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1、雨は止まり木(2)
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ユキが奥から皿を二つ持って出てきた。キュ二が薬箱を手に慌てて部屋を出入りしていたのを見て言った。
「なんだ怪我してたの。腹も減ってるよな?」
美味しそうな匂いが部屋に充満して、カイが目を奪われる。
「ほら、召し上がれ」
とユキは、キュ二とカイの前に皿を出した。具の沢山入ったスープが湯気を立てている。
「いただきます。この人ね、カイって名前だよ」
キュニがユキに教えた。
「そうか」とユキが言い、カイが皿を凝視したまま固まって動かない様子を見て、「ん?ああ、警戒して当然だ。こんな雨だし腹も減った金のない子供への、ちょっとした親切って思えば?」
と言った。それを聞いてカイは皿を鷲掴みすると、スプーンも使わずにそのまま口へ運んで、一口飲む。少し目を瞑っていたが、
(毒、薬・・・入ってない)
カイは、常に他人から施される飲食物への警戒をする事が習慣で、スープを舌で確認するとほっと息をつき、
「美味い」
とボソっと言った。そのまま一気に皿の中身を口に流し込んでいると、
「当然。私が作ったからね」
と声がした。
「師匠、この子」
とキュニが言い、カイがパッと顔を上げると、カイの荷物を持ち逃げした帽子男が、違う服に着替えてそこにいた。キュニに師匠と呼ばれているその男、アルは、キュニの言葉に頷くと、
「さっきの何?また子供を拾って来たとか言うなよ。誘拐したみたいじゃない。雨が降ってきやがったせいだから」
とユキに向かって言った。
「また人助けとはね。男を助けるとか、お前もとうとう改心ー」
とユキが言い終わらないうちに、
「お前っ!!」
とカイが一瞬でアルに一気に近づき、座っていた椅子が勢い良く倒れる。カイがアルに掴み掛かろうとすると、ユキがサッと間に入って、
「今、こいつ、雨に濡れて機嫌が悪いんだよ、まあ待て」
と両手を広げ制した。
「ヒゲ、そこどけ!」とカイはユキに言い放ち「泥棒野郎!助けてやったのに人の物盗りやがって!」
と怒鳴った。
「落ちつけって。何も盗んでなかった訳だし」
とユキがカイをなだめる。その様子を黙って見ていたアルは、カイの姿を一瞥すると、
「・・・不潔」
とだけ小さい声で言った。ユキは思わず吹き出した。
「何だと?!」
とカイが怒鳴る。
カイの姿と言えば、鼻先まで隠れるほど伸び切った髪に、今は肩周りから左袖が血に染まって雨にも濡れたシャツ姿だが、体型に合ってないのが一目で分かる大きめの古びた警護制服の様な上下を着ていたし、右手には手袋、擦り切れ古びた靴、全体的に荷物同様、汚れてくたびれた有様だった。キュニにタオルを借りて少しは頭も拭いたが、雨で全身ずぶ濡れになっているのも手伝って、いっそう汚らしく見える。
アルは怒鳴ったカイを無視して、両手で自分を庇ってカイの接近を遮っているユキの耳に、口元を近づけて耳打ちした。
「・・・寄るな触るな話しかけるな、だって」
とアルに聞いたそのままを、ユキが代弁して言う。
「あ“?」
カイは思わず、ユキの胸ぐらを掴んだ。ユキは、両手を広げたまま、カイにされるがまま、またアルに耳打ちされ、
「・・・巻き込まれた被害者なのに、暴力で脅すのか?って」
と代弁する。
「だから何だ。置いといた俺の荷物を持ち逃げして開き直るな!」
とカイはアルに向かって、また言い返す。が、またユキがアルの耳打ちを代弁する。
「・・・それは帽子の弁償の為?え?この子、金ないよ。帽子の穴?でもこんな汚らしい奴が金持ってる訳ないし、実際持ってなかった、って言ってる。うん、確かに。巡察なら皆、もっと身だしなみもキッチリしてるもんな」
とユキがアルに同調する。
「直接言え!なんなんだよ!」
カイはまた声を荒げた。アルは、部屋の横に積み上がっていた椅子を一つ持って来て、カイから離れた位置に腰掛ける。カイから出来るだけ距離を空けたアルは、カイと男達の乱闘を見物してた時に、フラつく男の拳銃の発砲で穴が空き、雨で濡れたあの帽子を手にしていて、ゆらゆらと弄びながらため息をつくと、面倒くさそうに口を開いた。
「・・・そんなボロ着て巡察補が務まるなんて、どう言う・・・まあ、それより、ほら、この帽子。特注品のお気に入りでね。お前に穴を開けられた訳じゃないが、弁償しろ」
アルも、カイの荷物を拾い中身を見た時に、カイが麻酔銃と巡察補のバッジを持つ巡察補である事は分かっていた。麻酔銃を携行出来る巡察補が、高給取りと知ってはいるが、このカイという少年が、あまりに粗末な見た目をしていて、盗んだ銃とバッジで巡察補を装っている事も無くは無いと考えている。
