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エピローグ(2)
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ジュリアンの言葉に、む、と私は口をつぐんだ。
これでいいのか――と言われたら、それはもちろん、私にも思うところがないわけではない。
私が目指したのは、フィデル王国での姉のやり直しだ。
再び王宮の人々に受け入れられるように、もう一度魔術師団に戻れるようにと手を尽くしてきたつもりだった。
だけど姉は、王宮にはいられなかった。
一年前の事件は、貴族による企みがあったとはいえ、姉自身に非がなかったとは言えない。姉が魔術師たちから反発を買っていたのは事実。そもそも姉が上手く立ち回れていたなら、成功するはずのない計画だったのだ。
姉に同情こそすれ、それですべてを許せるかと言ったら別問題だ。
魔術師たちの間にはわだかまりも残っている。姉も反省したからと、すぐに言動を変えられるわけではないだろう。
現在のフィデル王国は、魔術師団を立て直している最中。国外追放の撤回だけならまだしも、それ以上の火種は抱えられない。もしも再び魔術師団が崩壊することがあれば、今度こそ取り返しがつかなくなってしまう。
王宮上層部の人間は現実的だ。心情的には同情しても、ここで不和となりうる人物を迎え入れることは許さなかった。
姉もまた、下された結論には逆らわなかった。
王宮を去ることを受け入れ、実家であるベルクール侯爵家に戻るという話も立ち消え、結局はヴァニタス卿とともに国境へ行くことになった。
国境付近は、王国でもっとも瘴気の濃い場所だ。
ジュリアンの瘴気予測でも対応しきれず、今では魔獣のはびこるこの土地は、姉の不在による影響を最も受けたと言って良い。
この場所で自分の力を役立てることこそが、きっと姉にとっての一年前の清算なのだろう。
姉が選んだ決断に、私が口出しをする権利はない。
こうして、姉の『やり直し』が叶うことはなくなったのである――。
が。
「……仕方ないわよ。私がなにを言っても聞く人じゃないもの」
私はむっとした顔のまま、ため息交じりに言葉を吐く。
やり直しをさせよう――だなんて、もとより私の勝手な考えだ。
別に姉になにを言われたわけでもない。ただ、貶められて追放されたままでは、私の寝覚めが悪かったというだけのこと。姉が望まないというのなら、それで話は終わりである。
「それに、ジュリアンだってわかっているでしょう? お姉様にはもう、反対を押し切ってでも王宮に残る理由はないってこと」
姉が『聖女』にこだわったのも、魔術師団で躍起になっていたのも、別に権力や名声が欲しかったからではない。
国や人々を守りたいという気持ちはあっただろうけど、それだって聖女でなくともできること。姉ほどの力があれば、他に活躍の場はいくらでもあるのだ。
それでも王宮での地位を求めたのは、馬鹿らしいくらいに単純な話。
「あの人、単にヴァニタス卿と一緒にいたかっただけなのよ。聖女なら、王太子の婚約者でいられるから」
自分で言いながら、馬鹿馬鹿しさに呆れてしまう。
結局のところ、私は姉と卿の恋愛騒ぎに巻き込まれただけなのだ。王子様との波乱万丈な恋物語なんて、本で読むにはいいけれど現実となるとたまらない。周囲の人間にはいい迷惑である。
しかも、その王子様は最終的に、身分を捨てて王子ではなくなってしまったのだ。
これでは聖女でいる意味もない。姉の地位を守ろうと必死だった日々はなんだったというのだろう。思わず表情も苦くなるというものだ。
ただ――。
「……まあでも、これも一つのハッピーエンドではあるわよね」
私は苦い顔のまま、うんざりとした気持ちを吐き捨てる。
王子様と聖女ではいられなかったけれど、二人はこの先、ただの『フレデリク』と『ルシア』として生きていく。
きっと物語の終わりは、『こうして二人は、ずっと幸せに暮らしました』で結ばれるのだろう。
まったく、夢見がちな姉らしい。まるっきりおとぎ話である。
――こっちの苦労も知らないで。いい気なものだわ。
こうなるともう、腹を立てることさえ癪に障る。
幸せな二人にいつまでもぐちぐち言うなんて、物語なら脇役どころか三下の悪役だ。
姉の物語の盛り上げ役なんて冗談ではない。勝手に幸せにでもなっていればいいのである。
「……リリアって」
……などと夢も希望もない私へ、ジュリアンが恨めしげな目を向ける。
相変わらず涙目で、相変わらずどんよりと暗い表情で、彼は深々とため息をついた。
「けっこうロマンチストだよね。そんな満足げな顔をしてさあ」
「は」
は?
