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第24話 フォルモッサ
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スカイ・カーの眼前に、小さな島が見えてきた。フォルモッサである。ここは日本の領海内だが気候的には熱帯で、美山が偽名で合法的に購入したのだ。
もっとも地球温暖化ならぬ地球熱中化の影響で日本の熱帯化がじわりじわりとだが確実に、ホラー映画に登場するゴーストよろしく現実化してるので、やがては全国的にハワイみたいな気候になるかもしれなかった。
やがて島は徐々に大きく見えてくる。真っ青な大洋に浮かぶ、緑の宝石のようだった。美山の脳裏に、その島の情景が浮かぶ。どこまでも広がる青い空、奇跡のように澄みきったコバルトブルーの海、真っ白な、日に焼けてまぶしい砂浜。
あらん限りの陽光を放射する南国の太陽。空を優雅に飛んでゆく、白いカモメ達……。やがてスカイ・カーはフォルモッサの地面に着陸した。しばらくここで、今度の盗みに関わった面々が、骨休めするつもりである。王冠を奪ったはずの、他のメンバーとの合流が心の底から待ち遠しいと美山は思った。
王冠を観たいという意味でも、仲間の無事を知りたいという意味でもだ。そんな物思いにふけりながらも、彼はスカイ・カーを、この島で唯一の建物に向かって走らせる。それは外壁の真っ白な、コロニアル風の豪邸だ。ミスティー・ナイツが過去に盗んだ金を使って、贅をこらして建造した屋敷である。
ちょうどその屋敷から1台のバイクが近づいてくる。750CCの、大型の黒いハーレーだ。疾走する勇姿は、まるでドーベルマンのようだった。
美山の運転するスカイ・カーと、向こうから来るバイクがまるで待ちあわせでもしたかのように向かいあわせで停車する。バイクから降りた人物がフルフェイスのメットを外すと、短髪の若い男の顔が現れた。海上自衛隊で潜水艦を操縦していた木戸脇(きどわき)という人物だ。
理不尽な上官を殴ったために、今は退官して別の職業についていた。夏場はサーフィンに行ってるとかで、顔はほどよく日焼けしている。目はまるで鏡のように澄んでおり、彼の人柄をよく、表している。
この島には、木戸脇も含めて18人の潜水艦乗りの男達がいた。ここにはゴトランド級の潜水艦が1隻あり、その艦で、周辺の海域を警戒していたのである。
「お疲れさんです美山さん」
木戸脇は笑顔で、3人の男達を出迎えた。が、スカイ・カーの車内で眠っている明定の顔に気づくと、さすがに表情を氷のようにこわばらせる。明定はだらしなく口を開いて、自分がたらしたよだれで上着の肩のあたりがガビガビになっていた。
まるでゾウかライオンのような、でかいいびきをかいている。もっとも美山はゾウやライオンがそもそもいびきをかくのか、かくとしてもこんな大きな音がするのか知ってるわけではないのだが。それに明定の体型は、ライオンというよりトドを思わせた。
「そいつはお客さんですか」
後部座席を射るように見ながら、木戸脇が質問する。「なんだかカジノに侵入した泥棒っていうよりも、でっかいアザラシ捕まえてきたハンターって感じですね」
「そうかもな」
車の窓から顔を突きだしながら美山が口を開いた。
「後でアザラシ料理をお目にかけるから、よく見ててくれ」
美山は片目をつむってみせた。
*
目が覚めると、明定はベッドの上に横たわっていた。そこは見知らぬ部屋である。他には誰もいない。まるで大きなたくあん石にでもなったような重い体を動かして、ようやく彼は寝台の端に腰かける。
部屋の隅にはユニットバスがあり、明定は足を引きずりながら、そこへ向かった。そこには様式の便器とシャワールームがある。窓は室内のどこにもなく、ユニットバスには換気扇がついていた。廊下に出るらしいドアが一つだけあるが、外から施錠されてるらしく、ノブを回しても扉は微動だにしないのだ。
念のためドアの隙間に目をやると、明らかにロックされている。どうやら自分は監禁されているようだ。情けない話だが、ミスティー・ナイツとかいう盗人風情に捕まってしまったようだ。
