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一年前、後悔(1)
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――――可愛いだけの無能な妹。
その言葉を否定する資格は、私にはない。
まさしく私は無能だった。可愛こぶるだけしか能がなかった。
それで、すべてが丸く収まるのだと思っていた。
自分を賢いと思い、立ち回りが上手いと思い、どうしようもない姉を私が助けているのだと思い込んでいた。
一年前のあの日、あのとき、あの瞬間まで。
私はどうしようもなく未熟な、世間知らずだったのだ。
「――――お姉様に、謀反の嫌疑?」
最初に『それ』を聞いたのは、ジュリアンからだった。
忘れもしない、一年前の王宮。
姉を追放する、ひと月前のことだ。
「まだ確定じゃない。ただ、『そういうこと』にしようという動きがあるんだ。――魔術師はこの国の維持に必須。その魔術師を退団させるルシアは、自分一人に国を依存させようとしている。……国を私物化しようとしてる、ってね」
「…………まさか」
まさか、そんなはずはない。
まさか、誰がそんなことを。
そのどちらも、私は口にできなかった。
姉の真意はさて置いて、魔術師団の退団者が続いているのは事実だ。
姉のやり方についていけない、あまりに厳しすぎると去っていく者が後を絶たず、姉はそんな退団者の穴埋めを引き受けていた。
おかげで、魔術師団の姉への依存は大きくなる一方。その状況が危ういことは、私自身も感じていたことだった。
姉を蹴落とそうと動く人間も、いくらでも頭に思い浮かんだ。
敵を作りやすい姉の性格。聖女という地位。王太子の婚約者という立場。
どれもこれも、姉を排除するには十分すぎる理由になる。
「最近、魔術師団でもちょっと変な退団が増えていただろ? そこまでルシアを恨んでなさそうなのに、ルシアを理由に退団するやつ」
そう、おかしいとは思っていた。
なにか企んでいそうだとは、思っていたのだ。
フレデリク王太子殿下も巻き込んで、退団の理由を探っている最中のことだった。
「どうもそれが、ルシア排除のための動きらしいんだ。ここから一気に退団者を増やして、魔術師団を機能不全にしようっていう心づもりらしい。――……僕も、父上にそれとなく言われるまで気づかなかったんだけどさ」
――あのころは。
私だけではなくジュリアンも、きっとフレデリク殿下も、未熟だった。
深く考えているようで考えが浅く、先々を見通しているつもりで目の前しか見えていなかった。
今回も、いつもの姉への嫌がらせだろうと思っていた。
姉と対立した誰かが、個人的に知人を誘って辞めさせているのだろう。きっと数人で終わるだろう。それでも念のために、調べておこう――くらいの感覚でしかなかった。
おかしいと思いながら、どうして楽観視してしまったのだろう。
他にもやることがあるからと、どうしてもっと力を入れて調べなかったのだろう。
姉の立場はもっとずっと危険なものなのだと、どうして考えられなかったのだろう。
甘かった。あのころの私たちは、ただただ甘すぎたのだ。
陛下はきっと、そんな私たちを見かねていたに違いない。
もともと陛下は姉が王太子妃に――ひいては王妃になることに反対されていた。
姉には王妃は務まらない。王妃の器ではないと、フレデリク殿下に何度も語り聞かせていたと、ジュリアン伝いに聞いたことがある。
あれではいつか問題が起きる。それでも、本当に姉を選ぶのか――と。
――わかっているわ。
私にだってわかっていた。
姉は王妃になるには、あまりにも夢想家すぎる。
姉の語る理想の国は美しく、優しく、正しく、誰もが幸福に暮らしている。あり得るはずのないおとぎ話だ。
それでも、殿下は姉と同じ夢を見たいと思われた。
ジュリアンは兄である殿下の恋を叶えたくて、私は――。
私は、きっとハッピーエンドが見たかったのだ。
まっすぐで、努力家で、目の前のどんな困難にも諦めずに立ち向かう。おとぎ話の主人公のような人間が、最後には幸せになれる瞬間が見たかった。
陛下の忠告を無視したのは私たちだ。
その上でなお、陛下は姉への嫌疑が表沙汰になる前に、最後の機会を与えてくださったのだ。
だけど、それは同時に――。
姉の『王太子の婚約者』という地位を守る機会という、甘いものではない。
