転、急に一段声が低くなり、
「で?誰が二十日も休んで良いって言ったの?ねえ?」
とアルを睨みつけた。
「え、やめてよ。遊んでたみたいな言い方。それは何度も報告した通り、相手先をなだめるのに時間が掛かったって」
とアルが少し面倒くさそうに言うと、
「だとしても!だとしてもよ!私がどれだけお嬢様方にお詫びして回ったか!予約の調整に頭が痛かったか!分かる?!」
と社長は怒っている。が、品の良い話し方や可愛らしい声のトーンのせいか、怒っている様子というより、少し甘えた感じにさえ聞こえる。
「そうだね」
とアルはただ微笑んだ。それを見たキュニは、予想がついていた様に、すかさず、
「お姉様、このお酒飲もうよ。開けてあげるから」
と木箱を受け取って立ち上がり、リコと言う長身の女性とグラスなどを準備する。
「社長はご苦労なさってましたよねえ。先週は特に、ええ」
とリコは、グラスを不機嫌な社長に渡した。
「全くね!大口の予約三つもお断りしたのよ!どれだけの損か分かるの!」
と社長は続ける。
(甘え上手で嫌味がない。綺麗な顔立ちで小柄で。こんな可愛らしい人が社長か・・・)
カイはそんな事を思いながら、じっと社長を見ていたが、相手もその視線に気付いた。
「そこの君…血だらけ服の。誰?」
社長が、上着と荷物を片手に壁に寄りかかっているカイに向かって尋ねた。アルがまず、
「あー、カイって名乗ってる。服を貸してあげたいし、それに私の帽子を台無しにされたの。弁償する気はある様だけどね、金が無いから連れて来たよ」
と説明すると、
「へえ~、そう。アルの帽子の代金なんて、相当稼がないとなのにねえ。それにしても、アルがこんな大きな男の子に親切なんて珍しいんじゃない?」
と言って、グラス片手にカイに近づいて来て、
「なあに?私に興味あるの?」
とカイの顔を見上げた。
「いや、あの、こんな綺麗で可愛らしい人が社長なんだと思って」
カイは、流石に顔をじっと見過ぎたかと思い、正直に答える。
「そう思うの?好きになっちゃいそう」
と言いながら社長は、さらに至近距離に近づいてグッと顔を寄せ、「ううん、もう好き」
と言った。
「何言ってるんですか・・・」
カイは、キュニの様にまた懐かれたかと思ったが、余りにも顔を近付けられて戸惑い、体を少し横にずらした。が、急に社長は、グラスの持っていない方の手で、カイの長い前髪をサッと上げた。その瞬間、カイは社長の手首を掴む。
「ちょっと!失礼だろ!」
とカイが驚いて目を見開き、興奮気味にたしなめる。
「ごめんなさい。怒った?よーく見たくって。わぁ、綺麗な目ね。隠してるんだもの、勿体無いなぁ」と社長は悪びれもせずに言い、「それに、素っ気ない。私に興味がないか、どう対処して良いか知らないのね。後者の場合は手取り足取り教えてあげる。ゆっくり、焦らず。だからウチでお試ししない?ね?」
と言った。カイは咄嗟に掴んだ社長の手首から手を離すと、前髪を元に戻して目元を隠す。
「何だよ。お試しって」
と言った。社長はアルの方へ振り返って、
「アル、可愛いコ見つけて来たわね。行儀作法を覚えればすぐ働けそう。丁度こんなコが欲しかった所なの。絶対、ウチの正装も似合うわぁ!ああ着せたい!リコ!」
と上機嫌で言う。
「ご用意します」
そう言うとリコは、アル達が入って来た扉の横にある扉へ近付こうとするが、アルが止める。
「リコもちょっと待って。ご機嫌が治ったなら良かったけど、ミコ、いや社長。落ち着ついてくれる?この子はドレスを貸す為に連れて来ただけで」
とアルが言う。カイもそれに続けて説明する。
「そうです。何のお試しか知らないけど、女物の服を貸して貰えるならと、コイツらについて来ただけで」