「あーあ、僕もハッピーエンドで終わりたかった。本当なら僕が王家から抜けるはずだったのに!」
は――と口を開いたまま瞬く私をよそに、ジュリアンは再び机に突っ伏した。
不貞腐れたように足を揺らし、相変わらず嘆き続けるその姿を、私はしばし唖然と見下ろす他にない。
――今、なんて言った?
私が満足げな顏をしているなんて、そんなまさか――と思わず頬を叩くけれど、いや待て。
それよりも、次の言葉の方が大問題だ。
「……王家から抜ける? ジュリアンが?」
単に公爵位をもらい受け、王宮を離れて暮らす――というだけなら、こんな言い方はしないだろう。
王家から抜ける。その言葉が意味するのは、王族から名前を消すことに他ならない。
つまりは、王族としての地位も身分も――王位継承権も、すべて捨てるということである。
「なんでそんなことを……?」
「なんでだと思う?」
眉をひそめる私に、ジュリアンが突っ伏したまま視線だけを向けてくる。
彼の紫の瞳はひどく不機嫌そうだ。拗ねたような、いじけたような、情けないような――。
だけど同時に、妙にドキリとする強い色を湛えて、彼は私の問いに答えた。
「そうじゃないと、好きな子と結婚できないからだよ」
…………。
……………………。
……………………ジュリアンに、好きな子?
これでいいのか――と言われたら、それはもちろん、私にも思うところがないわけではない。
私が目指したのは、フィデル王国での姉のやり直しだ。
再び王宮の人々に受け入れられるように、もう一度魔術師団に戻れるようにと手を尽くしてきたつもりだった。
だけど姉は、王宮にはいられなかった。
一年前の事件は、貴族による企みがあったとはいえ、姉自身に非がなかったとは言えない。姉が魔術師たちから反発を買っていたのは事実。そもそも姉が上手く立ち回れていたなら、成功するはずのない計画だったのだ。
姉に同情こそすれ、それですべてを許せるかと言ったら別問題だ。
魔術師たちの間にはわだかまりも残っている。姉も反省したからと、すぐに言動を変えられるわけではないだろう。
現在のフィデル王国は、魔術師団を立て直している最中。国外追放の撤回だけならまだしも、それ以上の火種は抱えられない。もしも再び魔術師団が崩壊することがあれば、今度こそ取り返しがつかなくなってしまう。
王宮上層部の人間は現実的だ。心情的には同情しても、ここで不和となりうる人物を迎え入れることは許さなかった。
姉もまた、下された結論には逆らわなかった。
王宮を去ることを受け入れ、実家であるベルクール侯爵家に戻るという話も立ち消え、結局はヴァニタス卿とともに国境へ行くことになった。
国境付近は、王国でもっとも瘴気の濃い場所だ。
ジュリアンの瘴気予測でも対応しきれず、今では魔獣のはびこるこの土地は、姉の不在による影響を最も受けたと言って良い。
この場所で自分の力を役立てることこそが、きっと姉にとっての一年前の清算なのだろう。
姉が選んだ決断に、私が口出しをする権利はない。
こうして、姉の『やり直し』が叶うことはなくなったのである――。
が。
「……仕方ないわよ。私がなにを言っても聞く人じゃないもの」
私はむっとした顔のまま、ため息交じりに言葉を吐く。
やり直しをさせよう――だなんて、もとより私の勝手な考えだ。
別に姉になにを言われたわけでもない。ただ、貶められて追放されたままでは、私の寝覚めが悪かったというだけのこと。姉が望まないというのなら、それで話は終わりである。
