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二章

魔法陣と精霊界

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「昨日フアナと、新しくできた評判のベーカリーに行ったんですよ。マエストロは甘い物に目がないので、お土産です」
 トポトポと香茶をカップに注ぎながら、マリポーザはアルトゥーロに話しかけた。アルトゥーロの目の前には、キャラメライズされたナッツのタルトが置かれている。

 昼食や夜食は研究室で研究をしながら食べることが多いアルトゥーロだが、マリポーザが来てからは、朝食は居間でとることが多くなった。朝食ぐらいは整頓された居間で落ち着きながら食べないと心身の健康に悪い、というマリポーザの主張からだ。
 アルトゥーロは無言でタルトを食べ始めたが、その食べる速度が速いことから気に入っていることがマリポーザにはわかった。

「この本には、魔法をかけている」
 タルトを食べながら、おもむろにアルトゥーロは精霊語の辞書をポケットから取り出し、テーブルに置いた。
「魔法?」
「正確には、魔法陣を使って、精霊の世界に所属させている。
 前に、この世界には精霊の世界と人間の世界があると説明しただろう? 基本的に人間は精霊を見ることができず、触れもしない。しかしなぜか、お互いの物質は影響しあうことが多い。たとえば、人間が作った壁や屋根が風を防ぐようにな。精霊界と人間界に共通して『風』や『壁』などは存在し、影響しあう」
「風の精霊と人間はお互いを見ることができないのに、『風』と『壁』は精霊と人間の両方が、見たり触ることができるということですか?」
「そういうことだ。だがこの辞書は、魔法陣を使うことで、精霊の世界のみにある状態にしている」
「だから私には触れないんですね。よく目を凝らさないと、見ることさえ難しいです」
 マリポーザは目を細めて本がある場所を凝視し、手を伸ばして触ろうと手を動かす。しかし手は本を突き抜け、触れもしない。

「精霊をこちらに呼び出すのと逆の魔法陣だな。こちらの世界の物を向こうに送るんだ。俺にはどちらの世界に所属していても同じように見えるので、見分けがつかないが。お前にはどう見えている?」
「ほぼ透明ですね。ほんのりと輪郭が光っているので、かろうじて形が見えます。でもよく見ないと、見逃してしまいます」
「個人差があるようだな。ほとんどの人間は見ることさえできない」
「マエストロは精霊界のものも人間界のものも、同じようにはっきりと見たり触ることができるんですよね? ということは、マエストロは普段生活をしていて、精霊にぶつかったりすることはあるんですか?」
「そういうことも、ごく稀にある。だが、精霊が集まる場所には、人間が住んでいないことが多い。森の奥深くや活火山の上だったりな。やはり自然が豊かな場所に精霊は集まるのだろう。
 また、精霊にも色々いて、俺のことを見える精霊と、見えない精霊がいる。精霊術で使えるのは、俺のことを見える精霊だ。人間にも精霊を見えるのとそうでないのがいるように、精霊にも力の差があるのかもしれんな」
 アルトゥーロは普段は無口だが、精霊術の話になると饒舌になる。こういう話をできる人が、今までいなかったからだろうか。マリポーザは、アルトゥーロが嬉々として話すことを嬉しく思いながら聞いていた。
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