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18 「声優の候補で一人推薦したい人が」
しおりを挟む翌日、夕顔からお断りの連絡が有った。理由としては他の仕事が入ったという。
その報せに薫が頬に手を当てながら呟く。
「ウチのキャラクターイラストの仕事ぐらい一緒にやってくれても良いのに……」
「夕顔さんは遅筆で、有名だからね。それに、掛け持ちで、仕事をしない主義でも、あるからね。こ、これは仕方ないかな……」
平岡は辞退の理由を推測した。
「やっぱり平岡さんって、そっち方面は詳しいですよね」
「いや……べつに、そんな…ことは……」
まごまごしている平岡を余所に、薫は今後を幸一に訊ねる。
「それで先輩。どうするんですかイラストレーター。やっぱり、この野原風花さんで行きますか?」
一方で野原風花からは前向きの返事を貰っており、詳細について聞いてから、正式の契約を進めたいと連絡があった。
「そうだね。一応、野原さんからもOKを貰っているからね。あとは、こっちから正式の依頼をするだけだけど……」
「そうですよね……」
「なにか気になることでもあるの? 飯島さん」
「あ、いや……。野原さんも可愛いらしいイラストを描く人だと思うんですけど、あの夕顔さんの絵と比べると、なんでしょう? 映えてないというか……」
野原風花と夕顔の絵を見比べながら、感想を述べる薫。
「え、そう? どっちとも上手いと思うけど……」
薫もまた志郎たちと同じ感性があるのかと、一人仲間外れになっている疎外感が襲ってくる。
これも年齢による感覚の劣化なのかと思わず首を傾げていると、平岡が薫に話しかける。
「夕顔さんは、色んなイラストやキャラデザの仕事を、している人だからね。こ、この野原さんという人は、まだそんなに絵の仕事をしていないみたいだから、そこら辺でクオリティの差が出る、ものなんだよ」
「いわゆる経験の差ってやつですか?」
「経験もあるけど。さ、才能もあるね。もしかしたら化けるかも、知れないけど……。そ、そこら辺は未知数だからね」
不可思議なワードが出てきた為、「化ける?」と思わず聞き返す。
「え? ああ、その、上手くなるという、ことだよ」
「あ、そうなんですか……。でも、平岡さん的には、この野原さんはどうですか?」
「わ、悪くは無いけど。やっぱり、夕顔さんと比べるとね……。それに知名度の方もね……」
「知名度……。そうですよね……」
「やっぱり少しでも知名度が、有った方が、良いでしょう。夕顔さんだったら、色んなネットニュースが取り上げてくれると思うし……」
「と、なると、夕顔さんみたいな人をもう一度探しますか。先輩?」
薫が幸一に訊ねた。
「んーそうしたいのは解るけど、スケジュール的に難しいかな……」
来年の四月に行われる湯乃花祭りに合わせて、今回のオリジナルキャラクターをお披露目(公開)が決定している。
今は十月。
ゆっくりと物事を待てる猶予は無かった。
「今年中に一通りのものを用意しないといけないし、今すぐにでも動きだしておきたいから、今月中にはイラストレーターを確定させておきたいな」
そう言いながら幸一は、夕顔と野原、両者のイラストに見比べる。
絵は悪くないのに人気が無い。そんな事があり得る世界のようだ。幸一から見れば、夕顔という人の絵も野原風花の絵もどちらも上手い絵にしか見えない。
だが、どこかに人々に評価される要素が有るか無いかで、上手い絵であっても絶賛されるかどうか解らないものみたいだ。
そういうのは“よく解らないな”と、首を傾げてしまう。
「てっことは、この野原さんで進めていくということですね」と、薫が確認を取る。
「そうだね……」
消去法という致し方が無い決め方ではあるが、個人的にはどちらも上手いのだから別にどっちでも良いのでは思っていた。
だが平岡が納得いかない表情を浮かべつつ、幸一に意見を述べてくる。