「女物?女装するのね?ん~、女には興味ないのか。別にそれでも大丈夫。ちょっとした給仕やお嬢様達と少しおしゃべりするだけ。その照れた感じがとても良いわ。お嬢様方が喜びそう。どう?お金無いんでしょう?多めに払うわよ」
と社長のミコは捲し立てる。
「照れた訳じゃない。あんまり顔が近いから驚いたんだ。とにかく、ちょっと待ってよ。給仕とおしゃべりって、ここは何の仕事をやってるんだ?」
とカイはまた、接近してくる社長のミコから少し離れつつ尋ねた。
「あら、聞いてなかったの。簡単に言えば、男の子達が呼ばれた場所でお嬢様方のご要望に合わせて、お酒を提供してもてなすの。出張業ね。主に、富裕層や経営者の方々がお客様で、時には食事会や会合も請け負うわ。それにウチはねえ、綺麗で上品な男の子達がもてなすのが、一番の売り」
とミコは自信たっぷりに答える。
「それなら、その金持ち達の護衛か、屋敷の警備なら慣れてるし、すぐ請負う。それで食ってるんで」
とカイが言うが、
「そう。でも護衛とかは今すぐ必要は無いかな。品の良い可愛い顔立ちでスタイルも良くて女慣れして無い。君みたいなコはまだ居ないから、人気が出そうだもの。お嬢様方、って言うのはお客様の事ね、彼女達と恋愛させる仕事じゃないから心配しないで」
カイの事を熱心に口説く社長の様子に、リコもカイに近づいて来て、じっくりと見ると、
「なるほど。社長、私もなかなか良いと思う」
と言った。カイは、自分より高身長のリコにまで至近距離で今度はじっと見下ろされて、さらにのけ反る。
「リコったら。フフ」
社長がリコの同意を得て、さらに喜びグラスの酒を空ける。
「あのさ、なんか勝手に盛り上がってるみたいだけど、男の服でも金でもなく、女の服だけ貸してくれるか?後でその分は間違いなく支払うし。その・・・シイラの会長に会いに行くのに、俺の持ってる服が酷いとコイツらに言われて、つい車に同乗して来ただけなんだよ」
とカイが言った。
「汚れて無残なドレスを持っててね。酷いから」
アルも続ける。
「そう。だから僕がお姉様に相談しようって一緒に来たんだけど、迷惑だった?」
とキュニも言う。
「迷惑だなんてとんでもない!お手柄よ~」
と社長がキュニに笑顔で言った。
「服が借りられないなら別にいい。出て行く」
とカイが言った。
「ちょっと!待って!貸さないなんて言ってないじゃない。折角来たのに出て行かないでー!え?なんて?シイラ財団の会長と、どう言うお知り合いなの?本当に?」
とミコが驚いて聞き直す。リコも驚いている。
「・・・孫で。言いたく無かったんだけどな」
と、またしてもカイは、驚きの視線を浴びて溜息をついた。
「・・・孫?って事は、女の子?やだ!ごめんなさい。見目麗しい男の子にしか見え無かったわー」
とミコがカイに謝った。シイラの一族が女系の家で、男児が生まれた事が無いのは有名な話だった。ミコは驚きのあまり、持っている空のグラスに酒を注ごうとしていたリコから、酒瓶を奪って自分でグラスに注ぐ。
「コイツらにも言ったけど、事情があって一緒に暮らせないので、時々会いに行ってます」
カイがそう言うと、
「そうなの!え?って言うか、そんなお嬢様が、どうして、何て言うか、血まみれの、、粗末、、質素な装いなの?」
とミコは、言葉を選んで尋ねる。
カイは、また聞かれて渋々、
「少しゴタゴタに巻き込まれて。いつもの事なんだけど、今回は割と手こずってしまい・・・」
と答え、それにアルが付け足して言う。
「そこで私の帽子を台無しにされた。しかも、巡察補で、稼いだ金も盗まれたって言うから」
「それ言わなくても良いだろ」
とカイがアルを睨む。
「シイラのお孫さんが、巡察補やってるの?」
「え?なんの冗談?」
