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その後の話
1話
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強制引っ越しから七日目。
午後の陽の差すヴォルフ様の部屋の中。
私は一人きりで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
――…………することがないわ。
慌ただしかった日々は遠のき、落ち着きを取り戻し始めた今。
私は暇を持て余していた。
怪我が治るまでは出歩くこともできず、ヴォルフ様も仕事で日中は出払っている。
私もいくらか仕事を割り振ってもらっているけど、どうもあまり信頼されていないのか、簡単ですぐ終わる作業ばかり渡されてしまう。
おかげで、仕事で時間をつぶすことさえままならない状態だった。
――シメオンさんがいれば、いろいろ任せてもらえるのだけど。
そのシメオンさんも、現在は急用で留守とのことだ。
シメオンさんがいないために、ヴォルフ様はさらに忙しそうで、毎日様子を見ている私としてはもどかしい。
だけど部屋を出られない以上、ただヴォルフ様の帰りを待つことしか、私にはできることがなかった。
――暇……。
腰かけた椅子の上で、足をふらふらと揺らしつつ、私は小さく息を吐き出した。
窓から吹き込む夏の風が心地よく、思わず一人で伸びをする。
七日間、一歩も外に出ていない今の私には、風の匂いだけでも心が軽くなる。
窓の外には中庭が広がり、忙しく立ち働くメイドたちの姿がある。
遠く聞こえる楽しそうな声の中、見覚えのある猫の耳を見つけ、私は知らず目を細めた。
久しぶりにロロの姿を見たけれど、元気そうでなによりだ。
退屈で、穏やかで、ひどく平和な夏の午後。
平和すぎて妙な気分になるのは、きっと今までが騒がしすぎたせいだろう。
伯爵家にいたころは家の管理に追われて忙しかったし、身代わりとして公爵邸に来てからは騒動続きだ。
ヴォルフ様の部屋に引っ越してからもずっと緊張のしっぱなしで、七日目にしてようやく、一つ息を吐くことができた気がする。
だからきっと、この妙な気分も、穏やかな生活に慣れていないからに違いない。
――退屈だ、なんてぜいたくな悩みだわ。
自分の考えに、思わず自分で笑ってしまう。
落ち着いて考えてみれば、今の生活にはなんの不自由もないのだ。
むしろ、ヴォルフ様は少し過保護すぎるくらいで、なにかと私のために用立ててくれる。
必要なものはなんでも用意してくれるし、食事や軽食なんかも部屋に運んでくれる。
そのうえ急用があっても困らないよう、部屋の外には常に使用人が立っている状態だ。
私はただ、部屋の中でヴォルフ様を待っていればいいだけ。
至れり尽くせりで申し訳なくなってくるけど、それだけヴォルフ様が気にしてくれているのだと思うと、こんな生活も悪くないのかもしれない。
……などと、ちょっと緩みかけた頬を叩く。
いや待て。ちょっと待て。
やっぱりなんか妙ではないだろうか。
七日間? 一歩も? 外に出ていない?
というか、ロロを見て「久しぶり」って思わなかった?
私、この七日間で誰に会ったっけ?
ヴォルフ様の他には、医者の先生と、シメオンさんと……あとは、外に控える使用人くらいだろうか。
他に、この部屋を訪ねて来る人は、今までいなかった。
……となると、もしかして、アーシャやロロとも顔を合わせていない?
部屋にこもっているのも、そもそもは怪我の安静のためだった。
だけど、七日も経てばほとんど治りかけている。
定期的に診察に来る医者も、そろそろ健康のために、多少歩いてみた方がいいと言われているくらいだ。
なのに、相変わらずヴォルフ様は外に出ることを許してはくれない。
危険なことをしない、といっても納得せず、気分転換に中庭で散歩もできない状況だ。
そのうえ、一歩でも部屋を出ようとすると、外の使用人が慌てて止めに来たような……?
「…………???」
ええと……これは……つまり……。
誰もいない部屋の中。
外には常に使用人が一人。
部屋を訪ねてくる人は限られていて、外との接触はほとんどない。
これは、もしかしなくとも…………。
――――私、閉じ込められてない?
