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その後の話
6話 ※公爵視点
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ここ最近のヴォルフは仕事に追われていた。
屋敷の管理を一手に担っていたシメオンが諸事情でしばらくの間不在になり、ヴォルフ自身のプライドからアネッサの力を借りたくはない。
慣れない仕事を一手に引き受け、彼らしくもなく頭を悩ませること、数日。
それでもどうにか忙しさが落ち着き、ようやく恋人と一緒に過ごせると思いながら戻ってきた部屋の中。
――あの。
時刻は、午後を少し過ぎたころ。
部屋の中に、午睡の心地よい風が吹き込んでいる。
風に揺られるカーテン。
しんと静まり返った部屋。
いつもなら安静中の恋人が寝ているはずの、空のベッドを見たヴォルフは――――。
――小娘がぁああああああ!!!!
怒っていた。当然である。
――どうして大人しくしていないんだ! いつもいつも!!
思えばこれまで、彼女が大人しくしたためしはない。
怪我をしても、安静にするように言い聞かせても、いつもどこぞをほっつき歩く。
だから今度こそ逃がさないように、軟禁状態にまでしたのだ。
それでもなお、彼女はヴォルフの手からすり抜ける。
弄ばれているような心境に、わざとなのかと疑いたくなるが、わざとでないから輪をかけて厄介だった。
――嫌な予感はしていたんだ。アネッサが外に出たいと言い出したときに……!
外でやりたいことがある――と言った彼女の強い視線を思い出す。
普段はどちらかといえば控えめな彼女だが、ああなってしまうと止められない。
なにかしでかす予感がしたからこそ、彼はできるだけ早く仕事を切り上げてきたのだ。
だけど結果はこの通り。
しでかされた後である。
――いい度胸だ。
無人の部屋を見つめながら、ヴォルフは一人口の端を曲げる。
もちろん、笑っているわけではない。
――俺の本性もわかっているだろうに。
アネッサの前では人間らしくあろうと思っていても、彼の性質の半分は魔性だ。
優しい男ではない。気の長い方でもない。
そして――。
――そろそろ一度、本気で思い知らせてやってもいいころだろう?
『人間らしさ』の範囲内でできることも、彼は知っている。
引き裂かず、抉らず、血肉をまき散らさなくたって――。
人間らしく、思い知らせる方法はあるのだ。いくらでも。
などと邪悪で愉快な予感を胸に、憎らしい恋人の魔力をたどって行方を追いかけた先。
ヴォルフはかつて彼女が使っていた部屋の前で、しばし呆けたように立ち尽くしていた。
部屋の扉は、すでに開かれている。
いつものように、部屋の主の許可を待たずに遠慮なく扉を開けた彼が目にしたのは――。
「アネッサ様、髪型はこれで大丈夫です!?」
「腰のリボンはどこ! リボン!」
「お化粧終わった!? 次は口紅!? 早く早く!!」
せわしなく立ち回るメイドたちと、その中心で、珍しいくらいに着飾ったアネッサの姿だった。
屋敷の管理を一手に担っていたシメオンが諸事情でしばらくの間不在になり、ヴォルフ自身のプライドからアネッサの力を借りたくはない。
慣れない仕事を一手に引き受け、彼らしくもなく頭を悩ませること、数日。
それでもどうにか忙しさが落ち着き、ようやく恋人と一緒に過ごせると思いながら戻ってきた部屋の中。
――あの。
時刻は、午後を少し過ぎたころ。
部屋の中に、午睡の心地よい風が吹き込んでいる。
風に揺られるカーテン。
しんと静まり返った部屋。
いつもなら安静中の恋人が寝ているはずの、空のベッドを見たヴォルフは――――。
――小娘がぁああああああ!!!!
怒っていた。当然である。
――どうして大人しくしていないんだ! いつもいつも!!
思えばこれまで、彼女が大人しくしたためしはない。
怪我をしても、安静にするように言い聞かせても、いつもどこぞをほっつき歩く。
だから今度こそ逃がさないように、軟禁状態にまでしたのだ。
それでもなお、彼女はヴォルフの手からすり抜ける。
弄ばれているような心境に、わざとなのかと疑いたくなるが、わざとでないから輪をかけて厄介だった。
――嫌な予感はしていたんだ。アネッサが外に出たいと言い出したときに……!
外でやりたいことがある――と言った彼女の強い視線を思い出す。
普段はどちらかといえば控えめな彼女だが、ああなってしまうと止められない。
なにかしでかす予感がしたからこそ、彼はできるだけ早く仕事を切り上げてきたのだ。
だけど結果はこの通り。
しでかされた後である。
――いい度胸だ。
無人の部屋を見つめながら、ヴォルフは一人口の端を曲げる。
もちろん、笑っているわけではない。
――俺の本性もわかっているだろうに。
アネッサの前では人間らしくあろうと思っていても、彼の性質の半分は魔性だ。
優しい男ではない。気の長い方でもない。
そして――。
――そろそろ一度、本気で思い知らせてやってもいいころだろう?
『人間らしさ』の範囲内でできることも、彼は知っている。
引き裂かず、抉らず、血肉をまき散らさなくたって――。
人間らしく、思い知らせる方法はあるのだ。いくらでも。
などと邪悪で愉快な予感を胸に、憎らしい恋人の魔力をたどって行方を追いかけた先。
ヴォルフはかつて彼女が使っていた部屋の前で、しばし呆けたように立ち尽くしていた。
部屋の扉は、すでに開かれている。
いつものように、部屋の主の許可を待たずに遠慮なく扉を開けた彼が目にしたのは――。
「アネッサ様、髪型はこれで大丈夫です!?」
「腰のリボンはどこ! リボン!」
「お化粧終わった!? 次は口紅!? 早く早く!!」
せわしなく立ち回るメイドたちと、その中心で、珍しいくらいに着飾ったアネッサの姿だった。
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