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プロローグ
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豪華な装飾があちこち見られ、街並が美しく整備された大きな港町がある。気候も良く強風も滅多に吹かないその街一帯は、賑わいながらもゆったりと過ごすには人気の観光地である。そして坂の上の地区には、富裕層の別宅が多く建てられていた。
春の風が強く吹く日、とある午後、豪華な連絡船を降り立った一人の男がいる。均整のとれた体に上質なスーツを纏い、短かめの髪に帽子を被り、手には小さめの革鞄を持つ。道すがらすれ違う女性達と目が合うと微かに微笑む男の、その端正な顔立ちに女性達が釘付けになっては、名残惜しそうに振り返り小さな感嘆の声が漏れる程である。
その帽子の美しい男はすれ違う女性達の視線を浴びながら、賑わう街並みを通りすぎて坂を上り、右へ曲がりしばらく歩く。その先は下り坂になっていて、そこからは街並みが一変、寂れた通りになっていた。連なっている店は閉まり、全てが廃墟と化していてガランとしていたが、古びて朽ちているものの、過去に賑わっていた頃の名残が見て取れる。
その帽子の男が、数週間振りに歩き慣れたその道をのんびり歩いていると、街並みには不釣り合いな高級車が一台止まっていた。その車を横目に見つつ歩いていくと、向かう先の方から怒鳴り声やうめき声が聞こえる。
帽子の男は自分が不穏な場に出会す気がして、警戒しながら少しゆっくり歩いて行く。すると、急に、ガラスの割れる様な音と共に、建物の影からスーツ姿の体格の良い男が転がり出て来た。
通りの傍にあった空き地で男達が争っている。聞こえて来た怒鳴り声は、身なりの良いスーツ姿を着た壮年の数人の男達のもので、若い男を一人相手に格闘していた。
その若い男は体に合ってない大きめの古ぼけ汚れた警護服姿で、髪の毛で顔がほとんど隠れているが、若い男というより少年の様に見えた。
(喧嘩?この辺りで暴力沙汰とは不愉快な。しかも、いい大人が子供相手に……)
帽子の男が格闘の様子を見物していると、圧倒的不利な状況であるはずのその少年は、一人きりで男数人を倒していた。男達は、そこら辺に落ちていた棒やガラス管を拾っては武器として応戦しているが、少年が素手にも関わらず、なかなか痛手を負わせられずにいる。
(へえ。あいつ、やるじゃないか、強いな...)
帽子の男は、喧嘩が物珍しくてつい見物してしまったが、我に返って男達の乱闘から視線を外し、少し足を止めて空を見上げた。雲行きが怪しい。冷んやりとした少し強めの風が吹いて、雨の匂いがする。
「やめとけば。骨董品は金庫に仕舞っておけよ」
と声が聞こえてきた。少年が馬鹿にした口ぶりで言う。壮年の男達の一人が、痛めつけられてフラフラになりながら回転式拳銃を構えている。銃口を少年に向けていた。
「ガキが舐めやがって!」
と拳銃を持った男が怒鳴った。
「バカ!やめろ!」
仲間の男が叫ぶ。
「よせ!殺すな!」
違う男の声が言い終わらない内に、パン!、、パン!と銃声が二発轟く。
「お?」
足を止めて空を見上げていた帽子の男の、帽子が跳ね上がる。
「うわああああ!」
と仲間の制止を聞かず発砲した男が、銃を落とし上腕を抑えてうずくまる。その男の撃った一発は全く的外れな、空を見上げていた美しい男の帽子へ、もう一発は、少年がすかさず発砲し、先に発砲した男の腕に命中していた。
帽子男は、急に自分の帽子が空に飛んで、少しだけ驚いた様子だったが、空を見上げたまま覆い始めた黒い雲に顔をしかめた。帽子男の頬に一粒、雨粒が当たり、
「はあ、間に合わなかったか」
と呟く。
「そこの人!無事か?」
少年は自分の銃を構えたまま、男達から視線を逸らさずに尋ねた。少年は男達と格闘しながらも、通りすがりの帽子男には気付いて、声を掛けたが返事がない。弾に当たった様な声も、倒れている気配もない。確実に少年の声が聞こえている距離にいるはずだが、帽子を撃たれた男は返事もせず、ただ帽子を拾おうとして、視線の少し先に落ちていた薄汚れた袋に気付く。
(…なんだこれ?)
