探偵は、死んではいけない

空川億里

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第9話 最終話 事件解決

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「どういう事です? 美咲さんは自分で命を絶ったんじゃないんですか?」
 新渡戸が聞いた。納得のいかない口調である。
「逆にお聞きしたいんですが、新渡戸さんは美咲さんが本当に自殺だと思うんですか? 彼女は今日あなたと徳丸先生の未発表原稿の件で、打ち合わせする予定だったんですよね? その美咲さんが待ち合わせ前に突如自死に走りますか?」
「そりゃあ正直驚きましたよ」
 目を丸くして、新渡戸が続ける。
「美咲さんは警察が信用できないから、探偵を雇うと話してました」
「その探偵が僕ですよ」
 新渡戸が口をポカンと開いた。
「これから一緒に春屋敷にある『薔薇の間』に来ていただけませんか? そこは美咲さんの遺体が見つかった『梅の間』と、同じ作りになってます。一緒に今回の事件を見直せば、意外な発見があるかもしれません」



 その後2人は春屋敷にある『薔薇の間』に向かった。新渡戸は半信半疑の様子だったが、一緒に輪人についてきたのだ。
 ドアの前に到着すると、輪人は尋ねる。
「最初新渡戸さんは、応接室で美咲さんを待っていたんですよね?」
「そうです。でもいつまでたってもいらっしゃらず、そのうち銃声がしたので家政婦の巨勢さんと『梅の間』へ行きました。家政婦さんがノックをしても返事がなく、ドア横のカーテンの開いた窓から中を覗いたら、美咲さんが倒れてました」
 新渡戸は、その様子を想起したらしく、トンカチで殴られたような顔をした。
「そこで室内へ入ろうとしたんですね?」
「そうです。巨勢さんが扉も窓も開かないし、ベランダのアルミサッシも施錠されてるから、私に対してドアにぶつかって破れないかと言われました。念のため私もドアノブを回しましたが開きませんでした。ぶつかっても破れそうになく、窓を割る流れになりました」
「新渡戸さんは通路に面したドア横の窓の施錠確認は、自分でなさらなかったのですか?」
「しませんでした。でも、棒状の錠が窓に刺さってましたから。あれ?」
 新渡戸が、すっとんきょうな声をあげた。
「どうされました?」
 輪人は聞いた。
「『薔薇の間』の窓も錠がささってますよね?」
 新渡戸がそう質問したので、探偵は答える。
「ええ。ささって施錠されてます」
 輪人は念のため外から窓枠に手を当てて引っ張ったが、ちゃんと施錠されているから開かなかった。
「美咲さんが倒れていた『梅の間』の窓は、外からスティック型の錠の先端にある丸いつまみの部分が見えてたから」
 確かに今は、球体のつまみの部分は見えない。未施錠の扉を開いて、輪人は新渡戸を室外に残して、自分だけ室内に入る。
 そして今入ってきたその扉を、開放した状態にした。
 扉の構造上開け放したままにしても、自動で閉まる事はない。内側から先程のドア横の窓を見る。
 窓にはスティック型の錠がさしてある。その錠の球形のつまみを少しずつひっぱりだす。
「新渡戸さん、球形のつまみが見えた時点で教えてください」
「わかりました。今、見えました。事件の時と、同じ状態です」
 念のため義我は、再び室外に出た。外から再び窓を見ると、さっきは見えなかった球形のつまみが見える」
「美咲さんの遺体を発見した時も、つまみはこの位置でしたか?」
 新渡戸は、うなずく。
「義我さんのおっしゃる通りです。球形のつまみだけが見えてた状態でしたので、その位置です」
 輪人はもう1度、窓枠に手をかけてひっぱる。今度は何の手ごたえもなく、窓は横にスライドして開いた。
 



