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その後の話
冷血公爵は元身代わり令嬢を甘やかしたい(2)
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ここ最近のヴォルフ様は、ずっとこんな調子だった。
もともと情熱的な方だとは思っていたけれど、父の事件以降はさらに甘く、夜を共にしてからはそれにも増して甘い。
おまけに現在の私は軟禁中。
外にも出られないし、部屋にヴォルフ様以外の人がいることもほとんどないし、いたとしても気を使ってすぐに出て行ってしまうしで、逃げ道がどこにもなかった。
そうなると、ヴォルフ様の熱量をそのまま受けることになるわけで……。
「大人しく俺に甘やかされていろ」
髪に触れていた唇が、余裕めいた笑みでそう紡ぐ。
そのまま彼は私に顔を近づけて、ちゅ、と額に口づけた。
やわらかな感触に呼吸が止まる。どうしてもそわそわしてしまう。
「ええと……あ、甘やかされろって……」
とても落ち着いてはいられず、私は視線をさまよわせた。
大人しくと言われても、ヴォルフ様のこの甘さをそのまま受け止めてしまっては、私が溶けて消えかねない。
「も、もうすでに十分甘やかされていますし……! そもそもこのお屋敷にいられるのだって、ヴォルフ様のご厚意で――」
言いながら、思い浮かぶのは父のことだ。
父を発端に、身代わりから屋敷の破壊、挙句に魔族召喚ととんでもないことをやらかしておきながら、未だに屋敷に置いてもらっている身。
そのうえ妹のアーシャまで面倒を見てもらって、これ以上甘やかされるなんてもってのほかである。
むしろ、私としてはもっと、ヴォルフ様のためにきびきび働きたいくらいだ。
屋敷の弁償はいらない――とは言われたものの、このままなにもせず甘えているだけでは申し訳がなさすぎる。
せめて、私のできることをして、少しでもお役に立ちたいのに――。
「つまらないことを言うな」
そう言って、ヴォルフ様はむぎゅっと私の鼻をつまむ。
不意打ちに思わず変な声が出るけれど、彼はお構いなしだ。
甘さの中に不機嫌さをにじませて、彼は苦々しそうに息を吐く。
「君は余計なことばかり考えすぎだ。もっと好きなようにわがままを言ってくれ」
「わ、わがまま……ですか……」
「そう」
ピンとこない私を見下ろし、ヴォルフ様はふと目を細める。
鼻をつまむ手は、いつの間にか頬へ。私の顔を正面に向けさせると、彼は妙にぎくりとするような――誘うような表情で瞬いた。
「これでも俺は公爵だからな。たいていのことは叶えられる。君に最高の贅沢をさせてやれるんだぞ」
「贅沢……?」
「欲しいものはないのか? 服でも宝石でも、なんでも望んでくれ。君のためなら、どんなものでも用意してみせる」
悪魔の誘惑めいたヴォルフ様の言葉に、私は無意識に考える。
今の私が望むもの。
なんでもというのであれば、私は――。
「……まさか、『外に出たい』なんて言うつもりじゃないだろうな」
私の内心を読んだかのように、ヴォルフ様が先回りしてそう言った。
目は細めたまま、甘さもそのまま。なのにひしひしと感じる『絶対にそれは許さない』という圧に、思わず「ひえっ」と声が出る。
――け、怪我は治ったはずなのに!
この軟禁生活の目的は、そもそも絶対安静を守らず出歩く私を見張るためだったはず。
それなら、怪我が治った今、ヴォルフ様の部屋で一緒に暮らす必要はないはずでは?
……とは思えども、ヴォルフ様の震える威圧感の前で口にする勇気はない。
外に出たいのは本心だけど、とりあえずそれはいったん置いておいて――。
――欲しいもの。
外に出る、以外でぱっと思い浮かぶものというと――――仕事、だろうか。
いくら今は落ち着いているとはいえ、ヴォルフ様は公爵。
屋敷の管理はもちろんのこと、領地の管理やら国との付き合いやら、やらなければならないことは山ほどある。
その負担を、少しでも軽くできれば――と思うけど。
「『働きたい』というのも禁止だ」
見透かされている。
不機嫌さを増したヴォルフ様の視線に、私は体を強張らせた。
まだ何も言っていないのに、完全に心を読まれている。
――そ、それなら、他には……!
外に出るのもだめ。仕事もだめ。
だったら――。
――伯爵家を出るときにアーシャから借りて、まだ返せていない宝石が!
「ついでに、『アーシャのため』とも言わせないぞ」
ある! と頭で思うより先に、ヴォルフ様が制する。
ヴォルフ様、私の心を読みすぎでは!?
「余計なことを考えすぎだ、と言ったばっかりだろう。いいか、俺は『君』を甘やかしたいんだ」
君、という言葉に圧を込め、ヴォルフ様は私をまっすぐに見据える。
「なにかないのか、アネッサ?」
瞳に宿るのは、冷たい威圧感と、堕落させるような魔性の甘さだ。
不機嫌な色も今はなく、ただ期待するように――蕩けるほどに甘い手つきで私の頬を撫でながら、ヴォルフ様は私の答えを待っていた。
だけど――。
「ええと……」
私にはそれ以上の言葉が出なかった。
――欲しいもの。
知らず、眉間にしわが寄る。
今ばかりは、ヴォルフ様の威圧感も甘さも頭から抜け落ちてしまった。
仕事でもない、アーシャのためでもない、欲しいもの。
――私の欲しいもの…………?
