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エピローグ(1)
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あれから、一か月が過ぎた。
テオドールはオルディウスに送還され、リオネル殿下もフィデル王国を去っていった。
オルディウスとの話し合いもおおよそまとまり、あとは細かい部分を詰めるだけ。
事件の後処理に追われていた王宮も、ようやく落ち着きを取り戻しはじめていた――。
と、いうのに。
「――――うう……ど、どうして…………」
フィデル王国、王宮。
例によって人のいない魔術師団の事務室に、嘆きの声が響き渡る。
「どうして……どうしてこんなことに……!」
声には深い失意が滲む。
事件の後処理が落ち着いたということは、すなわち国内の諸問題も片付いたということ。
オルディウスは自国の皇子の非を認め、テオドールは裁かれることになったけれど、ならばその共犯者である姉はどうなるのか。ジュリアンは大丈夫だと言ったものの、やはり不安は拭えない。
この一か月、気が気ではないままに姉の処分を待ち続けた結果――。
「兄様が国境警備に戻るなんて! この一年間の僕の努力はなんだったんだ!!」
泣きを見たのはジュリアンだった。
外は快晴。午後の心地よい青空を、爽やかな涼風が吹き抜ける。
だというのに、事務室内はこの通り。書類を捌く私の横で、ジュリアンは朝からずっと湿っていた。
「王家には戻らないって、自分には王太子の資格はないって! ううう……僕は兄様を王にしたかったのにぃ!」
隣の事務机に突っ伏すジュリアンを、私は書類片手に流し見る。
私以外に誰もいないのをいいことに、めそめそと嘆き続けるこの男、王太子としての風格もなにもあったものではない。普段の取り繕った『卿』呼びも忘れ、呼び方も完全に素に戻っている。
――いえ、無理もないわ。昔からずっと慕っていたものね。
私たち姉妹と違って、ジュリアンと卿の兄弟は仲が良い。
母親を早くに亡くし、父である国王陛下もご多忙の身。長男である卿が優秀だったため、周囲の人々も次男のジュリアンにはさほど期待を寄せなかった。
もちろん一国の王子として、使用人も家庭教師もついてはいたけれど、寂しい幼少期であったと聞く。
そんなジュリアンを気にかけたのが、なにを隠そう卿本人である。
多くの人に囲まれながらも驕らず、期待されない弟にも分け隔てなく優しい。父に代わって面倒を見てくれる兄は、弟にとってのヒーローだ。
ジュリアンはずっと卿を慕い、その背中に憧れ、彼を偉大な王にしようと駆け回っていた。
だけどその卿は、昨日城を出て行った。
卿を王太子に戻すという話もあったけれど、卿自身が拒んだのだ。
一年前の清算は終わっていない。国よりルシアを優先した自分には、王になる資格も、器もない――と。
私にとっては、姉を取り戻す一年だった一方で、ジュリアンにとっては兄を呼び戻す一年でもあった。
それが卿自身に拒まれた今、ジュリアンが嘆く気持ちはよくわかる。
よくわかるけれど。
「…………ブラコン」
「リリアに言われたくないんだけど!!」
ぼそりと呟いた私の言葉に、ジュリアンが泣きながら顔を上げた。
いや、さすがに実際に涙を流してはいないけれど、瞳が潤んでいるのだから似たようなものだろう。
その潤んだ瞳に恨めしげな色を湛え、彼は私を睨みつけてくる。
「だいたい、リリアはどうなの」
「私?」
思いがけず強い視線に、私は瞬いた。
どういう意味かと眉をしかめれば、ジュリアンがぐっと身を寄せてくる。
涙目であっても、彼の端正さは変わりない。近づく顔に、思わずたじろぐ私に気付いているのかいないのか。
ジュリアンは真剣な表情で、私に向けて問いかけた。
「リリアはこれでいいの? 結局、兄様と一緒にルシアも国境に行くことになったのに」
テオドールはオルディウスに送還され、リオネル殿下もフィデル王国を去っていった。
オルディウスとの話し合いもおおよそまとまり、あとは細かい部分を詰めるだけ。
事件の後処理に追われていた王宮も、ようやく落ち着きを取り戻しはじめていた――。
と、いうのに。
「――――うう……ど、どうして…………」
フィデル王国、王宮。
例によって人のいない魔術師団の事務室に、嘆きの声が響き渡る。
「どうして……どうしてこんなことに……!」
声には深い失意が滲む。
事件の後処理が落ち着いたということは、すなわち国内の諸問題も片付いたということ。
オルディウスは自国の皇子の非を認め、テオドールは裁かれることになったけれど、ならばその共犯者である姉はどうなるのか。ジュリアンは大丈夫だと言ったものの、やはり不安は拭えない。
この一か月、気が気ではないままに姉の処分を待ち続けた結果――。
「兄様が国境警備に戻るなんて! この一年間の僕の努力はなんだったんだ!!」
泣きを見たのはジュリアンだった。
外は快晴。午後の心地よい青空を、爽やかな涼風が吹き抜ける。
だというのに、事務室内はこの通り。書類を捌く私の横で、ジュリアンは朝からずっと湿っていた。
「王家には戻らないって、自分には王太子の資格はないって! ううう……僕は兄様を王にしたかったのにぃ!」
隣の事務机に突っ伏すジュリアンを、私は書類片手に流し見る。
私以外に誰もいないのをいいことに、めそめそと嘆き続けるこの男、王太子としての風格もなにもあったものではない。普段の取り繕った『卿』呼びも忘れ、呼び方も完全に素に戻っている。
――いえ、無理もないわ。昔からずっと慕っていたものね。
私たち姉妹と違って、ジュリアンと卿の兄弟は仲が良い。
母親を早くに亡くし、父である国王陛下もご多忙の身。長男である卿が優秀だったため、周囲の人々も次男のジュリアンにはさほど期待を寄せなかった。
もちろん一国の王子として、使用人も家庭教師もついてはいたけれど、寂しい幼少期であったと聞く。
そんなジュリアンを気にかけたのが、なにを隠そう卿本人である。
多くの人に囲まれながらも驕らず、期待されない弟にも分け隔てなく優しい。父に代わって面倒を見てくれる兄は、弟にとってのヒーローだ。
ジュリアンはずっと卿を慕い、その背中に憧れ、彼を偉大な王にしようと駆け回っていた。
だけどその卿は、昨日城を出て行った。
卿を王太子に戻すという話もあったけれど、卿自身が拒んだのだ。
一年前の清算は終わっていない。国よりルシアを優先した自分には、王になる資格も、器もない――と。
私にとっては、姉を取り戻す一年だった一方で、ジュリアンにとっては兄を呼び戻す一年でもあった。
それが卿自身に拒まれた今、ジュリアンが嘆く気持ちはよくわかる。
よくわかるけれど。
「…………ブラコン」
「リリアに言われたくないんだけど!!」
ぼそりと呟いた私の言葉に、ジュリアンが泣きながら顔を上げた。
いや、さすがに実際に涙を流してはいないけれど、瞳が潤んでいるのだから似たようなものだろう。
その潤んだ瞳に恨めしげな色を湛え、彼は私を睨みつけてくる。
「だいたい、リリアはどうなの」
「私?」
思いがけず強い視線に、私は瞬いた。
どういう意味かと眉をしかめれば、ジュリアンがぐっと身を寄せてくる。
涙目であっても、彼の端正さは変わりない。近づく顔に、思わずたじろぐ私に気付いているのかいないのか。
ジュリアンは真剣な表情で、私に向けて問いかけた。
「リリアはこれでいいの? 結局、兄様と一緒にルシアも国境に行くことになったのに」
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