「だ、だけど、高野くん。さっき言った通り、野原さんの知名度が無いのは、気になるよね……。ただ単に、可愛いイラストを描いて貰っても、話題にならなきゃ……」
「それは、そうですけど……」
稲尾や志郎の指摘を改めて平岡が言い放った。
その課題をクリアしなければ、野原を選んだとしても報告会で異論は出るだろう。
そこで幸一は志郎が提案してくれたアイディアを伝えることにした。
「それでしたら、平岡さん。声優を使ってみてはどうでしょうか?」
「声優?」
「ええ。自分の知人からの助言なんですけど、もし野原風花さんを起用するのなら、平岡さんが言うように、その知名度が低いじゃないですか。だけど、声優を起用して、声優の知名度でカバーしてみてはどうだろうかって……」
声優を起用するというアイディアに、
「な、なるほど。そ、それは面白い……。そうか、それがあったか! 確かに声優はアリだよ!」
平岡はふと考え込み、何やらブツブツと言葉が漏れ出しては、勢い良く食いついてきた。
妙にテンションは上がり、今までで一番ハッキリとした平岡の声を聞いた気がする。
「平岡さんは、声優の起用は良いと思うのですか?」
「う、うん。ぼ、僕は良いと思うよ。確かに、萌え系キャラクターを採用している所は多々あるけど、声優を起用しているところは、そ、そんなに無いよね。でも、予算の方がね……。キャラクターデザイン依頼料に、サイト作成料で一杯一杯だし……」
「そういえば、夕顔さんへの依頼料って結構お高めでしたよね?」
「それなりの実績があるプロだからね」
「もし野原さんを起用する場合は?」
「一応、同じ金額ぐらいでも良いけど……少し減らしても大丈夫、かな……。あ、減らした分を声優に回しても良いな。それで声優代を工面出来るよ、うん」
「でも、そうしたら野原さんの依頼料が安すぎると仕事を引き受けてくれないのでは?」
「ん~。いや、それほど実績が無い、人だから、この金額でも充分、引き受けてくれると思う、よ」
「そ、そうなんですか? それで良いんですかね」
イラストレーターの依頼料の相場を知らなかったが、平岡はその辺りの情報を把握しているようだった。ここは平岡に任せて置いた方が良いと判断した。
「ど、どっちにしろ。イラストデザイナーさんへの依頼料、専用サイトの制作料。そして、せ、声優さんを起用するとなると、その費用もかかるから、それを捻出しないとね」
「なんとかなりますかね?」
「声優さんへの依頼料が、どのくらいが解らないけど、多めに取っていた、夕顔さんの依頼料で調整するしかないね。た、ただ、やっぱり声優さんを起用した方が良いよ。うん」
幸一と平岡が盛り上がる中、話しについていけていなかった薫が、我慢出来ず加わる。
「さっきから、声優、声優って、先輩たちは何を話しているんです?」
「え、ああ。声優というのはね……」
志郎に教わった提案をかいつまんで薫に教えてあげた。
「へー。あーそうなんですか。そうですね。声でサイトをアナウンスしてくれれば、漢字が解からない小さなお子さんも楽しんで貰えますよね」
「「あっ」」と、そういう発想は無かったという声を、幸一と平岡は思わず出してしまった。
「確かに、そういうことも考えられるよね」
薫の意見を賛同するものの、薫は次の課題を指摘する。
「そうすると、その声優という人を起用するなら、誰が良いんですか?」
「や、やっぱり、岩崎潤さんかな」
真っ先に平岡が口に出した人物の名前に聞き覚えがあった。
「平岡さんもご存知なんですね。その岩崎潤さんという人」
「え、ああ、岩崎潤さんは、この伊河市出身の、声優さんだからね」
地元(伊河市)出身の声優に関心を持った薫が話しに加わる。
「へー。その人、有名な人なんですか?」
「有名というか……。えっと、有名所ではソードキャプター桜花、というアニメに出ていて、巴というキャラクターの声を演じていた人だよ」
幸一は何のことだが解らなかったが、薫は思い当たったようだ。