「それに、ジュリアンだってわかっているでしょう? お姉様にはもう、反対を押し切ってでも王宮に残る理由はないってこと」
姉が『聖女』にこだわったのも、魔術師団で躍起になっていたのも、別に権力や名声が欲しかったからではない。
国や人々を守りたいという気持ちはあっただろうけど、それだって聖女でなくともできること。姉ほどの力があれば、他に活躍の場はいくらでもあるのだ。
それでも王宮での地位を求めたのは、馬鹿らしいくらいに単純な話。
「あの人、単にヴァニタス卿と一緒にいたかっただけなのよ。聖女なら、王太子の婚約者でいられるから」
自分で言いながら、馬鹿馬鹿しさに呆れてしまう。
結局のところ、私は姉と卿の恋愛騒ぎに巻き込まれただけなのだ。王子様との波乱万丈な恋物語なんて、本で読むにはいいけれど現実となるとたまらない。周囲の人間にはいい迷惑である。
しかも、その王子様は最終的に、身分を捨てて王子ではなくなってしまったのだ。
これでは聖女でいる意味もない。姉の地位を守ろうと必死だった日々はなんだったというのだろう。思わず表情も苦くなるというものだ。
ただ――。
「……まあでも、これも一つのハッピーエンドではあるわよね」
私は苦い顔のまま、うんざりとした気持ちを吐き捨てる。
王子様と聖女ではいられなかったけれど、二人はこの先、ただの『フレデリク』と『ルシア』として生きていく。
きっと物語の終わりは、『こうして二人は、ずっと幸せに暮らしました』で結ばれるのだろう。
まったく、夢見がちな姉らしい。まるっきりおとぎ話である。
――こっちの苦労も知らないで。いい気なものだわ。
こうなるともう、腹を立てることさえ癪に障る。
幸せな二人にいつまでもぐちぐち言うなんて、物語なら脇役どころか三下の悪役だ。
姉の物語の盛り上げ役なんて冗談ではない。勝手に幸せにでもなっていればいいのである。
「……リリアって」
……などと夢も希望もない私へ、ジュリアンが恨めしげな目を向ける。
相変わらず涙目で、相変わらずどんよりと暗い表情で、彼は深々とため息をついた。
「けっこうロマンチストだよね。そんな満足げな顔をしてさあ」
「は」
は?
「あーあ、僕もハッピーエンドで終わりたかった。本当なら僕が王家から抜けるはずだったのに!」
は――と口を開いたまま瞬く私をよそに、ジュリアンは再び机に突っ伏した。
不貞腐れたように足を揺らし、相変わらず嘆き続けるその姿を、私はしばし唖然と見下ろす他にない。
――今、なんて言った?
私が満足げな顏をしているなんて、そんなまさか――と思わず頬を叩くけれど、いや待て。
それよりも、次の言葉の方が大問題だ。
「……王家から抜ける? ジュリアンが?」
単に公爵位をもらい受け、王宮を離れて暮らす――というだけなら、こんな言い方はしないだろう。
王家から抜ける。その言葉が意味するのは、王族から名前を消すことに他ならない。
つまりは、王族としての地位も身分も――王位継承権も、すべて捨てるということである。
「なんでそんなことを……?」
「なんでだと思う?」
眉をひそめる私に、ジュリアンが突っ伏したまま視線だけを向けてくる。
彼の紫の瞳はひどく不機嫌そうだ。拗ねたような、いじけたような、情けないような――。
だけど同時に、妙にドキリとする強い色を湛えて、彼は私の問いに答えた。
「そうじゃないと、好きな子と結婚できないからだよ」
…………。
……………………。
……………………ジュリアンに、好きな子?
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