「やっと口きいたか。ケガしなくてすんだろ?俺が撃たなかったら、次はあんたの体に穴が空いてたかもしれない」
とカイはユキを掴んでいた手を放し、言い返す。
「アル・・・お前、雨に降られて機嫌悪すぎ。こんな子供から金取る為に、ここに連れて来たのかよ」
と呆れてユキが口を挟む。
「子供じゃねえよ」
とカイが言う。
「一人で数人の大人相手に勝ってたね」
とアルがカイの顔も見ずに言うと、
「殴り合いもした事も無い様な奴らだぞ。負けるかよ」
カイが答えた。格闘していた男達と知り合いかの様な口ぶりだ。
「喧嘩や銃の腕前が良かったとしても、それはそれ。私が怪我してたら莫大な補償金を払う事になってたからね」
とアルが言う。
「こっちも被害者だ。見てたろ?」
その言い方に、カイも言い返す。
「通りすがりの私は、巻き込まれただけだ」
とアルは、一向に顔をカイの方へ向けないで続ける。
「俺の荷物を持ち逃げしなければ良かったろ。通報案件だ」
とカイは続ける。
「いや、だからさ、君の荷物は無事で、何も盗ってなかった訳だから穏便にさ」
とユキがなだめようとするが、二人とも聞かない。
「通報するって脅しね。お前らが持ってた銃は合法じゃない、この穴、弾が鉛って。麻酔弾じゃない銃を持ってるなんてね」
とアルは、帽子に開いた穴に指を入れて見せる。
「あの野郎が持ってた銃の事は知らない。俺のは護身用で、正規の仕事じゃ使わないし、バッジのお陰で見逃して貰える」
とカイが言う。
「だからって、ご覧の通りこの辺りはさびれて久しい。犬ちゃん達はいないよ。いないにしても、誰かが銃声を聞きつけたら、この街にご主人様達が乗り込んで来る事になる。彼女達や犬ちゃん達にうろつかれたくない。特別待遇な巡察補?お前のせいで、だ」
とアルが言った。
「ん?犬ちゃんって何だ?まさか通報官の事か?」
アルの言う事が何の話かわからず、カイが尋ねる。
「そうだよ」
とキュニがアルの代わりに教える。
「それなら巡察の事をご主人様って言った?」
カイがキュニに解説を頼む。
「そう。師匠は女の人を絶対に悪く言わないから」
とキュニが答える。
「崇拝してると言っていい」
ユキも付け足して言った。
「誰を?」
とカイが聞くと
「女の人全員」
とキュニが言う。
「はあ?」
カイが怪訝な顔をする。
「全世界の男がいなくなれば全ての女の人達が自分を見てくれると思ってる」
ユキがニヤニヤして言うと、
「それは言い過ぎかな。全女性を幸せにしたいけどね」
ユキの言う事を大真面目な顔で、アルが訂正した。
「なんだお前。頭おかしいのか?」
カイが気味悪がった。
アルが犬ちゃん達と呼んだ通報官は、これも民間委託されている地域の安全を担う職である。商店や病気や障害を持つ生活圏が狭い女性達が監視の目や耳となって、些細な事象でも都度まとめて報告し、巡察隊員と協力し犯罪を未然に防ぐ役割を担っている。この街は特に、富裕層が別荘を持ち、美しい景色を見に観光客も多く訪れる為、他の街とは段違いに通報官を多く配備していて、治安の良さは彼女達の貢献よるものだ。
「とにかくこの辺りは、ほぼ人も居ないし店もないから、巡察のお姉さん達も通報官に人手を割く気は無いよ」
とユキが話を戻す。
「ああクソ。通報がいないからこんな所まで誘導されたのか!あいつらどんどん知恵つけてきやがって」
カイはため息ついた。
「身内の喧嘩か。だからって、この付近で面倒起こすのは許しがたいね」
とアルが言う。
「しかし、刃物もだけど、合法じゃない骨董品(銃)まで扱えるなんて、君って・・・」
とユキが、カイの事を物珍しがって言う。
「だから?発砲なんてあり得ない。この一件がバレたらどっちが困るんだ。通りすがりの私は、巻き込まれただけ。当然の弁償な」
とアルは、カイと目を合わせるどころか一向にへ顔も向け向けずにいう。
「まあ。・・・確かに。・・・俺だって面倒事は困る」
と苛立っていたカイも、少し考え始めた。待遇の良い巡察補とは言え、私物の回転式拳銃を使い民間人を危険に晒した行為は、明らかに自分の方が分が悪い。
「帽子の弁償に迷惑料も追加だ。でもあんな小銭じゃ到底足りない」
とアルは続ける。
「ねえ師匠か兄貴、カイさんの服、濡れてるし可哀想だから着替え貸してあげなよ。僕のじゃ小さいから」
とキュニは先程からカイの怪我の様子を心配していて、アルとカイが揉めている事など気にも留めず、言い出した。
「服貸す?誰が誰に?汚されるとか無理」とアルが即拒絶し、「そもそも給金が良い巡察補がその有様って。巡察補かどうかも疑わしい」
と言った。