とミコもリコもさらに驚く。女で生きているだけで待遇も給金も高い時代にあって、会社を率いているミコにも、もちろんリコにも、自ら男に扮してまでわざわざ安い労働者に成り下がる事など、全く考えも及ばないのである。
「そう思うよね。私もまだ信じていない」
アルが言うと、ミコは少し考えてから、さらに上機嫌になって、
「じゃあ、それはちょっと置いといて。キュニくん凄い!お手柄よ~」
と言うと、酒が半分は入っていたグラスを一気に空けた。
「その顔。わかるよ、君の魂胆は」
そんなミコの様子を見たアルが言う。
「フフ。話が早~い。アル、このカイさんと一緒にシイラの会長に会って、我が社の営業してきて。お孫さんが何故、巡察補なんて事をしてるかも判るじゃないの。ね?」
ミコが嬉しそうに言うと、アルは途端に嫌そうな顔で、
「会長に営業・・・。リコが行ってよ」
とリコの顔を見るが、
「嫌よ。あなたが連れて来たコでしょ」
リコはすぐに断った。
「シイラの社長がね、近いうちに会長のお見舞いにご家族で来るらしいの。なかなかお会い出来ない方だし、仕事を貰える機会を伺ってたのよね。会長から社長に話を通してもらえるかも!契約出来たら大口よ。行くでしょ?」
とミコが有無を言わせぬ勢いで言うと、アルはミコに少し甘える様な口調になって
「行って来たら、これで休暇の件は許してくれる?」
と聞く。
「もちろん。もう今からここで五件の予約は入れちゃってるけどねえ」
とミコがイタズラっぽく笑った。
「え?いやいやそれは無い。いくらなんでも入れすぎでしょ。帰って来た途端に予約入れないでよ」
アルが少し大袈裟に言うが、ミコは気にせず
「あら~?数分でも会いたがってるお嬢様方をまた泣かす気?」
と言った。
「・・・分かったよ。こき使うよね。会社の看板なのに、もう少し大事にされても良いと思うよ」
アルは、ため息混じりに愚痴った。そんなアルの事は一切気にせず、ミコは
「ねえ、カイさん。シイラのお嬢様、だとしても、やっぱりウチの正装も着てみてお願い!!気に入ったドレスは何枚でもあげるから!ね?良いでしょう?」
ミコが、カイにすがる様に迫ってくる。それでも、ミコが言うと何故か、強引さも嫌な印象も与えない。カイは元々、そこまで服を借りる事にこだわってはいなかったが、つい口走っていた。
「わかりました。じゃあ、着るだけなら」
「やったわっ!リコ~!お願いね」
ミコに言われたリコは、すぐ横にあった扉へ手招きし、カイを別室へと連れて行く。
目の前に広がる光景ににカイが思わず声が漏れた。アルとキュニ、カイの三人は、運転手付きの高級車で、港から離れた高台へと連れて来られていた。美しく仰々しい門を通り抜け、大きな屋敷の車寄せに停車した車から降りた三人だが、カイは、贅を尽くした豪華な屋敷を眺めて立ち止まる。建物の隙間から垣間見える美しい庭園。奥の方には噴水もあり、雨上がりに濡れた草木が夕日で輝く様子に、目を奪われてしまう。
「こっちだよ」
とキュニに言われてカイが我に帰ると、仕事場と言っていたアルは当然の事ながら、キュニまでも慣れた様子で、突っ立ってるカイに手招きした。
三人は屋敷に入る。天井が高く絨毯敷きの廊下を少し行くと、アルが一つの扉をノックする。「どうぞ」と声が聞こえ、ドアを開けた。
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「アル、お帰りなさい。あら、今日は可愛いお客さんまで」
と言いながら、長身の方の女性が、満面の笑みで近付いて来た。
「リコさん、こんにちは」
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「この人がさっき言ってた社長?」