帽子男は、少しかかんで落ちていた袋の口を掴んで拾い上げた。それから穴の空いた帽子を拾うと埃を軽く払い、被る。と、途端に一気に雨が降り出した。
「クソ!撤退だ!」
少年と争っていた男達の一人が号令をかけ、スーツ姿の壮年の男達は、全員バラバラと慌てて高級車の方へ走って行く。
「あー焦った。あ、そうだ。あんた、巻き込んで悪かったな」
と少年は、男達を目で追いながら銃を後ろ手に背中にしまい、帽子の男へと声をかけ振り向く。すると、帽子男は拾った袋の中身を見ていた。
「あ、それ俺の鞄…ちょっと勝手に触わ——」
と少年が言い終わらない内に、帽子男は、そのまま拾い上げた袋と自分の鞄を脇に抱えると、少年をチラリと見てスッと近くの細い脇道に入った。
「おい!俺のだって。泥棒!待て!」
と叫び、少年は慌てて帽子男を追いかける。
帽子男は、角を曲がってはフッと消えて、それを少年が必死に追いかける。少年は何とか帽子男を見失わない様に雨の中を走り、路地の壁伝いに一瞬現れる帽子男の姿を追いかけて、街灯も無い狭い路地から路地へ、塀を乗り越え、何かの壊れて外れていたドアを通り抜け、追いかけた。
「あの野郎!どこ行きやがった!・・・って、ここどこだよ」
と、思わず少年は声を漏らした。より強くなった雨の中で、視界を遮られ辺りも薄暗くなって来る。
帽子男が左へ曲がった様に見えた路地を曲がると、少し広い通りへ出た。すると、少年は一軒だけ灯りの付いた三階建ての建物を見つける。その一階の窓から明かりが漏れていた。
(……あそこか?店?)
少年は辺りを見回す。近くには数軒、店らしき建物はあったが、古びたり朽ちている。ここも先程の男達と格闘していた通りと同様に、明かりどころか人が使っている気配すらない。奥には古びた倉庫が連なっていて、行き止まりになっている様だ。
雨も激しくなり、止む様子も無く降り続く。視界が悪い。灯りのついた建物に自分が追って来た帽子男がいるのか、他に仲間がいるかどうかは賭けだったが、見える範囲で明かりが付いているのはその建物の一階のみ。
少年は、正面にあるドアに近付いて行った。
春の風が強く吹く日、とある午後、豪華な連絡船を降り立った一人の男がいる。均整のとれた体に上質なスーツを纏い、短かめの髪に帽子を被り、手には小さめの革鞄を持つ。道すがらすれ違う女性達と目が合うと微かに微笑む男の、その端正な顔立ちに女性達が釘付けになっては、名残惜しそうに振り返り小さな感嘆の声が漏れる程である。
その帽子の美しい男はすれ違う女性達の視線を浴びながら、賑わう街並みを通りすぎて坂を上り、右へ曲がりしばらく歩く。その先は下り坂になっていて、そこからは街並みが一変、寂れた通りになっていた。連なっている店は閉まり、全てが廃墟と化していてガランとしていたが、古びて朽ちているものの、過去に賑わっていた頃の名残が見て取れる。
その帽子の男が、数週間振りに歩き慣れたその道をのんびり歩いていると、街並みには不釣り合いな高級車が一台止まっていた。その車を横目に見つつ歩いていくと、向かう先の方から怒鳴り声やうめき声が聞こえる。
帽子の男は自分が不穏な場に出会す気がして、警戒しながら少しゆっくり歩いて行く。すると、急に、ガラスの割れる様な音と共に、建物の影からスーツ姿の体格の良い男が転がり出て来た。
通りの傍にあった空き地で男達が争っている。聞こえて来た怒鳴り声は、身なりの良いスーツ姿を着た壮年の数人の男達のもので、若い男を一人相手に格闘していた。
その若い男は体に合ってない大きめの古ぼけ汚れた警護服姿で、髪の毛で顔がほとんど隠れているが、若い男というより少年の様に見えた。
(喧嘩?この辺りで暴力沙汰とは不愉快な。しかも、いい大人が子供相手に……)
帽子の男が格闘の様子を見物していると、圧倒的不利な状況であるはずのその少年は、一人きりで男数人を倒していた。男達は、そこら辺に落ちていた棒やガラス管を拾っては武器として応戦しているが、少年が素手にも関わらず、なかなか痛手を負わせられずにいる。
(へえ。あいつ、やるじゃないか、強いな...)
