パシリは、観ていた

空川億里

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第5話 事件解決?

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 左近は、赤羽にある葦名のアパートを再び訪れた。
「君が蕨の壺屋晴人君の家で観た映画だけど日曜の10時40分から観はじめて、12時40分に観終わったから、大体2時間だな。上映時間。どの場面が1番良かった?」
 左近は、葦名にそう切り出した。
「そうですね……最後の方で大人になった主人公とヒロインが、車内で会う場面が好きです」
 左近は興奮状態になった。彼はこの作品が事件解決の糸口になると思い、DVDを借りて観たのだ。
「君、その映画観たの初めてだよね。早送りしてないんだろう?」
 思わず、つばを飛ばして聞いた。
「できません。先輩が、リモコンとプレイヤーのある小部屋を施錠したんで」
「君が今話したシーンは124分版の『ニューシネマパラダイス』に入ってない。入ってるのは170分のディレクターズカット版の方だけなんだ。本当に、映画は2時間で終わったの? 実際は3時間近くあったんじゃないの?  本当は君の先輩は、10時40分より早い時刻に外出したんじゃないだろうか? スマホで外出時と帰宅時の時刻を見たって言ってたけど、先輩がスマホの時刻表示を内緒で操作したりしなかったの?」
「それはないです。あの後スマホの時刻を駅の時計と確認したけど、合ってたんで」
「あの後って、君はずっと自分のスマホを持ってたんじゃないのか!」
 左近は、思わずつばを飛ばした。
「10時40分というのは、僕が確認したんじゃないです。先輩が外出する時、自分の腕時計を見て言いました。スマホは先輩の家に行った時、最初に金庫に預けたんで」
「わざわざ金庫に?」
 びっくりして、左近が聞いた。
「以前ぼくがスマホなくしたんで、またなくさないようにって、土曜行った時取りあげられて金庫に入れられたんです。先輩が帰宅した時金庫から返しました。その時スマホの時刻を見ましたけど、間違いなく12時35分でした」
「おかしいと思わなかったの? 2時間にしては長いって」
   つい強い語調になって詰問した。
「普段映画観ないから3時間の作品があるって知らなかったんです。映画なんて、みんな2時間位かと。『124分』と書いたパッケージを見てますから、当然中身もそれぐらいだと思ってました。作品が面白かったから夢中になって時間の経つのも忘れてましたし」
 これで晴人のアリバイは破れた。
 左近は早速部下の刑事と一緒に晴人の家を訪問し、令状を見せ、晴人を神田署の取調室に連行する。
 左近は晴人の向かいに座り、証拠の数々を、ぶつけていった。やがて晴人は自供する。
「お父さんが殺された日曜の朝君は葦名君1人だけを蕨の自宅に残し、家を出た。その時君は自分の腕時計を見て『10時40分だ』と話したが、実際は違ったな」
   左近は、穏やかな口調で聞いた。
「本当は9時53分です」
   晴人はふてくされた顔で、そう回答する。
「そして君は蕨駅から電車に乗る前駅前の本屋のトイレで変装した」
 この件は、聞きこみで判明した。黒ずくめの男が書店の便所に入り、別の格好で出たのを店員が見たのだ。
 その証言は、店の防犯カメラの映像でも確認できた。
「マフラー、帽子、サングラスをスポーツバッグに入れて、代わりにバッグから出したロン毛のかつらをかぶりました」
 晴人は、重苦しい口調で話す。
「上着は内側の赤い方を外にして着なおしました。そして10時19分蕨駅発の電車に乗ったんです」
「そして、神田に向かったんだな?」
「そうです。神田駅で降りると駅の便所でボンジュール急便の制服に似た服に着がえ、実家に行きました」
「どこかから盗んだのか?」
「本物の制服じゃありません」
 晴人は激しく、首を横にふる。
「似たような服をネットで探して買ったんです。日曜の11時代は弟が帰ってくるから門も玄関も施錠されてないのを知ってたんで、その時間に行きました。万が一施錠されてたら計画は中止して、別のプランを立てる気でした」
(どちらにしても、お父さんを殺す気だったか)
 怒りのあまり、左近は歯噛みをした。
「家に入ると親父は玄関に背を向け電話中でした。俺は台所から包丁を持ちだし、親父の背を刺して、殺しました。そして神田駅へ戻り切符を買って、駅構内の便所で黒ずくめの服装に戻り、ダンボールは畳んでバッグに戻しました。そして山手線に乗って秋葉原で降り、ガンダムカフェに行ったんです」
「義明君が借金を消費者金融からしてるけど、これって君のを肩がわりしてるだけだよな?」
「すぐ返すつもりでした。ギャンブルでまた借金ができて、もう消費者金融から借りるのはまずいと思って、弟から借りたんです。そのうち弟もこれ以上消費者金融から借りれないと言いはじめて……」
「何の落ち度もない父親を殺し、恥ずかしいと思わないのか?」
「親父は年だから、そのうち先に死ぬじゃないか!」
 突然晴人が、大声をあげた。
「ちょっとばっか先に親父が死んで、今後生きてく俺が遺産を受けとっても、罪はねえだろう」
「しかも弟に罪をなすりつけようとしたろう。弟が帰る時間を狙ったろう」
「親父が死んで弟がムショに行けば、遺産は全部おれの物になるからな」
 晴人は開きなおった態度だ。左近は、この男をなぐりたい衝動を必死に抑えるのに苦労した。


                  
 晴人が逮捕された後葦名は呼びだされて樫原のアパートへ行き、蕨駅前のスーパーで買ったビールとつまみで、2人きりの宴会を始める。
「今日は一体何の用です?」
 葦名は質問した。
「金、貸してくれ」
「無理です。もう何万も貸したでしょう」
「だったら、おれに手を貸してくれ。神田の壺屋邸に空き巣に入るんだ。こないだ亡くなった悟さんの葬式に参列したろう。何のかのと理屈をつけて、息子の義明に取り入るんだよ。そして壺屋邸に2人で遊びに行って、うまい事合鍵を作るとか、侵入しやすそうなルートを探すんだ」
「それ、犯罪でしょう」
 突然、樫原の拳骨が飛んできて、葦名は頬に痛みを覚えた。
「お前は、俺の言う通りにすればいいんだ。今日からお前は、俺の舎弟だ」
 柔和だった樫原の顔はいつのまにか、鬼のような形相になっていた。




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