「ん?いつもはこうじゃねえよ。たまたま腐れ縁にいっぱい食わされて、金を持ち逃げされたせいだ」
とカイが言った。
「間抜けだな。いくら喧嘩が強くてもそれじゃ意味ないね」
とアルは小馬鹿にした様な口調で言う。
「うるせえな」
とカイが言い返す。
「もう!雨だと師匠は機嫌悪くて困る。いつもはもっと優しいんだよ」
とキュニはカイに困り笑顔で言った。カイはキュニの表情に嘘が無さそうで、安堵する。
「分かった。通報は無しにする。荷物取り戻せたし出て行くよ」
とカイは、先程床に落としていた自分の荷物を拾った。
「いやでもこんな雨の中、その血で染まった服でどこ行こうって言うの?アルがムキになってる弁償の件もあるけど、無理に出て行かなくて良いだろ」
と左袖が血で染まったシャツ姿のカイを見て、ユキが言った。
「踏み倒すつもりか?」
とアルは相変わらず、子供相手にも容赦がない。
「お前なぁ」とユキがアルの言い方にまた呆れて、「逃げなくても良いって言ってんの。こっちも通報なんてしないって」
とユキが続ける。
「逃げる気もこれ以上世話になる気もない。金の当てはあるし。払えば文句ないんだろ」
とカイが言った。
「どこに?」
そうアルが尋ねると、
「シイラの屋敷に行く」
とカイは答えた。思いもよらない答えに全員が驚く。
代々に渡って女系一族が経営する有数の大企業グループのひとつ、シイラ財団。避暑地として使われることの多いこの地域に、別荘とは思えない程の巨大な屋敷があり、先代の会長が急死後、2番目の夫が会長となって、体調を崩し別荘で暮らしている。その事は、この街の誰もが知っていたのだが。
「あそこが護衛なんか雇うか?まさか盗みに行かないよな?それはやめておけよ。あの大豪邸は別荘と言っても警備が厳重らしいし」
とユキが言った。
「巡察のバッジ持ちが強盗やったら、完全に終わるな」
とアルも言う。
「・・・会長のじいちゃんに会いに行く」
少しためらってカイが言うと、
「ええ?!」とキュニが、
「んっ?!」アルが、
「何だって?!まさか、あの一族?!」
とユキが驚いた。
「いやいや、冗談だろ」
とアルは信じない。
「あの会長、野郎を着せ替え人形にする趣味があったのか。良い事聞いた」
とユキが言う。それを聞いてキュニが、
「僕は仕方なく女の子のフリするけど」
と言い、
「お前、そんな事させられてるの?」
と今度はカイが驚く。
「髪まで伸ばしてな。こいつもなかなかだろ」
とユキが茶化すが、
「もー兄貴!師匠に教わったんだよー。道で大人に殴られる回数が減ったんだよ。女の子に暴力振るうとすぐ通報されるから」
とキュニが訳を説明する。
「とにかく・・・」
とカイは、荷物の袋からカツラと服を取り出し、
「これと、」
と言って、長髪で巻き毛栗色のカツラを被り、
「これだ」
と言って、無造作にグシャっと丸めて袋に入れていた、深緑色のワンピースをシャツの上から適当に被って着て見せて、
「会長秘書のおっさんに、屋敷に行く時は綺麗な格好してくれって言われてるから、これ着て会いに行く。じいちゃんに会って、訳を話して金出して貰うから、それで帽子の弁償代も、さっきの飯代も払う」
とカイは言った。
「それが綺麗な格好って言ってる?」
とキュニが恐る恐る聞く。
「そう。ちょっと汚れたか…あれ?服に血がついてる。まあいいか、洗濯屋に出せば。どこかで日雇いの警護の仕事とかあればそこで金作って、洗濯屋に出してから行く。そうだ、もし日雇いの警護の仕事知ってるなら紹介してくれ。すぐ請け負うよ」
とカイが答えた。3人ともそれを聞いて、顔を見合わせる。
「 何て言ったらいいのか…」
とユキが言い、
「師匠、服をどうにかしてあげて」
とキュニが言う。
「いやいや日雇いの仕事ならともかく、その服は勘弁。無理よ」
とアルは呆れた。
「なんかおかしいか?秘書のおっさんが用意してくれた服だから、高級な服のはずなんだけど」
とカイは、3人の戸惑う様子を不思議に思って言った。
「大体ね、さっきから何を言ってるんだ?」
とアルは言い、カイの話も、雑に着替えた姿も信じ難い様子で、
「シイラは完全な女系一族で、男の孫がいるなんて聞いた事もない。わざわざ男の孫に女装までさせるってのも意味不明だ」
と言った。富裕層なら、男がいくら家事労働を担わされる性別であっても、高等教育を受けさせて貰え、権威や地位のある役職を担う女を支える事で、男の社会的地位は少しは上がる。男が高給の仕事を得るために女装して潜り込む詐欺事件は度々あったが、有数な大企業グループの孫が、素性を隠す必要などあるはずも無い。
「師匠、違うよ。女装じゃないよ。カイさんは女の人だよ」
