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その後の話

5話

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「……なるほど」

 観念してすべて話した私に、医者の先生は渋い顔のままでうなずいた。

「まあ……悪いことではないようですが……」
「ど、どうにか外に出ることはできませんか……?」

 私は椅子の上で身を縮めたまま、縋るような気持ちで向かいに座る医者を窺い見た。
 ヴォルフ様を怒らせてしまった今、もう私一人の力で外に出ることは難しい。
 今までさんざん好き勝手に歩き回ってしまった結果、部屋の外に見張りを付けられてしまったのだ。
 私が外に出ようとすれば引き留められるし、無理に逃げ出してもすぐにヴォルフ様に伝わってしまうだろう。

 ――いつもなら、シメオンさんに相談するところだけど……。

 そのシメオンさんも、ヴォルフ様の命で今は外出中だ。
 屋敷の外に用件があるとかで、あと数日は戻ってこないと聞いている。
 そうなるともう、私の頼る当ては、唯一部屋への出入りが許されている医者の先生の他になかった。

「今日一日、いえ、一時間だけでもいいんです。なにか、方法はないでしょうか……!」
「ううむ……」

 ぐっと両手を握りしめる私を見やり、医者は難しそうに顔をしかめる。
 それ以上彼は何も言わないが、内心で「諦めてくれ」と思っているだろうことは、口にされなくてもよく分かった。

 ――無理もないわ。

 だって彼は、ヴォルフ様に仕える身なのだ。
 普通に考えれば、使用人の身分で主人に逆らうことはできない。
 あれこれ口を出し、時にはヴォルフ様に平然と歯向かうシメオンさんの方が変わり者すぎるのである。

 ――でも。

 ヴォルフ様のお叱りを恐れる気持ちは、私もよくわかる。
 私もさんざんヴォルフ様の怒りに触れてきたのだ。
 怒った彼がどれほどの恐怖であるかは、重々承知しているけれど――。

「お願いします! ご、ご迷惑はかけないようにしますから!」

 それを承知の上で、私は医者に向けて頭を下げる。
 今回だけはどうしても――どうしても、譲ることができなかった。

「先生を頼ったということは言いません! もしヴォルフ様に責められても、私が絶対にかばいます! バカバカしいと思われるかもしれませんが、私にとっては本当に大事なことなんです……!」
「…………」

 医者は無言だった。
 頭を下げたまま、ぎゅっと目をつぶる私に、医者の反応はわからない。
 しばらくの間、ただただ痛いほどの沈黙だけが部屋に満ちる。

 居心地の悪さと不安を噛み殺すように、奥歯を強く噛んだとき――。

「……バカバカしいとは思いませんよ」

 医者のため息とともに、そんな声が聞こえた。

「私は男なので、アネッサ様のやりたいことに共感はできませんが――お気持ち自体は理解できます」

 呆れ半分、諦め半分のその声に、私はそろそろと目を開ける。
 恐る恐る顔を上げれば、難しい顔のまま、観念したように肩をすくめる医者の姿があった。

「本当に、誰にも迷惑をかけないようにできますか?」
「は、はい! もちろんです!」

 医者の言葉に、私は跳ねるようにうなずいた。
 知らず体に力がこもる。
 こくこくと首を振る私を見やり、医者はさらにこう尋ねる。

「今回のことで、被害に遭う相手にも補償はできますか? 責任を持つと約束できますか?」

 ……被害?
 というと、ヴォルフ様に協力がバレたときのことを言っているのだろうか。
 言い方がなんだか物騒な気がするけれど、これもやはり頷く。
 今回の件は、医者以外にも何人か協力を頼まなくてはならない。
 その人たちにヴォルフ様の怒りが向かないよう、私はやれるだけのことをするつもりだ。

「いいでしょう」

 私の顔をもう一度見つめ、医者の先生はようやく眉間のしわを取る。
 それから、おもむろに椅子から立ち上がり、扉に向かってすたすたと歩き出した。

「アネッサ様に協力いたしましょう。この部屋から外に出して差し上げます」

 そう言いながら、彼は部屋の扉に手を掛ける。
 あまりにさりげないその所作に、私は一瞬、反応が遅れてしまった。

 ――外に出してくれる……?

 いつ、どうやって――などと疑問に思ったときには、すでに遅し。
 扉を開け、医者が外に出た途端――。

 男性の短い悲鳴と、どさりと重たいものが倒れる音がした。

 …………。
 …………ええと。

「はい。見張りがいなくなったので、もう外に出て問題ありません。しばらくしたら目覚めるでしょうから、外にいられるのはその間だけです」

 当たり前のように、医者が見張りを担いで部屋に戻ってくる。
 見張りというからには、もちろん屈強な男性であるのだけど、ものともせずに肩で担いでいる。

「せ、先生……?」
「なんでしょう? 彼の心配なら不要ですよ。亜人は頑丈ですし、私も医者ですから。急所は心得ています」
「そういう問題じゃないですよね!?」

 思わず声を荒げる私に、医者の先生はにこりと笑ったまま、ピンとこない様子で首を傾げる。
 いかにも『なにか問題でも?』と言いたげなそのしぐさに、私は続く言葉をぐっと呑みこんだ。

 ――や、やっぱり……。

 優しそうな見た目に、柔らかな物腰。
 診察も丁寧で、私もアーシャも信頼している立派なお医者様だけど――。

 ――やっぱりこの人も、公爵家の一員だわ!!

 口に出さない代わり、私は内心で盛大に叫んだ。

 知ってたけど……知ってたけど!
 この屋敷、やっぱりとんでもない場所だ!!
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