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その後の話
冷血公爵は元身代わり令嬢を甘やかしたい(おまけ) ※公爵視点
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「……俺はつくづく、君に弄ばれている」
茶会へ誘うアネッサを前に、ヴォルフは思わず呟いた。
「はい?」
弄ばれている? などと当人ばかりは呑気な声を聞き流し、ヴォルフはアネッサに手を伸ばす。
ぎくりと強張る姿は気にしない。
そのまま彼が触れるのは、彼女の首筋だ。
「……俺としては」
不満げに息を吐きながら、彼はゆっくりと首筋をなぞる。
戸惑うアネッサにためらいもせず、彼女の癖のある髪を搔き分けると、首の後ろに両手を挿し入れた。
「本当は『こういうもの』を君に贈りたかったんだがな」
こういうもの、と言いながら、彼が手にするのは、ひやり冷たい金属だ。
首の後ろで金具を止めれば、カチンと小さな音がする。
「ヴォルフ様……?」
胸元の違和感に気が付いたのだろう。
驚いたようにアネッサが視線を落とす。
彼女の視線の先にあるのは、繊細な細工の施された緑の宝石だ。
石はさほど大きくはない。鎖も銀で、派手なものでもない。
だけどよく目を凝らせば、どれほど丁寧に作られているのかがわかるだろう。
控えめに胸を飾る宝石は、彼女にはよく似合っていた。
「く、首飾りですか? え、ええと……こんな立派なものは……」
「いいから受け取ってくれ。せっかくの茶会なんだ」
案の定遠慮するアネッサに、ヴォルフは首を横に振った。
世間では遠慮も美徳なのだろうが、ヴォルフにとっては余計な気遣いだ。
「こういうときくらい、俺に君を飾らせてくれ。もっと素直に、俺が贈るものを喜んでくれ。――まあ、君は茶会だけで十分だとでも言うつもりだろうが」
この茶会は、ヴォルフが贈った『アネッサの欲しいもの』。
だとすれば、この首飾りはまた違う意味を持つ。
アネッサが求めたものではない。
これはいわば――『ヴォルフの欲しいもの』といえるだろう。
「これは君じゃなくて、俺のわがままだ。俺が、君を喜ばせたいと思ったから贈るんだ」
首筋から手を離し、ヴォルフは改めてアネッサを見下ろした。
宝石にたいして興味はないが、彼女の胸元にあるだけで、奇妙に心がくすぐられる。
このままずっと、身に付けていてもらいたい。
自分が贈ったものを喜んで、大切にして、いつでも傍に置いてほしい。
この思いはきっと、アネッサのためですらない。
もっと単純に、ヴォルフがそうしてほしいと思ったのだ。
「君を喜ばせたい。甘やかしたい。甘やかされて欲しい。それが俺の望みなんだ。――俺の望みを、叶えてくれないか?」
「……え、えと」
アネッサを見つめるヴォルフに、彼女はかすれた声でそう言った。
手は無意識にか、胸元の石に触れている。
そのまま動かない。
凍りついたように――呼吸さえ止まったかのように立ち尽くす。
それから。
「…………そ、そういうこと……でしたら」
長い間のあと。
ようやく言葉を吐き出した時には、顔が真っ赤に染まっていた。
「あ――ありがとうございます……! 嬉しいです、すごく……!」
ぎゅっと宝石を握りしめ、言葉以上に感情の滲む声で告げられてしまえば、ヴォルフも無表情ではいられない。
知らずに緩む口元に、彼自身で呆れてしまう。
少し前まであれほど苦々しかったのに、それさえも忘れてしまいそうだ。
――まったく、弄ばれている。
内心で毒づくけれど、効果があるようには思えない。
むしろ悪い気がしないと思う自分に、彼はますます呆れてしまった。
茶会へ誘うアネッサを前に、ヴォルフは思わず呟いた。
「はい?」
弄ばれている? などと当人ばかりは呑気な声を聞き流し、ヴォルフはアネッサに手を伸ばす。
ぎくりと強張る姿は気にしない。
そのまま彼が触れるのは、彼女の首筋だ。
「……俺としては」
不満げに息を吐きながら、彼はゆっくりと首筋をなぞる。
戸惑うアネッサにためらいもせず、彼女の癖のある髪を搔き分けると、首の後ろに両手を挿し入れた。
「本当は『こういうもの』を君に贈りたかったんだがな」
こういうもの、と言いながら、彼が手にするのは、ひやり冷たい金属だ。
首の後ろで金具を止めれば、カチンと小さな音がする。
「ヴォルフ様……?」
胸元の違和感に気が付いたのだろう。
驚いたようにアネッサが視線を落とす。
彼女の視線の先にあるのは、繊細な細工の施された緑の宝石だ。
石はさほど大きくはない。鎖も銀で、派手なものでもない。
だけどよく目を凝らせば、どれほど丁寧に作られているのかがわかるだろう。
控えめに胸を飾る宝石は、彼女にはよく似合っていた。
「く、首飾りですか? え、ええと……こんな立派なものは……」
「いいから受け取ってくれ。せっかくの茶会なんだ」
案の定遠慮するアネッサに、ヴォルフは首を横に振った。
世間では遠慮も美徳なのだろうが、ヴォルフにとっては余計な気遣いだ。
「こういうときくらい、俺に君を飾らせてくれ。もっと素直に、俺が贈るものを喜んでくれ。――まあ、君は茶会だけで十分だとでも言うつもりだろうが」
この茶会は、ヴォルフが贈った『アネッサの欲しいもの』。
だとすれば、この首飾りはまた違う意味を持つ。
アネッサが求めたものではない。
これはいわば――『ヴォルフの欲しいもの』といえるだろう。
「これは君じゃなくて、俺のわがままだ。俺が、君を喜ばせたいと思ったから贈るんだ」
首筋から手を離し、ヴォルフは改めてアネッサを見下ろした。
宝石にたいして興味はないが、彼女の胸元にあるだけで、奇妙に心がくすぐられる。
このままずっと、身に付けていてもらいたい。
自分が贈ったものを喜んで、大切にして、いつでも傍に置いてほしい。
この思いはきっと、アネッサのためですらない。
もっと単純に、ヴォルフがそうしてほしいと思ったのだ。
「君を喜ばせたい。甘やかしたい。甘やかされて欲しい。それが俺の望みなんだ。――俺の望みを、叶えてくれないか?」
「……え、えと」
アネッサを見つめるヴォルフに、彼女はかすれた声でそう言った。
手は無意識にか、胸元の石に触れている。
そのまま動かない。
凍りついたように――呼吸さえ止まったかのように立ち尽くす。
それから。
「…………そ、そういうこと……でしたら」
長い間のあと。
ようやく言葉を吐き出した時には、顔が真っ赤に染まっていた。
「あ――ありがとうございます……! 嬉しいです、すごく……!」
ぎゅっと宝石を握りしめ、言葉以上に感情の滲む声で告げられてしまえば、ヴォルフも無表情ではいられない。
知らずに緩む口元に、彼自身で呆れてしまう。
少し前まであれほど苦々しかったのに、それさえも忘れてしまいそうだ。
――まったく、弄ばれている。
内心で毒づくけれど、効果があるようには思えない。
むしろ悪い気がしないと思う自分に、彼はますます呆れてしまった。
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