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第1話 犯罪研究家
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義我輪人(ぎが りんと)は幼少期体が弱く普通に仕事するのは難しいと、大企業の経営者である父親は判断した。
会社は長男である輪人の兄が継ぎ、次男の輪人は大学を卒業後仕事をせずタワーマンションの最上階で1人暮らしをしていたのだ。
マンションは父親が経営するグループ企業系列の建築会社が建てたものだ。
今の彼はかなり健康になっていたが、病床で長く過ごす事の多かった子供の頃から犯罪に興味を抱くようになっていた。
とは言っても、自分自身で悪事に手を染めようと考えたわけではない。
本やテレビやネットや映画を通じて知る実際に起きた犯罪や、小説やドラマで描かれる架空の事件に心惹かれるようになったのである。
輪人は半分冗談で犯罪研究家を名乗り、名刺を刷って、皆に配った。
やがて父が亡くなり、一生遊んで暮らせるだけの多額の遺産が残されたゆえに働くモチベーションはなく、大学を卒業後は仕事もせずに遊んでいたのだ。
アメリカに渡って銃の射撃場で実際に銃を撃ってみたりした事もある。これも銃が犯罪で使用されるからだ。
そんな彼が27歳の時。11月の事だった。輪人のスマホが鳴ったので液晶画面を見ると発信元は、長く義我家に仕える執事である。
画面に現れた発信元は『執事のじいちゃん』と表示されていた。
いつもは長男である輪人の兄が住む都内の実家にいた。風格のある執事で、イギリスの貴族の元でもつとまりそうな雰囲気の老人だ。
「一体何だい?」
輪人は、相手に呼びかける。
「星座荘での一件をお知りになった方から、輪人お坊ちゃんに事件調査の依頼がありました」
執事が答える。輪人は以前「星座荘」と呼ばれる屋敷で起きた連続殺人事件に出くわす。
この話は表向きには警察が解決した話になっているが、実際は輪人の推理で犯人を挙げたのだ。
「一体その人、どこからそんな話を聞きつけてきたんだろ? 一般の人は警察が解決したと信じこんでるはずだけど」
「それはおっしゃってませんでした」
「依頼してきたのは誰なの?」
「今月亡くなったミステリ作家の徳丸強(とくまる つよし)先生の奥様の美咲(みさき)さんです」
執事の言葉はいかづちのように、輪人の胸を貫いた。
徳丸強はベテランのミステリ作家で、今年の9月60歳を迎えたのをきっかけに引退を発表したのだ。
先月の10月には徳丸の最後の本が出版された。人気シリーズの最終作で、輪人も読んだが傑作である。
その徳丸が自宅で手斧で殺されたのは大きく報道され、輪人にとってもショッキングな事件であった。
しかも犯人は、今もわかっていないのだ。
「わかった。それじゃあ会ってみるよ。そう手配してくれないか」
徳丸強の未亡人の徳丸美咲が輪人のマンションを訪れたのは、3日後の話である。
この時点でも、いまだに徳丸強を殺した犯人は逮捕されていなかった。
輪人の住居の応接室で会った彼女は多分30歳前後の美しい女性であった。目の下に隈ができ、深い悲しみを湛えている。
「徳丸様は、お飲み物は何になさいますか?」
そう聞いたのは、執事である。普段は輪人の住むマンションの方には来ないこの執事が、未亡人をここまで案内してくれたのだ。
「それでは、ミネラルウォーターを。あたし健康志向だから、コーヒーとか飲まないの」
「かしこまりました。グラスに入れてお持ちしますか? それともペットボトルのままで良いでしょうか?」
そこでなぜか、美咲は笑った。
「どっちでもいいわ。あたし普段は普通の容器で飲まないから」
「承知しました。輪人お坊っちゃまは何になさいますか?」
「コーヒーで。僕は不健康志向ですから」
美咲が再び美しい笑顔を見せる。
「このたびは義我先生にたってのお願いがあって参りました」
「どんなご用件でしょう?」
「亡くなった夫の件です」
「このたびは、ご愁傷様でした。僕も徳丸先生の大ファンだったので、大変残念に感じています」
「ありがとうございます。報道でご存知でしょうが夫は何者かに背後から後頭部を手斧で割られて亡くなりました。そしていまだに犯人を特定できていないのです」
「存じています。残念です。僕も先生のファンでしたし」
「警察は頼りになりません。私はあなたが星座荘で起きた殺人事件を解決したと人づてに聞いて、義我さんなら犯人を暴いていただけると考えたのです」
射るような目で、美咲が話す。
「今日こちらへ来られた意図は、理解しました。素人の僕が、どこまでお力になれるかはわかりませんが、とりあえず事件の概要を最初からお聞かせ願えますか? 奥様にとっては、語るも辛い内容だとは感じますが」
「大丈夫です。話させていただきます。まず第一発見者は私で、レストランで友人達と食事をしてから帰宅すると、冬屋敷の自室にいた夫の遺体を見つけたのです」
