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その後の話

その後のその後

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 翌朝の私は呆けていた。

 現在の私は、ヴォルフ様のベッドの上。
 感じるのは全身の疲労と、少しの痛み。それから――隣で眠るヴォルフ様の体温だ。

 ……。
 …………ヒ。

 ――ヒイイイイイ!!

 と言いたいところだけど、今の私にはそんな元気もない。
 ヒイヒイなんて吹っ飛ばして、ひたすら呆然とするほかになかった。

 ――思い……知らされたわ……。

 なんというか、ヴォルフ様の熱量的なものを……。
 ついでにいじめられたし、いろいろ体でわからされてしまった……気がする。
 ここ数日のあれやそれやも、それはそれでヒイヒイ言わされてしまったものだけど、やっぱり本番は本番だった。
 あんなところにヴォルフ様が触れて、それで、ああなって…………。

 ――ヒィイイイイイイイ!!!

 結局内心で叫びながら、私は顔を真っ赤にした。
 いやだって、これで赤くならない方が難しい。思い出してもとんでもない。とんでもない!!

 ――み、未婚なのに! い、いえ! いずれ結婚はするはずだけど! で、でもまだなのに!!

 あああああ! と思いながら、私は重い手を持ち上げて頬を押さえる。
 手のひらに触れる頬は熱を持ち、なんなら少し涙目でもあった。

 ――き、今日の夜も、もしかしてするの!? そもそもこれってどのくらいするものなの!?

 毎日? 一日おき? 数日おきくらい!?

 ――毎日だったら体がもたないわ!!

 というか、私ではなくヴォルフ様の方が、絶対にもたないだろう。
 だって彼は、昼間はずっと仕事をしているのだ。
 最近は特に忙しそうで、いろいろ頭を悩ませている姿も見る。
 その割に、私が『手伝いたい』と言っても一切書類に触らせてくれなくて、もどかしい思いをしていたのだ。

 夜もほとんど眠らず、昼も仕事ではあまりにも忙しすぎる。
 となると、四、五日おきくらいに仕事を休んで、くらいの頻度だろうか――。

「――アネッサ」

 などと悶々と考える私の腰に、ぐっと腕が回される。
 そのまま驚く間もなく引き寄せられれば――私はあっさり、ヴォルフ様の胸の中だ。
 私よりも大きくて、少し体温の低い体に、ただでさえ赤い顔がますます赤くなる。

「ヴォルフ様! お、起きていらっしゃったんですね……!?」
「ああ。君も意外に余裕そうだな」
「え、ええと、はい。…………はい?」

 余裕そう?

「見た目よりも体力があるんだな。やりすぎないよう気を付けていたつもりだが、ここまで元気ならもう少し愉しんでも良かったか」
「はい?」
「まあ、時間はいくらでもある。今からでも」

 そう言いながら、ヴォルフ様は私の顎に触れた。
 当たり前のように持ち上げると、彼は横たわったままの私に顔を近づける。
 端正な顔は、寝起きでも少しも変わらず、息を呑むほどにきれいだ――――なんて考えている余裕はない。
 次の瞬間には、朝の静謐な空気にまったく相応しくない深いキスをされてしまう。

「んんん……!?」

 口付けをしたまま、ヴォルフ様は迷いなくに私の上にのしかかる。
 片手で私の手を絡め取り、もう一方の手で体に触れ――――いや、待った待った!
 これ、昨日の夜と同じ手つきだ!!

「んん――――ま、ま、待ってください!!」

 重たい体でどうにかヴォルフ様を押しのけると、私は慌てて半身を起こした。
 いくら疎い私だってわかる。
 これは、朝っぱらからすることではない!!

「待つわけないだろう」

 しかし、ヴォルフ様は渋い顔だ。
 凄みを感じるほどの色気を放ちながら、逃げた私の肩を掴む。
 思わずぞくりとしてしまうのは、妖艶なまでの色香のせいなのか――それとも恐怖のせいなのか。私自身でも、よくわからなくなってしまう。

「こっちは今まで、さんざん待たされてきたんだ。これからしばらくは俺に付き合ってもらうぞ」
「そ、そうかもしれないですけど……!」

 ヴォルフ様を待たせてきた自覚は、恥ずかしながらものすごくある。
 思えば数か月前、まだ私が『アーシャの身代わり』をしていた頃から始まって、本当に長くヴォルフ様には待ってもらってしまっていた。
 だからまあ、私としても、ヴォルフ様に満足してもらいたいとは思っている――が。

 ――あ、朝からこれは身が持たないわ!