もともと情熱的な方だとは思っていたけれど、父の事件以降はさらに甘く、夜を共にしてからはそれにも増して甘い。
おまけに現在の私は軟禁中。
外にも出られないし、部屋にヴォルフ様以外の人がいることもほとんどないし、いたとしても気を使ってすぐに出て行ってしまうしで、逃げ道がどこにもなかった。
そうなると、ヴォルフ様の熱量をそのまま受けることになるわけで……。
「大人しく俺に甘やかされていろ」
髪に触れていた唇が、余裕めいた笑みでそう紡ぐ。
そのまま彼は私に顔を近づけて、ちゅ、と額に口づけた。
やわらかな感触に呼吸が止まる。どうしてもそわそわしてしまう。
「ええと……あ、甘やかされろって……」
とても落ち着いてはいられず、私は視線をさまよわせた。
大人しくと言われても、ヴォルフ様のこの甘さをそのまま受け止めてしまっては、私が溶けて消えかねない。
「も、もうすでに十分甘やかされていますし……! そもそもこのお屋敷にいられるのだって、ヴォルフ様のご厚意で――」
言いながら、思い浮かぶのは父のことだ。
父を発端に、身代わりから屋敷の破壊、挙句に魔族召喚ととんでもないことをやらかしておきながら、未だに屋敷に置いてもらっている身。
そのうえ妹のアーシャまで面倒を見てもらって、これ以上甘やかされるなんてもってのほかである。
むしろ、私としてはもっと、ヴォルフ様のためにきびきび働きたいくらいだ。
屋敷の弁償はいらない――とは言われたものの、このままなにもせず甘えているだけでは申し訳がなさすぎる。
せめて、私のできることをして、少しでもお役に立ちたいのに――。
「つまらないことを言うな」
そう言って、ヴォルフ様はむぎゅっと私の鼻をつまむ。
不意打ちに思わず変な声が出るけれど、彼はお構いなしだ。
甘さの中に不機嫌さをにじませて、彼は苦々しそうに息を吐く。
「君は余計なことばかり考えすぎだ。もっと好きなようにわがままを言ってくれ」
「わ、わがまま……ですか……」
「そう」
ピンとこない私を見下ろし、ヴォルフ様はふと目を細める。
鼻をつまむ手は、いつの間にか頬へ。私の顔を正面に向けさせると、彼は妙にぎくりとするような――誘うような表情で瞬いた。
「これでも俺は公爵だからな。たいていのことは叶えられる。君に最高の贅沢をさせてやれるんだぞ」
「贅沢……?」
「欲しいものはないのか? 服でも宝石でも、なんでも望んでくれ。君のためなら、どんなものでも用意してみせる」
悪魔の誘惑めいたヴォルフ様の言葉に、私は無意識に考える。
今の私が望むもの。
なんでもというのであれば、私は――。
「……まさか、『外に出たい』なんて言うつもりじゃないだろうな」
私の内心を読んだかのように、ヴォルフ様が先回りしてそう言った。
目は細めたまま、甘さもそのまま。なのにひしひしと感じる『絶対にそれは許さない』という圧に、思わず「ひえっ」と声が出る。
――け、怪我は治ったはずなのに!
この軟禁生活の目的は、そもそも絶対安静を守らず出歩く私を見張るためだったはず。
それなら、怪我が治った今、ヴォルフ様の部屋で一緒に暮らす必要はないはずでは?
……とは思えども、ヴォルフ様の震える威圧感の前で口にする勇気はない。
外に出たいのは本心だけど、とりあえずそれはいったん置いておいて――。
――欲しいもの。
外に出る、以外でぱっと思い浮かぶものというと――――仕事、だろうか。
いくら今は落ち着いているとはいえ、ヴォルフ様は公爵。
屋敷の管理はもちろんのこと、領地の管理やら国との付き合いやら、やらなければならないことは山ほどある。
その負担を、少しでも軽くできれば――と思うけど。
「『働きたい』というのも禁止だ」
見透かされている。
不機嫌さを増したヴォルフ様の視線に、私は体を強張らせた。
まだ何も言っていないのに、完全に心を読まれている。
――そ、それなら、他には……!
外に出るのもだめ。仕事もだめ。
だったら――。
――伯爵家を出るときにアーシャから借りて、まだ返せていない宝石が!
「ついでに、『アーシャのため』とも言わせないぞ」
ある! と頭で思うより先に、ヴォルフ様が制する。
ヴォルフ様、私の心を読みすぎでは!?
「余計なことを考えすぎだ、と言ったばっかりだろう。いいか、俺は『君』を甘やかしたいんだ」
君、という言葉に圧を込め、ヴォルフ様は私をまっすぐに見据える。
「なにかないのか、アネッサ?」
瞳に宿るのは、冷たい威圧感と、堕落させるような魔性の甘さだ。
不機嫌な色も今はなく、ただ期待するように――蕩けるほどに甘い手つきで私の頬を撫でながら、ヴォルフ様は私の答えを待っていた。
だけど――。
「ええと……」
私にはそれ以上の言葉が出なかった。
――欲しいもの。
知らず、眉間にしわが寄る。
今ばかりは、ヴォルフ様の威圧感も甘さも頭から抜け落ちてしまった。
仕事でもない、アーシャのためでもない、欲しいもの。
――私の欲しいもの…………?
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