地球に優しい? 侵略者

空川億里

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第7話 アース・パルチザン

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 生き馬の目を抜くようなチャマンカの政界で宰相まで昇りつめたバサニッカだが、永遠帝との会見の前には、大岩を運ぶようなプレッシャーを強いられた。
 先程鏡の前で見たバサニッカはピンクの体毛に包まれた、威風堂々とした権力者の姿をしていたから、外見上は問題ないはずだ。
 少女の頃から彼女には、オーラがあると周囲に評価されていた。
 勉強でも運動でも不得意なものは何もなく、一流の大学を主席で卒業している。
 実家も裕福で、父は一代で成功した実業家だ。
 常に冷静で感情をあまり露にしない彼女の事を政敵達は『氷の女』と評していた。
 彼女の面前に、永遠帝のホログラムが現れる。そこには絶対に年をとらない、黒い体毛に包まれた男の姿があった。
 頭には金の王冠をかぶり、指には大粒の、見事なカッティングを施されたダイヤのはまったリングが光る。
 首にはルビーのネックレスが、赤く輝いていた。
「ガシャンテが虜になったと聞いたが」
 永遠帝が言葉を発した。
「申し訳ありません。『アース・パルチザン』を名乗る不逞の輩に拉致された次第です」
 バサニッカは、深々と頭を下げる。
「歴戦の勇士も、どじったな」
 口調には、あからさまな侮蔑はなかった。あまり感情の起伏を表す人ではない。
 元々そんな性格なのか、五百スータオ(地球の単位で約千年)も生きてると、こんな感じになるのかバサニッカにはわからなかった。
 この500スータオの間帝国の歴史は常に、順風満帆だったのではない。
 特にショードファ星との戦争は苛烈を極め、かれらを屈服させるまで50スータオ以上の時間がかかった。
 両軍共に多くの兵が戦死したのだ。
 プライドの高いショードファ人は頑なに降伏を拒んだため、100億いた人口のうち90億が戦死した。
 惑星全体が焦土と化し、チャマンカの核攻撃で放射能まみれになったのだ。
 チャマンカと同等の科学力を有しているのがショードファ人にとって仇となった。
    地球のように原始的なテクノロジーしか持たなければ抵抗は困難で、今回のように降伏せざるをえなかったが、ショードファ星の抵抗は激しかったためチャマンカはふりむけられるだけの軍隊を全て投入。
 通常放射能汚染のため占領後の惑星利用を困難にする核兵器は使わないが、対ショードファ戦では、大量の核を使用したのだ。
    そのため勝ったが生き残った敗者の怒りは凄まじく、今も逃亡した一部のショードファ人が銀河のあちらこちらでレジスタンスを続けていた。
「現在あらゆる手をつくして『アース・パルチザン』を名乗るテロ組織の探求につとめております」
「ならず者の地球の女は『チャマンカ人の不満分子』と結託してると言ったそうだな」
「その通りです。でも実際は、わかりません。ショードファ人のテロリストかもしれませんし、他にも考えられるケースは、いくらでもありますので」
「女の名前はわかってるのか」
「シズクイシ・ユイナです」
「発音しづらそうな名前だ。蛮族だから、無理ないが。ゆくゆくは、きゃつらの名前もチャマンカ風にしてほしいものだ。その女に家族はいるのか」
「幼い頃両親を失い施設で育てられ、また独身で子供も恋人もいないので、家族と呼べる者はいません。なので家族から説得してもらうとか、家族を人質にするという選択はできません」
「まあいい。予は、君の力量を信じてるよ。」
 会見は終わった。野党と世論と与党内のライバルはバサニッカの責任を追及していた。
   が、この状況を上手く運べば、自分の身は安泰だろう。そもそも民主主義などというもの自体が問題だ。
 この銀河は、自分のような優秀な人間が独裁的に統治すべきだ。
    そうであれば、今度のような体たらくも防げたはずである。
    彼女はやがてチャマンカの民主制を無力化し、自分が独裁者になろうと考えていた。
    彼女はそんな日のために、着々と準備を進めていたのだ。



