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空川億里

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第3話 西をめざして

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  レノがホバー・タンクを着陸させた。そして下から上がってくると、俺の体をだきしめた。
「大丈夫? 大丈夫なの?」
「わかってるだろ。大丈夫なわけねえだろう」
 俺はつっけんどんに返した。
「そんな事言わないでよ」
 レノが、泣いた。全身汗でびっしょりだ。
「ヒロポンを……ネオ・ヒロポンを打ってくれ。痛みがなくなる」
 レノはしばしためらったが結局は注射器を持ってきて、麻薬を俺の腕に注入した。砕けそうな程の痛みがやがて静かに引いてゆく。 
 一時的な解決にしかならないのはわかっているが、他に方法がないのである。
「ありがとよ。だいぶ体が楽になったぜ」
「あたしも遅かれ早かれ、あんたみたいになるんだろうね」
 不安そうな眼差しで、レノが俺を見る。
「中国へ行こう」
「どうやって?」
「ひたすら西を目指すんだ。そのうち関東を離れて、中部、関西、中国地方、九州に行く。海を渡って大陸に行く」
「そんな上手くいきっこない」
 レノがそう決めつけた。
「行く途中には、ドクロ組みたいな悪党がいっぱいいるよ。それにホバー・タンクの燃料がいつまで持つか」
「途中にガソリン・スタンドぐらいあるだろう。タンクに積んだ太陽電池もまだ使えるし」
 ホバー・タンクには太陽電池とソーラー・パネルも搭載されていたのである。通常はオイルで動くが、そっちでも動かせた。
「なんとかなるさ。善は急げだ。すぐ出よう」
 レノはすっかり沈黙している。うなだれて、叱られた子のようだ。
「どうしたよ。いつものレノらしくないぞ。日本はこんな状態だけど中国は広いから、俺達が望むもんだって手に入るよ。上手くいけば、関西かどっかで調達できるかもしれねえし」
 レノは黙ったままだった。が、やがて苦しそうに身をよじる。
 俺は慌てて彼女の事をだきかかえる。いつもはまるでガソリンを満タンにしたホバー・カーみたく元気いっぱいだってのに今日はなんだか勝手が違う。
 が、それも無理はない。やがては来ると考えていた時が来たのだ。
 俺もレノも18歳の時に徴兵され、軍用サイボーグとして改造された。
 戦前の話である。戦争が終わり、2人共30歳を過ぎた。
 兵器は通常10年で寿命を終える。俺達の兵器としての寿命はすでに終わったのだ。
 日本が核攻撃で壊滅しなけりゃ劣化した体の部品を交換できたかもしれないが、残念ながら無理だった。
 サイボーグだから、戦後も生き延びられたわけだが。
「ネオ・ヒロポンを打ってやるよ」
 俺はレノの腕に打つ。
「少しは楽か?」
「痛みはなくなった……でも、体が思うように動かない。ネオ・ヒロポンの在庫も残り少ないし……。もう死にたい。体が痛いの、今日が初めてじゃないの」
 レノの目から涙が流れた。それはオイルの臭いがする。体内の潤滑油が漏れたのだ。
「だったら一緒に死のうじゃねえか」
 俺は自分の拳銃を取りだした。昔警官の遺体から盗んだものだ。
「レノも自分のを取り出せよ。自分のピストルを自分の口に突っ込んで、2人同時に引き金を引く。怖いなら、お前を撃つのは俺がやってもいい。レノが眠っている時に撃ってやる」
「大丈夫。今でいいよ。2人一緒に天国に行こう」
 地獄の間違いだろと口にするしかけて、やめにした。
「今度生まれ変わったら、争いのない異世界に転生してえな」
 俺が言う。
「らしくないじゃん」
 苦笑いしながらレノが自分の拳銃をホルスターから取り出した。
 俺は右手に握った自分のピストルの銃口を口で噛む。
 レノもおのれの拳銃の筒先を、ルージュを塗った唇でくわえた。
 俺は左手でパーを作り、5本の指を1本ずつ1秒ごとに折る。
 最後に左手がグーになると、俺達2人は同時にトリガーを引く。
 2つの銃声が、同じタイミングで轟いた。
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