上 下
32 / 49

31 「今日ここでアフレコ収録する場所でもある」

しおりを挟む
 十日後――声の収録のために再び上京した幸一。
 前回と同じく東京駅の銀の鈴広場で志郎と再会したのち、そのままアフレコスタジオへと案内された。

「ここは……」

 案内された場所は、とある専門学校だった
 。いわゆるアニメーション関係の教育施設であり、かつて美幸が行っていた専門学校の系列校の東京校であった。

「そう専門学校。オレの母校でもあり、今日ここでアフレコ収録する場所でもある」

「ここで? 出来るのか?」

「もちっ! 声優科がある専門学校には自前の収録設備が整っているんだよ。それをお借りするんだよ。無料で」

「良いのか? そんなことをして……」

「はっはっはっ、バレなきゃ良いんだよ」

「おいっ!」

 公務員もとより日本人として違反的なものは勘弁して欲しいと止めに入る幸一。

「心配するなよ、冗談だよ。確かに原則的に私用で使用するのは禁止だと思うけど、一応、俺がここの卒業生だから、ある程度の融通が利くんだよ。さぁ行こうぜ」

 訝しげに思いつつ幸一は、志郎の後を追い建物内に入った。
 建物の中は休日(休校日)というのもあってか生徒の姿は無かったが、所々にはアニメのポスターや学生が描いたであろうマンガやイラストが貼られていた。

「こういう所に美幸は通っていたのか……」

 場所は違えど、美幸が通っていた専門学校の本校である。
 雰囲気は似た様なものかなと感傷に浸る幸一を余所に、志郎は受付で事を進めていた。

 すると奥から一人の人物が姿を現した。

「久しぶりですね、伊東くん」

 鼻髭と顎髭をたくわえているからなのか、幸一よりも幾分か年上に見える。

「谷垣先輩、お久しぶりです。今日は宜しくお願いします」

 志郎の挨拶に釣られて、幸一は軽く頭を下げた。谷垣は見慣れない人物(幸一)を伺いつつ、

「えっと、そちらの方が今日の……」

「あ、初めまして。伊河市観光課の高野と申します」

 幸一は名乗りながら名刺を取り出すと、社会人の儀式…名刺交換が行われる。

「これはこれは、初めまして。私はここで講師を務めております、谷垣勉と言います。話しは伊東くんから聞いてますよ」

 聞いているということは、志郎が言っていたのは本当であるということ。

「は、はい……。それじゃ、本当にここで収録をするんですか?」

「ええ」

「本当に良いですか? なんか学校の設備を使うみたいですけど……」

「はは。本当は規則違反ですけど学生たちの為になるので、特例ですが使用許可が降りましたよ」

「学生たちの為?」

「とりあえず、スタジオの方にご案内しますよ」

 腑に落ちない幸一は谷垣に案内されてスタジオに入ると、そこには数名の学生たちが準備をしていた。
 谷垣は改めて幸一の方を向いて、学生たちの方へ視線を誘導するために手を差し出した。

「今回、収録のスタッフは全員生徒たちが行います」

「えっ! それは……大丈夫なんですか?」

 てっきり、専門(プロ)の人が収録してくれると思っていたので、思わず心配の声が漏れる。谷垣は迷いの無い表情……真顔で答える。

「まだプロではないので至らない所は有ると思いますが、プロを目指しているので覚悟して本気で取り掛かってくれますよ」

 幸一は生徒たちに軽く頭を下げながら、今回の収録代が格安の理由(からくり)を把握した。

「伊東……。これが格安の理由か……」

「そういうこと。アフレコスタジオをほぼ無料で使える上に、学生たちだけどスタッフもいる。ただ、あの学生たちに無償でやらせるのはアレだがらジュース代ぐらいは出しては欲しいがな」

「なるほどね……」

 学生たちを見る幸一。少し不安はあるが格安で使わせてくれるのだから文句は言えない。
 ましてや素人の自分よりは、それを専門に勉強している学生たちの方が知識は有る。ここは谷垣と学生たちを信じて任せることにした。

 しかし、ある不安が胸によぎると同時に幸一の携帯電話が鳴り出した。
 相手は伊吹のマネージャー……高瀬からだった。

「はい。どうも、高野です。あ、はい。着きましたか? はい、そうです。そこです。解りました、今からそちらに向かいますので。はい、待っていてください」

 幸一は携帯電話を胸ポケットに仕舞い、

「伊吹さんたちが着いたみたいなので、迎えに行ってきます」

「それでしたら、私も同行します」

 谷垣と共に玄関へと向かう幸一。
 今回収録する場所を学校の設備で行うことを伊吹達に説明していなかったのである。なんて説明しようかと考えつつ、迎えに行ったのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...