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4話

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ミズキから一番最初に貰った枝の花が落ちた日、私とミズキは珍しく病院の中庭にいた。


よく晴れた空は青く、昨日まで吹いていた強烈な風も嘘のようにやみ、温かな日差しの中、2人で木のベンチに腰掛けていた。


「あ~、外に出るの久しぶり~」


「そうだよね」


太陽に向かって伸びをする私を見て、ミズキが微笑む。


「もうさ、こんだけ体がまいってると、ちょっと出歩こうとしただけで看護師さんもお母さんも青い顔するから窮屈なんだよね~」


「皆、ひなが心配なんだよ」


「まあ…それは分かるんだけどさ…でもこの病気になってからずっと行動を制限されてて、今までは"治す為だから"って思って従ってたけど、もう治らないんだし体に気を使って我慢したくないの…」


「我慢はする必要ないと思う。だけど、だからといって積極的に体に無理はさせて欲しくないな。確かに限られた時間かもしれないけど、君のその時間を自分で削ることはしないで」


優しい微笑みから一変して悲しい顔になるミズキ。


この表情を見る度に、この人はどうしてここまで自分を心配してくれるのだろうと不思議に思う。


しかし、それを言葉で確かめてしまったら、なぜだか唐突にミズキが消えてしまうような気がして、いつも聞くに聞けずにいた。


しかし、この日はどうしてだか余りにも自然に私の口から「どうして?」とミズキへの疑問が漏れだしてしまった。


私は自分の声を自分の耳でキャッチし、脳で自分が何を言ってしまったのか理解して初めて自分のゆるい口を手で押さえた。


これは不味い、と目を逸らす私の顔をミズキはそっと手で自分の方へと向けさせた。



「大事だからだよ」


「大事?私が?」


「そう、君は僕にずっと気付いてなかったかもしれないけど、僕はずっと君を知っていたし、見ていたんだよ」


「えっと…どうして?」


私を知っていたのなら、それは一体いつからなのか、そして何故今まで私に接触して来なかったのに、最近になって突然私の前に現れたのか。



私の「どうして?」の中には沢山の疑問が詰まっていた。


しかしその問いにミズキは悲しい顔で微笑むだけで何も答えようとしない。



(どうしてそんな顔するの?)



悲しそうなミズキに、私の眉も思わず下がってしまう。


「僕のことをひなが覚えてないのはしかないよ、だけど僕はその日からずっと君を想っていたよ」


「……私達、もっと前に会ったことがあるってこと?」


「そう。その時君はまだこの病院に来たばかりだったかな?たしか学校のジャージを着てたかな」


「えっ、それって4年前!?」


「そうだね」


「私達4年前に会ってるの!?」


「うん」


目を剥いて驚く私に、ミズキは笑顔で頷く。


一方で私は4年前の出来事に全く心当たりがなく、顔を顰めた。



う~んと唸る私を見て、ミズキはくすくすと小さく笑いを零すと、「ひな」と優しい声で囁き、私へと身を寄せてきた。


「?」


そのミズキの声に私が顔を上げると、次の瞬間ミズキの顔が目の前にあって、私の唇にミズキの冷たい唇が重なった。



「ぅん!?」


ミズキの唇が離れ、再び視界にミズキの顔が適正な距離で捉えられるようになっても、私は一体なにが起きたのか理解出来ず、ただ見開いた目でミズキを見つめた。



「ふふふ」


そんな私にミズキは照れたように笑う。



そして私もミズキの微笑みに思わず笑い返す。


「僕の初めてのキス、君にあげる」


「ふふ、私の初めてのキスもミズキにあげるよ」


照れ笑いを浮かべながら言うミズキに、私が微笑むと「じゃあ、2回目のキスは?」と聞き返してくるミズキ。


そんな彼に私は答えず、ミズキの顔を引き寄せて、その冷たい唇に自分の唇を押し付けた。


「2回目も君にあげる」


そう言って私はミズキから口を離していたずらっぽく微笑むと、ミズキの瞳から涙が伝った。


ミズキの突然の涙に、私は最初こそ驚いたが、すぐにその心情を理解することができた。


私達の命が尽きる前に、こうして心を繋げられる存在に出会えたことに感動しているのだろう。


そう思うと、私はミズキの頬を伝う涙から目が離せなかった。



(あぁ…ずっとこうして居られれば良いのに…)


ミズキの泣き笑いする顔を見つめながら、私は優しく穏やかな気持ちの中に、悔しさと虚しさが芽生えるのを感じていた。









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