「筋がいいな」
 そんな言葉を口にしたのは瀬戸口だ。彼は結菜に軍事訓練を行っていた。銃の撃ち方、プラズマ・ソードの扱い方だ。
    まだ本物のプラズマ・ソードは渡してない。今は刃がプラスチックの、ダミーのソードを渡していた。
 結菜はプロテクト・スーツを身につけている。
    首元から両手両足の先端まですっぽりと覆うスーツで、銃弾を弾きとばすのも可能である。
    冬は内蔵されたヒーター、夏はやはり内蔵されたクーラーが働くので、着心地はよい。
    戦闘中の排泄は、瞬時に原子レベルまで分解する機能もついていた。
「あたし、戦士として使えるかな」
 訓練の合間に、結菜が尋ねてきた。息が荒い。目は真剣に、こっちを見ている。突き刺さるような眼差しだ。
「さらに訓練すれば、それなりのレベルに達するかもな」
「強くなりたい。宇宙人なんかに負けない」
 結菜が、声のトーンを上げた。
「その意気だ」
 瀬戸口は、結菜の肩をつかむと話した。
「奴らは侵略者だ。絶対許しちゃならない」
 周囲には同じようにプロテクト・スーツをつけた10代から30代位の若者達がいた。
 チャマンカの支配に疑問を持ち集まった志士達だ。皆、真剣に訓練している。熱気が伝わってきた。
 そこに真っ白なプラスチック製の人形のようなワランファ准将が現れた。身長は150センチぐらいだろうか。
 ショードファ人としては標準的な体型だ。
「訓練ご苦労」
 ショードファ人が、その場にいた訓練生達に言葉を投げた。訓練生達は一斉に訓練をやめ、敬礼した。
「我々ショードファ軍は、地球の映画の『スター・ウォーズ』に例えれば、帝国に立ち向かう反乱軍だ。言わば君らは一人一人がルーク・スカイウォーカーであり、ハン・ソロであり、レイア・オーガナ姫なのだ」
 准将の台詞に一同がどっと笑った。
「じゃあ、おれがハン・ソロって事で」
 1人の男性が声をあげた。
「あなたがハン・ソロって事ないでしょう。イケメンじゃないし」
 結菜がそう突っこんだ。 
「そいじゃあレイア姫はおれって事で」
 別の男性が発言して、皆が笑う。ざわめきが静まってから、ワランファが、話を続ける。
「我々ショードファ人はチャマンカの侵略で、全人口の9割が殺された。今のところやつらは君達に対し比較的寛容な態度を取ってはいるが、今後どうなるかわからない。地球人はチャマンカの総督を投票で選べず、侵略者に押しつけられた政治や制度を自由に替える事もできない。そんな状況を憂い、こうやって君達がパルチザンとして集まったのは賢明だった」
 准将の演説は力強く、結菜の胸に清水のようにしみこんだ。
「地球人の中でも特に君達日本人は、優秀で勇敢と聞いている。残念ながら君達が『第二次大戦』と呼ぶ戦争で敗北したが、今度の戦は必ず勝つ。正義は、我々にある。ショードファ人の科学力と、君達の勇気と忍耐があればこの地球を、チャマンカのから救うのは可能だ。いや、絶対に救うのだ」
 魂に届くような演説に、自然と周囲から大きな拍手が起こっていた。


                   
「君が元自衛官だったのは聞いている」
 チャマンカ帝国宇宙軍のソワール大佐は『新天地』で働いていた穂刈を執務室に呼びだし、会話を始めた。
「そこを見込んで、やってほしい事がある」
 執務室にはホロ映像が浮かんでおり、外の宇宙とそこに浮かぶ青いチャマンカ星が映っている。
「自衛官だったのは、大昔でね。どんなお役に立てるやら。下っ端だったし。今じゃあここで、水耕栽培やってる方が合ってます」
 ぶっきらぼうに穂刈が答えた。
「私が君に望むのは、諜報活動に従事してほしいという事だ。知っての通り『アース・パルチザン』と名乗る者共がショードファ人の残党と結託し、チャマンカ帝国と善良な地球の人達に、宣戦布告を開始した。かれらのテロを阻止するため、君に『アース・パルチザン』に潜入してほしい」
「ショードファ人は、記憶を探る能力があるんでしょう。探られたらおしまいじゃあないですか」
「大丈夫だ。君には偽の記憶を植えつけて、脳をスキャンされた際には、我々との関係は読みとれぬようにしとくから。無論タダとは言わん。必要経費は全て出すし、前金として、日本の通貨で一千万円払う。任務に成功すれば、もう一千万払う。そして、離婚した前の奥さんに引きとられた娘さんの養育費は、我々が全額払うと約束しよう」
「何でもお見通しってわけですかい。あんたららしいね。ちょっと、考えさせてくれませんか」
「もちろん。が、いつまでもってわけにはいかんよ。君以外にも候補はいる」
                   
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