「ソードキャプター……。ああ、見てましたよ、小学生の頃に。確か巴って、その桜花の友達の子でしたよね。へー、あの声の人が伊河市出身だったんだ」
「う、うん。それに結構有名な人だし、だから今回の件には、ピッタリだと思うよ」
「そうなんですか。有名……。やっぱり、依頼料とかは高くなるんですよね?」
「そこは、まだは解らないけど、恐らくは……」
一難去ってまた一難。問題はポロポロと出てくる。
「同郷の人なんですから、そこら辺はサービス価格とかでやって貰えないものですかね?」
薫が楽観的で希望的な意見を述べてみるも、
「ん~。ど、どうだろうか。ビジネスだから、そこに期待するのは止めた方が良いね」
平岡が現実的な返答をする。
それに不確証な事を望んで物事を進めていて、もし駄目だったら……。
上手くいかないばかりの経験をした幸一には石橋を叩いて渡る気持ちが生まれていた。
「とりあえず、声優さんを起用する方向で進めるで確定ですね。起用する声優さんは、その岩崎さんで」
「もし岩崎さんが今回の夕顔さんみたいに、ダメだったりしたらどうするんですか?」
「そうだね。一応、野原さんみたく他候補者も決めておいた方が良いね。自分はそっち方面も詳しくないですから……。平岡さん、他に誰か居ますか?」
「そ、そうだね。他候補者には。今だったら、戸井崎さんに笠井さん……いや、ここは新人声優の中で、今一番注目を集めている琴浦美波さんも捨てがたいかな」
次々と声優の名前を語る平岡。しかし、その辺り(声優)の知識が疎い幸一や薫は誰が誰なのかは解らない。
解らないついでに薫が心配事を口にする。
「だけど、もし、その声優さんのギャラが高過ぎたり、オファーが出来なかったらどうしますか? 今でもカツカツなのに」
根本的な問題である。だが薫は村井課長みたく問題点を指摘するだけではなく、自分なりの対策案を述べる。
「声を入れるのは良いと思うんですけど……。あ、だったら、役所の誰かで声が可愛い人を公募してみますか。オーディションみたいな感じで……」
「それは止めた方が良いよ!」
場の空気を一刀両断するように平岡が反対した。
「えっ? なんで、です?」
「素人の声は、し、素人臭さがあるからね。聞いていて違和感は拭えない。そ、それが元で荒れる原因にも、なるから極力素人は起用しない方が、いいよ」
「えっ……そ、そうなんですか……。という事は、誰であれプロの声優を起用した方が良いという事ですか?」
「ま、まぁ。僕はそう思うけど……。如何せん、予算の方がね……」
平岡と薫のやり取りを聞いて、幸一は一先ず今後の方針をまとめるようにした。
「なんとかやり繰りして予算を捻出するしかないですかね。声優を起用するというのは悪くない案みたいですし、起用する方向でいきましょう。それに合わせて予算の見直しか……」
「と、とりあえず、声優の他の候補は、ぼ、ぼくが選定しとけば良いのかな?」
「え、ああ。平岡さんが良ければ、よろしくお願い……」
ふと幸一の脳裏に、ある人物が思い浮かんだ。
「そうだ平岡さん。声優の候補で一人推薦したい人がいるんですけど……」
意外そうな表情を浮かべる平岡と薫。
まさか幸一から、そういった提案があるとは思っていなかったからだ。
二人の心情を差し置いて、幸一は自分の妹の声にソックリの声優……“伊吹まどか”の名前を告げた。
よくよく考えれば、不純な動機があったのかも知れない。
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恣意に溢れた個人的な要望に、市民の税金を使用するということに少々の罪悪感は有った。
そう、今でいう忖度(そんたく)のようなものか。
しかし、ただの一候補として挙げただけだ。
もし、彼女が選ばれるとしたら、それは自分の意志は関係無いはずだ。と、自分自身や世間に対して言い繕うように自問自答したのだった。
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