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第6話 第2の事件は、密室で
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「もちろん、本物の銃じゃないですよ」
美咲が笑う。
「全部モデルガンです。亡くなった夫の趣味なんです。こんなのも何点かありますよ」
美咲が拳銃型のモデルガンを壁から外す。そして銃口を室内にあるキッチンに向けてトリガーを引く。すると筒先から水が噴き出す。
「水鉄砲ですか!」
「持ってみてください」
美咲が水を出したモデルガンを差し出した。軽いと思いきや、それはずっしり重かったのだ。
「見かけも重さも実物そっくりですね」
輪人が答えた。
「僕は一時期アメリカに住んでましてね。射撃場に行ったりして、銃はだいぶ勉強しました。アクション映画が子供の頃から好きなんで、銃には興味があったんです。ところで僕の部屋を用意してくださるという事ですが」
「そうですね。春屋敷に準備しています。私は明日夫の担当だった編集者と会う予定があるので、早く休みます」
「ベテランの方ですか?」
「若い方です。長年夫とタッグを組んできた方が去年亡くなって、代わりに担当になった人です。なのでこの家に来るのも2、3回ぐらいじゃないかしら? いつも原稿受け取ると、すぐ帰ってしまいますし」
「そっか。徳丸先生は今も手書きで書いてらしたから、編集者がその都度取りに来たんですね」
「そうなんです。典型的な昭和のアナログ派。パソコンを目の敵にしてました」
輪人は美咲と別れ、屋敷を出た。その時は、まさか翌日あんなアクシデントが起こるとは予想もしなかったのである。
新渡戸(にとべ)は、先日30歳になったばかりの編集者である。
病気で急死したベテラン編集者に代わり、徳丸強の担当となったが、いくらもせぬうちにその徳丸は自宅で何者かに殺害された。
新渡戸にとっては背中から銃で撃たれたようなショッキングな惨劇である。
初めて大物作家の担当を任され、緊張を感じながらも、やりがいも抱いていたからだ。
今日新渡戸は亡くなった徳丸の未発表原稿出版についての打ち合わせを美咲とするため徳丸邸に向かっている。
朝10時に会う予定だったが、到着したのは朝9時半だ。春屋敷の1階で新渡戸を出迎えたのは、家政婦の巨勢詩織である。
「奥様は、春屋敷の2階にあるご自分の部屋にまだいらっしゃいますので、応接室の桜の間でお待ちください」
「ありがとうございます。それでは、待たせていただきます」
「美咲さんから聞きましたけど、先生の未発表原稿が出版されるんですってね! 楽しみです」
詩織は徳丸強の熱狂的なファンで、自分からこの屋敷に売り込んで、家政婦になったという経緯があり、徳丸強の話をし始めると、いつまでたっても終わらないという性質の持ち主だ。
が、家政婦としても有能なので、亡くなった作家にも徳丸夫人にも好かれていた。
屋敷の窓や廊下が常にまるで鏡のようにピカピカに磨かれているのも詩織のおかげだと、夫妻は常日頃嬉しそうに語っていたのだ。
葬儀の時の詩織の悲しみようもハンパではなく、亡くなった父とは仲の悪かった3人の子供達よりずっと暗い表情だった。
むしろ3人の子供達と使用人の乾は、うるさい主人がいなくなり、せいせいしたという雰囲気を醸していたくらいである。
そういった家庭内部の話は、亡くなった前の担当編集者から聞いてはいたが、徳丸強の葬儀がそれを、明らかにした感じであった。
詩織の淹れたコーヒーを飲みながら待っていたが、朝の10時を過ぎても、美咲は姿を現さない。
その時である。突如銃声が鳴り響いた。やがてドアが開いたが、顔を出したのは詩織である。表情が凍りついていた。
「た、多分奥様のいる2階です。2階にある梅の間へ行きましょう」
梅の間とは、美咲の部屋だ。2人は階段で2階へ上がる。梅の間の扉には、梅の花の美麗なイラストが描かれていた。
家政婦がドアをノックして美咲を読んだが返事はない。彼女はドアを開けようとしたが、ノブを回してガタガタやっても開かなかった。
扉の横にスライド式の窓があった。カーテンはかかっていない。
窓から中を覗いた詩織が驚愕の色を浮かべる。まるで時間が止まってしまったかのようだ。
新渡戸が脇から一緒に恐る恐る中を見ると、ソファーに座った美咲がテーブルの上に上半身だけうつ伏せに倒れているのがわかる。
テーブルの上には拳銃が置いてあり、そのグリップを、美咲の右手が握っていた。人差し指は、引き金にかかっている。
その銃口は、美咲の顔の下にはさまれ、後頭部から血が出ている。詩織が窓を開けようとしたが動かない。
「これ、見てください。施錠されてます」
家政婦は、窓の内側を指差した。
確かに左右2つの窓が重なった部分の窓枠の中央から室内へ、棒型の錠の球体のつまみの部分が突き出している。
「外のベランダに面したアルミサッシは、ごらんの通り施錠されてます」
詩織の主張通り、窓から見て正面にあるベランダのアルミサッシのクレセント錠が閉まっているのは、窓から見えた。
「つまりここは密室です。早く窓を割って、奥様を助けないと」