 美咲の葬儀が終わった後の話である。
 結局あの後輪人はずっとイチョウの間にいたのだが、大中臣恵美から、輪人のスマホに電話があった。
「先日は、ありがとうございます。おかげ様で、息子の付き合っている女性の正体が判明したんです」
 その言葉には、朗らかな口調がにじむ。
「僕が紹介した興信所から連絡があったんですね?」
「そうなんです。それがびっくり。徳丸先生のお屋敷で家政婦をやってらっしゃる巨勢詩織さんだったんです。あの子なら身元も確かだし、性格の良い子だし大歓迎。陸ったら、何で隠したんでしょう?」
「そうですか。ともかくわかってよかったです。ところで大中臣さん恐縮ですが、今日陸君が学校から帰宅したら、彼にお会いしたいんですが」
「それは別に大丈夫ですけれど、どうなさいまして?」
「大した事じゃないんですが、事件の事で2、3お聞きしたい点がありまして」
「あら。まだ、あるんですの?」
 恵美は警戒心を示したが、それでも最終的には納得をする。
 電話を切ってしばらくすると、ドアをノックする音がした。
「失礼します。コーヒーをお持ちしました」
 詩織の声だ。
「どうぞ入ってください」
 扉が開き、詩織の姿が現れた。
「ありがとう。実はちょっとお願いがあるんだけど。美咲さんの葬儀が終わって、ちょうど徳丸家の人達は揃ってますね。この後全員集めてください。3人のお子さんに乾さん、それにあなたと編集者の新渡戸さんも。重要な話があります」



