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6話
しおりを挟む翌日の朝、私がテレビをつけてみると、やはり"陽乃 瑞希"の葬式が昨日執り行われたというニュースが流れていた。
そして、参列者の映像の中に、たまたま私が知っている人物の姿があった。
(!?松田先生!)
私はその人物を見るやいなや、早朝だというのに、普段全くと言っていい程使っていなかったスマホを取り出して電話をかけた。
そして呼出音が5回ほど繰り返したところで、電話先から「はい」と声が返ってきた。
「あ、松田先生!あの、陽乃 瑞希さんのことなんですけど!」
名乗りもしないで急に喋りだした私に、松田先生は『ひなちゃん?』と確かめるように問いかけてくる。
この松田先生というのは、凄腕のピアノ講師で、現役時代は自身も世界を飛び回って活躍するピアニストだった。
私も病でピアノから離れる前まで、この松田先生に指導して貰っていた。
「あ!そうです!えっと…それで、あの…!」
『ニュース見たんだね、残念だったよね。ひなちゃんも苦しいと思うけど、絶対に自分から死のうなんて考えないでね。今の時代、ネットを駆使すればいくらでも音楽を届けられる時代だから。コンクールや賞に囚われないで、音楽の素晴らしさと楽しさを追求して欲しい』
松田先生は、そうして私を労わるような声でゆっくりと話た。
「ありがとうございます、私は大丈夫ですので…それであの…陽乃さんについて、教えて頂けることだけで良いのでお聞きしたいんですが…」
『……陽乃くんについて?うん、私が知ってる範囲だったら』
「ありがとうございます!それで…陽乃さんは入院されてたってニュースで見たんですが、どういったご病気だったんですかね…?」
早速の私の質問に、松田先生は重いため息をついた。
『うん…彼が入院生活を送っていたのは間違いないよ。だけど彼は病気を患っていた訳じゃないの』
「え…?そうなんですか?」
『そうなの。彼は5年前に海外で事故に巻き込まれてしまって、それが原因で右手が動かなくなってしまったの』
「うそ…」
松田先生の話を聞いて、私は同時に昨日のニュースを読み上げていた女性アナウンサーの言葉を思い出した。
"右手に麻痺が残り、活動休止"
私は思わず口を手で覆った。
ピアニストが手を失ってしまったという事実の重みに、私は耐え切れず、ベッドに倒れ込んだ。
私は闘病しながらも、ピアノを弾くための術が残されていた。
両手は動き、そしてピアノも都合よく存在していた。
しかし、陽乃 瑞希にはそれがなかったのだ。
この現実がピアニストとして活躍していた彼にとって、どれ程のことなのか私には容易に想像できた。
「酷い…」
『うん、とても残酷なことだと思う…。右手が動かせなくなっても、しばらく彼は懸命にリハビリをしていたみたい。麻痺と一言で言っても、稀に少しづつ改善が見られることがあるみたいなの。だけど彼の場合はそうじゃなかったのね…だからあんな事に…』
「あんなこと?」
言葉を詰まらせる松田先生に、私はスマホを耳に当てたまま眉をひそめた。
『彼、病室から飛び降りたの』
「え!?」
『彼が入院していたのはこの為よ。聞いた話だから真実かは分からないけど、もうこの直近半月間は意識が戻らない状態が続いてたみたい…』
「自殺…しようとしたってことですか…?」
『おそらくね…彼の病室は個室だったし、飛び降りた瞬間の目撃者もいないから、周りの想定でしかないけど』
「そんな…」
『でもどうして急に彼のことを?もしかして面識があったのかしら?』
「あ…いいえ…ただ、知り合いに似ていたもので…。その知り合いと同一人物なのか確かめたかったんですけど…すいません、やっぱり人違いだったみたいです」
私の返答に、松田先生は『そう?彼に似てるなんて、その知り合いの子は美少年なのね』とどこか懐かしむような声をだした。
「あの…朝早くからすいませんでした…。その…失礼します」
『うん、私は大丈夫だから。ひなちゃんも体に気を付けてね』
「はい、ありがとうございます」
電話を切った後、私の頭は空っぽになり、スマホを手から放り出して放心状態になった。
きっと人違いだ。
だって昨日、私は間違いなく"ミズキ"に会っている。
"ミズキ"は笑っていたし、唇は冷たかったが、ちゃんと触れることができた。
そもそも、半年間も意識が戻っていなかった人物が、ここ2週間近くも毎日私に会いに来れるはずがない。
どう考えても私の知っている"ミズキ"と"陽乃 瑞希"が同一人物であるとは考えられない。
頭ではそう分かっているのに、心がどうしても落ち着かない。
悪い想像を頭から追い出したくて、枕に顔を埋めていると、病室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
このノックが看護師や医師であれば、ノックの前に必ず私の名前を呼ぶ。
今回はそうでないことから、給仕の人かカーテンの交換の業者かなにかかと思い、私は慌ててベッドから起き上がった。
そして次の瞬間、ゆっくりと病室のドアが開かれた先には、上品な雰囲気を纏った40代半ばの女性が白い花を咲かせた一本の枝を持って立っていた。
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