とキュニは、アルがカイの話をまるで信じてない様子に、思わず口走った。
「え?」
「えええ?!」
と二人が驚く。
「あ!言っちゃった。ごめんなさい。隠してたみたいなのに。さっき怪我の手当でシャツ脱いでもらって、そうかなって」
とキュニがカイに申し訳なさそうに言う。怪我の手当の時に、しどろもどろになったのも、カイが女かもしれない、と気が付いたせいだった。
「ああ。ここまで知られると、もう、どうでもいいけどな」
とカイがうなだれるキュニをなだめた。
「うそ…」
とユキが唖然として言う。
「へえ」とアルは驚いたが、「新鮮だね!しかもシイラ会長の孫だなんて」
と今までの無愛想な表情とは打って変わってニコリと笑顔になり、カイの不恰好な姿を改めてよくよく眺めて言った。
「お前、会長のお孫さん達に会ったことあるのか?」
とユキがアルに尋ねると、
「昔、お子様達は何度か見かけたことはあるけど、流石にお孫さん達を見た事はないね」
とアルが答える。
「さすが師匠。全部覚えてるんだ」
とキュニが言う。
「けど…」
とアルが口ごもる。
「けど?」
ユキが聞き返すと、
「酷い。お子様達に似てるかどうかも判断出来ない位に、酷い」
とアルが無表情に戻って言った。
「酷い?何がだ?」
とカイが聞き返す。
「だよね。大問題だね」
とキュニはアルの言葉に納得する。
「そんな格好してたら怪し過ぎて、シイラの敷地に辿り着くまでに不法侵入で通報されかねない」
とアルが言った。
「そんなに変か?いつの間にか汚れてはいたけど…」
と何も問題無さそうに自分の服を見直して、カイが言う。
「汚す事もあり得ないけど、ものすごーくダサくて時代遅れで下品。生地だけご立派なのが悪趣味で台無し。そもそも似合ってない」
とアルは言い切った。
「そこまで言うか?」
と納得いかない様子で、カイが言った。
「見るに耐えられない」
とアルは容赦なく言う。
「酷いのは、お前の態度だろ」
とカイは、カツラと雑に来ていたワンピースを脱いで、また無造作に袋に突っ込んだ。
「師匠、何とかならないの?」とキュニが心配してアルに言うが、「あ、そうだ!お姉様に相談したら良いんじゃない?さっき電話が来てたでしょ」
と思い付いて、ユキに言った。
「ああ。雨だからな。社長が迎えを寄越すってよ」
とユキが言う。
「迎え…と言うか、捕えられると言うか」とアルはため息をつき、「さっき帰ったばかりなのに、一晩くらいゆっくりさせてよ。誰だよ告げ口したのは」
と急に弱気な様子で愚痴った。
「俺達ではない」とユキがキッパリ言うと「どうせ船降りてから、そこら中のお嬢さん達に愛想振り撒いてたんだろ。社長の耳に入るに決まってるよな?お前がいつ帰って来るかって、手ぐすね引いて待ってるんだから」
とユキの言葉に、
「師匠の自業自得だね」
とキュニが乗っかる。
「キュニ~、そんなのどこで覚えた」
アルが大袈裟に悲し気に言った。
すると、外で車のクラクションが長めに鳴る。キュニが、
「あ!もう迎えが来たよ。そうだ。お姉様にお土産持って行けば良いね」
と言った。それを聞いてアルは、
「はぁ~。行かないとダメか」と肩を落として、初めてちゃんとカイと目を合わせると「君も、一緒に行こう。仕事場でもっと良い服を調達すれば良い。その後に帽子の弁償してよ」
と言った。あくまでも帽子の弁償はさせたいらしい。だが、さっきまでとはカイに対する態度も表情も話し方も全く違う。
「仕事場?」
とカイが、まるで別人の様に穏やかな態度のアルに戸惑っていると、
「師匠の仕事は女の人を幸せにする仕事なんだって。そうだ!お姉様が怒ってるかもしれないし、僕も一緒に行って師匠とカイさんの援護する!」
とキュニは楽しげに言った。
「どんな仕事だよ・・・」
とカイが余計に怪訝な顔をする。
「俺も行こうかな」
とユキが言うと、
「お前はやる事やってろ。どさくさに紛れて社長に会おうとするなよ」
とアルに言われた。
「なんでよー。良いだろそれくらい。たまにしか顔を見れないのに」
とユキが言うと、
「邪魔なんじゃない?」
とキュニに言われる。
「な!お前はまた余計な事を」
とユキはキュニをヒョイっと持ち上げた。
「兄貴、こう言う時だけ子供扱いするー」
キュニはユキに抱えられて体をだらんと預けて言った。
「子供だろ」
とユキに言われ
「子供じゃなーいー!」
とキュニは言い返すが、楽しそうだ。ユキの腕から下ろされたキュニは奥に一旦入って、すぐに戻って来た。箱を抱えている。
「行くぞ、子供達」と外を見たアルは、「あーあ。まだ降ってるのか。もう最悪だ。また濡れるのか」
とまた不機嫌になった。