ドアを開けるのは諦めて室内のほうへ足を向けると、いきなり背後の扉が開く音がした。すぐに後ろをふりむくと、黒いサングラスの男が現れた。
空飛ぶ車を操縦していた奴だ。明定は身構えた。相手は右手に拳銃を手にしており、その筒先をこっちの胸元へ向けている。さらに後ろからライフルを構えた男が現れた。
そっちの男はミラーグラスをかけている。体格がよく、半そでのシャツからは、棍棒みたいな太い腕が伸びていた。
「わがアジトへようこそ明定さん。しばらくあなたにはゲストとして、こちらへご滞在いただきます。我々は不要な暴力は望みません。おとなしくしてれば、危害を加えるつもりはないです」
黒いグラサンの人物は、どこかバカにしたような口調で話した。
「貴様らこんな真似をして、タダで済むと思うなよ」
明定はすごんでみせた。
「大口を叩けるのは、あなたの後ろに鶴本代議士がいて、暴力団や警察とも密接な関係になってるからですか」
黒眼鏡の男は、明定の胸をえぐるような言葉を突き刺してきた。返す言葉もなく、国営カジノの支配人は黙りこんだ。
(一体こいつ、どこまで我々のネットワークを知ってるのだ)
「別に返事はいりません。ぼくらは独自の情報網を使って、あなた方の黒い関係を調べてますから。どこの世界にも金をもらったり、その反対に純粋な正義感から、組織の秘密を流す人間がいるものです。仮に密告者がいなくても、ハッキングや盗聴で、情報なんていくらでも入手できますしね」
世間話をするような、気さくな語調で相手が話した。
「そこまでわかってるなら、すぐにでもこの件から手を引くんだな。おれを解放して、盗んだ物を無事に返せば、我々も鬼ではない。寛大な処分を考えなくもない」
相手の男が爆笑した。
「そんな嘘を、おれ達が信じるわけないでしょう。そもそも簡単に手を引くなら、最初からこんな無茶はしねえよ」
「ほほう……。貴様自分でも、無茶な行為とわかってるんだな」
「まあな。おれ達は生まれつきの大バカだからな。そうでなけりゃあ、国営カジノに強盗に入ろうなんざ、考えねえよ」
こうして会話を交わしながら、明定は眼前の盗人を分析していた。流暢な日本語で話しているが、時折英語ふうのアクセントが混じる。髪は黒いが、純粋な日本人にしては、彫りの深い顔をしていた。
髪の黒さもちょっと不自然なほど濃い色だ……。もしかしたら、染めているのかもしれない。ハーフかクオーターの可能性もある。
もっとも地球温暖化ならぬ地球熱中化の影響で日本の熱帯化がじわりじわりとだが確実に、ホラー映画に登場するゴーストよろしく現実化してるので、やがては全国的にハワイみたいな気候になるかもしれなかった。
やがて島は徐々に大きく見えてくる。真っ青な大洋に浮かぶ、緑の宝石のようだった。美山の脳裏に、その島の情景が浮かぶ。どこまでも広がる青い空、奇跡のように澄みきったコバルトブルーの海、真っ白な、日に焼けてまぶしい砂浜。
あらん限りの陽光を放射する南国の太陽。空を優雅に飛んでゆく、白いカモメ達……。やがてスカイ・カーはフォルモッサの地面に着陸した。しばらくここで、今度の盗みに関わった面々が、骨休めするつもりである。王冠を奪ったはずの、他のメンバーとの合流が心の底から待ち遠しいと美山は思った。
王冠を観たいという意味でも、仲間の無事を知りたいという意味でもだ。そんな物思いにふけりながらも、彼はスカイ・カーを、この島で唯一の建物に向かって走らせる。それは外壁の真っ白な、コロニアル風の豪邸だ。ミスティー・ナイツが過去に盗んだ金を使って、贅をこらして建造した屋敷である。
ちょうどその屋敷から1台のバイクが近づいてくる。750CCの、大型の黒いハーレーだ。疾走する勇姿は、まるでドーベルマンのようだった。
美山の運転するスカイ・カーと、向こうから来るバイクがまるで待ちあわせでもしたかのように向かいあわせで停車する。バイクから降りた人物がフルフェイスのメットを外すと、短髪の若い男の顔が現れた。海上自衛隊で潜水艦を操縦していた木戸脇(きどわき)という人物だ。
理不尽な上官を殴ったために、今は退官して別の職業についていた。夏場はサーフィンに行ってるとかで、顔はほどよく日焼けしている。目はまるで鏡のように澄んでおり、彼の人柄をよく、表している。