「いや、あっち」
アルはそう言って、窓辺から振り返り、こちらに近付く小柄な方の女性を指した。
「へえ・・・」
とカイは、ドアの近くの壁に寄りかかった。
「只今、帰りました」
とアルが言い、上着を脱ぐとソファにドサっと腰掛けた。
「お姉様、こんにちは」
とキュニが、社長である小柄な女性にも挨拶する。
「キュニくん!会いに来てくれて嬉しい!さあ、いらっしゃい!私の仔猫ちゃん」
少しわざとらしく言う社長に手を引かれて、キュニは一緒に、アルとは別のソファに座る。
「これ、お姉様の好きなお酒、兄貴からだよ」
とキュニは持って来ていた木箱を、社長に渡した。
「ありがとう。贈り物まで。ユキくんからね。いつもなかなか手に入らないから嬉しいわ」
社長は木箱を受け取ると、嬉しそうに言った。
「今日は私塾の事教えて。もっと違う勉強を始めたいなら指導者も探すから」
明らかにアルの存在を無視して、キュ二と話し出す社長に、アルが口を挟む。
「子供の将来に口出すの?」
「そうじゃないの。美少年は、もう見てるだけで幸せ。将来の居場所をを作ってあげてるだけよ」
フフっとキュニを見て微笑む社長。すると一転、急に一段声が低くなり、
「で?誰が二十日も休んで良いって言ったの?ねえ?」
とアルを睨みつけた。
「え、やめてよ。遊んでたみたいな言い方。それは何度も報告した通り、相手先をなだめるのに時間が掛かったって」
とアルが少し面倒くさそうに言うと、
「だとしても!だとしてもよ!私がどれだけお嬢様方にお詫びして回ったか!予約の調整に頭が痛かったか!分かる?!」
と社長は怒っている。が、品の良い話し方や可愛らしい声のトーンのせいか、怒っている様子というより、少し甘えた感じにさえ聞こえる。
「そうだね」
とアルはただ微笑んだ。それを見たキュニは、予想がついていた様に、すかさず、
「お姉様、このお酒飲もうよ。開けてあげるから」
と木箱を受け取って立ち上がり、リコと言う長身の女性とグラスなどを準備する。
「社長はご苦労なさってましたよねえ。先週は特に、ええ」
とリコは、グラスを不機嫌な社長に渡した。
「全くね!大口の予約三つもお断りしたのよ!どれだけの損か分かるの!」
と社長は続ける。
(甘え上手で嫌味がない。綺麗な顔立ちで小柄で。こんな可愛らしい人が社長か・・・)
カイはそんな事を思いながら、じっと社長を見ていたが、相手もその視線に気付いた。
「そこの君…血だらけ服の。誰?」
社長が、上着と荷物を片手に壁に寄りかかっているカイに向かって尋ねた。アルがまず、
「あー、カイって名乗ってる。服を貸してあげたいし、それに私の帽子を台無しにされたの。弁償する気はある様だけどね、金が無いから連れて来たよ」
と説明すると、
「へえ~、そう。アルの帽子の代金なんて、相当稼がないとなのにねえ。それにしても、アルがこんな大きな男の子に親切なんて珍しいんじゃない?」
と言って、グラス片手にカイに近づいて来て、
「なあに?私に興味あるの?」
とカイの顔を見上げた。
「いや、あの、こんな綺麗で可愛らしい人が社長なんだと思って」
カイは、流石に顔をじっと見過ぎたかと思い、正直に答える。
「そう思うの?好きになっちゃいそう」
と言いながら社長は、さらに至近距離に近づいてグッと顔を寄せ、「ううん、もう好き」
と言った。
「何言ってるんですか・・・」
カイは、キュニの様にまた懐かれたかと思ったが、余りにも顔を近付けられて戸惑い、体を少し横にずらした。が、急に社長は、グラスの持っていない方の手で、カイの長い前髪をサッと上げた。その瞬間、カイは社長の手首を掴む。
「ちょっと!失礼だろ!」
とカイが驚いて目を見開き、興奮気味にたしなめる。