少し先に、大きな高級車が一台、停まっている。アル、キュニ、カイの3人が外に出ると、先程の激しく降り続いていた雨雲は遠ざかり、少し明るくなった夕暮れ時の空は、雨がまもなく止みそうな気配がしていた。
「なんだ怪我してたの。腹も減ってるよな?」
美味しそうな匂いが部屋に充満して、カイが目を奪われる。
「ほら、召し上がれ」
とユキは、キュ二とカイの前に皿を出した。具の沢山入ったスープが湯気を立てている。
「いただきます。この人ね、カイって名前だよ」
キュニがユキに教えた。
「そうか」とユキが言い、カイが皿を凝視したまま固まって動かない様子を見て、「ん?ああ、警戒して当然だ。こんな雨だし腹も減った金のない子供への、ちょっとした親切って思えば?」
と言った。それを聞いてカイは皿を鷲掴みすると、スプーンも使わずにそのまま口へ運んで、一口飲む。少し目を瞑っていたが、
(毒、薬・・・入ってない)
カイは、常に他人から施される飲食物への警戒をする事が習慣で、スープを舌で確認するとほっと息をつき、
「美味い」
とボソっと言った。そのまま一気に皿の中身を口に流し込んでいると、
「当然。私が作ったからね」
と声がした。
「師匠、この子」
とキュニが言い、カイがパッと顔を上げると、カイの荷物を持ち逃げした帽子男が、違う服に着替えてそこにいた。キュニに師匠と呼ばれているその男、アルは、キュニの言葉に頷くと、
「さっきの何?また子供を拾って来たとか言うなよ。誘拐したみたいじゃない。雨が降ってきやがったせいだから」
とユキに向かって言った。
「また人助けとはね。男を助けるとか、お前もとうとう改心ー」
とユキが言い終わらないうちに、
「お前っ!!」
とカイが一瞬でアルに一気に近づき、座っていた椅子が勢い良く倒れる。カイがアルに掴み掛かろうとすると、ユキがサッと間に入って、
「今、こいつ、雨に濡れて機嫌が悪いんだよ、まあ待て」
と両手を広げ制した。
「ヒゲ、そこどけ!」とカイはユキに言い放ち「泥棒野郎!助けてやったのに人の物盗りやがって!」
と怒鳴った。
「落ちつけって。何も盗んでなかった訳だし」
とユキがカイをなだめる。その様子を黙って見ていたアルは、カイの姿を一瞥すると、
「・・・不潔」
とだけ小さい声で言った。ユキは思わず吹き出した。
「何だと?!」
とカイが怒鳴る。
カイの姿と言えば、鼻先まで隠れるほど伸び切った髪に、今は肩周りから左袖が血に染まって雨にも濡れたシャツ姿だが、体型に合ってないのが一目で分かる大きめの古びた警護制服の様な上下を着ていたし、右手には手袋、擦り切れ古びた靴、全体的に荷物同様、汚れてくたびれた有様だった。キュニにタオルを借りて少しは頭も拭いたが、雨で全身ずぶ濡れになっているのも手伝って、いっそう汚らしく見える。
アルは怒鳴ったカイを無視して、両手で自分を庇ってカイの接近を遮っているユキの耳に、口元を近づけて耳打ちした。
「・・・寄るな触るな話しかけるな、だって」
とアルに聞いたそのままを、ユキが代弁して言う。
「あ“?」
カイは思わず、ユキの胸ぐらを掴んだ。ユキは、両手を広げたまま、カイにされるがまま、またアルに耳打ちされ、
「・・・巻き込まれた被害者なのに、暴力で脅すのか?って」
と代弁する。
「だから何だ。置いといた俺の荷物を持ち逃げして開き直るな!」
とカイはアルに向かって、また言い返す。が、またユキがアルの耳打ちを代弁する。
「・・・それは帽子の弁償の為?え?この子、金ないよ。帽子の穴?でもこんな汚らしい奴が金持ってる訳ないし、実際持ってなかった、って言ってる。うん、確かに。巡察なら皆、もっと身だしなみもキッチリしてるもんな」
とユキがアルに同調する。
「直接言え!なんなんだよ!」
カイはまた声を荒げた。アルは、部屋の横に積み上がっていた椅子を一つ持って来て、カイから離れた位置に腰掛ける。カイから出来るだけ距離を空けたアルは、カイと男達の乱闘を見物してた時に、フラつく男の拳銃の発砲で穴が空き、雨で濡れたあの帽子を手にしていて、ゆらゆらと弄びながらため息をつくと、面倒くさそうに口を開いた。
「・・・そんなボロ着て巡察補が務まるなんて、どう言う・・・まあ、それより、ほら、この帽子。特注品のお気に入りでね。お前に穴を開けられた訳じゃないが、弁償しろ」
アルも、カイの荷物を拾い中身を見た時に、カイが麻酔銃と巡察補のバッジを持つ巡察補である事は分かっていた。麻酔銃を携行出来る巡察補が、高給取りと知ってはいるが、このカイという少年が、あまりに粗末な見た目をしていて、盗んだ銃とバッジで巡察補を装っている事も無くは無いと考えている。
「やっと口きいたか。ケガしなくてすんだろ?俺が撃たなかったら、次はあんたの体に穴が空いてたかもしれない」
