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47 「お役に立てて、光栄です」

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 翌日、晴天にも恵まれ湯乃花祭りは開催された。
 前年よりも活気に溢れ、大いに盛り上がった印象だった。

 いつもの家族連れやご年配の他に、一人旅の人や男連れの団体客をよく見かけた。

 会場の隅でアンケートを行なっていたが、祭りに来た・知った切っ掛けの項目で、宇宙姉妹を見たからとか、美湯のサイトで知ったからといった回答が見られ、それと祭り用に作って配布していた美湯のポスターやポストカードが、わずか三日で品切れになってしまうほどの盛況だった。

 後日、そのポスターなどがオークションに出品された、一時市役所内で話題になったりもした。

 祭りの最中、すこぶる上機嫌な安部と会った。
 美湯のイラストが印刷された祭り限定のお菓子が売上好調だからでもあるが、他にも理由はあった。

 それは伊吹まどか……いや、桑井園子が居たからでもあった。

 急遽、ボランティアとして参加した園子は、ひとまず会場内でのウグイス嬢に割り振られていたが、一部の人たちに伊吹だと気付かれてしまった。その一部の人の一人が安部だった。

 場の空気……というか、安部の強い推薦に押されるがまま、園子は祭りのイベントの進行役をやらされたりもした。園子はイヤな顔を一つもせず、急に任されたものの一部の人達の大声援に支えられたりして、柔軟に対応しつつ無難にこなしていった。

 奮躍する園子を見て、本来進行役をやるはずだった薫は、

「流石は声のお仕事をしているだけあって、声は聴きやすいし、難無くやっていますね。桑井さんに頼んで良かったですね」

 とても感心しており、それは幸一も同じ想いであった。

「これなら、最初からオファーを出しても良かったな」

 いきなり美湯の声を担当している本人がやってきて、手伝いを申し出てくれたことに一同は驚き、煙たがりもしたが、園子の働く姿……声優としてのプロの姿に感じ入るものがあり、感銘を受けていた。

 中でもイベント中で美湯や猿(ホット・スプリング)の声を披露する……いわゆる寸劇のようなアドリブを園子が披露したのである。

 コミカルで軽快な内容に場は盛り上がり、特に子供たちに大好評だった。
 それを見学していた茂雄たち年配者に、

「いやー。あの、美湯の声を担当した人は良いね。あんな風に声だけで子供たちに喜ばれるなんて初めて見ましたよ」

 前までの美湯批評は何処言ったのかと思うぐらいに、好印象を与えていたのである。
 その事を園子に伝えると、少し恥ずかしそうにしたが、満面の笑みを浮かべて、

「お役に立てて、光栄です」

 自分が為していることに充実していた。
 園子の活躍と頑張りも有りつつ、あっという間に七日間は過ぎ去り、湯乃花祭りは終了したのであった。


~~~

 祭りが終わった翌日には、園子は東京に戻る予定だった。
 見送りに伊河駅のホームで、電車が来るのを待つ園子と幸一。

 伊河市は地方である。地方は電車の本数は少なく、都会のように分刻みで電車は来ない。二人は雑談しながら、時間を潰していたのであった。

「もう少し、ゆっくりしていってくれても良かったのに……」

「本当はそうしたかったのですが、帰路の乗車日をこの日にしていまして……」

 元より声優としての稼ぎが宜しくないため、ふところ具合が厳しい。

 ましてや声優の仕事を辞めてしまっては、これからさらに厳しい状態になるであろう。それにも関わらず、遠路はるばる伊河市までやってきたのである。

 祭りの期間は幸一の家に宿を提供しようとしたが、丁重に断られてしまった。
 伊河市で一番安いビジネスホテルで過ごしたのであるが、ゆっくり滞在する余裕(お金)が無かったのだ。

 あと五分ほどで電車がやってくる。ここで別れてしまったら、もしかしたら二度と園子と会う機会は無いと思い、幸一はずっと心に引っかかる思いを口にした。

「声優は……。声優は、やっぱり辞めてしまうのですか?」

 気まずい沈黙。
 それは今まで記憶の彼方に追いやっていたものを、引っ張り出すのに掛かった時間だった。

「……そうですね。もう事務所を辞めてしまっているので、声優じゃありませんし……」

「そうですか……」

 幸一の本音は声優を続けて欲しいと強く思っていた。
 あの祭りのイベントでの園子の姿がとても印象に残っており、きっと天職なのだと感じて、残念で仕方なかった。

「来年の湯乃花祭りでは、今度は正式に桑井さんにオファーしたいと思っています……」

 確証は出来ない約束では有ったが、幸一だけでは無く、薫も、安部も、平岡も、そして稲尾もそう思ってくれているはずだと。

「……それは、とてもありがたい申し出です」

 園子は礼を述べた。少し寂しそうな笑顔で。

 来車を告げるアナウンスが響くと、警笛を鳴らし電車がホームに入ってきた。
 電車の扉が開くと降車客が出て行き、次に乗車客が入って行く。平日の為、疎らで少なかった。

 電車の待ち時間は短く、ゆったりと話しをする時間は無い。園子は幸一たち母親や飯島から貰ったお土産で重くなった鞄を手にして、電車の中へと進み入った。

「桑井さん!」

 呼びかけたものの後に続く言葉が思いつかなかった。
 園子は今にも泣きそうだったが、それを覆い隠すように、幸一には笑顔を向けた。

「高野さん、ありがとうございました。とても楽しい一週間でした。また、お会いできる日を心待ちしております」

 深く丁寧に頭を下げると、発車ベルが鳴り響いた。

「桑井さん、お元気で! 必ず、必ずまたお会いしましょう!」

 扉は閉まり、二人の間に壁が出来た。

 やがて電車はゆっくりと動き出し、徐々に離れていった。幸一は、園子を乗せた電車が彼方に消えても、ずっと見送った。


 また逢える日を望みながら―――

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