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第3話 思わぬ事件

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 冷泉が警備室から去った後、磯山は警備室に隣接したロッカー室の存在に気づいた。
 ちょうどそこに1つだけ、ネームプレートのついてないロッカーがあり、磯山はそれを使おうとしたが鍵がついていなかった。
「卯原さん、このロッカー鍵がないんですけど」
「それ、鍵が見当たらないんだよね。道枝さんのネームプレートがついてるロッカーがあるから、そっちを使ってくれないか」
「そうします」
 道枝の名札がついている方は確かに鍵がついていたので、そちらに脱いだ私服を入れ、代わりに持ってきたスポーツバッグの中に入れた警備の制服に着替える。
 卯原がロッカーの鍵の紛失を放置するなんて珍しいと磯山は感じた。
 今勤務しているタワーマンションで一緒に働いていた時うっかり磯山が鍵をなくした時があった。
 その際は他にいくつか空きロッカーがあったにも関わらず、すぐに新しい鍵を手配したからだ。
「着替え終わったら、早速巡回に行ってくれ。なあに。狭い場所だからちょろっと外周を回ってくれるだけでいい。特にもう夜遅いから、寮には近づかないでくれよ。風呂を覗こうとしただなんて、勘違いされても困るしな」
「わかってますって。大丈夫です。そんなに俺が信じられないんですか?」
「いや、そこまでは言わんけど」
 卯原は苦笑した。
「でも、俺嬉しいです。隊長と一緒に仕事してた頃も失敗ばかりで、全然信用されてないんだと思ってました。でもこうやって道枝さんの代わりに応援にも呼んでくださって」
「若い頃は、そんなもんだろう。俺だって色々あったよ」
 卯原は、人好きのする笑みを浮かべる。
「ともかく地図を渡しておくからこれ持って行ってくれ。本当は一緒に行ってやりたいけどここは防災受信盤があって、万が一火災報知器が鳴ったら対応しなくちゃならないからね。寮生からもしかしたら電話が来るかもしれないし」
「わかってます。電話って結構来ますか?」
「そんなには来ないけど、万が一に備えるのが、俺たちの業務だからな」
 磯山は地図をもらうと無線を腰の白い帯革にはさんでセットし、念のため無線が通じるかボタンを押し、声を出してテストする。
 無線が通じたのを確認し、彼は外に巡回に出た。無論懐中電灯も持っている。 
 警備室のある建物を出ると、寮がある建築物の方へ歩き、その周囲を時計回りに左から巡回したのだ。
 寮をはさんで反対側に、設備担当者の詰め所となっているプレハブがある。こちらの方が西側だ。
 一方警備室は寮をはさんで東側になる。
 設備担当者の詰め所の外壁に取り付けられたアルミサッシの向こうの室内に、西俣の姿が見えた。
 プレハブには1つだけ外に通じたドアがあり、それは寮とは反対側の西側にある。
 扉の向かい側が雑木林だった。ドアを出たすぐ脇の外壁に金属バットが立てかけてある。
 卯原から「雑木林には野良猫が敷地外から入ってくるから猫の糞を踏みかねないので、入らなくて良い」と指示されていたのでそちらには行かなかった。
 人の気配がしてそちらを見ると、いつのまにか西俣がプレハブの中から現れて、先程の金属バットで扉のそばで素振りをしている。
 磯山は寮の建物の北側を通り、敷地外に通じる唯一のドアを左に見ながら警備室に向かう。
 ドアの脇には車両が出入りするためのゲートがあり、警備室から遠隔捜査で横にスライドさせて開け閉めのが可能であった。
 警備室に戻った時は夜の9時半を過ぎている。
 出たのが夜の9時だったので、大体30分ぐらいであった。
「外周巡回、終了しました」
 磯山は、警備室にいた卯原に対して報告する。
「お疲れ様」
「猫は、見かけませんでしたよ」
「不思議と来るのは早くても夜の11時以降なんだよね。一部の寮生がその時間にエサをやっているからね」
