ミスティー・ナイツ

空川億里

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第10話 メタマテリアル

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    人間というよりもターミネーターみたいなアンドロイドのようだ。
「畠山(はたけやま)、いよいよお前の出番だ」
 明定は、スキンヘッドの男に話した。
「隙を見て、ステファン・アダムスを名乗る男に発信機をしかけたんだ。発信機の位置から、こそ泥のアジトを探してくれ。そして奴らを始末するんだ」
「さすがっすね。最初からアダムス博士を名乗る男の招待がこそ泥の仲間と見破ったので」
 畠山が、世辞を披露した。
「残念ながら、そうじゃない。ただ相手がアダムス博士だという確証がなかったので、念のため発信機をしかけたのだ」
「サツには話さないんですか」
「通報できるわけねえだろう。警察でもない個人が勝手に発信機をしかけたなんて。それにポリ公にチクって盗人が捕まえたところで、ムショで何年か臭い飯食って、またぞろシャバに出るだけじゃねえか。おれは、おれに恥をかかせた奴を生きたままにしちゃおかねえ。ミスティー・ナイツだか何だか知らねえが、ちんぴら共の息の根を止めてやれ。奴らにたっぷりと、この世の地獄を味あわせてやる」
「わかりました」
    畠山は、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「クズ共を血の海に沈めてやりましょう」
「頼んだぞ……。後、今度の経緯は鶴本先生には秘密だぞ。間違っても、おれや鶴本先生の名前が出ないようにしろ」
 畠山はうなずいた。そして、応接室の外に去った。
(ミスティー・ナイツの連中がどうなるか楽しみだ)
 明定は、笑いがこらえきれなかった。やがてそれは静かな笑みから爆笑となり、いつまでも、いつまでも笑い続ける。が、椅子にそっくりかえって爆笑しつづけたので、そのまま後方に倒れてしまい、床に頭をぶつけてしまった。
           *
 美山と愛梨が後ろに乗り、海夢が運転するスカイ・カーは、一路海上をめざした。海夢がスイッチの一つを押すと、車体が透明になった。
 この車はメタマテリアルでできている。メタマテリアルは屈折率を自由に設定できるため、背景からの光を遮らずに、それを観る者の目に届けて、車は見えなくなってしまう。
 すでに雲村博士は、この技術を実用化していた。おそらくアメリカやロシアあたりも発表してないだけで、実現しているかもしれない。
 スカイ・カーは本体に電波吸収性塗料を塗っているので、レーダーには探知されない。
 その後自衛隊や警察のさしがねらしいジェットヘリや戦闘機が現れたが、すぐそばを飛んでいるスカイ・カーの存在に気づかず、そのまま通りすぎていった。 
 まるで透明人間か、幽霊にでもなった気分だ。もっとも、こちらが視覚的にも電波的にも見えないがゆえに、間違って飛行機と空中衝突するんじゃないかと、美山はついつい心配になる。
 鳥がジェット噴射口に入りこんでも、結果は同じだ。
「海夢のおかげで助かったぜ」
 去ってゆく戦闘機を見ながら、美山は安堵の息をもらした。
「これも海夢の運転技術のおかげだな。元レーサーってのは伊達じゃないわ」
「とんでもない」
 海夢が謙遜の言葉を述べた。
「雲村博士が素敵な車を作ったおかげです。ジェームズ・ボンドだって、こんなの乗ってないんじゃないですか。それとこれだけの車を自力で開発できるミスティー・ナイツの資金力は大したものです」
「それもこれもみんなが、今までがっぽり稼いでくれたおかげだな」
 スカイ・カーは夜になってから再び南美島に舞い戻った。周囲に人目のない森の中に着陸すると、翼とジェット噴射口も車体の中に収納する。
 そして今度は普通に車として公道を海夢が運転し、3人は再びアジトに帰りついた。そして出迎えた仲間達に、今までの状況を報告する。