帽子の男は、喧嘩が物珍しくてつい見物してしまったが、我に返って男達の乱闘から視線を外し、少し足を止めて空を見上げた。雲行きが怪しい。冷んやりとした少し強めの風が吹いて、雨の匂いがする。
「やめとけば。骨董品は金庫に仕舞っておけよ」
と声が聞こえてきた。少年が馬鹿にした口ぶりで言う。壮年の男達の一人が、痛めつけられてフラフラになりながら回転式拳銃を構えている。銃口を少年に向けていた。
「ガキが舐めやがって!」
と拳銃を持った男が怒鳴った。
「バカ!やめろ!」
仲間の男が叫ぶ。
「よせ!殺すな!」
違う男の声が言い終わらない内に、パン!、、パン!と銃声が二発轟く。
「お?」
足を止めて空を見上げていた帽子の男の、帽子が跳ね上がる。
「うわああああ!」
と仲間の制止を聞かず発砲した男が、銃を落とし上腕を抑えてうずくまる。その男の撃った一発は全く的外れな、空を見上げていた美しい男の帽子へ、もう一発は、少年がすかさず発砲し、先に発砲した男の腕に命中していた。
帽子男は、急に自分の帽子が空に飛んで、少しだけ驚いた様子だったが、空を見上げたまま覆い始めた黒い雲に顔をしかめた。帽子男の頬に一粒、雨粒が当たり、
「はあ、間に合わなかったか」
と呟く。
「そこの人!無事か?」
少年は自分の銃を構えたまま、男達から視線を逸らさずに尋ねた。少年は男達と格闘しながらも、通りすがりの帽子男には気付いて、声を掛けたが返事がない。弾に当たった様な声も、倒れている気配もない。確実に少年の声が聞こえている距離にいるはずだが、帽子を撃たれた男は返事もせず、ただ帽子を拾おうとして、視線の少し先に落ちていた薄汚れた袋に気付く。
(…なんだこれ?)
帽子男は、少しかかんで落ちていた袋の口を掴んで拾い上げた。それから穴の空いた帽子を拾うと埃を軽く払い、被る。と、途端に一気に雨が降り出した。
「クソ!撤退だ!」
少年と争っていた男達の一人が号令をかけ、スーツ姿の壮年の男達は、全員バラバラと慌てて高級車の方へ走って行く。
「あー焦った。あ、そうだ。あんた、巻き込んで悪かったな」
と少年は、男達を目で追いながら銃を後ろ手に背中にしまい、帽子の男へと声をかけ振り向く。すると、帽子男は拾った袋の中身を見ていた。
「あ、それ俺の鞄…ちょっと勝手に触わ——」
と少年が言い終わらない内に、帽子男は、そのまま拾い上げた袋と自分の鞄を脇に抱えると、少年をチラリと見てスッと近くの細い脇道に入った。
「おい!俺のだって。泥棒!待て!」
と叫び、少年は慌てて帽子男を追いかける。
帽子男は、角を曲がってはフッと消えて、それを少年が必死に追いかける。少年は何とか帽子男を見失わない様に雨の中を走り、路地の壁伝いに一瞬現れる帽子男の姿を追いかけて、街灯も無い狭い路地から路地へ、塀を乗り越え、何かの壊れて外れていたドアを通り抜け、追いかけた。
「あの野郎!どこ行きやがった!・・・って、ここどこだよ」
と、思わず少年は声を漏らした。より強くなった雨の中で、視界を遮られ辺りも薄暗くなって来る。
帽子男が左へ曲がった様に見えた路地を曲がると、少し広い通りへ出た。すると、少年は一軒だけ灯りの付いた三階建ての建物を見つける。その一階の窓から明かりが漏れていた。
(……あそこか?店?)
少年は辺りを見回す。近くには数軒、店らしき建物はあったが、古びたり朽ちている。ここも先程の男達と格闘していた通りと同様に、明かりどころか人が使っている気配すらない。奥には古びた倉庫が連なっていて、行き止まりになっている様だ。
雨も激しくなり、止む様子も無く降り続く。視界が悪い。灯りのついた建物に自分が追って来た帽子男がいるのか、他に仲間がいるかどうかは賭けだったが、見える範囲で明かりが付いているのはその建物の一階のみ。
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