探偵は、死んではいけない

空川億里

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第4話 1番疑わしき者は?

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 指摘されてみればそれもそうだと、輪人は考え直す。それに詩織には、動機がない。
 家政婦の部屋に入ると壁に本棚があり、徳丸強の著作がぎっしり並んでいた。
「全作品あるんですよ」
 詩織は、自慢そうに目を輝かせた。
「しかも全部、初版です」
「そこまでファンだと、亡くなられた先生に恋愛感情を抱いたりはしなかったんですか?」
 家政婦はすぐに吹き出した。
「歳が離れすぎてます。尊敬はしてましたが、恋愛感情はなかったです。むしろ先生の作り出した探偵に恋してました。それにあんな美しい奥様がいらっしゃるのに、あたしみたいなブスを相手にすると思います?」
「ブスだなんて思いませんよ。逆に徳丸先生が、あなたに気持ちを寄せるような経緯はなかったんですか?」
「ないですね」
 詩織はきっぱりと否定した。
「そんな方ではありません。奥さん一筋でしたから。痴情のもつれであたしが先生を殺したのだとお思いでしたら間違いです。そもそもそんなものがあれば、簡単にあたしを近づけなかったでしょう。あたしをクビにもできたわけですし」
「まあ、それもそうですね」
 本棚には徳丸強の著作の他に、彼の小説の映像化作品のDVDもぎっしり詰まっている。登場人物のフィギュアも何体か飾られていた。
 徳丸強の生み出した人気探偵のシリーズはロングセラーになっており、映画やドラマやアニメにもなっている。
 また英語、フランス語、中国語、韓国語、タイ語、ルーマニア語にも訳されていた。
「何か飲みます?」
 室内の冷蔵庫を指し示しながら詩織が聞いた。
「いえ、結構です」
 断りながら、義我は北側の窓に向かう。通りをはさんで向こう側に2階建ての住居が見える。
 2階の窓はカーテンが閉まっていたが、隙間から灯りが見えた。
「今も多分受験勉強してると思うんですけど、あの2階に高校生がいるんです」
 説明したのは、詩織である。そこへいつのまにか、徳丸花音が廊下から室内に現れた。
「あいつ、同じクラスなんだけど、どちゃくそキモいの。いっつもあたしをジロジロ見てる」
 花音が口を尖らせる。
「彼の名前はなんておっしゃるんです?」
 輪人は尋ねた。
「大中臣陸(おおなかとみ りく)って奴」
 花音が名前を解説する。口にするのも汚らわしいような語調である。輪人は彼にも話を聞かないとダメだと感じた。
 が、自分がいきなり行っても困惑するだろう。輪人は詩織と花音の2人と別れると、美咲を探して春屋敷の応接室に向かう。
「どうされました?」
 美咲は応接室におり、そう聞いてきた。
「美咲さんすいませんが、向かいに住んでる大中臣陸君に、僕を紹介してくれませんか。念のため、色々話をお聞きしたいので。今ちょうど自分の部屋にいるようですし」
「もしかして、詩織さんのアリバイを疑っているのかしら? 彼女には動機もないと思うんですけど」
 不審そうな顔つきになって美咲が聞いた。
「念のためです。あらゆる可能性を探っています」
 未亡人はしばしの間無言で考えるような顔つきをしていたが、やがてきっぱりと口を開いた。
「わかりました。それでは今から大中臣さんの家に行きましょう。ちょっと準備がありますから、少し待っててくださいね」
 輪人はしばらく応接室で待たされた。やがて現れた美咲は、菓子折りらしき物を小脇に抱えていた。
「では、行きましょう」
 輪人と美咲は季節荘を出て、大中臣家に向かう。大中臣家はどこにでもありそうな2階建ての一戸建て住宅だ。
 美咲が門の脇にある呼び鈴を押すと、インターホンごしに女性の声が出た。
「どちら様でしょう?」
「夜分遅くすみません。向かいの家の徳丸美咲です」
「あら、美咲さん。どうされたのかしら?」
「先日警察の方がこちらにも来て、息子さんにもご迷惑をおかけしたので、多少は受験勉強の励みになるかと差し入れをお持ちしましたの」
「あら、そんな事。気になさらなくていいのに」
 やがて玄関のドアが開き、声の主らしい女性が現れた。年齢は多分40歳前後だろうか。
 性格の良さそうな、気持ちのいい笑みを浮かべる。が、やがて、美咲の後ろに立っていた輪人に気がつく。
「そちらの方は?」
 女性は不審そうに輪人を見る。
「義我輪人と申します。犯罪研究家をやっております」
 輪人は名刺を女性に渡す。