「冬屋敷?」
「そうです。都内にある私共の家の敷地内には屋敷が4つあります。東に春屋敷、南に夏屋敷、西に秋屋敷、北に冬屋敷。夫婦の寝室は秋屋敷にありますが、夫は1人でいたい時は、冬屋敷にある自室にいました。私達はこの屋敷を『季節荘』と呼んでいます」
「そうでしたか。風雅なネーミングですね」
「夫は自分の部屋でうつ伏せに倒れており、後頭部は手斧で割られて血まみれでした。近くにやはり血まみれの手斧が落ちてましたが、犯人は手袋を使ったらしく、指紋は検出されませんでした」
「手斧の入手先は?」
「元々屋敷にあったもので、使用人が薪を割るのに使ってました。ただし屋敷にいる者なら、誰でも手にとれる庭の小屋に放置してありました」
「わかりました」
「主人が亡くなった時季節荘には5人いました。そのうちアリバイがあるのは住み込みの家政婦だけで、死亡推定時間には、家政婦の部屋がある真向いの部屋にいた受験勉強中の高校生が、彼女がいるのを見てたのです」
「他の4名はご家族ですか?」
義我が尋ねた。
「3人は、亡くなった先妻のお子さん達です。もう1人は住み込みで働いている使用人です。全員アリバイはありませんでした。そして身内の恥をさらすようですが、4人共夫との関係は悪かったのです」
「それはどんな理由ででしょう?」
「使用人はギャンブル好きで、多額の借金をこさえてました。よく働くので主人も可愛がってお金を貸してたのですが、最近はさすがに堪忍袋の緒が切れて、クビにすると息巻いてました」
「お子さん達は?」
「亡くなる前の今年の1月夫は慈善団体に多額の寄付をすると言いました。すると彼が亡くなった後子供達に残された遺産は減ります。私はそれでもよいと感じてましたが、3人の子供達は反対しました。ただ、寄付する前に死んだので、遺産は減りませんでした。ちなみに私はアリバイがあります。犯行推定時刻にレストランにいたのを店員さんや一緒に食事した友人含め、大勢の人が見てましたから」
「外から人が出入りした形跡はないんでしょうか?」
「それは、ありません。敷地の外には死角がないよう防犯カメラが設置されていて、私が夫に外出を告げて外出してから戻るまでの間に、出入りした者はいないのが、録画された動画で確認されてます」
「でしたら犯人は、その4人のうちの誰かって事になりますね」
「そうなります。警察はその4人を取り調べたのですが、誰も自白せず、証拠も出てこないので、犯人をしぼりこめないのです」
「わかりました。結果がどう出るかわかりませんが、調べてみます。可能なら、犯人を挙げたいところです」
会社は長男である輪人の兄が継ぎ、次男の輪人は大学を卒業後仕事をせずタワーマンションの最上階で1人暮らしをしていたのだ。
マンションは父親が経営するグループ企業系列の建築会社が建てたものだ。
今の彼はかなり健康になっていたが、病床で長く過ごす事の多かった子供の頃から犯罪に興味を抱くようになっていた。
とは言っても、自分自身で悪事に手を染めようと考えたわけではない。
本やテレビやネットや映画を通じて知る実際に起きた犯罪や、小説やドラマで描かれる架空の事件に心惹かれるようになったのである。
輪人は半分冗談で犯罪研究家を名乗り、名刺を刷って、皆に配った。
やがて父が亡くなり、一生遊んで暮らせるだけの多額の遺産が残されたゆえに働くモチベーションはなく、大学を卒業後は仕事もせずに遊んでいたのだ。
アメリカに渡って銃の射撃場で実際に銃を撃ってみたりした事もある。これも銃が犯罪で使用されるからだ。
そんな彼が27歳の時。11月の事だった。輪人のスマホが鳴ったので液晶画面を見ると発信元は、長く義我家に仕える執事である。
画面に現れた発信元は『執事のじいちゃん』と表示されていた。
いつもは長男である輪人の兄が住む都内の実家にいた。風格のある執事で、イギリスの貴族の元でもつとまりそうな雰囲気の老人だ。
「一体何だい?」
輪人は、相手に呼びかける。
「星座荘での一件をお知りになった方から、輪人お坊ちゃんに事件調査の依頼がありました」
執事が答える。輪人は以前「星座荘」と呼ばれる屋敷で起きた連続殺人事件に出くわす。
この話は表向きには警察が解決した話になっているが、実際は輪人の推理で犯人を挙げたのだ。
「一体その人、どこからそんな話を聞きつけてきたんだろ? 一般の人は警察が解決したと信じこんでるはずだけど」
「それはおっしゃってませんでした」
「依頼してきたのは誰なの?」
「今月亡くなったミステリ作家の徳丸強(とくまる つよし)先生の奥様の美咲(みさき)さんです」
執事の言葉はいかづちのように、輪人の胸を貫いた。
徳丸強はベテランのミステリ作家で、今年の9月60歳を迎えたのをきっかけに引退を発表したのだ。
先月の10月には徳丸の最後の本が出版された。人気シリーズの最終作で、輪人も読んだが傑作である。
