探偵は、死んではいけない

空川億里

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第5話 犯罪現場

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「長男の大輝さんが1番怪しいです。徳丸先生は、特に大輝さんの悪口を言ってました。長男がしっかりしないから、弟や妹もだらしがないって」
「そうだったんだ。よく話してくれた」
 輪人は、陸を励ました。
「実は僕、徳丸先生とよく話す機会があったんです。近所でバッタリ会って、公園のベンチやカフェで長々としゃべる時もありました。先生は大輝さんに期待してただけに、大輝さんが大学を出て新入社員になった時は、かなり嬉しかったようです」
 いつしか陸は、饒舌になっていた。
「ところが途中で根を上げて会社をやめてしまい、だからといって他の仕事にもつかないので、エグいほど怒ってました」
「ちなみに君は家政婦さんのアリバイを証明したそうだけど、何時から何時まで、向かいの部屋に彼女はいたの?」
 輪人がそう質問すると、陸は目を丸くする。
「け、警察にも話しましたが、確か夜7時頃に夜ご飯を食べた後、いつもみたいにこの2階まで上がったんです。そして向かいの窓を見ると、こちら側に背中を向けた家政婦さんの姿がありました。普段はカーテンが閉まっていたのでびっくりしました」
「彼女は何をやってたの?」
「パソコンに向かってました。見えたのは、腰から上だけですが」
「ずっとその状態だったの?」
「夜7時半頃に家政婦さんは一旦席を外しましたが1分もしないうちにすぐ戻り、パソコンの前に戻りました。その後7時40分頃にまた席を外しましたが、やっぱり1分もしないうちに戻りました」
「10分あれば夏屋敷から、徳丸先生のいた冬屋敷に戻れるから、その間家政婦さんが等身大の人形に変わってたって事はないかな?」
「そんなわけないです!」
 陸は、激しく首を横に振る。
「そんな事あれば、さすがに気づきますよ。そんなに遠くないですから。それに家政婦の巨勢さんには、徳丸先生を殺す理由がありません。『とてもよく働いてくれる』って、いつも先生は褒めてましたよ。給料も上げたと話してました。険悪な関係だったとは思えないです」
 輪人は、向かいの窓を見た。確かに人形に変わっていたら、わかる距離だ。
「よく巨勢さんの名前知ってたね」
 陸は、顔を真っ赤にした。
「気さくな人で、近所で見かけた時によく話してましたから。先生の熱烈なファンで、殺す動機がないですよ」
「巨勢さんと先生が男女の関係だったって事はありえないかな?」
「絶対にないですよ!」
 激しく陸は否定する。
「先生と奥さんは新婚で、いつも一緒でした。めっちゃ仲が良さげでした」
「色々ありがとう。今夜は貴重な話が聞けたよ。ところで君は向かいに住んでる徳丸花音さんと同級生だとか」
 陸は再び頬を紅に染め上げる。
「そ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「彼女が犯人の可能性はないかな?」
「ないですよ!」
 陸は自分の顔の前で右手を激しく横に振る。声のトーンも大きくなった。
「彼女は陽キャでクラスでもみんなに好かれてます。人を殺すような子じゃないです」
 輪人はその後1階に降りて、大中臣夫人と話す事にした。彼女の夫は大阪に単身赴任中で、子供は陸が1人だけだそうである。
「今夜は、お騒がせしました。ちなみに奥さんは、先日の事件をどう考えてますか?」
「どうって? 何がですか?」
 夫人は、オドオドしはじめた。キョドり方が、息子に似ている。
「徳丸先生が3人のお子さんと、使用人の乾さんと不仲だったのはご存知ですよね? この中に犯人のいる可能性は考えられませんか?」
 しばらく夫人は黙りこんだが、やがて重々しく口を開いた。
「犯人かはわかりませんけど、次男の悠太君が最近学校に行かなくなって、悪い仲間とつるんでるんで、亡くなった徳丸先生が嘆いてるのは聞いたことがあります」
「それで悠太さんが、1番怪しいんじゃないかと言うわけですね?」
「最近すっかり不良みたいになっちゃって、ちょっと怖いと感じてたんです」
「そうでしたか。いや、ともかく今日は夜分遅く失礼しました」
 礼を述べると、義我は大中臣家を出て、徳丸家の春屋敷に戻る。
「何か収穫はありまして?」
「残念ですが、今のところは」
 美咲の質問に、輪人は答えた。
「亡くなった徳丸先生の部屋を見せていただけませんか?」
「いいですよ」
 すでに時刻は夜9時だった。2人は冬屋敷に向かう。
 こちらの外壁には雪だるまやかまくらが描かれ、中の通路には冬の装いをした人形が並んでいた。
「夫婦の寝室は春屋敷にあるんですが、夫は1人になりたい時こちらによく来てました。小説版ってそういう時があるのかしら? 私はにぎやかな方が好き。義我さんはどうなんですか?」
「僕は小説書きませんから」
「でも本の執筆はなさるんですよね?」
「僕は病気がちだったんで、子供の頃から1人で過ごす時間が長かったんです。そういう意味では、孤独は僕のアイデンティティです」
 美咲がプッと吹き出した。
「義我さんったら、おかしな事言うのね。『孤独は僕のアイデンティティカッコだなんて」
 やがて徳丸強の部屋の前に到着する。扉には、吹雪にさらされるツンドラのような光景が描かれており、近づく者を拒絶しているようだった。
 美咲は持ってきた鍵で、亡くなった作家の部屋を開錠した。
「夫が死んだ時には、部屋は開錠されていました」
 ドアを開けるとこたつが置いてある。そして部屋の壁いっぱいに、たくさんの銃が陳列されていた。
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