「ごめんなさい。怒った?よーく見たくって。わぁ、綺麗な目ね。隠してるんだもの、勿体無いなぁ」と社長は悪びれもせずに言い、「それに、素っ気ない。私に興味がないか、どう対処して良いか知らないのね。後者の場合は手取り足取り教えてあげる。ゆっくり、焦らず。だからウチでお試ししない?ね?」
と言った。カイは咄嗟に掴んだ社長の手首から手を離すと、前髪を元に戻して目元を隠す。
「何だよ。お試しって」
と言った。社長はアルの方へ振り返って、
「アル、可愛いコ見つけて来たわね。行儀作法を覚えればすぐ働けそう。丁度こんなコが欲しかった所なの。絶対、ウチの正装も似合うわぁ!ああ着せたい!リコ!」
と上機嫌で言う。
「ご用意します」
そう言うとリコは、アル達が入って来た扉の横にある扉へ近付こうとするが、アルが止める。
「リコもちょっと待って。ご機嫌が治ったなら良かったけど、ミコ、いや社長。落ち着ついてくれる?この子はドレスを貸す為に連れて来ただけで」
とアルが言う。カイもそれに続けて説明する。
「そうです。何のお試しか知らないけど、女物の服を貸して貰えるならと、コイツらについて来ただけで」
「女物?女装するのね?ん~、女には興味ないのか。別にそれでも大丈夫。ちょっとした給仕やお嬢様達と少しおしゃべりするだけ。その照れた感じがとても良いわ。お嬢様方が喜びそう。どう?お金無いんでしょう?多めに払うわよ」
と社長のミコは捲し立てる。
「照れた訳じゃない。あんまり顔が近いから驚いたんだ。とにかく、ちょっと待ってよ。給仕とおしゃべりって、ここは何の仕事をやってるんだ?」
とカイはまた、接近してくる社長のミコから少し離れつつ尋ねた。
「あら、聞いてなかったの。簡単に言えば、男の子達が呼ばれた場所でお嬢様方のご要望に合わせて、お酒を提供してもてなすの。出張業ね。主に、富裕層や経営者の方々がお客様で、時には食事会や会合も請け負うわ。それにウチはねえ、綺麗で上品な男の子達がもてなすのが、一番の売り」
とミコは自信たっぷりに答える。
「それなら、その金持ち達の護衛か、屋敷の警備なら慣れてるし、すぐ請負う。それで食ってるんで」
とカイが言うが、
「そう。でも護衛とかは今すぐ必要は無いかな。品の良い可愛い顔立ちでスタイルも良くて女慣れして無い。君みたいなコはまだ居ないから、人気が出そうだもの。お嬢様方、って言うのはお客様の事ね、彼女達と恋愛させる仕事じゃないから心配しないで」
カイの事を熱心に口説く社長の様子に、リコもカイに近づいて来て、じっくりと見ると、
「なるほど。社長、私もなかなか良いと思う」
と言った。カイは、自分より高身長のリコにまで至近距離で今度はじっと見下ろされて、さらにのけ反る。
「リコったら。フフ」
社長がリコの同意を得て、さらに喜びグラスの酒を空ける。
「あのさ、なんか勝手に盛り上がってるみたいだけど、男の服でも金でもなく、女の服だけ貸してくれるか?後でその分は間違いなく支払うし。その・・・シイラの会長に会いに行くのに、俺の持ってる服が酷いとコイツらに言われて、つい車に同乗して来ただけなんだよ」
とカイが言った。
「汚れて無残なドレスを持っててね。酷いから」
アルも続ける。
「そう。だから僕がお姉様に相談しようって一緒に来たんだけど、迷惑だった?」
とキュニも言う。
「迷惑だなんてとんでもない!お手柄よ~」
と社長がキュニに笑顔で言った。
「服が借りられないなら別にいい。出て行く」
とカイが言った。
「ちょっと!待って!貸さないなんて言ってないじゃない。折角来たのに出て行かないでー!え?なんて?シイラ財団の会長と、どう言うお知り合いなの?本当に?」
とミコが驚いて聞き直す。リコも驚いている。