 その後夜10時から卯原が休憩に入ったので、代わりに警備室でモニター監視を行う事になる。
 卯原は隣接する休憩室に入り、冷蔵庫から手作りの弁当を出してきた。
「愛妻弁当ですか?」
 磯山が聞く。
「女房は旅行に行っててね。自分で作った」
 磯山はちょっと驚いた。卯原の妻はインドア派で、滅多に旅行に行かないと聞いていたからだ。
「そういえば、猫は車両用のゲートの下から入ってくるからモニター監視中に来るかもな」
 卯原にそう説明されて、磯山はモニターを見る。
 防犯モニターは敷地の入口プラス車両用ゲート、警備室のある建物の1つしかない入口、やはり女子寮のある建物の1つしかない入口の他に、周囲を囲む塀の上を映している。
 なぜかプレハブは映していなかった。
 卯原に聞いたが塀の周囲は隙間なく防犯カメラを向けられていたので、万が一侵入者がいても、撮影から免れるすべはない。



 夜11時に卯原の休憩が終わると、彼は紺色の警備専用のコートを着て外周巡回に行こうとする。
「外は、あったかいですよ。もう4月じゃないですか」
 磯山は笑いながら、指摘した。
「ちょっと風邪気味でな。寒気がするんだ」
「そうでしたか。代わりに俺が、行きましょうか?」
「いや30分で終わるんだから大丈夫だよ」
 卯原隊長はそう口にすると、無線を持って外に出る。そして30分後の11時半過ぎに戻ってきた。
 この次は深夜零時から、磯山が休憩に入る番である。
 卯原は戻ってくるとコートを着たまま磯山の隣の席に座って、防犯モニターに目をやった。
 そして操作盤を操作して、防犯カメラの1つを動かし、撮影個所を移動させる。
 やがてそのカメラが映し出した映像は、さっき卯原に入るなと言われた雑木林にスポットが当てられた。
「誰だろう? 雑木林で、誰かが懐中電灯で照らしてる」
 卯原隊長が疑問を呈した。確かに彼の主張通り、林を映した画面の中で、ライトを照らしたような光線のような物が見える。
「磯山、ちょっと行ってくれ。一体こんな時間に誰だろう? 大した話じゃないだろうけど、万が一というケースもあるし。無線持って現場まで向かってくれ」
「了解です」
 磯山は無線を手にするとホルダーに入れ、それを再び制服を止める白い帯革にホルダーではさんで装着した。
 もちろん無線が実際に使えるかのテストもする。懐中電灯も手に持ち、警備室を出た。
 腕時計に目をやると、午後11時35分である。速足で直接雑木林に行ったので、着いたのは11時40分だ。
 プレハブは中の照明を切っているので真っ暗だった。多分西俣は寝ているのだろう。
 林の周辺には、人の気配は感じない。懐中電灯の灯りも見えなかった。
 磯山は自分の手にした懐中電灯で進行方向を照らしながら、雑木林に分け入った。
 林の中に、樹々の途切れた場所があり、そこには下生えが広がっている。そこに何かが横たわっているのが見えた。
 よくよく見ると、若い女性がうつぶせに倒れている。近くに金属バットが落ちていた。
 ちゃんと記憶しているわけではないが、西俣が素振りで使っていた物に似ている。
 女性の後頭部は、流れた血で染まっていた。バットのボールを打つ部分も、血らしき物で、赤く染めあげられている。 
 磯山の口から恐怖の悲鳴があがる。その後彼は震える手で無線を持った。が、一旦地面にそれを落とす。
 あわててそれを拾いあげる。そして無線の通話用のボタンを押す。
「こ、こちら磯山。警備室どうぞ」
「こちら警備室どうぞ」
「じょ、女性が倒れてます」
「何を言ってるかわからんぞ。落ち着いて話せ」
「すいません。ぞ、雑木林の中で女性が倒れてます。そばにバットが落ちていて、女性の頭とバットが血まみれです」
「何だって!? ともかくすぐ、警察に電話するからそこで待ってろ」
「わ、わかりました」
 とんでもない流れになった。しかし、自分の目の前にある光景を否定はできない。
 念のため磯山は自分のほっぺをつねったがやはり痛かった。
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