とカイはユキを掴んでいた手を放し、言い返す。
「アル・・・お前、雨に降られて機嫌悪すぎ。こんな子供から金取る為に、ここに連れて来たのかよ」
と呆れてユキが口を挟む。
「子供じゃねえよ」
とカイが言う。
「一人で数人の大人相手に勝ってたね」
とアルがカイの顔も見ずに言うと、
「殴り合いもした事も無い様な奴らだぞ。負けるかよ」
カイが答えた。格闘していた男達と知り合いかの様な口ぶりだ。
「喧嘩や銃の腕前が良かったとしても、それはそれ。私が怪我してたら莫大な補償金を払う事になってたからね」
とアルが言う。
「こっちも被害者だ。見てたろ?」
その言い方に、カイも言い返す。
「通りすがりの私は、巻き込まれただけだ」
とアルは、一向に顔をカイの方へ向けないで続ける。
「俺の荷物を持ち逃げしなければ良かったろ。通報案件だ」
とカイは続ける。
「いや、だからさ、君の荷物は無事で、何も盗ってなかった訳だから穏便にさ」
とユキがなだめようとするが、二人とも聞かない。
「通報するって脅しね。お前らが持ってた銃は合法じゃない、この穴、弾が鉛って。麻酔弾じゃない銃を持ってるなんてね」
とアルは、帽子に開いた穴に指を入れて見せる。
「あの野郎が持ってた銃の事は知らない。俺のは護身用で、正規の仕事じゃ使わないし、バッジのお陰で見逃して貰える」
とカイが言う。
「だからって、ご覧の通りこの辺りはさびれて久しい。犬ちゃん達はいないよ。いないにしても、誰かが銃声を聞きつけたら、この街にご主人様達が乗り込んで来る事になる。彼女達や犬ちゃん達にうろつかれたくない。特別待遇な巡察補?お前のせいで、だ」
とアルが言った。
「ん?犬ちゃんって何だ?まさか通報官の事か?」
アルの言う事が何の話かわからず、カイが尋ねる。
「そうだよ」
とキュニがアルの代わりに教える。
「それなら巡察の事をご主人様って言った?」
カイがキュニに解説を頼む。
「そう。師匠は女の人を絶対に悪く言わないから」
とキュニが答える。
「崇拝してると言っていい」
ユキも付け足して言った。
「誰を?」
とカイが聞くと
「女の人全員」
とキュニが言う。
「はあ?」
カイが怪訝な顔をする。
「全世界の男がいなくなれば全ての女の人達が自分を見てくれると思ってる」
ユキがニヤニヤして言うと、
「それは言い過ぎかな。全女性を幸せにしたいけどね」
ユキの言う事を大真面目な顔で、アルが訂正した。
「なんだお前。頭おかしいのか?」
カイが気味悪がった。
アルが犬ちゃん達と呼んだ通報官は、これも民間委託されている地域の安全を担う職である。商店や病気や障害を持つ生活圏が狭い女性達が監視の目や耳となって、些細な事象でも都度まとめて報告し、巡察隊員と協力し犯罪を未然に防ぐ役割を担っている。この街は特に、富裕層が別荘を持ち、美しい景色を見に観光客も多く訪れる為、他の街とは段違いに通報官を多く配備していて、治安の良さは彼女達の貢献よるものだ。
「とにかくこの辺りは、ほぼ人も居ないし店もないから、巡察のお姉さん達も通報官に人手を割く気は無いよ」
とユキが話を戻す。
「ああクソ。通報がいないからこんな所まで誘導されたのか!あいつらどんどん知恵つけてきやがって」
カイはため息ついた。
「身内の喧嘩か。だからって、この付近で面倒起こすのは許しがたいね」
とアルが言う。
「しかし、刃物もだけど、合法じゃない骨董品(銃)まで扱えるなんて、君って・・・」
とユキが、カイの事を物珍しがって言う。
「だから?発砲なんてあり得ない。この一件がバレたらどっちが困るんだ。通りすがりの私は、巻き込まれただけ。当然の弁償な」
とアルは、カイと目を合わせるどころか一向にへ顔も向け向けずにいう。
「まあ。・・・確かに。・・・俺だって面倒事は困る」
と苛立っていたカイも、少し考え始めた。待遇の良い巡察補とは言え、私物の回転式拳銃を使い民間人を危険に晒した行為は、明らかに自分の方が分が悪い。
「帽子の弁償に迷惑料も追加だ。でもあんな小銭じゃ到底足りない」
とアルは続ける。
「ねえ師匠か兄貴、カイさんの服、濡れてるし可哀想だから着替え貸してあげなよ。僕のじゃ小さいから」
とキュニは先程からカイの怪我の様子を心配していて、アルとカイが揉めている事など気にも留めず、言い出した。
「服貸す?誰が誰に?汚されるとか無理」とアルが即拒絶し、「そもそも給金が良い巡察補がその有様って。巡察補かどうかも疑わしい」
と言った。
「ん?いつもはこうじゃねえよ。たまたま腐れ縁にいっぱい食わされて、金を持ち逃げされたせいだ」
とカイが言った。
「間抜けだな。いくら喧嘩が強くてもそれじゃ意味ないね」
とアルは小馬鹿にした様な口調で言う。
「うるせえな」
