妹ばかり可愛がられた伯爵令嬢、妹の身代わりにされ残虐非道な冷血公爵の嫁となる

村咲

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エピローグ

トゥルーエンド(2) ※公爵視点

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 公爵邸を囲む、深い深い森の一角。

「――ああ、見つけた」

 森を逃げ回る獲物を見つけ、ヴォルフはかすかに目を細めた。

 獲物はちょうど、ヴォルフがしかけた罠の中。
 自分がすでに罠にかかっているとも知らず、必死になってもがいている。

「……なにかやっていらっしゃると思っていましたが」

 ヴォルフの背後で、従者の呆れたような声がする。

「新たに獲物を呼ぶのは止めたのではなかったのですか?」
「『新たに』は呼んでいないだろう?」

 ふん、とヴォルフは笑うように息を吐く。
 新たな獲物を求めない――その約束は守るつもりだ。
 ヴォルフはもう、以前のように誰かを森に呼び寄せることはないだろう。

 だが、今逃げ回る哀れな獲物は、約束をする『前』に森に足を踏み入れていた。
 すでに森にいる獲物をどう扱うかについては、ヴォルフはなにも言っていない。
 アネッサに手を掛けられなかった時点で察し、念のため森に魔法をかけておいたのは正解だった。
 これなら、約束を破ったとは言わないはずだ。

「そういうところ、お父上にそっくりですよ」

 ふう、とため息を吐く従者――シメオンの聞き捨てならない言葉に、ヴォルフは思わず振り返る。
 すまし顔の闇堕ちダークエルフを睨み、彼は心底から顔をしかめた。

「おぞましいことを言うな」
「……褒めているんですけどねえ。殿下」
「やめろやめろ。冗談じゃない」

 気色の悪い呼び方に寒気がする。
 たしかに血筋的には殿下と呼ばれる立場なのだろうが、人間の世界にいては無意味な呼び名だ。
 それに――。

 ――なにが褒め言葉だ。

 内心でヴォルフは吐き捨てる。
 父親――魔王など、残忍で好色なだけの本当の怪物だ。

 ヴォルフの覚えている魔王は、まだ物心がつくかつかないかというころ。
 生贄である母が完全に壊れ、魔王が興味を失い魔界に帰るまでの、ほんの短い間に、数回見かけた姿だけだ。
 それでも、母を嬲る父親の姿は記憶に焼き付いているし、残虐非道な本物の邪悪であることも理解した。

 ――あんなもの似たところで、アネッサは喜ばない。

 魔界の女や、人間の中でも相当のもの好きであれば、ああいう化け物じみた性質を好む変わり者がいる。
 だけどアネッサは普通の人間で、善良で一般的な男を好むのだ。

 どうせ似るなら、ヴォルフとしては評判の良い勇者あたりが望ましい。
 勇者は強い力を持ちつつも、魔王と違って人間から慕われ、強さや頼もしさを称えられる存在だ。

 ――頼もしさどころか、情けないところを散々見せてしまった気もするが……。

 できることなら、ヴォルフは魔王ではなく、アネッサにとっての勇者になりたい。
 アネッサが信じて慕い、頼られる男でいたい。

 ……というヴォルフのささやかな願望を、シメオンの淡々とした言葉が切り捨てる。

「ヴォルフ様には、魔界の空気の方が合っていると思うんですけどねえ。性格的にも」
「やめろ!」

 反射的に声を張り上げてしまった。
 それはヴォルフが思い描いた性格と真逆である。

「魔界に行けば獲物に困ることもありませんよ。魔族としてのお力も、さらに増すはずです」
「これ以上増してどうする!」

 ただでさえ、ヴォルフは魔力を持て余し気味だ。
 仮面こそ外したものの、魔力を制御するアイテムは今も身に付けている。
 そうでもしなければ、漏れ出す魔力の威圧感に、誰もが逃げ出してしまうのだ。

 今でさえそうなのだから、下手に力が増そうものなら――きっと、アネッサが近寄ってくれなくなってしまう。
 これはヴォルフにとって、死活問題だ。断固として避けなければならない。

 しかしシメオンは、まるで脈のないヴォルフを見ても、懲りずに食い下がってくる。

「いいから、一度魔界に行ってみましょうよ。ヴォルフ様なら、きっと陛下もお喜びですよ」
「あんな男が喜ぶわけあるか! だいたい魔界なんて行って、アネッサはどうする!」

 置いていく、という選択肢は端からないが、普通の人間に魔界の環境が耐えられるとも思えない。

 ヴォルフ自身は人間の世界の生まれで、魔界に足を踏み入れたことは一度もない。
 しかし、魔界にまつわる凄惨な話は山のように聞いていた。
 特に、魔界での暮らしの長いシメオンの言葉を聞けば、断じてアネッサを連れて行ける場所ではないとわかる。

 ましてや――。

「一緒に行って、陛下にご紹介なさればいいでしょう」

 魔王に会わせるなど、もってのほかである。
 ヴォルフはシメオンに向き直り、嫌悪の色もあらわな顔で――心の底からこう言った。

「断る!!」
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