この島には、木戸脇も含めて18人の潜水艦乗りの男達がいた。ここにはゴトランド級の潜水艦が1隻あり、その艦で、周辺の海域を警戒していたのである。
「お疲れさんです美山さん」
木戸脇は笑顔で、3人の男達を出迎えた。が、スカイ・カーの車内で眠っている明定の顔に気づくと、さすがに表情を氷のようにこわばらせる。明定はだらしなく口を開いて、自分がたらしたよだれで上着の肩のあたりがガビガビになっていた。
まるでゾウかライオンのような、でかいいびきをかいている。もっとも美山はゾウやライオンがそもそもいびきをかくのか、かくとしてもこんな大きな音がするのか知ってるわけではないのだが。それに明定の体型は、ライオンというよりトドを思わせた。
「そいつはお客さんですか」
後部座席を射るように見ながら、木戸脇が質問する。「なんだかカジノに侵入した泥棒っていうよりも、でっかいアザラシ捕まえてきたハンターって感じですね」
「そうかもな」
車の窓から顔を突きだしながら美山が口を開いた。
「後でアザラシ料理をお目にかけるから、よく見ててくれ」
美山は片目をつむってみせた。
*
目が覚めると、明定はベッドの上に横たわっていた。そこは見知らぬ部屋である。他には誰もいない。まるで大きなたくあん石にでもなったような重い体を動かして、ようやく彼は寝台の端に腰かける。
部屋の隅にはユニットバスがあり、明定は足を引きずりながら、そこへ向かった。そこには様式の便器とシャワールームがある。窓は室内のどこにもなく、ユニットバスには換気扇がついていた。廊下に出るらしいドアが一つだけあるが、外から施錠されてるらしく、ノブを回しても扉は微動だにしないのだ。
念のためドアの隙間に目をやると、明らかにロックされている。どうやら自分は監禁されているようだ。情けない話だが、ミスティー・ナイツとかいう盗人風情に捕まってしまったようだ。
ドアを開けるのは諦めて室内のほうへ足を向けると、いきなり背後の扉が開く音がした。すぐに後ろをふりむくと、黒いサングラスの男が現れた。
空飛ぶ車を操縦していた奴だ。明定は身構えた。相手は右手に拳銃を手にしており、その筒先をこっちの胸元へ向けている。さらに後ろからライフルを構えた男が現れた。
そっちの男はミラーグラスをかけている。体格がよく、半そでのシャツからは、棍棒みたいな太い腕が伸びていた。
「わがアジトへようこそ明定さん。しばらくあなたにはゲストとして、こちらへご滞在いただきます。我々は不要な暴力は望みません。おとなしくしてれば、危害を加えるつもりはないです」
黒いグラサンの人物は、どこかバカにしたような口調で話した。
「貴様らこんな真似をして、タダで済むと思うなよ」
明定はすごんでみせた。
「大口を叩けるのは、あなたの後ろに鶴本代議士がいて、暴力団や警察とも密接な関係になってるからですか」
黒眼鏡の男は、明定の胸をえぐるような言葉を突き刺してきた。返す言葉もなく、国営カジノの支配人は黙りこんだ。
(一体こいつ、どこまで我々のネットワークを知ってるのだ)
「別に返事はいりません。ぼくらは独自の情報網を使って、あなた方の黒い関係を調べてますから。どこの世界にも金をもらったり、その反対に純粋な正義感から、組織の秘密を流す人間がいるものです。仮に密告者がいなくても、ハッキングや盗聴で、情報なんていくらでも入手できますしね」
世間話をするような、気さくな語調で相手が話した。
「そこまでわかってるなら、すぐにでもこの件から手を引くんだな。おれを解放して、盗んだ物を無事に返せば、我々も鬼ではない。寛大な処分を考えなくもない」
相手の男が爆笑した。
「そんな嘘を、おれ達が信じるわけないでしょう。そもそも簡単に手を引くなら、最初からこんな無茶はしねえよ」
「ほほう……。貴様自分でも、無茶な行為とわかってるんだな」
「まあな。おれ達は生まれつきの大バカだからな。そうでなけりゃあ、国営カジノに強盗に入ろうなんざ、考えねえよ」
こうして会話を交わしながら、明定は眼前の盗人を分析していた。流暢な日本語で話しているが、時折英語ふうのアクセントが混じる。髪は黒いが、純粋な日本人にしては、彫りの深い顔をしていた。
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