この先、姉に与えられるであろう処遇を少しでも軽くするための、ほんのわずかな猶予に過ぎなかった。
その言葉を否定する資格は、私にはない。
まさしく私は無能だった。可愛こぶるだけしか能がなかった。
それで、すべてが丸く収まるのだと思っていた。
自分を賢いと思い、立ち回りが上手いと思い、どうしようもない姉を私が助けているのだと思い込んでいた。
一年前のあの日、あのとき、あの瞬間まで。
私はどうしようもなく未熟な、世間知らずだったのだ。
「――――お姉様に、謀反の嫌疑?」
最初に『それ』を聞いたのは、ジュリアンからだった。
忘れもしない、一年前の王宮。
姉を追放する、ひと月前のことだ。
「まだ確定じゃない。ただ、『そういうこと』にしようという動きがあるんだ。――魔術師はこの国の維持に必須。その魔術師を退団させるルシアは、自分一人に国を依存させようとしている。……国を私物化しようとしてる、ってね」
「…………まさか」
まさか、そんなはずはない。
まさか、誰がそんなことを。
そのどちらも、私は口にできなかった。
姉の真意はさて置いて、魔術師団の退団者が続いているのは事実だ。
姉のやり方についていけない、あまりに厳しすぎると去っていく者が後を絶たず、姉はそんな退団者の穴埋めを引き受けていた。
おかげで、魔術師団の姉への依存は大きくなる一方。その状況が危ういことは、私自身も感じていたことだった。
姉を蹴落とそうと動く人間も、いくらでも頭に思い浮かんだ。
敵を作りやすい姉の性格。聖女という地位。王太子の婚約者という立場。
どれもこれも、姉を排除するには十分すぎる理由になる。
「最近、魔術師団でもちょっと変な退団が増えていただろ? そこまでルシアを恨んでなさそうなのに、ルシアを理由に退団するやつ」
そう、おかしいとは思っていた。
なにか企んでいそうだとは、思っていたのだ。
フレデリク王太子殿下も巻き込んで、退団の理由を探っている最中のことだった。
「どうもそれが、ルシア排除のための動きらしいんだ。ここから一気に退団者を増やして、魔術師団を機能不全にしようっていう心づもりらしい。――……僕も、父上にそれとなく言われるまで気づかなかったんだけどさ」
――あのころは。
私だけではなくジュリアンも、きっとフレデリク殿下も、未熟だった。
深く考えているようで考えが浅く、先々を見通しているつもりで目の前しか見えていなかった。
今回も、いつもの姉への嫌がらせだろうと思っていた。
姉と対立した誰かが、個人的に知人を誘って辞めさせているのだろう。きっと数人で終わるだろう。それでも念のために、調べておこう――くらいの感覚でしかなかった。
おかしいと思いながら、どうして楽観視してしまったのだろう。
他にもやることがあるからと、どうしてもっと力を入れて調べなかったのだろう。
姉の立場はもっとずっと危険なものなのだと、どうして考えられなかったのだろう。
甘かった。あのころの私たちは、ただただ甘すぎたのだ。
陛下はきっと、そんな私たちを見かねていたに違いない。
もともと陛下は姉が王太子妃に――ひいては王妃になることに反対されていた。
姉には王妃は務まらない。王妃の器ではないと、フレデリク殿下に何度も語り聞かせていたと、ジュリアン伝いに聞いたことがある。
あれではいつか問題が起きる。それでも、本当に姉を選ぶのか――と。
――わかっているわ。
私にだってわかっていた。
姉は王妃になるには、あまりにも夢想家すぎる。
姉の語る理想の国は美しく、優しく、正しく、誰もが幸福に暮らしている。あり得るはずのないおとぎ話だ。
それでも、殿下は姉と同じ夢を見たいと思われた。
ジュリアンは兄である殿下の恋を叶えたくて、私は――。
私は、きっとハッピーエンドが見たかったのだ。
まっすぐで、努力家で、目の前のどんな困難にも諦めずに立ち向かう。おとぎ話の主人公のような人間が、最後には幸せになれる瞬間が見たかった。
陛下の忠告を無視したのは私たちだ。
その上でなお、陛下は姉への嫌疑が表沙汰になる前に、最後の機会を与えてくださったのだ。
だけど、それは同時に――。
姉の『王太子の婚約者』という地位を守る機会という、甘いものではない。
この先、姉に与えられるであろう処遇を少しでも軽くするための、ほんのわずかな猶予に過ぎなかった。
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