とカイが言い返す。
「もう!雨だと師匠は機嫌悪くて困る。いつもはもっと優しいんだよ」
とキュニはカイに困り笑顔で言った。カイはキュニの表情に嘘が無さそうで、安堵する。
「分かった。通報は無しにする。荷物取り戻せたし出て行くよ」
とカイは、先程床に落としていた自分の荷物を拾った。
「いやでもこんな雨の中、その血で染まった服でどこ行こうって言うの?アルがムキになってる弁償の件もあるけど、無理に出て行かなくて良いだろ」
と左袖が血で染まったシャツ姿のカイを見て、ユキが言った。
「踏み倒すつもりか?」
とアルは相変わらず、子供相手にも容赦がない。
「お前なぁ」とユキがアルの言い方にまた呆れて、「逃げなくても良いって言ってんの。こっちも通報なんてしないって」
とユキが続ける。
「逃げる気もこれ以上世話になる気もない。金の当てはあるし。払えば文句ないんだろ」
とカイが言った。
「どこに?」
そうアルが尋ねると、
「シイラの屋敷に行く」
とカイは答えた。思いもよらない答えに全員が驚く。
代々に渡って女系一族が経営する有数の大企業グループのひとつ、シイラ財団。避暑地として使われることの多いこの地域に、別荘とは思えない程の巨大な屋敷があり、先代の会長が急死後、2番目の夫が会長となって、体調を崩し別荘で暮らしている。その事は、この街の誰もが知っていたのだが。
「あそこが護衛なんか雇うか?まさか盗みに行かないよな?それはやめておけよ。あの大豪邸は別荘と言っても警備が厳重らしいし」
とユキが言った。
「巡察のバッジ持ちが強盗やったら、完全に終わるな」
とアルも言う。
「・・・会長のじいちゃんに会いに行く」
少しためらってカイが言うと、
「ええ?!」とキュニが、
「んっ?!」アルが、
「何だって?!まさか、あの一族?!」
とユキが驚いた。
「いやいや、冗談だろ」
とアルは信じない。
「あの会長、野郎を着せ替え人形にする趣味があったのか。良い事聞いた」
とユキが言う。それを聞いてキュニが、
「僕は仕方なく女の子のフリするけど」
と言い、
「お前、そんな事させられてるの?」
と今度はカイが驚く。
「髪まで伸ばしてな。こいつもなかなかだろ」
とユキが茶化すが、
「もー兄貴!師匠に教わったんだよー。道で大人に殴られる回数が減ったんだよ。女の子に暴力振るうとすぐ通報されるから」
とキュニが訳を説明する。
「とにかく・・・」
とカイは、荷物の袋からカツラと服を取り出し、
「これと、」
と言って、長髪で巻き毛栗色のカツラを被り、
「これだ」
と言って、無造作にグシャっと丸めて袋に入れていた、深緑色のワンピースをシャツの上から適当に被って着て見せて、
「会長秘書のおっさんに、屋敷に行く時は綺麗な格好してくれって言われてるから、これ着て会いに行く。じいちゃんに会って、訳を話して金出して貰うから、それで帽子の弁償代も、さっきの飯代も払う」
とカイは言った。
「それが綺麗な格好って言ってる?」
とキュニが恐る恐る聞く。
「そう。ちょっと汚れたか…あれ?服に血がついてる。まあいいか、洗濯屋に出せば。どこかで日雇いの警護の仕事とかあればそこで金作って、洗濯屋に出してから行く。そうだ、もし日雇いの警護の仕事知ってるなら紹介してくれ。すぐ請け負うよ」
とカイが答えた。3人ともそれを聞いて、顔を見合わせる。
「 何て言ったらいいのか…」
とユキが言い、
「師匠、服をどうにかしてあげて」
とキュニが言う。
「いやいや日雇いの仕事ならともかく、その服は勘弁。無理よ」
とアルは呆れた。
「なんかおかしいか?秘書のおっさんが用意してくれた服だから、高級な服のはずなんだけど」
とカイは、3人の戸惑う様子を不思議に思って言った。
「大体ね、さっきから何を言ってるんだ?」
とアルは言い、カイの話も、雑に着替えた姿も信じ難い様子で、
「シイラは完全な女系一族で、男の孫がいるなんて聞いた事もない。わざわざ男の孫に女装までさせるってのも意味不明だ」
と言った。富裕層なら、男がいくら家事労働を担わされる性別であっても、高等教育を受けさせて貰え、権威や地位のある役職を担う女を支える事で、男の社会的地位は少しは上がる。男が高給の仕事を得るために女装して潜り込む詐欺事件は度々あったが、有数な大企業グループの孫が、素性を隠す必要などあるはずも無い。
「師匠、違うよ。女装じゃないよ。カイさんは女の人だよ」
とキュニは、アルがカイの話をまるで信じてない様子に、思わず口走った。
「え?」
「えええ?!」
と二人が驚く。
「あ!言っちゃった。ごめんなさい。隠してたみたいなのに。さっき怪我の手当でシャツ脱いでもらって、そうかなって」