「義我さんは警察に協力して、事件を解決した事もあるんです。お兄様が大企業の経営者ですし、輪人さんは古今東西の犯罪を分析した本も出されてますし、YouTubeの配信が人気ですから、どこかでお聞きになってらっしゃるかもしれませんけど」
 美咲は人を安心させる、屈託のない笑顔でそう話した。
「差し入れを渡しがてら、息子さんにお話を伺いたくて。5分あれば大丈夫です」
 そう話しながら、美咲は持ってきた紙の手提げ袋から、包装紙にくるまれた箱を渡した。
「こちらは、奥様に。人気の洋菓子店で買ったお菓子ですけれど、お口に合うかしら。陸君のは、別にあります」
「あら、ありがとう。これ、あたしの大好きなお菓子なの」
 心底嬉しそうなスマイルで、女が話した。美咲は近所のご婦人のリサーチも怠りないようだ。
「でも、うちの息子が家政婦さんの部屋を見ていた件については、警察の方にお話しましたけど」
 さっきまでの笑みは消え、不安そうに美咲と輪人を交互に見る。
「何点か確認したい事があって、警察の方に代わって参りました」
 輪人はそう口をはさんだ。
「それとも僕じゃなくて、もう1度刑事さんに来てもらった方が良いですかね?」
 大中臣夫人の表情が漠然とした不安から、怯えるようなものに変わった。
「5分で済むんですよね? ちょっと声をかけてきます。中に入ってくださいね」
 大中臣夫人は義我達を玄関の中に入れてドアを閉めると、慌てて2階に向かう階段を駆けあがる。
「上手いように言いくるめましたね」
 美咲が皮肉半分、お世辞半分ぐらいの割合で、言葉を輪人に投げてきた。
「後は、僕1人で対応しますよ。お疲れ様です。男2人だけで話した方が、彼の本音が聞けそうですし。しかしよく、菓子折りを用意してましたね」
「うちは来客が多いので、普段からお客様用に日持ちする商品を準備してるんです。編集者に新聞記者、テレビや週刊誌の記者とか、色々です。主人が亡くなってからは特に、取材が殺到して」
 輪人は美咲から、陸に渡すお菓子も受け取る。
「後は、よろしくお願いします」
 ぺこりと彼女は頭を下げ、美しい笑みを浮かべると、玄関のドアを開いて外へ去る。扉は外から閉じられた。
 やがて再び大中臣夫人が、階段を降りて現れた。
「息子が会うと言ってます。是非中にお入りください」
「それでは、失礼して」
 輪人は靴を脱ぐと中に入った。そして大中臣夫人と共に2階へ上がる。そこにはメガネをかけた、小柄で小太りの若者がいた。
 目は落ち着きがなくキョドッている。
 室内にはゲーム機がいくつかあり、壁にはアニメのポスターが、本棚には徳丸強の本がズラリと揃っており、それ以外にはラノベと漫画本とゲームソフトとアニメのDVDが並んでいた。
「はじめまして。犯罪研究家の義我輪人と申します。YouTubeもやってるので、観た事あるかな?」
 穏やかな口調と笑顔を心がけて、輪人は話す。
「み、観た事あります」
 緊張ではりつめていた面持ちが、柔軟剤を入れたようにソフトになる。そこを見はからって、義我は大中臣夫人に話した。
「後は2人だけで話したいので、すいませんが奥さんには外していただきたいのですが」
 夫人の顔は納得いかない様子だったが、それでも息子の部屋を出て、階段を1階へ降りてゆく。
「でも、その義我さんが、どうしてここへ?」
 陸が犯罪研究家に問いかけた。
「1度警察がここへ来たと思うけど、亡くなった徳丸強さんの奥さんの美咲さんからもう1回この事件を調べてほしいと依頼が来てね。これ、美咲さんが用意したお菓子。良かったら食べてね」
 輪人は菓子折りを、少年に渡す。
「徳丸さんの件は、びっくりしました。まさか殺されるなんて」
「一体誰が犯人だと思う?」
 陸は、輪人から目をそらした。
「君は知らなかっただろうけど、亡くなった徳丸先生は、3人のお子さんと仲が悪くてね。また、徳丸家で働いている使用人の乾さんとも険悪な関係だった」
 輪人は、続ける。
「はっきり言おう。僕はこの4人の仲に犯人がいると考えてる。が、証拠がない。君は徳丸先生のファンなんだろう? 真犯人を捕まえたいと思わないのか?」
 しばらく陸は黙りこんだきりだったが、やがて口を開きはじめた。
「亡くなった徳丸先生とは、たまに近所で会った時に話す時がありました。義我さんのおっしゃる通りで、先生は3人のお子さん達と、乾さんの悪口をよく言ってました。最近は、口も聞かなかったそうです。乾さんは11月いっぱいでクビにすると息巻いてました」
「やはり、そうだったんだ。徳丸先生が4人の仲でも1番悪口を言ってたのは誰かわかるかな?」
「それでしたらやっぱり……」
 陸は、徐々に語りはじめる。
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