 意外に余裕どころか、今の私には余裕のかけらもない。
 体だって重たいし、精神的にこう、落ち着く暇がなさすぎる!

「え、ええと……そ、そう! ヴォルフ様、お仕事ありますよね!? 最近、ずっと忙しそうにされていて……!」
「ああ」

 動揺しながらなんとか逃げ道を探す私に、ヴォルフ様は薄く笑うだけだ。
 私の内心など見透かしたように目を細め、掴んだままの私の肩を、強い力で引き寄せる。

「俺がなんのために、あんなに忙しくしていたと思っているんだ」

 なんのため。
 ……なんのため?

 シメオンさんが留守で、単純に忙しかっただけ……では……ない?

「仕事はあらかた片付いている。しばらく放っておいても問題ない。これ以上余計な邪魔を入れさせるつもりはないからな」

 ――ヴォルフ様は……本気だわ……。

 五日に一度とか、そう言う話ではない。
 思えばシメオンさんが、『魔族はそちら方面に強い』とか言っていた気がする。

 い、いやでも、さすがに強すぎでは!?
 昨日の昼ごろから、いろいろ休みを入れつつも今日の朝。
 しっかり体を落ち着けた時間なんて、あっただろうかというレベル。
 思えば食事だって、夕方ごろに軽食みたいなものをちょっと口にしただけだ。
 どう考えても、これで体が持つわけがない。

「観念しろ、アネッサ」

 そう思うのに、ヴォルフ様は容赦ない。
 もう一方の手も私に伸ばし、両手で肩を掴んで真正面に向き合わせる。

 顔を上げれば、私を見下ろすヴォルフ様の姿がある。
 色気を含んだ藍色の瞳。飢えたように、ぺろりと唇を舐める舌。いつも結んでいる銀の髪はそのまま垂れ落ち、裸の肩の上にかかる。

 私はヴォルフ様を見上げたまま、魅入られたように動けない。
 知らず体が強張り、これからするであろうことに、頭がぐるぐると渦を巻く。
 そんな私の肩を引き寄せ、ヴォルフ様は顔を傾けた。
 キスをしようというように、彼は私に顔を寄せ――――。

 緊張感が限界に達したとき。
 ぐう、と私の腹から音がした。


「…………」
「…………」

 ………………。
 …………う。

 あ。

 ――ああああああああああ!!!!

 だって! だってほとんど食事をとっていなかったから!!
 そのくせ、体力を消耗することなんてしたから!!!

 そりゃあもちろん、おなかだって減る! 減るけど!!

 ――こ、こ、こんなときに! よりによって!!!!

 顔が完全に茹で上がる。
 少し前まで部屋に満ちていた、色気的なものは完全に吹き飛んだ。
 ヴォルフ様もぞくりとする笑みを消し、呆気にとられたように瞬いている。
 恥ずかしい!
 あああ、恥ずかしい……!!

「……君といると、本当に調子が狂うな」

 涙目で赤くなる私に、ヴォルフ様が息を吐く。
 瞳に浮かんだ熱は、今はすっかり消えていた。
 だけどほっとする余裕はない。
 むしろあまりの恥ずかしさに、あのまま流されてしまった方がマシだった気がしてくる。

 だけど、鳴ってしまったのはもう代えがたい事実なのだ。
 うう、と声にもならないうめき声を漏らせば、ヴォルフ様がふっと笑みを漏らした。

 それは、先ほどまでの笑みとはまるで違う。
 色気もなく、どこか感じる冷たさも、威圧感もなく――。

「先に食事にしようか」

 呆れたようでいて、愉快そうな笑みだ。
 なんてことはない。誰もが浮かべるような――それでいて、初めて見せる『普通』の笑みで、彼は私の頭をくしゃりと撫でた。

 恥ずかしさとは違う熱に、私の顔がますます熱くなっていく。



――――――――

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