「・・・孫で。言いたく無かったんだけどな」
と、またしてもカイは、驚きの視線を浴びて溜息をついた。
「・・・孫?って事は、女の子?やだ!ごめんなさい。見目麗しい男の子にしか見え無かったわー」
とミコがカイに謝った。シイラの一族が女系の家で、男児が生まれた事が無いのは有名な話だった。ミコは驚きのあまり、持っている空のグラスに酒を注ごうとしていたリコから、酒瓶を奪って自分でグラスに注ぐ。
「コイツらにも言ったけど、事情があって一緒に暮らせないので、時々会いに行ってます」
カイがそう言うと、
「そうなの!え?って言うか、そんなお嬢様が、どうして、何て言うか、血まみれの、、粗末、、質素な装いなの?」
とミコは、言葉を選んで尋ねる。
カイは、また聞かれて渋々、
「少しゴタゴタに巻き込まれて。いつもの事なんだけど、今回は割と手こずってしまい・・・」
と答え、それにアルが付け足して言う。
「そこで私の帽子を台無しにされた。しかも、巡察補で、稼いだ金も盗まれたって言うから」
「それ言わなくても良いだろ」
とカイがアルを睨む。
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「え?なんの冗談?」
とミコもリコもさらに驚く。女で生きているだけで待遇も給金も高い時代にあって、会社を率いているミコにも、もちろんリコにも、自ら男に扮してまでわざわざ安い労働者に成り下がる事など、全く考えも及ばないのである。
「そう思うよね。私もまだ信じていない」
アルが言うと、ミコは少し考えてから、さらに上機嫌になって、
「じゃあ、それはちょっと置いといて。キュニくん凄い!お手柄よ~」
と言うと、酒が半分は入っていたグラスを一気に空けた。
「その顔。わかるよ、君の魂胆は」
そんなミコの様子を見たアルが言う。
「フフ。話が早~い。アル、このカイさんと一緒にシイラの会長に会って、我が社の営業してきて。お孫さんが何故、巡察補なんて事をしてるかも判るじゃないの。ね?」
ミコが嬉しそうに言うと、アルは途端に嫌そうな顔で、
「会長に営業・・・。リコが行ってよ」
とリコの顔を見るが、
「嫌よ。あなたが連れて来たコでしょ」
リコはすぐに断った。
「シイラの社長がね、近いうちに会長のお見舞いにご家族で来るらしいの。なかなかお会い出来ない方だし、仕事を貰える機会を伺ってたのよね。会長から社長に話を通してもらえるかも!契約出来たら大口よ。行くでしょ?」
とミコが有無を言わせぬ勢いで言うと、アルはミコに少し甘える様な口調になって
「行って来たら、これで休暇の件は許してくれる?」
と聞く。
「もちろん。もう今からここで五件の予約は入れちゃってるけどねえ」
とミコがイタズラっぽく笑った。
「え?いやいやそれは無い。いくらなんでも入れすぎでしょ。帰って来た途端に予約入れないでよ」
アルが少し大袈裟に言うが、ミコは気にせず
「あら~?数分でも会いたがってるお嬢様方をまた泣かす気?」
と言った。
「・・・分かったよ。こき使うよね。会社の看板なのに、もう少し大事にされても良いと思うよ」
アルは、ため息混じりに愚痴った。そんなアルの事は一切気にせず、ミコは
「ねえ、カイさん。シイラのお嬢様、だとしても、やっぱりウチの正装も着てみてお願い!!気に入ったドレスは何枚でもあげるから!ね?良いでしょう?」
ミコが、カイにすがる様に迫ってくる。それでも、ミコが言うと何故か、強引さも嫌な印象も与えない。カイは元々、そこまで服を借りる事にこだわってはいなかったが、つい口走っていた。
「わかりました。じゃあ、着るだけなら」
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