 1時間後応接室に、輪人と彼が先程あげた全員が揃った。
「みなさんにお集まりいただいたのは、他でもありません。徳丸先生が殺された事件の犯人が誰かという回答をお伝えするのと、自殺と思われた美咲さんの死が殺人であるのを、今から証明いたします」
 一斉にどよめきが起きた。皆目を丸くして、こっちを見ている。
「まず最初の事件です。結論から言えば先生と仲の悪かった乾さんと、3人のお子さんに殺人は無理です。4人共先生に警戒されてましたから。では、巨勢さんならいかがでしょう? 彼女は先生の信頼を勝ち得てました」
「でも、あたしにはアリバイがあります!」
 詩織が突っかかってくる。
「確かに徳丸先生が殺された時間帯に、あなたは向かいの家の大中臣陸君に目撃されてました。でも彼は、興信所の調べでは変装したあなたと以前からデートを重ねており、証言内容は信用できません」
 輪人は自分のスマホの画面の動画をみなに見せた。そこには陸が茶髪にサングラスの女性とデートしている姿が映っている。
 彼女は陸と別れた後サングラスを外したが、それは明らかに詩織の顔だ。興信所の人間が隠し撮りしたものだった。
 その場にいる面々から、再びどよめきが起きる。
「実際この画像を大中臣君に見せたところ、窓際に見えたあなたの姿が途中で人形らしい物にすり替わったと白状しました。またデートは常に、巨勢さんからの誘いがあってから行ったという話です。つまり巨勢さんは、大中臣君の自分に対する好意を利用した。はっきり口止めしなかったが、庇うようにしむけたのです。巨勢さんあなたは自分のアリバイを確保したので、警察は他の4人から逮捕すると考えたんですね?」
 輪人は尋ねた。詩織はそっぽを向いてしまう。
「そして美咲さんは、義我さんを雇った」
 口をはさんだのは、長男の大輝だ。
「警察が、犯人を絞り込めなかったからな」
「そうです。僕を恐れた巨勢さんは、雇い主の美咲さんを鍵のかかった密室で殺すと決めました」
 輪人は、そう断定した。
「美咲さんを殺せば、追求の手はやむと考えたのでしょう。その可能性まで考えられなかったのは、我ながら忸怩たる気持ちがします」
 輪人は胸に、矢を突きさされたような気持ちである。
「美咲さんは僕のマンションに来た時、水を飲む時普通の容器で飲まないとおっしゃってました。それが徳丸先生の部屋にあった本物の拳銃そっくりの水鉄砲でしょう。水鉄砲に飲み物を入れ、銃口を開いた自分の口に向けて、内容物を飲んでいたわけです。巨勢詩織さんは、それを本物とすりかえました」
「しかし本物の拳銃なんて、そう簡単に手に入るもんですかね?」
 編集者の新渡戸が聞いた。
「おっしゃる通りです。普通に考えれば、巨勢さんが昨日今日で入手できるわけじゃないです。つまりピストルは元々この屋敷にあった。亡くなった徳丸先生はモデルガン好きが昂じて本物のハンド・ガンを以前から所持してたんじゃないですか?」
「そういう噂は聞いてました」
 苦りきった面持ちで、乾がそう白状した。
「陳列されたモデルガンのうち、どれが本物だったかはわかりませんが」
「でも巨勢さんは知っていたのでしょう」
 輪人は、後を引き取った。
「彼女は信頼されていたから、徳丸先生本人から教えられていたのでしょう」
「彼女には、すっかり騙されましたよ」
 新渡戸が家政婦を見ながら話す。
「てっきり『梅の間』の窓は施錠されてると思ってた。スティック型の錠のつまみの部分が窓の外から見える程度までひっぱってあれば、錠がさしたままであってもスライドさせて、窓を開けられたとはねえ」
「その通りです」
 輪人が後を引き取った。
「巨勢詩織さんは美咲さんが水を飲もうとして自分で自分を撃ち殺した後すぐ部屋に入り、ドアとベランダのアルミサッシを施錠してから、ドア脇の窓から室外に出た。そして新渡戸さんに声をかけ、一緒に事件現場に行った。そして実際は施錠されてないのに、あたかも窓が閉まっているよう演技したのです。わからないのは、あなたが徳丸先生を殺した動機です。巨勢さんあなたは先生の熱狂的なファンだったはずだ」
「証拠がないよ」
 詩織が答える。今や彼女は別人のように陰鬱な顔をしており、ナイフのように尖った目で、輪人を睨んだ。
「証拠は、あります。あなたは慎重に扱ったつもりかもしれないが、凶器の拳銃から指紋が見つかりました。最初の事件に使われた手斧も、容疑者の4人の指紋が出なかっただけで、警察が調べ直したら、詩織さんの指紋が出ました。それにあなたが犯人でないなら、なぜ大中臣君を籠絡するような真似をしたんですか? また、2番目の事件が密室のようなふりをしたんですか? それに対する明確な回答が無ければ、一連の事件の犯人なのを自ら白状したも同じです」
 詩織は黙りこんでしまった。その目には、静かに炎が燃えている。唇をきつく噛み締めていた。
「どうして石丸先生を殺したんです? それでもあなたはファンですか!?」
 怒りのあまり、輪人は怒鳴る。
「悪いのは石丸先生よ! あたしはいつも新作を楽しみにしてたのに、新作はもう書かないなんて! しかも最終作で人気シリーズの名探偵を殺すだなんて! 探偵は死んじゃいけないのよ! だから先生を殺したのよ!」
 激昂した詩織が叫ぶ。
「石丸先生の人気シリーズは、あたしにとって全てだった。心の支えだったのよ。それなのに殺すだなんて、ありえない!」
 詩織の周囲に困惑した沈黙がさざなみのように広がった。あまりに突飛すぎる動機に、理解が及ばないのだろう。
 やがて輪人は重々しく口を開いた。
「あなたの気持ちはわかりました。警察を呼ばさせていただきます。今の会話はポケットのスマホで録音しました」
 興奮を抑制しながら、輪人はそう宣言した。



 輪人は110番に電話する。警察がやがて現れた。
 念のため証言を録音したスマホも渡す。詩織は特に抵抗もせず殺人を自白して、警察に連れて行かれたのだ。
「指紋が斧とピストルから出たのは本当ですか?」
 季節荘を離れて義我と新渡戸は連れ立って帰ったのだが、その帰り道に新渡戸が聞いた。新人編集者は、半信半疑の表情である。
「ハッタリです。名探偵には、そういうハッタリも必要です」
 輪人はウィンクしてみせた。
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