その徳丸が自宅で手斧で殺されたのは大きく報道され、輪人にとってもショッキングな事件であった。
しかも犯人は、今もわかっていないのだ。
「わかった。それじゃあ会ってみるよ。そう手配してくれないか」
徳丸強の未亡人の徳丸美咲が輪人のマンションを訪れたのは、3日後の話である。
この時点でも、いまだに徳丸強を殺した犯人は逮捕されていなかった。
輪人の住居の応接室で会った彼女は多分30歳前後の美しい女性であった。目の下に隈ができ、深い悲しみを湛えている。
「徳丸様は、お飲み物は何になさいますか?」
そう聞いたのは、執事である。普段は輪人の住むマンションの方には来ないこの執事が、未亡人をここまで案内してくれたのだ。
「それでは、ミネラルウォーターを。あたし健康志向だから、コーヒーとか飲まないの」
「かしこまりました。グラスに入れてお持ちしますか? それともペットボトルのままで良いでしょうか?」
そこでなぜか、美咲は笑った。
「どっちでもいいわ。あたし普段は普通の容器で飲まないから」
「承知しました。輪人お坊っちゃまは何になさいますか?」
「コーヒーで。僕は不健康志向ですから」
美咲が再び美しい笑顔を見せる。
「このたびは義我先生にたってのお願いがあって参りました」
「どんなご用件でしょう?」
「亡くなった夫の件です」
「このたびは、ご愁傷様でした。僕も徳丸先生の大ファンだったので、大変残念に感じています」
「ありがとうございます。報道でご存知でしょうが夫は何者かに背後から後頭部を手斧で割られて亡くなりました。そしていまだに犯人を特定できていないのです」
「存じています。残念です。僕も先生のファンでしたし」
「警察は頼りになりません。私はあなたが星座荘で起きた殺人事件を解決したと人づてに聞いて、義我さんなら犯人を暴いていただけると考えたのです」
射るような目で、美咲が話す。
「今日こちらへ来られた意図は、理解しました。素人の僕が、どこまでお力になれるかはわかりませんが、とりあえず事件の概要を最初からお聞かせ願えますか? 奥様にとっては、語るも辛い内容だとは感じますが」
「大丈夫です。話させていただきます。まず第一発見者は私で、レストランで友人達と食事をしてから帰宅すると、冬屋敷の自室にいた夫の遺体を見つけたのです」
「冬屋敷?」
「そうです。都内にある私共の家の敷地内には屋敷が4つあります。東に春屋敷、南に夏屋敷、西に秋屋敷、北に冬屋敷。夫婦の寝室は秋屋敷にありますが、夫は1人でいたい時は、冬屋敷にある自室にいました。私達はこの屋敷を『季節荘』と呼んでいます」
「そうでしたか。風雅なネーミングですね」
「夫は自分の部屋でうつ伏せに倒れており、後頭部は手斧で割られて血まみれでした。近くにやはり血まみれの手斧が落ちてましたが、犯人は手袋を使ったらしく、指紋は検出されませんでした」
「手斧の入手先は?」
「元々屋敷にあったもので、使用人が薪を割るのに使ってました。ただし屋敷にいる者なら、誰でも手にとれる庭の小屋に放置してありました」
「わかりました」
「主人が亡くなった時季節荘には5人いました。そのうちアリバイがあるのは住み込みの家政婦だけで、死亡推定時間には、家政婦の部屋がある真向いの部屋にいた受験勉強中の高校生が、彼女がいるのを見てたのです」
「他の4名はご家族ですか?」
義我が尋ねた。
「3人は、亡くなった先妻のお子さん達です。もう1人は住み込みで働いている使用人です。全員アリバイはありませんでした。そして身内の恥をさらすようですが、4人共夫との関係は悪かったのです」
「それはどんな理由ででしょう?」
「使用人はギャンブル好きで、多額の借金をこさえてました。よく働くので主人も可愛がってお金を貸してたのですが、最近はさすがに堪忍袋の緒が切れて、クビにすると息巻いてました」
「お子さん達は?」
「亡くなる前の今年の1月夫は慈善団体に多額の寄付をすると言いました。すると彼が亡くなった後子供達に残された遺産は減ります。私はそれでもよいと感じてましたが、3人の子供達は反対しました。ただ、寄付する前に死んだので、遺産は減りませんでした。ちなみに私はアリバイがあります。犯行推定時刻にレストランにいたのを店員さんや一緒に食事した友人含め、大勢の人が見てましたから」
「外から人が出入りした形跡はないんでしょうか?」
「それは、ありません。敷地の外には死角がないよう防犯カメラが設置されていて、私が夫に外出を告げて外出してから戻るまでの間に、出入りした者はいないのが、録画された動画で確認されてます」
「でしたら犯人は、その4人のうちの誰かって事になりますね」
「そうなります。警察はその4人を取り調べたのですが、誰も自白せず、証拠も出てこないので、犯人をしぼりこめないのです」
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