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第7話 意外な人物からの依頼
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新渡戸はすっかり雰囲気に呑まれていた。あまりの急展開で、思考が上手く働かない。悪夢を見てるようである。
「すいません。女性の私には無理ですが、ドアにぶつかって開けられますか? 新渡戸さん」
「やってみましょう」
念のため最初に新渡戸もドアノブを回して開けようとしたがやはり施錠されており、開かなかった。
その後何度か扉に向かって思いきりぶつかったがドアは頑丈にできており、とてもではないが錠を壊せそうにない。
ゴジラかガンダムでもなければ無理そうだ。
「ここはオートロックじゃないんですよね? 奥様が中から閉めたんですよね?」
念のため新渡戸は聞いた。
「この部屋含めて、季節荘の全部の部屋がオートロックじゃありません。新渡戸さん、すいませんが斧と軍手を取ってきてください!」
「斧?」
「この建物の玄関を出てすぐ脇に倉庫があります。そこにあります。倉庫の鍵はかかってません。亡くなった先生が、冬場暖炉に火をくべるため薪を割るのに使ってました」
「す、すぐとってきます」
家政婦に煽られるように、新渡戸は階段を駆け降りた。背後で詩織が激しくドアをノックして、美咲を呼ぶ声が響く。
玄関を出て、倉庫に向かう。スライド式の扉を開けると手斧がある。
近くに軍手もあったので一緒に持ってまた2階へ上がった。家政婦は、何度も扉を叩きながら、美咲の名前を叫んでいる。
「ありがとうございます」
ひったくるように新渡戸から手斧と軍手を受け取ると、手袋をはめた。そして手斧で窓を割る。
割れたガラスは粉々の粒状になった。開いた穴から詩織が手をつっこんで、窓に刺さった棒型の錠のつまみを室内側にひっぱったのだ。
そして最後までひっぱり終えると、家政婦はスティック型の錠を直角に下におろした。
それからスライド式の窓を開けて、そこから中に入りこむ。
窓の下端は床から30センチぐらいの所にあり、大きさ自体も人がそこから中に入るのに差し支えないサイズだった。
「ガラスの破片に注意してください」
ひやひやしながら、新渡戸がそうアドバイスする。粒状に粉々になるタイプのガラスとはいえ、危ないと感じる。
「手が、届きます」
どうやら窓から中に入らなくても、窓がすぐドアの横にあるので、窓から入れた手を使って扉を開錠できるようだ。開錠される音カチリとした音がした。
その後詩織は、外から扉を開けたのだ。彼女と一緒に新渡戸はドアから室内に入った。素人目に見ても、美咲は死んでいるようだ。
横から怖々見てみると、美咲は自分の顔とデスクの間にはさんだ銃口を口でくわえている。口からも、血が出ていた。
奇妙に現実感がない。昨日スマホで話した時は、普通に会話できていたのに、今は遺体になっている。まるで悪夢のようだった。
「携帯持ってますか? 持ってたら警察に電話してください」
家政婦に頼まれた編集者は、自分のスマホで110番に電話した。手が震えたが、なんとか警察につながる。
警察に事情を伝えて電話を切った後、思わずこう口にした。
「でも、まさか……美咲さんが自分で命を絶つなんて」
新渡戸の口から疑問の言葉が迸る。美咲は意志の強そうな人物で、自殺を選ぶとは信じられない。
いや、意思が強いからできたのかもしれないが。そもそも今日この時間に会いたいと申し出たのは美咲なのだ。
よりによってこのタイミングで死を選ぶとは。
やがて警察が到着し、現場検証が開始される。
死因はやはり、美咲の右手が手にしていたピストルによるものだ。彼女の右手からは拳銃を撃った時に生じる硝煙反応が検出された。
引き金には、美咲の右手の人差し指の指紋が出る。
拳銃は全部で6発装填できる代物だったが5発しか内部になく、内部にあったのと同型の弾丸が美咲の喉を口の中から貫いて、首の後ろから背後に射出されたという検視結果が発表された。
撃たれた弾丸は、美咲の背後の壁にめりこんでいたのだ。
しかも部屋のドアは中から施錠されていたので、美咲は自死だと警察が判断したと報道された。
美咲の死は輪人にとって、胸を引き裂かれるような事件であった。
彼女は彼にとって依頼人だったのだから。事件前日に季節荘にいたため、彼も取り調べを受けたのだ。
皮肉な話だが輪人が呼び出されたのは、美咲が亡くなる前日に、この屋敷の住人に質問するため使用した春屋敷の応接室だった。
