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7 天駆ける棺桶 (1)

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 ルナは腰を落としていたベッドから、ゆっくりと立ち上がった。
 机に頭を伏して眠りに着いていたライトを起こさないように。

 一日が五時間しかない為に、夜は約二時間しか訪れない。

 人間はそのような環境に適応する為に、睡眠時間が短くなったものの、眠りの周期が増え、細かな睡眠を分けて多く取るようになっていた。

 ルナは垣間見えるライトの寝顔をそっと見つめた。

 こうして人間と話したりして関わったのは、アランと離ればなれになって以来だった。
 これ以上、人と関わっていてはアランを思い出し過ぎてしまい、胸が張り裂けてしまう。

 ルナは、足音を立てずに部屋を出た。

 先ほどの部屋と同じで、むき出しになった配管や配線が壁を彩り、薄暗く低い天井で幅が狭く細長い廊下を壁伝いで進んだ。

 廊下の突き当たり行き止まりに行き着くと、近くに備え付けられた梯子があるのに気がついた。

 梯子に視線を向けて顔を見上げると、小さな穴が空いており、そこから薄焼けの空が見えた。
 ルナは、ここから登れば外に出られると思い、梯子を登る。

 ルナの予想通り、梯子を登りきると外に出たが、そこは“潜水艦”の艦上だった。

 潜水艦の大きさは、まるでマッコウクジラが横たわっているようだった。

 この潜水艦の艦体は半分となっていた。つまりは潜水艦は既に壊れており、本来の役目を果たせない状態であった。

 だがルナは、今自分が居る場所が潜水艦だと知る由は無い。

 地上から十五メートルほどの高さだった。杭と廃線で作られた手作り感が溢れる転落防止用の柵で囲われており、簡易的の船橋が設けられていた。

 ルナはその柵にもたれ掛かり、そこから見渡した朝陽が照らし出す景色は、何処までいっても枯れ果て、渇いた砂の大地が広がっていた。

 百年間――気候変動により降水量は大幅に減少し、海面上昇で騒がれていた海は年月が経つにつれて海水が減少してしまい、やがて干上がってしまった。

 この潜水艦が、こうして姿をさらけ出してしまっている理由の一つだろう。

 あの蒼い地球は一体何処へ行ったのだろうか。

 アランと一緒に行った海水浴の思い出が、ふとルナの脳裏によぎり、ルナの瞳から涙が溢れこぼれた。
 滴り落ちた涙は渇いた大地へと向かっていったが、途中で蒸発してしまい、大地を潤すことは無かった。

「アラン……」

 力無げに沈んだ声で呟いた。

 ルナはその声と同じように身体の力が抜けると、そのまま倒れ込み十五メートルの高さから落ちていった。


   ◆◆◆


 少し時間は戻り、ライトの部屋―――

「うわっ!」

 ビクッと身体が痙攣けいれんするとバランスを崩す。
 身体が机から落ちる前に目を覚まし、ライトは起き上がった。谷底から落ちる夢を見ていたようで、額に浮かんだ冷や汗を拭った。

「な、なんだ、夢か……あれ?」

 寝惚ねぼけ眼で、ふと部屋を見渡すと、ルナの姿が無いのに気付く。

「何処に行ったんだ?」

 手洗てあらいに行ったと考えたが、ルナにとってここは慣れない場所。その道中で迷子になっているのではと案じた。
 捜しに行こうかと立ち上がったが、寝起きだった為に足元がおぼつかず、

「痛っ!」

 机に右足をぶつけてしまった。
 その衝撃でルナが所持していた小袋が床に落ち、中身が散らばってしまった。

「あーあー、しまったな……」

 ライトは腰を落としその散らばった物々を拾い集める。
 綺麗な石、ひどく汚れた指輪、ネジ。ガラクタばかりだったが、ある一つの物にライトの目が留まった。

「これは……」

 それを手に取り、じっくり眺めると、床に無造作に放置されていた本から一冊を取り出し、ページを捲った。
 開いたページと手に取った物を見比べ、ある確証を得た。

「間違い無い……これだ! これが有れば修理ができる!」

 そしてライトは、その部品を優しくしっかりと握り締めて、勢い良く部屋を飛び出した。
 戻ってくるのが待ってはいられないと、この所有者であるルナを捜しに行ったのだった。

 薄暗く低い天井で幅が狭く細長い廊下を駆け抜けていく。
 途中にある部屋の中を覗きながら、ルナの姿を確認したが、どこにも居なかった。

「もしかして、外に出ているのかな?」

 そう見当をつけると、大切に握り締めていた物をポケットに仕舞い込み、艦上へと出る梯子を駆け上った。


   ◆◆◆


 穴から艦上を見回すと、手作りの柵の所で背中を向けているルナが居るのが目に入った。

「あ……!」

 声をかけようとした瞬間――ルナは柵からなだれ落ちた。

 突然の出来事に状況を掴めず、ライトは呆然としてしまった。
 その二秒後だった。

――ドスンッ!

 鈍い音が響いた。

 その音で我を取り戻したライトは、慌ててルナが立っていた場所に駆け寄り、柵から上半身を乗り出して、下の様子を覗う。
 すると朝陽で照らされた大地に、ルナがうつ伏せになって倒れている姿を見つけた。

 ピクリとも動く気配はしない。

 サァーと血の気が引く音が聞こえるほどで、顔面蒼白になったライトの脳裏にバイクでルナと衝突したシーンが思い浮かんだ。

 この後どうするかと考えると、あの時と同様にルナの元にいち早く駆け寄るしかなかった。

 動揺していたために、ライトはここから飛び降りようとして、柵に足をかけたが、その判断が間違いであると、すぐに気付いた。

「いや、こんな高さから飛び降りたら死ぬ……そうだ!」

 柵に括り付けていたロープの存在を思い出し、そのロープを伝って降り始めた。

 一秒でも速く降りようとしていると中間の所で――

―ブツッ!

 とロープは切れてしまい、思いがけないショートカットをしてしまった。

 腰を強打したものの打ち所が良かったらしく大怪我にならずに済んだ。
 それでも痛みが身体に走るものの歯を食いしばって我慢しつつ、ライトはルナの元へと駆け寄った。

「お、おい。大丈夫……」

 ライトが声をかけると否やルナは何事も無く上半身を起こし、そのまま何事も無く起き上がった。
 そして最初に逢った時と同じく、ライトの存在に気付く素振りもせず、何処かへと行こうと歩き出す。

 ライトは去り行くルナを何も言わず目で追いかける。
 無事では済まない不慮の事故を、二度も身に受けているのにも関わらず、ルナは何とも無い。

 流石に今も不思議な雰囲気を漂わせる少女―ルナ―が、只者ではないと察していた。
 だからこそ、彼女が何者かであるか知りたかった。

「ま、待った! 君は一体、何者なんだ?」

 ルナは足を止め、そっと振り返る。
 涙ぐんだ瞳に、ライトの姿にアランの姿が重なった。

 自分の目の前にいるのが、アランでは無いと解かっている。

 しかしルナは、かつてアランが訊ねてきた問い―言葉―に心を揺さぶられ、アランと過ごした日々が脳裏に過ぎった。

 自然と口が開く。

 アランと語り合った時と同じように、ルナはライトに自分の正体を……地球がこうなっていった経緯を包み隠さずに話した。

 言葉を吐き出すことによって、自分を締め付けている気持ちが、少しずつ軽くなっている気がした。

 黙ったまま話しを聞くライトが、アランと同じような表情をしていたのがルナは妙に懐かしく思えた。
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