午後の陽の差すヴォルフ様の部屋の中。
私は一人きりで、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
――…………することがないわ。
慌ただしかった日々は遠のき、落ち着きを取り戻し始めた今。
私は暇を持て余していた。
怪我が治るまでは出歩くこともできず、ヴォルフ様も仕事で日中は出払っている。
私もいくらか仕事を割り振ってもらっているけど、どうもあまり信頼されていないのか、簡単ですぐ終わる作業ばかり渡されてしまう。
おかげで、仕事で時間をつぶすことさえままならない状態だった。
――シメオンさんがいれば、いろいろ任せてもらえるのだけど。
そのシメオンさんも、現在は急用で留守とのことだ。
シメオンさんがいないために、ヴォルフ様はさらに忙しそうで、毎日様子を見ている私としてはもどかしい。
だけど部屋を出られない以上、ただヴォルフ様の帰りを待つことしか、私にはできることがなかった。
――暇……。
腰かけた椅子の上で、足をふらふらと揺らしつつ、私は小さく息を吐き出した。
窓から吹き込む夏の風が心地よく、思わず一人で伸びをする。
七日間、一歩も外に出ていない今の私には、風の匂いだけでも心が軽くなる。
窓の外には中庭が広がり、忙しく立ち働くメイドたちの姿がある。
遠く聞こえる楽しそうな声の中、見覚えのある猫の耳を見つけ、私は知らず目を細めた。
久しぶりにロロの姿を見たけれど、元気そうでなによりだ。
退屈で、穏やかで、ひどく平和な夏の午後。
平和すぎて妙な気分になるのは、きっと今までが騒がしすぎたせいだろう。
伯爵家にいたころは家の管理に追われて忙しかったし、身代わりとして公爵邸に来てからは騒動続きだ。
ヴォルフ様の部屋に引っ越してからもずっと緊張のしっぱなしで、七日目にしてようやく、一つ息を吐くことができた気がする。
だからきっと、この妙な気分も、穏やかな生活に慣れていないからに違いない。
――退屈だ、なんてぜいたくな悩みだわ。
自分の考えに、思わず自分で笑ってしまう。
落ち着いて考えてみれば、今の生活にはなんの不自由もないのだ。
むしろ、ヴォルフ様は少し過保護すぎるくらいで、なにかと私のために用立ててくれる。
必要なものはなんでも用意してくれるし、食事や軽食なんかも部屋に運んでくれる。
そのうえ急用があっても困らないよう、部屋の外には常に使用人が立っている状態だ。
私はただ、部屋の中でヴォルフ様を待っていればいいだけ。
至れり尽くせりで申し訳なくなってくるけど、それだけヴォルフ様が気にしてくれているのだと思うと、こんな生活も悪くないのかもしれない。
……などと、ちょっと緩みかけた頬を叩く。
いや待て。ちょっと待て。
やっぱりなんか妙ではないだろうか。
七日間? 一歩も? 外に出ていない?
というか、ロロを見て「久しぶり」って思わなかった?
私、この七日間で誰に会ったっけ?
ヴォルフ様の他には、医者の先生と、シメオンさんと……あとは、外に控える使用人くらいだろうか。
他に、この部屋を訪ねて来る人は、今までいなかった。
……となると、もしかして、アーシャやロロとも顔を合わせていない?
部屋にこもっているのも、そもそもは怪我の安静のためだった。
だけど、七日も経てばほとんど治りかけている。
定期的に診察に来る医者も、そろそろ健康のために、多少歩いてみた方がいいと言われているくらいだ。
なのに、相変わらずヴォルフ様は外に出ることを許してはくれない。
危険なことをしない、といっても納得せず、気分転換に中庭で散歩もできない状況だ。
そのうえ、一歩でも部屋を出ようとすると、外の使用人が慌てて止めに来たような……?
「…………???」
ええと……これは……つまり……。
誰もいない部屋の中。
外には常に使用人が一人。
部屋を訪ねてくる人は限られていて、外との接触はほとんどない。
これは、もしかしなくとも…………。
――――私、閉じ込められてない?
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