そこには2人の刑事がいた。1人は50代ぐらいの白髪頭の男性で、もう1人は30代ぐらいの若い男性である。
「警視庁の三条(さんじょう)です」
白髪の男が、口を開いた。その目が射るように、こっちを見ている。
「犯罪研究家の義我輪人と申します」
「あんたの話は聞いてるよ。何でも以前、星座荘で起きた殺人事件の解決に協力したそうじゃないか」
三条の言葉は尖っていた。
「とんでもない。僕はたまたまあの場所にいただけで、実際に犯人をあげたのは警察ですから」
輪人は右手を顔の前で横に振った。
「一体事件前日は、何だってこの家にいたんだ?」
三条は、詰問した。
「亡くなった徳丸美咲さんに招かれまして」
「他の住人に聞いたけど、昨夜はこの家で、取り調べまがいの行為をしてたそうじゃないか」
「本来なら守秘義務があるんですが、依頼人が亡くなってしまいましたし、他の方の証言もあるようなので、本当の話をしますよ。僕は亡くなった美咲さんから、夫の死因に疑問があるから調べてほしいと要請されたんです。星座荘の一件をどこかから聞いたらしく、僕をあの事件をたった1人で解決した名探偵のように誤解したようです」
「謙遜しなくてもいい」
三条は、ぶっきらぼうな口調を続ける。
「君が星座荘の殺人事件解決に当たり多大な貢献をしたのは、私も警察の同僚から聞いてるから。ところで君は亡くなった徳丸強氏を殺した犯人が誰か検討がついたのかね?」
「いまのところは、わかりません」
「そうだろうね。我々警察が調べて犯人と断定できるだけの証拠を持った人物が見つからなかったから当然だろう。星座荘の件は、まぐれだろうしな。だが美咲さんが亡くなった件については、君も自死と認めざるを得んだろう。何せ現場は密室で、内側から施錠されていたんだ」
「遺書はありませんでしたよね?」
「遺書のない自殺もある」
やがて三条から解放された後、意外な人物から輪人のスマホにメールがあった。それは、大中臣夫人からだった。
昨夜会った時名刺を渡したので、そこに載せたスマホのメールアドレスに驚く事に、調査を依頼してきたのである。
しかも文章を読んでみると、調査対象は、彼女の息子の陸だった。
季節荘の周囲は報道陣に囲まれてしまっているので、秋屋敷に用意されたイチョウの間からメールに書いてあるスマホの番号に電話する。
夫人は専業主婦なので、平日の昼間でも、家にいると書いてあった。メールの文章で夫人の名前が恵美なのも知る。
「すいません。女性の私には無理ですが、ドアにぶつかって開けられますか? 新渡戸さん」
「やってみましょう」
念のため最初に新渡戸もドアノブを回して開けようとしたがやはり施錠されており、開かなかった。
その後何度か扉に向かって思いきりぶつかったがドアは頑丈にできており、とてもではないが錠を壊せそうにない。
ゴジラかガンダムでもなければ無理そうだ。
「ここはオートロックじゃないんですよね? 奥様が中から閉めたんですよね?」
念のため新渡戸は聞いた。
「この部屋含めて、季節荘の全部の部屋がオートロックじゃありません。新渡戸さん、すいませんが斧と軍手を取ってきてください!」
「斧?」
「この建物の玄関を出てすぐ脇に倉庫があります。そこにあります。倉庫の鍵はかかってません。亡くなった先生が、冬場暖炉に火をくべるため薪を割るのに使ってました」
「す、すぐとってきます」
家政婦に煽られるように、新渡戸は階段を駆け降りた。背後で詩織が激しくドアをノックして、美咲を呼ぶ声が響く。
玄関を出て、倉庫に向かう。スライド式の扉を開けると手斧がある。
近くに軍手もあったので一緒に持ってまた2階へ上がった。家政婦は、何度も扉を叩きながら、美咲の名前を叫んでいる。
「ありがとうございます」
ひったくるように新渡戸から手斧と軍手を受け取ると、手袋をはめた。そして手斧で窓を割る。
割れたガラスは粉々の粒状になった。開いた穴から詩織が手をつっこんで、窓に刺さった棒型の錠のつまみを室内側にひっぱったのだ。
そして最後までひっぱり終えると、家政婦はスティック型の錠を直角に下におろした。
それからスライド式の窓を開けて、そこから中に入りこむ。
窓の下端は床から30センチぐらいの所にあり、大きさ自体も人がそこから中に入るのに差し支えないサイズだった。
「ガラスの破片に注意してください」
ひやひやしながら、新渡戸がそうアドバイスする。粒状に粉々になるタイプのガラスとはいえ、危ないと感じる。
「手が、届きます」