聞き迫る表情で、詩織がそう口にする。まるでホラー映画に出てくるヒロインのようだった。
美咲が笑う。
「全部モデルガンです。亡くなった夫の趣味なんです。こんなのも何点かありますよ」
美咲が拳銃型のモデルガンを壁から外す。そして銃口を室内にあるキッチンに向けてトリガーを引く。すると筒先から水が噴き出す。
「水鉄砲ですか!」
「持ってみてください」
美咲が水を出したモデルガンを差し出した。軽いと思いきや、それはずっしり重かったのだ。
「見かけも重さも実物そっくりですね」
輪人が答えた。
「僕は一時期アメリカに住んでましてね。射撃場に行ったりして、銃はだいぶ勉強しました。アクション映画が子供の頃から好きなんで、銃には興味があったんです。ところで僕の部屋を用意してくださるという事ですが」
「そうですね。春屋敷に準備しています。私は明日夫の担当だった編集者と会う予定があるので、早く休みます」
「ベテランの方ですか?」
「若い方です。長年夫とタッグを組んできた方が去年亡くなって、代わりに担当になった人です。なのでこの家に来るのも2、3回ぐらいじゃないかしら? いつも原稿受け取ると、すぐ帰ってしまいますし」
「そっか。徳丸先生は今も手書きで書いてらしたから、編集者がその都度取りに来たんですね」
「そうなんです。典型的な昭和のアナログ派。パソコンを目の敵にしてました」
輪人は美咲と別れ、屋敷を出た。その時は、まさか翌日あんなアクシデントが起こるとは予想もしなかったのである。
新渡戸(にとべ)は、先日30歳になったばかりの編集者である。
病気で急死したベテラン編集者に代わり、徳丸強の担当となったが、いくらもせぬうちにその徳丸は自宅で何者かに殺害された。
新渡戸にとっては背中から銃で撃たれたようなショッキングな惨劇である。
初めて大物作家の担当を任され、緊張を感じながらも、やりがいも抱いていたからだ。
今日新渡戸は亡くなった徳丸の未発表原稿出版についての打ち合わせを美咲とするため徳丸邸に向かっている。
朝10時に会う予定だったが、到着したのは朝9時半だ。春屋敷の1階で新渡戸を出迎えたのは、家政婦の巨勢詩織である。
「奥様は、春屋敷の2階にあるご自分の部屋にまだいらっしゃいますので、応接室の桜の間でお待ちください」
「ありがとうございます。それでは、待たせていただきます」
「美咲さんから聞きましたけど、先生の未発表原稿が出版されるんですってね! 楽しみです」
詩織は徳丸強の熱狂的なファンで、自分からこの屋敷に売り込んで、家政婦になったという経緯があり、徳丸強の話をし始めると、いつまでたっても終わらないという性質の持ち主だ。
が、家政婦としても有能なので、亡くなった作家にも徳丸夫人にも好かれていた。
屋敷の窓や廊下が常にまるで鏡のようにピカピカに磨かれているのも詩織のおかげだと、夫妻は常日頃嬉しそうに語っていたのだ。
葬儀の時の詩織の悲しみようもハンパではなく、亡くなった父とは仲の悪かった3人の子供達よりずっと暗い表情だった。
むしろ3人の子供達と使用人の乾は、うるさい主人がいなくなり、せいせいしたという雰囲気を醸していたくらいである。
そういった家庭内部の話は、亡くなった前の担当編集者から聞いてはいたが、徳丸強の葬儀がそれを、明らかにした感じであった。
詩織の淹れたコーヒーを飲みながら待っていたが、朝の10時を過ぎても、美咲は姿を現さない。
その時である。突如銃声が鳴り響いた。やがてドアが開いたが、顔を出したのは詩織である。表情が凍りついていた。
「た、多分奥様のいる2階です。2階にある梅の間へ行きましょう」
梅の間とは、美咲の部屋だ。2人は階段で2階へ上がる。梅の間の扉には、梅の花の美麗なイラストが描かれていた。
家政婦がドアをノックして美咲を読んだが返事はない。彼女はドアを開けようとしたが、ノブを回してガタガタやっても開かなかった。
扉の横にスライド式の窓があった。カーテンはかかっていない。
窓から中を覗いた詩織が驚愕の色を浮かべる。まるで時間が止まってしまったかのようだ。
新渡戸が脇から一緒に恐る恐る中を見ると、ソファーに座った美咲がテーブルの上に上半身だけうつ伏せに倒れているのがわかる。
テーブルの上には拳銃が置いてあり、そのグリップを、美咲の右手が握っていた。人差し指は、引き金にかかっている。
その銃口は、美咲の顔の下にはさまれ、後頭部から血が出ている。詩織が窓を開けようとしたが動かない。
「これ、見てください。施錠されてます」
家政婦は、窓の内側を指差した。
確かに左右2つの窓が重なった部分の窓枠の中央から室内へ、棒型の錠の球体のつまみの部分が突き出している。
「外のベランダに面したアルミサッシは、ごらんの通り施錠されてます」
詩織の主張通り、窓から見て正面にあるベランダのアルミサッシのクレセント錠が閉まっているのは、窓から見えた。
「つまりここは密室です。早く窓を割って、奥様を助けないと」
聞き迫る表情で、詩織がそう口にする。まるでホラー映画に出てくるヒロインのようだった。
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