「しくじったみたいだな」
 最初に玄関の扉を中から開けてくれた西園寺が、開口一番言葉を放った。
「よくわかったな」
「一体何年つきあってると思ってる」
「贋物をつかまされたんだ。こっちのすり替えもすぐに気づいたらしく、すぐに奴らは追ってきた」
「そいつは悪かった。誰にも見破れねえような精巧な贋作を作ったつもりが、相手にはばれてたわけか」
「ま、気にするなって。お互い様だ。おれもちょっと明定を甘く見てたぜ。こうとなっちゃ、第2案でいくしかねえな。釘谷のおやっさん頼んだぜ」
「任せておけ」
 釘谷は自信たっぷりの口調である。
「おれにやらせてくれたらまず間違いねえから大船に乗ったつもりでいてくれ。西園寺の贋作はよくできてたが、明定の野郎もそこはプロだからな。そもそもケースにしこんであったのが贋作だったんだから、仮に明定がすりかえに気づかなくても、こっちは本物を入手できなかったのには変わりない」
「いやホント、間一髪の危機だったぜ。博士のスカイ・カーと海夢のプロなみの運転技術がなかったら、とっくに逮捕されてたかもな。今頃ムショで、姫崎ちゃんのハイヒールに踏まれてたところだ」
 美山が雲村博士に話した。
「そのスカイ・カーを最初に見た時『テレビアニメの見すぎ』だの『ジェームズ・ボンドじゃねえんだ』だの、色々ほざいてたのはどこのどいつだったかな」
 雲村が笑顔を浮かべながら、穏やかに反撃してきた。
「そうだったかもしんねえけど、あれは冗談半分だから」
 美山は右手で、頭の後ろをかきながら答えた。自分でも、苦笑を浮かべているのがわかる。
「爆破する廃ビルの場所は、すでに決めてある」
 釘谷が地図を広げた。
「美術館からよく見える位置だが、途中に高い建物がないからであって、結構遠い場所にある。美術館の警備員が消火活動の応援に行けば、警護体制はガラ空きになるって寸法だ」
「簡単に侵入できんのか」
 美山は尋ねた。
「敷地の周囲は金網で囲まれてるけど、容易に乗りこえられる高さだ」
「周辺にホームレスのおっさん達はいないのか。万が一でも、爆弾の巻きぞえにしちゃあ、取り返しがつかねえ」
「何度か行ったけど、浮浪者の姿はなかった。爆破当日もしもホームレスがいたら、そっから追いだすだけだ。ダイナマイトの巻きぞえにするつもりはねえ」
「そら、そうだ。無関係の人を犠牲にはできないもんな」
「家のない貧困層こそ、資本主義社会の最大の犠牲者だ。おれが夢見る真の革命が起これば、全ての浮浪者が家や仕事を持てる日がやってくる」
「まだ、そんな寝言ほざいてるのか」
 美山はあきれて、たしなめた。
「そりゃ、ホームレスになった人の中には、住居を持ちたい人や職業につきたいもいるだろうよ。でも逆に、今の生活が気にいってる奴もいるんじゃないの」
「世界中の全人民が住まいや職を持てるようにするのが、わが革命の理念だ。その時こそ、地球に平和が訪れる」
「そうかいそうかい。ま、思想や信条は自由だからな。ご高説は拝聴しました。お好きなように、ご自分の夢を追ってちょうだい」
「確かに世間には革命だの、社会主義だの、古い考えと思ってる者がいっぱいいるんだろうけど、おれはそうは思ってない。所得格差が広がった今の日本を見てみろ。やがてわが国の人民も立ち上がり、今の政府と資本主義を打倒する日がやってくる。日本だけじゃない、世界中の全人民がだ」
「でも、ソ連や東欧の共産国家は倒れちまったぜ」
 美山は釘谷に茶々を入れた。
「あんなのは、断じて共産主義じゃない。共産主義のふりをした全体主義国家だから、崩壊して当然だ。だからといって、日本や欧米や中南米の左翼政党の考えも間違ってる。これから本当の社会主義の時代が来る」
 釘谷は、ゆるがぬ口調で断言した。
(ただ単に、自分以外の人間の考えは、ことごとく間違ってると思ってるだけじゃねえのか)
 美山は腹の中でつぶやいた。口に出すのも面倒だ。
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