どうやら窓から中に入らなくても、窓がすぐドアの横にあるので、窓から入れた手を使って扉を開錠できるようだ。開錠される音カチリとした音がした。
その後詩織は、外から扉を開けたのだ。彼女と一緒に新渡戸はドアから室内に入った。素人目に見ても、美咲は死んでいるようだ。
横から怖々見てみると、美咲は自分の顔とデスクの間にはさんだ銃口を口でくわえている。口からも、血が出ていた。
奇妙に現実感がない。昨日スマホで話した時は、普通に会話できていたのに、今は遺体になっている。まるで悪夢のようだった。
「携帯持ってますか? 持ってたら警察に電話してください」
家政婦に頼まれた編集者は、自分のスマホで110番に電話した。手が震えたが、なんとか警察につながる。
警察に事情を伝えて電話を切った後、思わずこう口にした。
「でも、まさか……美咲さんが自分で命を絶つなんて」
新渡戸の口から疑問の言葉が迸る。美咲は意志の強そうな人物で、自殺を選ぶとは信じられない。
いや、意思が強いからできたのかもしれないが。そもそも今日この時間に会いたいと申し出たのは美咲なのだ。
よりによってこのタイミングで死を選ぶとは。
やがて警察が到着し、現場検証が開始される。
死因はやはり、美咲の右手が手にしていたピストルによるものだ。彼女の右手からは拳銃を撃った時に生じる硝煙反応が検出された。
引き金には、美咲の右手の人差し指の指紋が出る。
拳銃は全部で6発装填できる代物だったが5発しか内部になく、内部にあったのと同型の弾丸が美咲の喉を口の中から貫いて、首の後ろから背後に射出されたという検視結果が発表された。
撃たれた弾丸は、美咲の背後の壁にめりこんでいたのだ。
しかも部屋のドアは中から施錠されていたので、美咲は自死だと警察が判断したと報道された。
美咲の死は輪人にとって、胸を引き裂かれるような事件であった。
彼女は彼にとって依頼人だったのだから。事件前日に季節荘にいたため、彼も取り調べを受けたのだ。
皮肉な話だが輪人が呼び出されたのは、美咲が亡くなる前日に、この屋敷の住人に質問するため使用した春屋敷の応接室だった。
そこには2人の刑事がいた。1人は50代ぐらいの白髪頭の男性で、もう1人は30代ぐらいの若い男性である。
「警視庁の三条(さんじょう)です」
白髪の男が、口を開いた。その目が射るように、こっちを見ている。
「犯罪研究家の義我輪人と申します」
「あんたの話は聞いてるよ。何でも以前、星座荘で起きた殺人事件の解決に協力したそうじゃないか」
三条の言葉は尖っていた。
「とんでもない。僕はたまたまあの場所にいただけで、実際に犯人をあげたのは警察ですから」
輪人は右手を顔の前で横に振った。
「一体事件前日は、何だってこの家にいたんだ?」
三条は、詰問した。
「亡くなった徳丸美咲さんに招かれまして」
「他の住人に聞いたけど、昨夜はこの家で、取り調べまがいの行為をしてたそうじゃないか」
「本来なら守秘義務があるんですが、依頼人が亡くなってしまいましたし、他の方の証言もあるようなので、本当の話をしますよ。僕は亡くなった美咲さんから、夫の死因に疑問があるから調べてほしいと要請されたんです。星座荘の一件をどこかから聞いたらしく、僕をあの事件をたった1人で解決した名探偵のように誤解したようです」
「謙遜しなくてもいい」
三条は、ぶっきらぼうな口調を続ける。
「君が星座荘の殺人事件解決に当たり多大な貢献をしたのは、私も警察の同僚から聞いてるから。ところで君は亡くなった徳丸強氏を殺した犯人が誰か検討がついたのかね?」
「いまのところは、わかりません」
「そうだろうね。我々警察が調べて犯人と断定できるだけの証拠を持った人物が見つからなかったから当然だろう。星座荘の件は、まぐれだろうしな。だが美咲さんが亡くなった件については、君も自死と認めざるを得んだろう。何せ現場は密室で、内側から施錠されていたんだ」
「遺書はありませんでしたよね?」
「遺書のない自殺もある」
やがて三条から解放された後、意外な人物から輪人のスマホにメールがあった。それは、大中臣夫人からだった。
昨夜会った時名刺を渡したので、そこに載せたスマホのメールアドレスに驚く事に、調査を依頼してきたのである。
しかも文章を読んでみると、調査対象は、彼女の息子の陸だった。
季節荘の周囲は報道陣に囲まれてしまっているので、秋屋敷に用意されたイチョウの間からメールに書いてあるスマホの番号に電話する。
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