上 下
34 / 69
三章

禁忌の魔法陣

しおりを挟む
 兵士達の話す声が扉の前で止まる。

「夜中になると、コンステラシオン前女帝陛下に処刑された亡霊達が、恨み嘆きながら地下を彷徨うんだとよ。
 この間俺の知り合いが、夜勤のときに地下で子どもを見てな。『あれ、なんでこんなところに子どもがいるんだろう』と不思議に思って、近づいたんだと。
 近づいていくと子どもは床にうずくまって、何かをして遊んでいる。身なりも良いし、どこかの貴族の子どものようだ。親が探しているだろう、と思って兵士が声をかけたそのときに、子どもが振り向いて……」

 ゴーン……ゴーン……、と時間を知らせる鐘が鳴った。
「ぎゃっ」
 短い悲鳴とともに笑い声がする。
「お前臆病だなー」
「うるせえ、お前のせいだろ。交代の時間だ、早く行こうぜ」
 足音が遠ざかっていく。マリポーザはほーっと安堵のため息をついた。

 男たちが十分に遠ざかるのを待った後、二人は行動を再開した。隠し階段をさらに何段か上る。フードの人物は壁の下のほうにある突起を足で押す。すると隠し階段の扉が閉まり、食料庫が見えなくなった。

 そのまま螺旋状に続く階段を上っていく。何段上ったか数えられなくなり息切れをし始めた頃、目の前に木製の扉が現れた。フードの人物は扉に耳をあて、外を伺う。そしてポケットから鍵を取り出して扉を開けた。二人が外に出ると、フードの人物は鍵を閉め、またポケットに鍵をしまう。

 扉の前は大きな生け垣だった。扉を覆うように生け垣があるため、外からは扉は見えない。そこに扉があることを知っている人にしか、なかなか見つけられないだろう。

 生け垣を乗り越えると、宮殿の庭に出た。
 フードの人物は樹や草の陰に隠れながら進み、マリポーザを宮殿の敷地外へと誘導する。そして宮殿の敷地を囲む壁の西門に着くと、マリポーザに使用人の服と紙を渡す。そして手で追い払う仕草をして「行け」と伝えた。マリポーザが頭を深く下げてから顔を上げると、もうそこには誰もいなかった。

 西門は正門と違い、使用人や行商人が使う門だ。使用人の服を着ていれば、怪しまれずに出て行けるだろう。宮殿は静まり返っている。マリポーザが逃げた事にはまだ気付いていない。出て行くなら、今しかない。

 そのとき、マリポーザの脳裏にあの魔法陣のことがよぎった。

 精霊界に人間を送ることができる、大きな魔法陣。アルトゥーロは言っていた。「決して誰にも教えてはならない。世界の理を変えてしまうかもしれないから」と。

 少し迷ったが、マリポーザは研究所へと駆け出した。

 誰かが見張っているかと思ったが、研究所の周りにも中にも誰もいなかった。もうすでにアルトゥーロは死去し、マリポーザは捕らえられていたので、見張りは必要ないと思ったのかもしれない。牢屋に入れられた時に研究所の鍵はとられてしまっていたので、一階の窓を割って中に入る。

 建物の中は、旅に出る前とあまり変わっていなかった。多少は物を動かした跡はあるが、ほぼ触られていないと言ってもいいだろう。

 居間に立っていると、すぐにアルトゥーロがふらりと出てくるような錯覚にとらわれる。感傷を振り払い、疲れた足をひきずってマリポーザは二階の研究室を目指す。

 月明かりの下、研究室の棚の中から、大きな羊皮紙に書いてある魔法陣を次々と出し、目的の魔法陣を探す。燭台の明かりを灯したいところだったが、ここにいることを誰かに気づかれるとまずい。

「あった、これだわ!」
 小声で呟く。魔法陣に触らないように気をつけながら丸め、そして逡巡する。この魔法陣をどうしよう。破く? それだと紙片に気づかれたらまずい。なぜ破ったのか調べられ、破片を繋げられてしまうかもしれない。じゃあ、どうする?

 大分迷ったが、暖炉に火をくべて燃やすことにした。炭になってしまえば安心だ。暖炉の火が外から気づかれる危険性があったが、火で燃やす以外に方法はないと決心する。

 なるべく外から明かりが見られにくい部屋を選び、暖炉に火を灯す。
 (お願い、早くついて……)
 焦りで火打石を持った手が振るえ、なかなか暖炉に火が灯らない。ようやく薪に火が付き、煙があがる。

そのとき外から声が聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

処理中です...