とキュニがカイに申し訳なさそうに言う。怪我の手当の時に、しどろもどろになったのも、カイが女かもしれない、と気が付いたせいだった。
「ああ。ここまで知られると、もう、どうでもいいけどな」
とカイがうなだれるキュニをなだめた。
「うそ…」
とユキが唖然として言う。
「へえ」とアルは驚いたが、「新鮮だね!しかもシイラ会長の孫だなんて」
と今までの無愛想な表情とは打って変わってニコリと笑顔になり、カイの不恰好な姿を改めてよくよく眺めて言った。
「お前、会長のお孫さん達に会ったことあるのか?」
とユキがアルに尋ねると、
「昔、お子様達は何度か見かけたことはあるけど、流石にお孫さん達を見た事はないね」
とアルが答える。
「さすが師匠。全部覚えてるんだ」
とキュニが言う。
「けど…」
とアルが口ごもる。
「けど?」
ユキが聞き返すと、
「酷い。お子様達に似てるかどうかも判断出来ない位に、酷い」
とアルが無表情に戻って言った。
「酷い?何がだ?」
とカイが聞き返す。
「だよね。大問題だね」
とキュニはアルの言葉に納得する。
「そんな格好してたら怪し過ぎて、シイラの敷地に辿り着くまでに不法侵入で通報されかねない」
とアルが言った。
「そんなに変か?いつの間にか汚れてはいたけど…」
と何も問題無さそうに自分の服を見直して、カイが言う。
「汚す事もあり得ないけど、ものすごーくダサくて時代遅れで下品。生地だけご立派なのが悪趣味で台無し。そもそも似合ってない」
とアルは言い切った。
「そこまで言うか?」
と納得いかない様子で、カイが言った。
「見るに耐えられない」
とアルは容赦なく言う。
「酷いのは、お前の態度だろ」
とカイは、カツラと雑に来ていたワンピースを脱いで、また無造作に袋に突っ込んだ。
「師匠、何とかならないの?」とキュニが心配してアルに言うが、「あ、そうだ!お姉様に相談したら良いんじゃない?さっき電話が来てたでしょ」
と思い付いて、ユキに言った。
「ああ。雨だからな。社長が迎えを寄越すってよ」
とユキが言う。
「迎え…と言うか、捕えられると言うか」とアルはため息をつき、「さっき帰ったばかりなのに、一晩くらいゆっくりさせてよ。誰だよ告げ口したのは」
と急に弱気な様子で愚痴った。
「俺達ではない」とユキがキッパリ言うと「どうせ船降りてから、そこら中のお嬢さん達に愛想振り撒いてたんだろ。社長の耳に入るに決まってるよな?お前がいつ帰って来るかって、手ぐすね引いて待ってるんだから」
とユキの言葉に、
「師匠の自業自得だね」
とキュニが乗っかる。
「キュニ~、そんなのどこで覚えた」
アルが大袈裟に悲し気に言った。
すると、外で車のクラクションが長めに鳴る。キュニが、
「あ!もう迎えが来たよ。そうだ。お姉様にお土産持って行けば良いね」
と言った。それを聞いてアルは、
「はぁ~。行かないとダメか」と肩を落として、初めてちゃんとカイと目を合わせると「君も、一緒に行こう。仕事場でもっと良い服を調達すれば良い。その後に帽子の弁償してよ」
と言った。あくまでも帽子の弁償はさせたいらしい。だが、さっきまでとはカイに対する態度も表情も話し方も全く違う。
「仕事場?」
とカイが、まるで別人の様に穏やかな態度のアルに戸惑っていると、
「師匠の仕事は女の人を幸せにする仕事なんだって。そうだ!お姉様が怒ってるかもしれないし、僕も一緒に行って師匠とカイさんの援護する!」
とキュニは楽しげに言った。
「どんな仕事だよ・・・」
とカイが余計に怪訝な顔をする。
「俺も行こうかな」
とユキが言うと、
「お前はやる事やってろ。どさくさに紛れて社長に会おうとするなよ」
とアルに言われた。
「なんでよー。良いだろそれくらい。たまにしか顔を見れないのに」
とユキが言うと、
「邪魔なんじゃない?」
とキュニに言われる。
「な!お前はまた余計な事を」
とユキはキュニをヒョイっと持ち上げた。
「兄貴、こう言う時だけ子供扱いするー」
キュニはユキに抱えられて体をだらんと預けて言った。
「子供だろ」
とユキに言われ
「子供じゃなーいー!」
とキュニは言い返すが、楽しそうだ。ユキの腕から下ろされたキュニは奥に一旦入って、すぐに戻って来た。箱を抱えている。
「行くぞ、子供達」と外を見たアルは、「あーあ。まだ降ってるのか。もう最悪だ。また濡れるのか」
とまた不機嫌になった。
少し先に、大きな高級車が一台、停まっている。アル、キュニ、カイの3人が外に出ると、先程の激しく降り続いていた雨雲は遠ざかり、少し明るくなった夕暮れ時の空は、雨がまもなく止みそうな気配がしていた。
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